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雑誌目次

論文

精神医学55巻9号

2013年09月発行

雑誌目次

巻頭言

低活動型せん妄

著者: 松島英介

ページ範囲:P.818 - P.819

 せん妄というと,臨床現場で一番問題とされるのは,幻覚や妄想とともに興奮が著明で,大声で叫んだり,点滴ラインを自己抜去したりして,原疾患の治療に大きな支障を来すような活動性の高い「過活動型せん妄」であり,こうしたせん妄をどう予防し,またどうしたら早期に発見して介入できるかがもっぱら論議されている。たしかに,外科手術などの後に出現するせん妄,いわゆる術後せん妄は,こうした過活動型ないし混合型の亜型が目立って出現し,保険適応は取れていないものの抗精神病薬を中心とした治療に比較的よく反応する。しかし,高齢者やがんの進行に伴って終末期に出現してくるようなせん妄は,ほとんど目立たず1日中不活発な状態が続くような「低活動型せん妄」の割合が高く,またこうしたせん妄は治療反応性に乏しく,臨床的には苦慮することが多い。

 ところで,2013年5月に米国精神医学会から発表されたDiagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, 5th ed(DSM-5)によれば,せん妄の診断基準の骨格はこれまでとほとんど変わっておらず,注意および認識の障害があり,これらの障害が変動すること,加えて認知の障害もみられることが挙げられている。これまでと違うのは,せん妄と診断された場合には,過活動型,低活動型,そして混合型といった亜型についても特定するよう記されていることである。亜型がこれだけはっきりと取り上げられるようになった背景には,低活動型せん妄が実際の臨床で置き去りにされているという事実があるからではないかと考える。これをきっかけに,臨床的には過活動型や混合型せん妄と同様に意味があるものの,これまであまり注目されてこなかった低活動型せん妄にも目が向けられるようになることを願いたい。

オピニオン 精神科医にとっての精神療法の意味

見立て,身体,薬物療法とのかかわり

著者: 飯森眞喜雄

ページ範囲:P.820 - P.822

はじめに

 精神科医にとって精神療法とは何だろうか? ということから考えてみたい。教科書的にカプランの『臨床精神医学テキスト』でいうと,精神療法とは「非生物学的視座から行動をとらえ,それに応じた治療」ということになる。すると,精神療法は,なにも精神科医がやらなくてもよいのだろうか? いや,依然として,精神療法は精神科医を支える唯一のものであろう。もし精神科医が精神療法というスキルを持たなければ,精神科医はただマニュアルにそって診断し,それに応じた薬を処方するだけの存在か,ただのマネージャーに堕すだろう。

 では,心理職の行うそれと,どこがどう違うのだろうか?

個別性と普遍性

著者: 池田暁史

ページ範囲:P.824 - P.826

 主たる勤務先を医学部から臨床心理士養成を目的とした大学院に移して以降,精神医学についてあらためて学んだことや気付いたことがある。医学部時代はオムニバスで自分の専門領域についてだけ授業をしていたが,いまは精神医学について私が1人で全領域にわたって講義をする。毎年,最初の数回では医学という学問の歴史や考え方そのものにまで触れながら説明しなければならない。授業の準備をし,実際に学生に話をしていると,医学部時代には当たり前すぎて真剣に考慮することのなかったこの種の根源的な問題についてどうしても考えることになる。

 そういう基本的な事柄の1つに「医学モデル」がある。それは,医学という学問が世界とどのように向き合うのかに関する概念化であり,「症状―診断―治療」という表現で端的に示されている。つまり私たちは「世界」――多くの場合,それは目の前の患者を意味する――から「症状」を抽出し,それらの特異的な組み合わせに対して「診断」を与えることで世界を切り取る。そして診断名に沿った「治療」を提供することで世界に介入するのである。

精神科医にとっての精神療法の意味と今後の展望

著者: 大野裕

ページ範囲:P.828 - P.830

はじめに

 精神科医にとって精神療法が重要であることは論をまたないであろう。精神療法的な関わりができればそれだけで症状が軽減する場合があるし,精神療法的な関わりに支えられながら患者が環境に働きかけてストレスを軽減することもできる。薬物療法を選択した場合でも,精神療法的関係を通して安心できる治療関係が持てていれば,より効果的に薬物療法を行うことができる。こうしたことは自明の理だが,わが国で精神療法的関わりが適切に研修され,精神医療の中に取り入れきれているかどうかは疑問である。

