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雑誌目次

雑誌文献

精神医学55巻7号

2013年07月発行

雑誌目次

巻頭言

震災後のFUKUSHIMAのメンタルヘルス

著者: 矢部博興

ページ範囲:P.612 - P.613

 2011年3月11日,東日本大震災が発生した。地震,津波,放射能汚染という三種の災厄が福島を襲い,前2者も言語を絶する被害であったものの,その被害は局所的であったのに対して,後者の放射能汚染の問題は避難区域の住民のみならず,実際の物理的な汚染のレベルを超えて福島全県民を,行政,司法,経済,家族心理,科学的論争の混沌の中に巻き込んだ。そして福島県は,特別な場所“FUKUSHIMA”となった。子どもを放射能汚染の人質にされたような親の心理から,人生の転換をせざるを得なかった福島県民の総数は,避難区域の住民の数をはるかに超える。それほど,今回の原子力発電所の事故は大きな影を福島県にもたらした。物理的被害という尺度では測れない,放射能不安が多くの人の心と日常を蝕んでいる。当初,明らかな放射能被害の影響を受けたのは,直接放射線を浴びた現場の作業員であり,さらには家や田畑が無傷であるにも関わらず使用を制限され避難を余儀なくされ,生活の基盤と安心な日常を奪われた避難区域の住民21万189人であった。後者の方たちは県民健康管理調査のこころの健康度・生活習慣に関する調査部門の継続的な調査の対象となっており,筆者がその部門を兼任して担当している。さらには,都市部に点在する特定避難勧奨地点(いわゆるホットスポット)の周辺の少なくない割合の住民が北海道から沖縄(海外も含む)までの県外への自主避難を選択した(2011年9月の文部科学省の原子力損害賠償紛争審査会第16回配付資料によると,自主的避難者数は約5万人で,そのうち県外が約2万7千人弱)。少しでも安全と思われる場所を子どもに提供したいと思うのは親の心理として当然のものだ。たとえば細菌感染のアナロジーで考えた時,「10の病原菌も1,000個の病原菌も,リスクの点では全く変わりはなく,どちらも完全に安全である」と科学的に証明されていたとしても,それは直ちに後者に対する安心を意味せず,ほとんどの親達が前者を選ぼうとするのは理解できる反応である。自称を含む専門家達による科学的見解も分かれる中で,成長期の子どもを持つ親たちは究極の選択を迫られた。「『逃げない親達は子どもが可愛くないのだ』とPTAの集まりで自主避難して行く親に非難された」と涙ながらに語った患者さんがいた。一方で,「自分達だけ避難するのは罪悪感がある」と言いながら県外に転院していった患者さんもいた。そして郷里を離れ,慣れない環境での適応が困難となり家族関係に問題が生じてきた避難者も多いと聞く。避難当初に,福島からの避難者のタクシー乗車や宿泊を拒否された例も報告されているし,避難先の学校に行かなくなった子どもの中には,「放射能が移る」といじめられた子どももいた。このような放射能スティグマの問題については,実はこの問題があることが逆に強い動機づけになり福島の支援に来てくださった支援者も少なくない。県民健康管理調査のスタッフの中には被爆三世の方が居て,祖母が被爆者であることで家族が社会的偏見に苦労された経験から,福島県民の避難の際の上記のような県外での対応に嘆き,「これまで我々が苦労して伝えてきたことは無駄だったのか?」と支援に来るのを後押ししてくれたと話してくれた。県内においても,たとえばいわき市では,大熊町など相双地区の約2万3,800人が避難生活を送っている。同じ福島県であっても伝統や生活習慣の異なる町や集落の人々が,ある年を境に,同じ場所にほとんど選択の余地なく移住させられた訳であるが,適応するのに大変な困難を伴うのは想像に難くない。事実,借り上げ住宅,仮設住宅の住民,従来から住む市民の間で,軋轢の存在も懸念されている。

