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雑誌目次

雑誌文献

精神医学56巻2号

2014年02月発行

雑誌目次

巻頭言

遺伝学と統合失調症

著者: 有波忠雄

ページ範囲:P.98 - P.99

 統合失調症は種々の遺伝要因に環境要因が重なって発症に至ると考えられている。しかし,発症に至る病因分子病態の解明はまだまだという段階である。病因分子の解明には遺伝学的アプローチが有用であり,これまでも分子遺伝学的研究が果たした役割は大きい。ゲノム解析の強みは,原因か結果かの問題をクリアできることである。多くの場合受精時からすでに持っているので,特定のゲノム多様性や変異が特定の病気の人に多い,あるいは少なければ,何らかのメカニズムで病因として作用している蓋然性が高いと判断できる。この点がエピゲノム解析やタンパク質解析,画像解析,生理学的解など状態を把握する解析と異なる点で,ゲノム解析の長所である。逆に,診断や経過の指標には直接役立たない可能性があるという側面も持つ。

 筆者は,精神科臨床から遺伝学の仕事に移り,精神疾患の分子遺伝学に関する研究に携わってもう20年以上になる。始めた頃はDNA配列が分かっている遺伝子も少なく,被検者のDNAシークエンスも簡単ではなかった。しかし,その後,精神疾患でも分子レベルでの解明は飛躍的に進むのではないかと期待を抱かせる技術革新が相次いだ。振り返ると,期待が大きかっただけ失望の連続であった。特に自験データも含めて最初に提示されたポジティブな結果が他の集団で追認できないことが最初の頃は実に不思議に感じた。筆者の研究室ではアレルギー疾患も解析していたので,この不思議な印象は一層深まった。他の集団による結果の再現性という面ではアレルギー性疾患のほうがはるかに容易だったのである。しかし,容易には結果が再現されないことが重要な知見で,アレルギー疾患に比べて統合失調症は表現型と遺伝子の対応が密接でないこと,関係しているゲノム多様性や変異の数が多いことなど,免疫系と脳機能との違いの一端を示していると考えられる。それであっても最近の,特にゲノムワイド関連解析の研究は,困難と言われた統合失調症の遺伝学について着実な知見をもたらしており,統合失調症研究において遺伝学に期待されたものが現実のものとなりつつあることを実感している。

展望

魔法の鈴―メディアを自殺予防に活用できるか

著者: 太刀川弘和

ページ範囲:P.101 - P.111

はじめに

 モーツァルトの有名なオペラ「魔笛」の第2幕で,鳥打ちの猟師パパゲーノが,愛する女性パパゲーナを失ったと思い,絶望して自殺を試みようとする有名な場面がある2)。ところが,3人の童子に魔法の鈴を使うよう勧められて鳴らしたところ,不思議なことにパパゲーナが現れ,2人は喜んで子どもを大勢作るぞ,と大はしゃぎし,パパゲーノは自殺をやめる。では,現実に自殺予防活動で「魔法の鈴」になり得るものはあるだろうか。

 これまでのメディアと自殺に関する多くの言説は,特にマスメディアが先行する自殺事例を報じて群発自殺を惹起するといった,報道が自殺にもたらす負の影響を強調しており,実際それを確認する多くの事例もみられてきた33,39)。たとえばわが国では,1903年には旧制一高の学生が「人生不可解」なる遺言を遺して華厳の滝から投身自殺した際,これが知的な自殺として盛んに報道された後に群発自殺が生じた。1986年にはアイドル歌手が投身自殺した際,遺体写真を含めて詳細な背景を週刊誌が報じ,後に群発自殺が生じた。1993年には自殺手段を詳述した本がベストセラーとなり,そこに記載された自殺手段の模倣自殺が増加した。

 また,近年登場したメディアであるインターネットが引き起こした自殺事例も記憶に新しい39)。2004年にはインターネットの自殺をテーマにした交流サイトで知り合った集団による練炭自殺事件があった。2008年には硫化水素を用いた自殺方法を詳細に語った巨大掲示板の書き込みから,これを模倣する群発自殺が生じた。最近でも,中学生の自殺からいじめ問題の責任追及報道が激化し,同年齢の群発自殺と思われる事例23)が生じている。

 しかし最近,内外ではメディアの自殺予防効果の検討や,むしろ自殺予防にメディアを積極的に活用しようとする動きも出てきている。そこで本稿では,メディアが自殺を促進する可能性,自殺予防を促進する可能性の両方の報告を概観した後,自殺予防にメディアを活用する活動を紹介し,メディアの認知心理学理論もふまえて,今後のわが国におけるメディアを活用した自殺予防対策,すなわちメディアがいかにして「魔法の鈴」となり得るか,について些少の提言を行いたい。

精神科医療と緩和ケア―認知症の緩和ケアを考える

著者: 小川朝生

ページ範囲:P.113 - P.122

はじめに

 精神科医療,精神障害と緩和ケアについて考えるとき,みなさまはどのようなイメージを持たれるだろうか。総合病院に勤務をされている方では,精神科医が関わる緩和ケアチームで,せん妄やうつ病への対応をすることを考えられるだろうか。あるいは,精神科病院にお勤めされている方では,統合失調症の患者のがん治療や終末期医療を考えられるのかもしれない。