 もちろん,これはわが国に限った問題ではない。米国でも,特にDSM-5の出版を機に,精神疾患を広く診断しすぎて安易に薬物療法に頼る傾向が助長されるのでないかという懸念が議論されている1)。米国では,精神科医は基礎として支持的精神療法をまず研修し,それに加えて認知療法・認知行動療法と精神力動的精神療法とを研修するようになっている2)が,それでもそうしたリスクが議論になっている。

 しかし,そうした精神療法の研修体制が確立していないわが国では米国以上に注意が必要だし,体系的な精神療法の研修体制を早急に確立していかなくてはならないと筆者は考えている。精神医療は,精神疾患に苦しむ患者を一人の人間として支え治療していく営みであり,そのためには精神療法的関わりが不可欠だからである。

日常の面接で何を聴き,話し,残すか

著者: 中尾智博

ページ範囲:P.832 - P.834

精神療法という言葉の持つ意味

 精神療法という言葉は,日常的に聴き,使う言葉なので普段意識をしていないが,精神療法の意味とは何か,という問いに正面から向かい合うとその言葉にはにわかに霞みがかかり曖昧な雰囲気がまとわりつく。そもそも精神療法には効果があるのか。1時間に5人,10人と患者を診ないとやっていけない状況でも「精神療法をしています」と胸を張れるのか。単にレセプトを飾る言葉なのか。患者や一般人からみればそのようなものは単なる“普通の”診察に過ぎず,患者が求める“カウンセリング”とは全くの別物ではないか。

 そう考えると,“系統的な”精神療法を生業にする精神科医の立ち位置は応分に恵まれたものと感じる。十分な時間をかけ,きちんとした理論の元に実践する。一定のセッションを重ね,紆余曲折を経ながら治療は展開し結末を迎える。患者はその効果に満足を得れば対価を支払う。治療者は相応の報酬と自己達成感を得る。かくいう筆者も行動療法家の端くれであるが,専門領域の患者を相手にフォーマットに基づいた治療をしている時は,たとえその治療が難渋している場合でもどこかほっとしたものを感じながら実践しているのである。精神分析療法も森田療法も家族療法も認知行動療法も,独自の信念と理論を有し,スーパービジョンを行い,学会を開催し,その専門性を高めていく。系統的精神療法はやはり我々精神科医を精神科医たらしめる絶対的アイデンティティなのである。

精神療法に対する精神科医の視座

著者: 中村敬

ページ範囲:P.836 - P.839

はじめに

 認知行動療法,精神分析的精神療法,あるいは森田療法のように一定の治療理論と技法に基づく狭義の精神療法にあっては,医師と臨床心理士など他職種の治療者との間にことさらの区別を設けてはいない。それでは精神療法に対する精神科医独自の視座とは何だろうか。ここでは精神療法を,「患者(クライアント)の苦悩を軽減するために行われる主として言語的な関わり」という程度の広い意味に解して,さしあたり思いつくことを述べることにする。

自分のこころを使うことにむけて

著者: 藤山直樹

ページ範囲:P.840 - P.842

 伝統的に精神科医にとって,精神療法のスキルは精神科医であることの本質の部分に位置する重要なものだと考えられてきた。だが日本の精神科医の通常の訓練のなかで,精神療法についての訓練が明瞭な輪郭を持ってきたとは言い難い。明確な精神療法の訓練プログラムを経験しないまま,多くの精神科医が一人前とみなされる。日本精神神経学会の専門医制度においても,精神療法の訓練はまだはっきりとした実体を持っていないように思える。

 精神療法は重要だ。そう言われながら,明確な訓練のプログラムとシステムが一般化しない。この現状を見る限り,まだ精神療法が重要なものであり,その訓練が必要なことだと,日本の精神科医はぴんと来ていないのだろう。

精神療法と治療共同体に基づく力動精神医学的チーム医療―人も自然も時も空間も,あらゆる資源を治療のために

著者: 堀川公平

ページ範囲:P.844 - P.847

はじめに

 生物学的精神医学が隆盛を極め,薬物療法が脚光を浴びる昨今,「精神療法」を臨床現場で生かすことができる精神科医はどれほどいるのでしょうか。精神科医の中には,診療報酬制度上の「精神療法」の請求要件をクリアーすべく,カルテの記事を書くことが仕事となっている人もいるでしょう。当初は疑問を抱いていても,やがては当たり前の作業となり,いつの間にかそれをもって「精神療法」としている精神科医がいるかもしれません。また一方では,「精神療法」こそが精神科医たる所以と熱心に勉強し,患者との治療関係の中に埋没し,周囲から浮いている精神科医もいるかもしれません。また,医療の一つとしではなく,研究の一つとして「精神療法」を捉え,生業としている精神科医もいるでしょう。