 国や福島県の委託を受けて県民健康管理調査を施行している福島県立医科大学の放射線や甲状腺専門の研究者達は,リスクを科学的に評価しようとしているが,「被害を過小に評価している」などの批判も受けることも多い。インターネットやテレビでは,低線量被曝の危険性を強く主張する研究者たちもいるし,福島県から避難すべきと主張する研究者,医師も少なくはない。しかし過少に評価している場合だけが重大な問題を引き起こすわけではない。もし仮に過大に評価した場合でも,県外に避難していった方たちに慌ただしく人生の転換を迫ったことになり,これにも彼らの未来に対して責任は重大である。福島県にとどまって住むことを選択する住民やそれが可能かどうかに対して注目している人々に対しても,正しい調査結果が示されることが望まれているが,それには多くの時間や協力が必要である。我々は,現在成長中の子ども達や,遠い未来の子孫に対しても重い責任を負っている。

展望

統合失調症と認知機能障害

著者: 倉知正佳

ページ範囲:P.615 - P.625

はじめに

 統合失調症は,主に特徴的な精神症状とその持続期間,そして器質性精神障害の除外により診断される精神疾患である。近年,本疾患において認知機能障害の側面が注目されるようになってきた背景としては,病態研究の進歩と認知機能障害の臨床的意義があると思われる。

 統合失調症における脳の変化については,1911年のE. Bleuler6)の古典的名著でも,脳過程(Hirnprozess)として論じられていたが(第10部第2章疾患の理論),その実体は,長い間ほとんど全く不明であった。1970年代半ばから,CT,そして1980年代後半からは,MRIを用いた精力的な研究により,統合失調症患者群では,健常対照群に比べて前頭-側頭-辺縁・傍辺縁系に軽度の体積減少が生じていることが明らかになった。このような脳構造の変化に対応して,認知神経心理学的機能にも変化があるであろう,というのが統合失調症の認知機能の研究が活発になってきた大きな理由と思われる。ただし,構造画像で認められる脳灰白質の体積減少は,患者群と健常対照群との平均値の差であり,どの脳部位をとっても,重なりが大きい。したがって,従来の神経心理学が対象としてきたような,1例における肉眼的にも明らかな局在的脳損傷とは異なることに注意を要する。

 もう1つの理由として,認知機能障害の臨床的意義がある。1990年代以降の研究により,認知機能障害は精神病的症状よりも機能的,あるいは社会的転帰に関連することが明らかになってきた。そうであれば,治療の目標としても精神症状と並んで,あるいはそれ以上に認知機能障害が重要となってくる。

 しかし,統合失調症における認知機能障害の位置づけについては,本疾患が器質性精神障害に属さないことから,懐疑的な見方もある。そこで本稿では,統合失調症に認知機能障害はあるか,認知機能障害の臨床的意義,認知機能障害の神経生物学的背景,治療による改善可能性,そして臨床応用について述べることにしたい。なお,統合失調症の認知機能については,神経認知に加えて近年社会認知も研究対象になっているが,本稿で述べるのは主として神経認知機能についてである。

研究と報告

日本版Vineland-Ⅱ適応行動尺度の開発―適応行動尺度の測定精度の検討

著者: 行廣隆次 ,   伊藤大幸 ,   谷伊織 ,   平島太郎 ,   安永和央 ,   内山登紀夫 ,   小笠原恵 ,   黒田美保 ,   稲田尚子 ,   萩原拓 ,   原幸一 ,   岩永竜一郎 ,   井上雅彦 ,   村上隆 ,   染木史緒 ,   中村和彦 ,   杉山登志郎 ,   内田裕之 ,   市川宏伸 ,   田中恭子 ,   辻井正次

