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雑誌目次

論文

精神医学56巻11号

2014年11月発行

雑誌目次

巻頭言

震災の後に

著者: 小髙晃

ページ範囲:P.918 - P.919

 東日本大震災から3年8か月が過ぎた。当地・宮城県ではようやく復興住宅ができはじめたものの,未だ多くの方々が仮設住宅などでの生活を続け,依存症や自死の問題が浮上しつつある。巨大な災害からの立ち直りに向けて,長期的な視点と体制が必要とされている。一方,この時期に,幾分か冷静に震災当時を振り返る機会も増えてきた。
 震災直後の外来では,多くの方が,地震・津波の不安や眠りが浅いことを訴えていたが,数か月を過ぎると,避難所の生活の中で生き生きと過ごせると話す方も出てきた。実家が被災したため,都市部での単身生活を決意した方もいた。

展望

多言語使用と老年期の認知機能

著者: 田宮聡

ページ範囲:P.921 - P.929

はじめに
 移民の多い欧州諸国やアメリカ合衆国,複数の公用語があるカナダなどでは多言語使用は珍しくなく,多言語使用に関する研究が盛んである。中でも最近注目されているのは,多言語使用と認知機能,特に遂行機能や記憶との関連である(たとえばBaracら)2)。また,CT,MRIなどの脳画像検査を駆使した多言語使用研究も多い(たとえばMechelliら)29)。その中で,多言語使用に関する言語心理学的な知見や,多言語使用者を対象とした研究によって得られる脳科学的知見が集積されつつある。翻って,基本的に単一言語国家である日本においては多言語使用は例外的とみなされがちであって,一部の言語学者や教育関係者を除き,多言語使用に対する関心は高くない。ここには,日本在住者の大部分は単言語使用者なので多言語使用の研究のニーズが乏しいという事情に加え,研究対象となる多言語使用者が日本には少ないので,十分な対象者数を得にくいという状況もあろう。しかし,在日コリアンを対象とした金らの研究25)のように,日本でも多言語使用の研究は数は少ないが発表されている。
 本稿においては,日本の老年精神医療関係者に多言語使用研究を紹介するために,多言語使用と老年期の認知機能,特に認知症との関連についての海外文献を中心に展望する。そして,日本の多言語使用研究の発展を期待したい。以下,バイリンガリズム(Bilingualism)を含む多言語使用(Multilingualism)および多言語使用者(Multilingual)をB,単言語使用(Monolingualism)および単言語使用者(Monolingual)をMと略記する。
 従来,認知症患者の臨床的重症度と脳病理所見とが一致しない例があることが知られており,これを説明するために,予備力(reserve)という概念が提唱された。現在では多くの場合,脳の予備力(brain reserve)または神経学的予備力(neurological reserve)と,認知的予備力(cognitive reserve;CR)または行動的予備力(behavioral reserve)を区別する36)。前者は脳の形態学的相違に帰せられる神経系の変化であり,頭囲を指標とした脳体積,シナプス数,神経細胞数などである。これらの予備力が大きいほど,認知症の病理学的プロセスのダメージを受けない部分,いわば脳の余力が大きいことになる。後者は脳の機能的相違に帰せられるものであり,代替(alternate)神経回路による補償(compensation)や,従来の神経回路の効率(efficiency)上昇などにより,病理学的過程で失われた機能をカバーすることになる。最近のこの分野の研究は主に後者の機能的変化について行われているので,本稿においては予備力=CRとして論を進める。CRに寄与する要因として,社会的要因,精神的要因,身体的要因が検討されてきている。具体的には,学歴や職歴に加え,読書,楽器演奏,身体的運動などの生活スタイルが挙げられている17,33)。生活上経験する刺激が豊富であるほどCRは高まるとされ,認知症のリスクが低下するとされる17)。このうちの精神的要因の1つとしてBが注目されている。後に紹介するBialystokらの報告6)によると,多言語使用の認知症保護作用は,刺激的な精神活動全般の保護作用と同等であるという。社会の高齢化に伴って認知症研究の重要性が高まる中,認知症の発症に関わる要因を理解することはきわめて重要である。そしてその要因が操作可能なものであれば,予防手段ともなる。もし多言語使用がそういう要因の1つであるならば,認知症予防につながる方策として注目すべきものであろう。
 Bと認知機能との関連についての研究は,特に1990年代から欧米を中心に盛んに発表されている。小児や若年成人を対象としたものが多く,概して,BはMに比して遂行機能検査の成績が優れているという報告が多い(たとえばCarlsonら)10)。これは,Bは1つの言語を使用している間は他の言語の活性化を抑制する必要があり,日常的にそういった経験をするために,不必要または無関係な情報や刺激に対する反応を抑制する能力全般が発達すると説明されている22)。また,ある言語と他言語を切り替えて使用するいわゆるコードスイッチングのような言語行動は,これも遂行機能を高めるとされる。脳の遂行機能は一般に,課題の切り替えに対する適応の良否をもとに測定されるからである。そしてこうして高められた遂行機能は,CRに寄与すると考えられる。たとえば,脳の抑制的制御は加齢とともに衰えることが知られている23)が,Bの経験がこれを補うのである。さらに最近では,抑制的制御をはじめとする遂行機能のみならず,記憶(たとえばSchroederら)34)やモニタリング機能(たとえばBialystok)3)などの認知機能に関してもBの優位性が示されている。これが,Bと老年期の認知機能との関連が研究対象となる背景である4)