 「精神療法」という言葉は踊っても,この国の決して成熟しているとは言い難い精神科医療の現状,つまりは未だに長期入院患者を多く抱えざるを得ず,一向に平均入院期間の減らぬ精神科病院や,また溢れかえるほどの患者を診なければ経営がなりたたない精神科クリニックの現状をみる限り,この国で「精神療法」を生かす精神科医療とは一体何なのだろうかと思わずにはいられません。

 約20年前,民間の精神科病院の経営者,管理者への就任を機に,前述のような自らの自問自答に終止符を打つべく,「精神療法」を診察する部屋や時間の中だけとせず,病院のあらゆる空間,あらゆる時間に広げることができればと努めてきました。つまり,24時間どこにいても作用し続ける薬物療法のように,入院生活のあらゆる空間,あらゆる時間が治療となるような精神療法的方向付けを持った精神科病院を作ろうと決心したのです。

 そのモデルとなった精神科病院が今はなきメニンガークリニックであり,求めていた医療がそこで展開されていた「治療共同体に基づく多職種による力動精神医学的チーム医療」(以下,力動的チーム医療)だったのです。それから約20年が経ち,かつては2,156日を数えていた当院の平均在院日数は今では49.5日となりました。入院患者のほぼ90%を占めていた慢性統合失調症の長期入院患者の多くが退院し,今では彼らに取って代わって急性期の統合失調症や気分障害などの精神病レベルの患者や,中毒性障害や自傷行為を繰り返す成人や思春期の境界例レベルの患者が占めるようになりました。

 このような経験をふまえ,当院の「力動的チーム医療」の実際を紹介することで,薬物療法の台頭や厳しい医療経済の中で今や精神科医にとって形式化し,手詰まり感の強い精神科病院における「精神療法」について論じることができればと思います。それによって,精神科病院で働く精神科医,または国家資格化が間近という臨床心理士,さらには国家資格化を機に臨床心理士を受け入れようと考えている精神科病院の管理者,経営者の一助になればと思います。

展望

統合失調症のゲノム研究

著者: 山田和男

ページ範囲:P.849 - P.856

はじめに

 統合失調症に罹患されている方のご家族から「この病気は遺伝しますか?」という質問を受けることがある。「遺伝・遺伝子」が関与していない疾患は厳密には存在しないが,この言葉にはスティグマを感じさせる響きがある。理解しやすく過度の不安を与えない知見に基づいた説明をと考えると,それほど容易ではない。また,臨床医の先生方から「統合失調症の遺伝子研究の進捗状況」について尋ねられることがある。ゲノム解析技術は日々進歩を続けている。統合失調症の分子遺伝学的研究は連鎖解析(linkage study)から関連解析(association study)にシフトし,DNAチップによるゲノムワイド関連研究(Genome-Wide Association Study;GWAS)が普及したことから,有力な疾患関連遺伝子が次々と提唱されている。さらに次世代シークエンサー(Next Generation Sequencer;NGS)の出現で全ゲノム塩基配列の解析が始まり,ゲノム研究は非翻訳領域や翻訳後修飾までも対象として,急速に細分化してきている。しかし,現在までの知見は統合失調症の病態についていくつかの推察を与えはするものの,臨床に貢献するといえるものは未だなく,進捗状況について説明をと求められると答えに窮する。

 本稿ではこれらの問いに対する現時点で可能な答えを探すべく,統合失調症のこれまでの「遺伝・遺伝子研究」を概観し,これからの「ゲノム研究」を展望したい。

研究と報告

電気痙攣療法に関連した心静止についての検討

著者: 野嶌真士 ,   三船義博 ,   岩本崇志 ,   森田幸孝 ,   和田健

ページ範囲:P.857 - P.862

抄録

 電気痙攣療法に関連した心静止について,その危険因子や治療的対応に関する考察を加えて報告する。当科での心静止の発生頻度は23例中6例26.1%で,ECT施行回数192回中12回6.25%であり,6例中2例が心静止,およびそれに伴う頻脈性不整脈によりECTの継続を断念した。先行研究と同様に年齢,性別,基礎疾患などは心静止の発症予測因子となり得なかった。しかし,けいれん閾値が上昇して有効なけいれん発作を誘発するためにサイン波治療器が必要となった患者において,有意に(オッズ比14:95% CI1.47-133)心静止の発生頻度が高かった。Atropine sulfateによる前処置やremifentanilの併用によりけいれん閾値の上昇を抑えることで心静止発生を減少させうる可能性が考えられ,今後さらなる検討が望まれる。