ページ範囲:P.627 - P.635

抄録

 本研究は,全年齢に適用可能であり国際的に広く利用されるVineland Adaptive Behavior Scales, Second Editionの日本版の標準化に関する研究の一環として,適応行動尺度の測定精度を検討した。内的整合性の観点から各下位領域の信頼性を検討したところ,ほぼ十分な値が得られた。情報量による検討の結果からも,対象者の適応状況を正確に評価できる特性範囲が示され,それがどのような年齢段階の標準的レベルに相当するかが明らかになった。以上より,Vineland-Ⅱの適応行動下位尺度は,それぞれ十分な信頼性を持つことが示された。また,一般群の場合,下位尺度ごとに,対象とする適応行動を敏感にとらえる年齢帯が存在することが明らかとなった。

rTMS治療前後にNIRS検査を施行した3症例

著者: 齋藤陽道 ,   菊地千一郎 ,   西多昌規 ,   松本健二 ,   小林亮子 ,   山内芳樹 ,   西嶋康一 ,   加藤敏

ページ範囲:P.637 - P.644

抄録

 経頭蓋磁気刺激(transcranial magnetic stimulation;TMS)はうつ病治療として応用されており,その治療法として,左前頭前野への高頻度反復性TMS(repetitive TMS;rTMS)および右前頭前野への低頻度rTMSがある。また近赤外線スペクトロスコピィ(near-infrared spectroscopy;NIRS)検査では,主に大脳皮質のヘモグロビン濃度変化が測定可能である。

 当院にてうつ病治療として,左背外側前頭前野への高頻度rTMSと右背外側前頭前野への低頻度rTMSを行い,その前後でNIRS検査を施行した3症例を経験した。各症例とも治療前後でNIRS検査における前頭部,左右側頭部関心領域の酸素化ヘモグロビン平均波形の課題中の積分値の上昇がみられ,それと同時に症状の改善がみられた。

 3症例を通して,rTMS治療後に症状の改善とともにNIRS検査での酸素化ヘモグロビン平均波形の課題中の積分値の上昇を認めたことから,rTMSの治療効果判定にNIRS検査を使用できる可能性が示唆された。

Temperament and Character Inventory(TCI)を用いたうつ病・慢性疼痛併存患者におけるパーソナリティプロフィールの検討

著者: 赤瀬川豊 ,   武田龍一郎 ,   長友慶子 ,   船橋英樹 ,   蛯原功介 ,   松尾寿栄 ,   安部博史 ,   有森和彦 ,   石田康

ページ範囲:P.645 - P.651

抄録

 〈目的〉Temperament and Character Inventory(TCI)を用い,うつ病と慢性疼痛の併存例におけるTCIプロフィールについて検討した。〈対象と方法〉うつ病・慢性疼痛併存群(以下,疼痛併存群:18名)およびうつ病単独群(以下,うつ病群:22名)を設定し,TCIとSelf-rating Depression Scale(SDS)を施行した。また健常対照群(以下,対照群:31名)を設定し,TCIを施行した。〈結果と考察〉TCI尺度において,疼痛併存群は対照群と比較して,「損害回避」が有意に高く,「自己志向」が有意に低かった。またうつ病群と比較して,「損害回避」が高い傾向,「自己志向」が低い傾向を認めた。疼痛併存群とうつ病群間のSDSの結果に有意な差はないことから,損害回避尺度および自己志向尺度と慢性疼痛との関連性が示唆された。

気分障害における自他覚症状の乖離と自覚症状評価の重要性―先進医療「光トポグラフィー検査を用いたうつ症状の鑑別診断補助」の経験から

著者: 辻井農亜 ,   明石浩幸 ,   三川和歌子 ,   辻本江美 ,   丹羽篤 ,   安達融 ,   髙屋雅彦 ,   切目栄司 ,   小野久江 ,   白川治

ページ範囲:P.653 - P.661

抄録

 近畿大学医学部附属病院において先進医療「光トポグラフィー検査を用いたうつ症状の鑑別診断補助」を受療した患者の背景因子について検討を行った。対象は261例であり72%が軽症以下のうつ症状と判断された。受療の主要な背景には,うつの自他覚症状の乖離が存在すると考えられた。そのうち気分障害171例では,乖離のみられる51例は,乖離のみられない120例よりも全般的精神機能やQOLは有意に低く,絶望感は有意に高く,それらは,うつ症状の軽重と関連が乏しいことが明らかとなった。うつ症状の評価にあたっては,他覚的評価だけではなく自覚症状を重視することが,回復や予後を考慮したより適切な診断,対応,治療に繋がると考えられた。