研究と報告

触法精神障害者の長期入院例—社会復帰阻害要因に焦点をあてて

著者: 小池純子 ,   針間博彦 ,   宮城純子 ,   森田展彰 ,   中谷陽二

ページ範囲:P.931 - P.940

抄録
 触法精神障害者の社会復帰阻害要因を探る目的で,長期入院例を対象に調査を行った。一自治体病院に,10年以上入院している触法精神障害者13名の入院経過から,入院後に引き続き繰り返される問題行動と現在の精神症状に着目した分析を行った。その結果,患者はそれぞれ,精神症状は強くないが問題行動が多い(1名),精神症状が重篤である(9名),他害行為や症状の重篤さよりも社会復帰支援体制の不十分である(3名)という特徴を有することが示された。精神症状が重篤である場合,陽性症状が再燃する患者(5名)と,陰性症状が前景にある患者(4名)に分けられ,全体に占める割合が最も多い特徴は,精神症状が重篤であることであった。

希死念慮を抱く大学生の自殺リスク要因についての検討—場面想定法による他者の自殺への共感性の高さと相談相手に関する考察

著者: 足立知子 ,   古橋忠晃 ,   河野荘子

ページ範囲:P.941 - P.950

抄録
 本研究では,大学生の中で「死にたい」という気持ち(希死念慮)を抱える者が潜在的にどの程度の割合で存在し,それを誰に相談するのか,また,他人の希死念慮にどのような反応を示すのかについて場面想定法を用いて検討を行った。その結果,希死念慮を抱いた経験のある者は3割以上に上り,大学生の中に自殺リスク者が存在していることが示された。また,希死念慮を抱える現代の大学生は,「身近な他者」よりむしろ「遠い他者」に相談しやすく,他者の希死念慮に共感しやすいことが示された。こうしたことから,身近な他者に相談しにくい彼らを取り巻く支援ネットワークのさらなる充実が課題であると言える。

入院時大うつ病症例における気質と転帰の関連

著者: 若槻百美 ,   鈴木克治 ,   仲唐安哉 ,   橋本直樹 ,   中川伸 ,   井上猛 ,   久住一郎 ,   小山司

ページ範囲:P.951 - P.957

抄録
 Akiskalらは気質を定量化する目的で自記式質問紙であるTEMPS-A(Temperament Evaluation of Memphis, Pisa,Paris and San Diego-autoquestionnaire version)を作成した。我々はTEMPS-A短縮版で測定される気質と入院大うつ病性障害症例(MDD)の転帰との関連を検討した。2007年4月から2008年3月に当科入院し入院時にMDDと診断された症例のうち,2009年7月時点で診断が気分障害圏である23例を対象とし,診療録を用いた後方視的研究を行い,TEMPS-A短縮版の記載を依頼した。平均観察期間1年10か月で22%が双極性障害(BP)に診断が変更され,BP群は循環気質の点数がMDD群と比して有意に高かった。循環気質の高得点群では,寛解率が低く,抗うつ薬内服中の躁転が多く,抗うつ薬のwear-offが少なかった。気分障害診療における気質の把握の有用性および,TEMPS-A短縮版で検出される循環気質が双極性障害の予測因子となる可能性が示唆される。

うつ病患者のbipolarityに関する後方視的検討

著者: 岩本崇志 ,   板垣圭 ,   柴崎千代 ,   小早川英夫 ,   竹林実

ページ範囲:P.959 - P.965

抄録
 Bipolarityを客観的に評価する目的で,Sachsが考案したbipolarity index(以下,BI)とGhaemiらによるpotential bipolar(以下,PB)をスコア化して後方視的に検討した。うつ病エピソードで入院歴があり,その後1年以上経過観察し診断に至った,うつ病,反復性うつ病,双極性障害の3群を対象とした。BIとPBスコアはお互い有意に相関し,2つのスコアから3群の分類が可能であった。BIおよびPBの下位項目について,ともに双極性障害群で有意に高く,さらにPBはうつ病群と反復性うつ病群が区別できる項目が多かった。したがって,BIとPBは,うつ病の双極化だけでなく反復化も反映し,一部予測に使用できる可能性があり,今後の検討が望まれる。