簡易ソーシャル・サポート・ネットワーク尺度(BISSEN)の開発

著者: 相羽美幸 ,   太刀川弘和 ,   福岡欣治 ,   遠藤剛 ,   白鳥裕貴 ,   松井豊 ,   朝田隆

ページ範囲:P.863 - P.873

抄録

 本研究では,受領サポートと提供サポートの両側面から,知覚されたソーシャル・サポート・ネットワークを測定する簡易ソーシャル・サポート・ネットワーク尺度(BISSEN)を開発し,その信頼性と妥当性の検証を行った。無作為抽出された茨城県笠間市の成人男女2,200名に郵送調査を実施し,940名から有効回答を得た(42.7%)。再検査信頼性の検討にあたっては,大学生と大学職員20名を対象に,1~2週間の間隔を空けて2回の調査を実施した。因子分析を行った結果,BISSENは受領・提供サポートともに,サポート対象の種類による6因子で構成されていることが分かった。内的整合性と再検査による信頼性,収束的・併存的妥当性の検討を行った結果,BISSENは高い信頼性と妥当性を備えた尺度であることが確認された。

妻の妄想に感応したパーキンソン病の初老期男性の1例

著者: 新川祐利 ,   針間博彦 ,   梅津寛 ,   齋藤正彦

ページ範囲:P.875 - P.880

抄録

 妻の妄想に感応したパーキンソン病の初老期男性例を報告した。患者はX-11年(53歳)にパーキンソン病を発症した。X-6年(58歳),妻は「電磁波で攻撃され体がしびれる」という身体的被影響体験や「電磁波で悪口を送ってくる」という幻聴とそれらに基づく被害妄想を呈し,翌年,患者は妻の被害妄想に感応した。X年(64歳),2人は当院を初診し別々の病棟に医療保護入院となった。患者には被害妄想とともに幻聴と身体的被影響体験の感応が疑われる訴えもあった。妻が統合失調症を発症した後,患者は妻の症状に感応したと考えられたが,パーキンソン病による精神病症状の鑑別を要した。入院後は抗精神病薬を投与せず,妻からの分離のみで「電磁波」の訴えは消失したため,感応精神病と診断された。パーキンソン病が感応の成立に影響を与えた要因として,心理社会的要因には社会的孤立と妻優位の関係性の強化,脳器質的要因には軽度認知障害による現実検討力の低下が考えられた。

短報

Galantamineの効果および副作用の検討―Behavioral and Psychological Symptoms of Dementiaに対する効果を中心に

著者: 田中宗親 ,   喜多洋平 ,   野澤宗央 ,   熊谷亮 ,   一宮洋介 ,   新井平伊

ページ範囲:P.881 - P.884

抄録

 2011年にアルツハイマー病(AD)の治療薬として認可されたgalantamineについて,その効果と副作用の評価を行った。対象はgalantamineの服用が開始されたAD患者41名で,すでにdonepezilによる治療が行われていた「前治療あり群」19名と,未治療の状態から服用を開始した「前治療なし群」22名とで比較した。両群とも,MMSEは服用開始前後で有意差を認めず,症状進行の抑制が示された。また,両群ともNPIは服薬開始後に有意に低下しており,抑うつと不安に改善が認められた。治療中断に至る副作用として消化器症状が4名に認められたが,精神症状の副作用は認めなかった。GalantamineはBPSDの改善という点において,特に優れた効果を有すると考えられた。

ミニレビュー

計算論的精神医学の可能性―適応行動の代償としての統合失調症

著者: 山下祐一 ,   松岡洋夫 ,   谷淳

ページ範囲:P.885 - P.895

抄録

 神経科学におけるモデルや理論に基づくアプローチの重要性の認識に伴い,この手法の精神医学への応用(計算論的精神医学)が期待されている。本論文では,筆者らがこれまで報告してきた適応行動のモデル研究に基づいた計算論的精神医学の試みを紹介する。実験では,幻覚・妄想,自我障害,行動異常を含む統合失調症の多彩な症状が,階層的な神経回路における機能的断裂と,これによって生じる予測誤差最小化プロセスの異常に対する代償として理解できることが示された。この結果は,統合失調症の病態に対するシステムレベルでの原理的説明を提供し,計算論的精神医学が,神経・精神疾患の研究に貢献できる可能性を示唆している。