短報

Sertralineにより薬剤性パーキンソニズムを呈したうつ病の1症例

著者: 三舩義博 ,   野嶌真士 ,   岩本崇志 ,   森田幸孝 ,   和田健

ページ範囲:P.663 - P.666

抄録

 症例は70歳男性。X-1年6月うつ病を発症し,sertralineを75mg/日まで増量したところ,抑うつ症状は改善したがパーキンソニズムが出現したため,50mg/日に減量して軽減した。その後うつ病は寛解を維持していたが,X年2月再発がみられたため,sertralineを75mg/日まで増量したところパーキンソニズムが再度増悪し,当科入院となった。Sertralineを漸減中止しmiltazapineに変薬したところ,抑うつ症状の改善とともにパーキンソニズムも軽快した。プロラクチンの上昇を伴わず,sertralineがドパミン受容体遮断とは異なる病態機序を介してパーキンソニズムを惹起したと推測された。

T4/T3甲状腺ホルモン補充療法が有効と考えられた双極性うつ病の1例

著者: 片岡努 ,   板垣圭 ,   柴崎千代 ,   中津啓吾 ,   小早川英夫 ,   竹林実

ページ範囲:P.667 - P.671

抄録

 双極性障害に対する甲状腺ホルモン補充療法の具体的な使用に関する報告は少ない。20歳代の女性で,精神病症状を伴う急速交代型の双極性障害および軽度甲状腺機能低下症を合併していたうつ状態に対して,T4/T3併用による甲状腺機能補充療法を行った。甲状腺ホルモンが高値になるにつれ,うつ状態も改善を認めた。治療中剤形の理由からT4単独に切り替えたが,すぐに病状は再燃し,再度T4/T3併用にしたところ,比較的短期間で病状の改善を認めた。甲状腺機能低下症を合併し,リチウム使用が困難な症例では,甲状腺ホルモン補充療法も選択肢に挙がると考えられた。今後の検討が必要であるがT4単独よりもT4/T3併用療法が有効である可能性が示唆された。

「精神医学」への手紙

ECT死亡例は発作により異型狭心症を毎回生じていた可能性―修正型電気けいれん療法施行後に心室頻拍を呈し回復が困難だった1例(本誌55:33-35,2013)の発作時モニター記録に基づく検討

著者: 上田諭 ,   鈴木一正

ページ範囲:P.673 - P.676

 身体精査上も既往歴にも問題のない32歳の非定型精神病の女性が,無けいれん性パルス波電気けいれん療法(ECT)6回施行後に脈の触れない心室頻拍(pulseless VT)を生じ死亡に至った症例を報告した論文(野口剛志,高崎英気:修正型電気けいれん療法施行後に心室頻拍を呈し回復が困難だった1例。本誌55:33-35,2013)は,ECTに携わる者にとって大きな衝撃であった。悲痛な事故症例を公表した著者らの真摯な臨床姿勢と勇気ある使命感には,同じ精神科医として深く敬意を表したい。ECT適応が十分にあり,必要な術前検査も行われており施行には問題ない症例であるが,事故の原因について論文では見つからないままとされている。非常に危惧するのは,これによってECTが「どんなに注意しても最悪の事態は起きる」という「諦め医療」や,「身体面に少しでも疑問や問題があれば行ってはいけない」という「萎縮医療」に向かいかねないことである。そうではなく,症例の施行方法と過程に何かリスク要因や問題点はなかったのか徹底して検証することこそが,今後の安全なECTのために最も重要なはずである。著者らの勇気と使命感に応え,亡くなった患者さんにいささかでも報いられることがあるとしたら,そのような作業しかないと筆者らは考え,本報告を行いたい。