東日本大震災後の精神疾患患者における社会機能の変化—総合病院精神科の通院患者を対象として

著者: 井上弘寿 ,   井上かな ,   須田史朗 ,   塩田勝利 ,   小林聡幸 ,   岸浩一郎 ,   加藤敏

ページ範囲:P.967 - P.980

抄録
 精神疾患患者における東日本大震災後の社会機能の変化を調べることを目的として,自治医科大学附属病院精神科外来に定期的に通院していた938名の患者のうち研究参加の同意が得られた701名を対象に,①2011年3月11日の直前の受診日,②同年4月11日から7月11日の調査期間中の最初の受診日におけるGAFの社会機能尺度(GAF-F)を評価した。その結果,震災後にGAF-Fが低下した患者は全患者の17%を占め,GAF-Fの平均低下量は22であった。震災後のGAF-Fの平均低下量は,神経症圏および気分障害が統合失調症圏よりも有意に大きかった。したがって,大災害後,精神疾患患者,特に神経症圏および気分障害の患者における社会機能の低下に注意が必要であると考えられる。

私のカルテから

問題行動を繰り返し院内自殺した神経性大食症の1症例

著者: 内海雄思 ,   中村徹 ,   安宅勇人 ,   馬場元 ,   鈴木利人 ,   新井平伊

ページ範囲:P.981 - P.983

はじめに
 神経性食欲不振症(anorexia nervosa;AN)と神経性大食症(bulimia nervosa;BN)に代表される摂食障害は,多くは思春期・青年期に発症する。その後,軽快と再燃とを繰り返しながら経過するが,10〜20%が十年以上を経過し慢性化し1,4),体重低下などの身体的問題や自殺などにより死の転帰をとることもある9)。今回我々は特徴的な問題行動を繰り返し,院内で縊首により自殺既遂したBNの女性症例について報告する。なお症例の報告においては,症例の特徴を損なわない程度に,個人情報が特定できないよう配慮した。

「精神医学」への手紙

糖尿病が関連するLi中毒に性差はあるのか

著者: 長嶺敬彦 ,   中村研 ,   米澤治文 ,   高橋俊文 ,   花房友徳 ,   寺園崇

ページ範囲:P.984 - P.985

Liは諸刃の剣
 Liは気分障害に有効性の高い治療薬であるが,安全性に危惧がある。Liの副作用に関する系統的レビューおよびメタ解析によれば,Liは尿濃縮能の低下,甲状腺機能低下,副甲状腺機能亢進,体重増加と関連する4)。臨床上問題となるレベルの腎機能障害に至るリスクは少ないが4),Liはさまざまな副作用を惹起し,とくにLi中毒はときに不可逆的なダメージを身体に与える5,7)

書評

—野村総一郎,中村 純,青木省三,朝田 隆,水野雅文 シリーズ編集 野村総一郎 編—《精神科臨床エキスパート》—抑うつの鑑別を究める

著者: 渡邊衡一郎

ページ範囲:P.966 - P.966

 今から10年前,「抑うつ」は治療が簡単な病態とみなされていた。当時,治療の主流となっていた選択的セロトニン再取込み阻害薬(SSRI)はQOLに悪影響を及ぼすような副作用が少なく,抑うつ症状だけでなく,さらには不安にもその効果のスペクトラムが広がったためである。しかし昨今,「抑うつ」との主訴ながら治療者が難渋する例をよく目にする。抗うつ薬治療が時として負の転帰をもたらす病態があることも分かってきたし,双極性障害への関心も高まってきた。そのような中で今回のズバリ「鑑別を究める」と題された本書を,一気に読んだ。また医局に本書を置いていたところ,何人もの医局員が関心を持って読んでいた。
 本書は編者である野村総一郎氏が今最もこだわり,かつ究めたいと思う内容と推察できるものであり,執筆者も各サブスペシャリティのエキスパートたちである。編者自身による「序論:抑うつ診断の難しさ」における本書の論点の整理,さらには気鋭の杉山暢宏氏による「抑うつの精神医学的意味」における,「抑うつ」というものの原点に戻って診断・治療について再考するという作業。まず,この2章で頭が整理された後に,鑑別となる多くの疾患について,「抑うつ」症例を詳細に呈示している。さらに,最新のDSM-5を用いて診断基準を説明するだけでなく,鑑別のポイントや診断のためのツールまでも紹介している。統合失調症や発達障害,パーソナリティ障害,身体疾患,児童思春期の疾患から高齢者のアルツハイマー病に至るまで,「抑うつ」を示し得るほとんどの疾患が網羅されている。どの章も図表を用いて非常に分かりやすくポイントが示されている。また治療を含めた対応についても具体的に記載されており,読者に優しく手を差し伸べている。