連載 「継往開来」操作的診断の中で見失われがちな,大切な疾病概念や症状の再評価シリーズ

神経衰弱neurasthenia―森田の視点を含めて

著者: 北西憲二

ページ範囲:P.896 - P.898

はじめに

 日本の医学あるいは精神医学の歴史において,神経衰弱という用語や概念が論じられるようになったのは,日本に西欧の医学が導入された明治時代以降である。近代化とともに始まった日本の精神医学の揺籃期には,神経症性障害の概念は神経衰弱の検討から始まった。本稿では,神経衰弱の西欧と日本における変遷を紹介し,それが現在の日本の精神医学の臨床でどのような診断的地位を占めているのか,その概念がどのように理解されているのか,その現代的意義などについて述べる。

東日本大震災・福島第一原発事故と精神科医の役割・8

放射線災害への不安と精神科医

著者: 丹羽真一 ,   金吉晴 ,   秋山剛

ページ範囲:P.899 - P.908

はじめに

 本稿では放射線災害への精神科医の対応に焦点を当てて述べるので,特に福島県の状況について述べることとする。また,本稿は一般県民についての報告であるので,原発従事者・原発事故処理従事者のことには触れない。

 放射線災害についての精神科医の取り組みとしてわが国で知られているのは,長崎の原爆被ばくのあとの中根ら8,9),Kimら4)の調査研究報告である。また,原子力災害への対策を記したものとして,吉川らが作成にかかわった「原子力災害時における心のケア対応の手引き」(原子力安全研究協会編)2)がある。原爆ではない原子力の利用の際の放射線災害に関しては東海村におけるJCO臨界事故についての蓑下らの報告3,7)がある。しかし,福島第一原発事故による放射線災害は1986年のチェルノブイリ原発事故に次ぐ規模の災害であり,わが国では未曾有の事態であって,こうした災害への精神科医の取り組みとしては初めての経験であった。

 チェルノブイリ原発事故の後20年を機として開催された国際原子力機関IAEAが中心となって開かれたチェルノブイリ・フォーラム5)あるいはLagonovskyらの研究報告6)では,精神的な影響が大きな問題であることが述べられている。2011年の福島第一原発事故の後の経緯をみても,メンタルヘルスへの影響が大きな問題となってきた。原発事故の後の放射線災害への不安がもたらしたメンタルヘルスへの精神科医の取り組みをまとめておくことは,わが国の歴史上経験のない事態であるだけに重要であると考えられる。なお,福島県における震災・原発事故後の精神保健に関する支援は,被災全体に対する支援ではあるが,原発事故に伴う避難者の数が圧倒的に多いので,実質的には放射能汚染への不安についてのものとなっていると考えられることから,本稿では放射線災害への不安に対する精神科医のかかわりを福島県における精神保健に関する支援全体として広くとってまとめておきたい。

動き

「第21回世界社会精神医学会」印象記

著者: 井上弘寿 ,   井上かな ,   西依康 ,   須田史朗 ,   加藤敏

ページ範囲:P.909 - P.910

 第21回世界社会精神医学会(World Congress Social Psychiatry)が2013年6月29日から7月3日までポルトガルの首都リスボンのリスボン大学で開催された。世界80か国以上から1,000名を超える参加があり,わが国からの参加者数は50名を超え世界第3位であった。

 大会のテーマは「The bio-psycho-social model:The future of psychiatry(生物心理社会モデル:精神医学の未来)」である。以下に学会の主な講演,シンポジウムの内容をダイジェストする。

追悼

加藤清先生を偲んで

著者: 山中康裕

ページ範囲:P.912 - P.914

 2013年6月27日早朝,加藤清先生の訃報が飛び込んだ。先生は大正10年(1921)のお生まれだから,享年92歳。近しい友人が筆者も誘ってくれて,芦屋のインドネシア料理店での,先生の卒寿(90歳)のお祝いに駆け付けたことがあった。あの時も独特のトーンのお声で,「医者なんかよりも,霊位(加藤先生の造語で,たましいの位,といった意味か?)の高い分裂病(統合失調症)の患者さんが多かったからね~」という話をなさり,「キミ,精神医学こそ,臨床医学の基礎学なんだよ」と熱く語られていたから,ごく自然に帰天されたのだろうと思われる。