 論文には,術前評価,麻酔手技,蘇生処置の内容は不足なく書かれていたが,残念ながらECTの結果を論じるのに決定的に重要なものが記載されていなかった。毎回の発作刺激用量,発作波の形状(高振幅棘徐波と発作後抑制の有無)である。さらに,致死的不整脈の発生を考えれば,通電前後と通電中の心電図の検討も当然必要である。これらなしに治療効果や副作用の検討はできない。この点の浸透が国内でいまだ進んでいないことは,ECT臨床における重大な問題である。これらはいずれもパルス波治療器(Thymatron System Ⅳ)の発作時モニター紙に記録されている。そこで筆者らは著者からこれらの提供を受け,著者の了解の下でその検討を行った。3回目不発時以降の刺激用量の弱さ(上げ幅の少なさ),5回目以降の発作波がやや不十分ないし不十分(表)という問題点が見出されたが,これらはVTに直接関連しないと思われた。一方,発作中から発作後の心電図モニター波形には,より詳細に検討したほうがよいと思われる個所があった。

連載 「継往開来」操作的診断の中で見失われがちな,大切な疾病概念や症状の再評価シリーズ

純粋メランコリーと純粋躁病

著者: 古城慶子

ページ範囲:P.677 - P.680

はじめに

 精神医学の独自の領域である内因性精神病9)の分類をめぐっては症状学,精神病理学そして疾病学の水準で歴史の先達が議論を重ねてきた。この分類問題が精神医学の最重要課題であることは今も昔も変わりはない2~4)。ここで取り上げる純粋メランコリーと純粋躁病という対概念はWernicke14)そしてKleist5)の流れを汲むLeonhard12)が提唱した。そこでまずWernicke-Kleist-Leonhard学派の内因性精神病の分類とその鑑別病因論の歴史的背景とそれへの取り組み方を回顧することから出発したい。次いで彼らの内因性精神病の詳細な疾病図式12)の中での病相性精神病,その下位分類としての純粋(単極)型のうち純粋メランコリーと純粋躁病の概念を多形(双極)型(躁うつ病)とそれ以外の病相性精神病の臨床像と比較しながら明らかにする予定である。最後に本概念を含むLeonhard学派の研究に対する批判的展望とその今日的意義にも触れたい。

東日本大震災・福島第一原発事故と精神科医の役割・7

東日本大震災における福島県の精神科医の活動

著者: 矢部博興

ページ範囲:P.681 - P.685

はじめに

 東日本大震災・福島第一原子力発電所事故以後に,筆者の所属する福島県立医科大学医学部神経精神医学講座(以下,当講座)が行ってきた調査,支援について整理すると,3つに大別される。1つ目は,福島県の委託を受けて放射線医学県民健康管理センター心の健康度・生活習慣調査部門を兼任して県民健康管理調査を行ってきた。この内容の発表は,福島県の検討委員会の場で行っているほかに,別紙で公表予定であり,本稿ではこれ以上は述べない。2つ目は,当講座が福島県精神病院協会,福島県診療所協会の協力のもとに,入院患者,外来患者への放射能汚染のメンタルヘルスへの影響などを調査したものであるが,これも別紙で順次報告しているところであるので割愛する。本稿では,3つ目の,福島県立医科大学心のケアチームの活動について述べる。この活動は,避難区域を含む福島県浜通りを中心に行われてきたが,完全なる精神医療崩壊の生じた地域に対する心のケアの拠点は,メンタルヘルスアウトリーチを基本とするものとなるのが必然であった。これを担ったのが,2012年1月に相双地域の拠点として設立されたメンタルクリニック「なごみ」と併設されたこころのケアセンター「なごみ」であり,後の2012年4月に設立され,全県レベルに展開された心のケアセンター6方部+南相馬1駐在+福島市の基幹センター(2月設立)のモデルとしての役割を果たしている。この「なごみ」設立の経緯を中心に述べる。