—三宅 薫 著—行って見て聞いた—精神科病院の保護室

著者: 今村弥生

ページ範囲:P.988 - P.988

サービスの本質は隠れた所にこそあぶり出される
 本書はタイトルが示す通り,著者が一精神科看護師として,見学可能な日本の精神科病院に足を運び,保護室の構造,あり方を研究した労作です。大判の本の大きな帯には,中井久夫先生からの「こんなにきめ細かな保護室の記録は,世界に例がないんじゃないか?」とのコメントがあります。確かに,「写真で見る保護室」の章において,全国35か所の精神科病院で撮影された大量の資料写真が配置され,詳細に解説されている様を見ると,建築関係の本に近いような印象です。しかし,単なる保護室のカタログにとどまらず,著者による各保護室の印象記や,各施設の看護師による意見(自施設の保護室の良い点,改善すべき点)も記されており,それが最終的に「保護室における生活の援助とは」という著者の意見に結び付きます。

学会告知板

浜松医科大学精神科・児童精神科合同連続講座 第5回目

ページ範囲:P.957 - P.957

会 期 2015年1月10日(士) 13:30〜17:40、1月11日(日) 9:00〜12:00
会 場 遠鉄百貨店新館8階えんでつホール(静岡県浜松市中区旭町12-1)

論文公募のお知らせ

テーマ:「東日本大震災を誘因とした症例報告」

ページ範囲:P.950 - P.950

「精神医学」誌では,「東日本大震災を誘因とした症例報告」(例:統合失調症,感情障害,アルコール依存症の急性増悪など)を募集しております。先生方の経験された貴重なご経験をぜひとも論文にまとめ,ご報告ください。締め切りはございません。随時受け付けております。
ご論文は,「精神医学」誌編集委員の査読を受けていただいたうえで掲載となりますこと,ご了承ください。

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今月の書籍

ページ範囲:P.986 - P.986

次号予告

ページ範囲:P.987 - P.987

投稿規定

ページ範囲:P.989 - P.990

著作財産権譲渡同意書

ページ範囲:P.991 - P.991

編集後記

著者:

ページ範囲:P.992 - P.992

 わが国に医療観察法医療が導入されて,来年7月で10年を迎える。この医療観察法の附則に一般精神医療の質の向上を図ることとあるように,本法が成立後,「入院医療中心から地域医療福祉中心へ」の流れが生まれ,「良質かつ適切な精神障碍者に対する医療の提供を確保するための指針」の厚生労働大臣告示がなされるとともに,医療観察法病棟では治療計画,退院計画が多職種のケース会議で綿密に検討され,通院医療においても多職種での危機介入の取り組みがなされ,それらの取り組みが一般精神科医療にも波及するなど,この医療観察法医療が精神科医療全般の水準の向上に果たした役割はきわめて大きい。しかし,それでも5年を超える長期入院が問題化してきている現在,医療観察法の無かった頃からの自治体精神科病院での10年を超える触法精神障碍者の社会復帰阻害要因を調査解析した論文はきわめて示唆に富み,考えさせられた。特に,陰性症状が重篤で,機能低下が著明なため長期入院しているが,問題行動を起こすリスクは低減しているケースの処遇を巡る議論は,最近問題となっている認知症の触法精神障碍者の精神医療の在り方とも関連している。来年の医療観察法の見直しの議論に拍車がかかり,医療観察法医療と精神保健福祉法での非自主的入院医療とをどのように再構築していくかという喫緊の課題が本誌を中心に論じられるようになってほしいと願っている。
 本号の巻頭言では,わが国の東北復興のプログラムの根幹にマインドマターズを置くべきであること,それは「病になる前に戻る回復のニュアンスではなく,病を体験した後に新たな人生を生きる,再生のニュアンスこそ重要である」というリカバリーの理念そのものであること,オーストラリア/ニュージーランドの精神保健福祉政策の根幹にあるのも同様であるというご指摘は誠に正鵠を得ており,精神科の医療関係者がもっと声を上げるべき時に来ていると痛感した。その他,震災関連,自殺関連や感情障害の気質関連などの研究と報告をはじめとする玉稿が集まり感謝している。査読した記憶の新しい「糖尿病での減塩食後のLi中毒」の既報に対して,糖尿病治療中のLi中毒の性差も含めた病態機序の解説が「精神医学への手紙」に掲載され,大変勉強になった。この手紙欄は本誌の命であるので,いっそう多数の先生方のご投稿をお待ちしている。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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