 この年齢水準の精神科医でお元気なのは,筆者の知る限りでは元東大教授の臺弘先生や芸術療法の徳田良仁先生くらいで,DSM世代の若い精神科医たちには,なじみも薄いと思うので,少し詳しく書くが,先生は知る人ぞ知る,三界に通じる独特の宇宙観・世界観を持った方で,トランスパーソナルは言うに及ばず,スピリチュアリティ,ディープ・エコロジカル・エンカウンター(これも加藤先生の造語)とかの領域で,真のホリスティックなトータリテイー精神医学を追究された第一人者であった。沖縄のノロやカムダーリ(巫病)やバリ島の実地調査,「樹林一体気功」「寂体」などoriginalな考えが沢山ある方で,精神科医のみならず,先生を慕う臨床心理士も多かった。徳田先生の芸術療法学会創立にも関った方であり,日本芸術療法学会賞をお受けになっている。

書評

―松下正明 総編集 井上新平,内海 健,加藤 敏,鈴木國文,樋口輝彦 編―精神医学エッセンシャル・コーパス3―精神医学を拡げる

著者: 江口重幸

ページ範囲:P.916 - P.916

 精神医学関連の施設や図書館ならば,今でも,真紅の堅牢な表紙で装丁された『現代精神医学大系』(全25巻56冊)が書棚に並ぶ一画があるだろう。この『大系』は,規模といい内容といい,日本の精神医学にとって空前絶後の企画であり,同時代このシリーズのお世話にならなかった精神科医はいなかったと思われる。そこに収められた全650編の論文の中から,25編をセレクトして3巻(『精神医学を学ぶ』『―知る』『―拡げる』)に編集したものが,この『精神医学エッセンシャル・コーパス』である。

 『現代精神医学大系』は1975~1981年にかけて順次刊行されており,その最終巻が出てからすでに30余年が経つことを改めて知ると感慨深い。評者は1977年に医学部を卒業したが,ここに所収された論文は,駆け出しの精神科医の時に,コピーに何色かの色鉛筆で線を引いて,書き込みをし,すべて吸収しようと試みたものであり,それらは書斎の隅でまだ眠っているであろう。

学会告知板

第7回レビー小体型認知症研究会

ページ範囲:P.895 - P.895

開催日 2013年11月2日(土)

場所 新横浜プリンスホテル(〠222-8533 横浜市港北区新横浜3-4 新横浜駅徒歩5分)

論文公募のお知らせ

テーマ:「東日本大震災を誘因とした症例報告」

ページ範囲:P.839 - P.839

「精神医学」誌では,「東日本大震災を誘因とした症例報告」(例:統合失調症,感情障害,アルコール依存症の急性増悪など)を募集しております。先生方の経験された貴重なご経験をぜひとも論文にまとめ,ご報告ください。締め切りはございません。随時受け付けております。

ご論文は,「精神医学」誌編集委員の査読を受けていただいたうえで掲載となりますこと,ご了承ください。

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今月の書籍

ページ範囲:P.915 - P.915

次号予告

ページ範囲:P.918 - P.918

投稿規定

ページ範囲:P.919 - P.920

著作財産権譲渡同意書

ページ範囲:P.921 - P.921

編集後記

著者:

ページ範囲:P.922 - P.922

 本号の構成をみると,改めて精神医学の幅広さに気付かされる。「展望」では,統合失調症のゲノム研究の最近の動向について,GWASに関する最近の研究成果から,今後の方向性として,次世代シークエンサーを用いて,ますます膨大なゲノムデータを用いて解析が進められることが紹介されている。一方,オピニオンでは,“精神科医にとっての精神療法の意味”というテーマで,さまざまな立場の精神療法家が精神療法について語っている。さらに,ミニレビューでは,“計算論的精神医学の可能性”というタイトルで,予測誤差最小化メカニズムの異常と神経回路の機能的断裂について,統合失調症をはじめとするさまざまな精神神経疾患の神経モデルとして,神経ロボティクスを用いた実証的な研究デザインが紹介されている。いずれの領域も精神医学において重要な領域である。ただし,これらは,おそらく学生時代に教わることはないだろう。卒業後でもどうだろうか。

 上記3つのテーマのうち,最も臨床に近いのは,オピニオンでのテーマだろうか。その中で,最近の若手精神科医が生物学的精神医学に偏りすぎて,精神療法を十分学んでいないとの嘆きが感じられる。果たしてそうか。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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