 2011年3月11日の東日本大震災は,岩手県,宮城県,福島県の3県の沿岸部に計り知れない破壊をもたらした。特に福島県では,福島第一原子力発電所の事故による放射能汚染の問題がその破壊からの再生を妨げているし,福島県民の心に長期にわたる影を落としている。福島県が,岩手県,宮城県とは異なる種類の深刻な災害に見舞われたことは,震災直後から明らかだった。震災10日後の3月22日の時点で,福島県内に446か所の避難所があり36,227名の方が避難している状況であり,厚生労働省は,日本医師会,日本看護協会,自治体に人員派遣を要請し,その結果,3,4人からなる医療チームが被災地入りしたという。しかし,3月27日時点で活動していたのは岩手県で35チーム,宮城県で76チームだったのに対し,放射能汚染という災害にみまわれた福島県ではわずか2チームが活動していたに過ぎなかった(2011年4月11日付けの中国新聞)。これは医療全体のチームの話であったが,心のケアチームに関しては支援が期待できる状態にすらなく,避難所などを巡回するのにも人員不足が否めなかった。そこで,当講座は,心のケアチームを組織するにあたり,個人的なルートや精神神経学会を通して支援者を募った。その結果,日本ばかりか海外からも途切れることのない支援をいただいた。その中には,県外はおろか国外からも自費で支援に来ていただいた方も多かった。

 放射能汚染の結果,震災や津波の影響を受けなかった地域からも多数の人々が避難を余儀なくされた。その結果,県人口の約2%にあたる約4万人が地域ごと県内外の他地域に移住した。ちなみに,2011年1月1日に2,041,051人であった県人口は,2012年1月1日には,1,982,991人にまで減少した。避難者は家屋の倒壊の有無に関わらず生活の基盤を奪われ,全県民が長期的な放射能汚染への不安の中で安心な日常を奪われた。チェルノブイリ原発事故に関する2006年のWHO(世界保健機関)の報告書においても,「チェルノブイリのメンタルヘルスへの衝撃は,この事故で引き起こされた中で最大の地域保健の問題である」と述べられている。今回の災害によって生じた精神医療の問題は深刻でさまざまであるが,列記すれば,1)相双地域の精神医療体制の崩壊,2)新たに発生した心的外傷後ストレス障害(PTSD)やアルコール依存の増加,3)仮設住宅などで進む高齢者の認知機能低下,4)自殺の増加,5)精神医療・福祉スタッフの減少,6)長期化する避難生活における避難児童の心の問題,7)放射能汚染に対する不安・恐怖に関わる問題などが挙げられる。今後一層,心のケアの活動が重要となることは確実な状況である。

書評

―堀越 勝,野村俊明 著―精神療法の基本―支持から認知行動療法まで

著者: 宮岡等

ページ範囲:P.672 - P.672

 近ごろ,精神医療がお手軽に思われていることに強い危機感を感じている。わずかな研修を終えたばかりの若い精神科医が,十分な教育を受けることを放棄し,時に単独で開業までしてしまうことも少なくないと聞いている。これは,精神医療は簡単にできるものという誤解を研修のどこかで与えてしまっている我々教育する立場の者の責任が大きいのであろう。精神医療の恐ろしさは,うつ病しか知らない医師にとってあらゆる精神疾患がうつ病と診断されるような事態が起こり得ることである。精神医療には客観的な指標が乏しい。診察で求められることは,患者の主観的な症状を的確に捉え,その症状から診断を考え,鑑別診断のためにさらに症状のチェックをするという,非常に複雑な作業である。その作業なくして,適正な診療が行われることはあり得ない。

 そんな精神医療について,どこまでを教育の範囲とすべきなのだろうか。特に精神療法においては最小限クリアすべきこととして何を教育すればよいのであろうか。ここ数年で,日本の精神療法の中心が認知行動療法になった。支持的精神療法はできないが,認知行動療法はできるという笑い話のような事態にも出くわす。ここまで認知行動療法が広まった理由は,厚生労働省が診療報酬の対象にしたことだけではあるまい。マニュアルに基づいて面接を行えば良いという誤解に基づいて,どこか手軽さを求めた結果,今日のような状況になったのではないだろうか。

学会告知板

第33回日本精神科診断学会

ページ範囲:P.651 - P.651

会 期 2013年11月7日(木)~8日(金)

会 場 ピアザ淡海(滋賀県立県民交流センター)

     〠520-0801 滋賀県大津市におの浜1-1-20

     ☎077-527-3315 FAX 077-527-3319

日本犯罪学会設立百年記念大会(第50回日本犯罪学会総会)

ページ範囲:P.686 - P.686

大会長 影山任佐(日本犯罪学会理事長・東京工業大学名誉教授)

副大会長 加藤久雄(日本犯罪学会理事・元慶應義塾大学教授)

テーマ 総合犯罪学の構築をめざして―日本から世界に向けた21世紀の犯罪学の展開

会期 2013年11月15日(金)10:00~19:00,16日(土)10:00~12:30

会場 一橋講堂(学術総合センター内 旧一橋記念講堂:東京都千代田区一ツ橋2-1-2)

論文公募のお知らせ

テーマ:「東日本大震災を誘因とした症例報告」

ページ範囲:P.635 - P.635

「精神医学」誌では,「東日本大震災を誘因とした症例報告」(例:統合失調症,感情障害,アルコール依存症の急性増悪など)を募集しております。先生方の経験された貴重なご経験をぜひとも論文にまとめ,ご報告ください。締め切りはございません。随時受け付けております。

ご論文は,「精神医学」誌編集委員の査読を受けていただいたうえで掲載となりますこと,ご了承ください。

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今月の書籍

ページ範囲:P.703 - P.703

次号予告

ページ範囲:P.704 - P.704

投稿規定

ページ範囲:P.705 - P.706

著作財産権譲渡同意書

ページ範囲:P.707 - P.707

編集後記

著者:

ページ範囲:P.708 - P.708

 米国精神医学会のDSM-5(2013年5月)と国際疾病分類ICD-11(2015年完成予定)における議論は,従来の疾患概念の“脱構築から再構築”という大きな課題を抱えながら展開してきました。DSMとICDに象徴される精神科診断学は,単に医学の視点だけではなく,行政,経済,法律など社会的にも広く影響を及ぼしているために,さまざまな視点での議論がありました。特に,DSM-Ⅲ以後,診断分類システムの信頼性が重視されてきたにもかかわらず,臨床遺伝学からの疾病重複問題にはじまり,分類システム上のさまざまな問題点が指摘され,今回のDSM改訂作業の中では,信頼性に加えて,疾患概念の妥当性と臨床的有用性をどうするかが議論されてきました。統合失調症をはじめとする精神病性障害では,パーソナリティ障害の領域で古くから問題となってきたような健常との境界に関わる表現型の連続性問題と,発達障害や気分障害との症候学的,遺伝学的近縁性という疾患間の重複問題とが改訂作業における重要な課題でした。前者の連続性問題は,精神病性障害の推定的前駆期である“減弱した精神病症状群”を新しいDSM中でどう扱うかで倫理的問題も含めて多くの議論がありました。最終的には,この“減弱した精神病症候群”は公式の診断基準(“section Ⅱ”)の中ではなく,将来さらに検討を必要とする項目である“section Ⅲ”に収められました。一方,後者の重複問題については,当初,“精神病クラスター”として統合失調症と双極性障害をまとめる動きもありましたが,最終的には従来のカテゴリー分類を踏襲しつつ症状の次元評価を付記するような折衷的な診断法が採用されました。具体的には,精神病性障害にみられる8つの症状領域として,幻覚,妄想,解体した会話,異常な精神運動性行動,陰性症状,認知障害,うつ,躁をそれぞれ5件法によってそれらの重症度を得点化できることになります(これもsection Ⅲに記載されている)。

 本号の「展望」では,統合失調症の認知障害の実証的研究を長年にわたり実践されてきた倉知正佳氏にご寄稿いただきました。DSM-5では,統合失調症の診断基準のB項目に認知障害を加えようという動きもありましたが,最終的には上述のように症状次元の一つとして取り上げられました。倉知氏は「展望」で,なぜ統合失調症において認知障害が重要なのかを,ご自身の研究を織り交ぜながら臨床的および病態論的に幅広く解説されています。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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