 精神科医療と緩和ケアとの関係は,次のようにいくつかに分けて考えることができる。

 ①がん患者へ提供する緩和ケアの一領域としての精神症状緩和:せん妄の治療やうつ病への対応に加え,より広い精神心理的支援

 ②精神疾患を抱えた患者のがん治療・緩和ケア:具体的には統合失調症を持った患者ががんに罹患した場合のケア

 ③がん以外(非悪性腫瘍)の疾患の緩和ケア

 おそらく,精神科医が考える緩和ケアのイメージは大きくは①,加えて②となるのかもしれない。

 わが国においては,2007年に施行された「がん対策基本法」の影響を受けて,緩和ケアはがん医療とほぼ一体となって推進されている実態がある。たしかに,緩和ケア病棟や緩和ケアチームが対象とする疾患は,診療報酬上悪性腫瘍と後天性免疫不全症候群(acquired immune deficiency syndrome;AIDS)に限定されている。薬物療法の大幅な進歩により,HIV感染症で緩和ケアを必要とする場面は非常に限定されるに至った結果,事実上わが国では緩和ケアと言えばがん医療と同一視されるのももっともと言える。

 しかし,海外をみると,緩和ケアをとりまく状況は全く異なる。たとえば,英国では2010年に開催された英国緩和ケア関連学会(8th Palliative Care Congress)において,高齢化社会の主たる課題を「認知症」とするとともに,緩和ケアの主たる対象を「認知症の緩和ケア」にすでにあてていた。2013年6月には,ヨーロッパ緩和ケア学会(European Association for Palliative Care;EAPC)が,認知症の緩和ケアに関する提言を公開し,11の領域で57の提言を掲げている(White paper defining optimal palliative care in older people with dementia)42)。高齢化社会を軒並み迎えている先進国では,緩和ケアの主たる対象はもはやがんではなく,認知症なのである。

 海外においては,緩和ケアの主たる対象は,がんから認知症に移ろうとしている。しかし,日本においては,「認知症患者は意思決定ができないから緩和ケアの対象ではない」という誤解もあり,さらに自体を複雑にしている。

 このように,海外とわが国では,精神科医療と緩和ケアの関係は大きく異なる。このような差が生じた背景には,緩和ケアのアプローチに対する認識のギャップも影響しているのかもしれない。わが国においては,緩和ケアは「終末期ケア」の色彩が濃い。言いかえれば,緩和ケアは治療の施しようがなくなった時に,症状を緩和する対症療法ととらえられがちである。しかし,ヨーロッパを中心に,緩和ケアは健康政策の一環として公衆衛生的な取り組みと認識され,人の生死に当たる「苦悩からの予防」が強調されている。

 上記のようなギャップを埋めるためには,緩和ケアの背景を振り返るのが有益かもしれない。本稿では,緩和ケアの展開の歴史をみつつ,主に認知症に対する緩和ケアのアプローチを紹介したい。

研究と報告

日本版青年・成人感覚プロフィールの構成概念妥当性―自閉症サンプルに基づく検討

著者: 平島太郎 ,   伊藤大幸 ,   岩永竜一郎 ,   萩原拓 ,   谷伊織 ,   行廣隆次 ,   大西将史 ,   内山登紀夫 ,   小笠原恵 ,   黒田美保 ,   稲田尚子 ,   原幸一 ,   井上雅彦 ,   村上隆 ,   染木史緒 ,   中村和彦 ,   杉山登志郎 ,   内田裕之 ,   市川宏伸 ,   辻井正次

ページ範囲:P.123 - P.132

抄録

 本研究では,感覚刺激に対する反応異常のアセスメントツールとして国際的に広く用いられている感覚プロフィールの日本版の標準化に関する研究の一環として,自閉症サンプル(n=172)をもとに,日本版青年・成人感覚プロフィール(AASP-J)の妥当性を検討した。その結果,一般群とASD群との間で尺度得点に差異がみられた。また,保護者評定版の感覚プロフィールや日常生活への適応を阻害する不適応行動との関連が示され,尺度としての妥当性が確認された。ただし,知的障害やASD特性を抱える場合には,自己評定形式のAASP-Jに加え,他者評定形式の感覚プロフィールを実施し,客観的な視点から感覚異常を把握することの必要性も示唆された。

アスペルガー障害における共感指数(EQ)とシステム化指数(SQ)

著者: 池田あゆみ ,   谷将之 ,   金井智恵子 ,   髙山悠子 ,   大野泰正 ,   太田晴久 ,   山縣文 ,   山田貴志 ,   渡部洋実 ,   橋本龍一郎 ,   岡島由佳 ,   岩波明 ,   加藤進昌

ページ範囲:P.133 - P.141

抄録

 成人アスペルガー障害(AS)を対象に共感指数(EQ)およびシステム化指数(SQ)を含む自閉症スペクトラム障害関連の質問紙を施行し,ASの臨床的特徴と質問紙の有用性を検討した。健常群と比べAS群でEQが有意に低く,SQが有意に高かった。EQとSQに関してAS群の男女間に有意差はなく,ともに超男性脳傾向を示した。AS群においてのみEQと自閉症スペクトラム指数(AQ),SQとAQ,EQと対人的反応性指数(IRI)の相関を認めたが,EQとSQの相関,これらとパーソナリティ尺度との相関は認めなかった。EQおよびSQは,ASの低い共感能と高いシステム化能を反映する指標であり,パーソナリティに影響を受けないため,成人のASを診断する有用な指標となり得る。

境界性人格障害(BPD)の実践的対応法―eメール・ノートを利用した常時サポート法(ENH)

著者: 宮本洋

ページ範囲:P.143 - P.151

抄録

 境界性人格障害(BPD)の治療については,さまざまな方法が紹介されているが,多くは専門的な知識と対応技術を要し,必ずしもその実践は容易でない。eメール・ノートを利用した常時サポート法(ENH)は特別な知識も技能も要しない治療的対応法である。行動化に対して短期入院を利用しつつ,eメールや交換ノートを面接に併用して「ある程度の患者-治療者間距離」を保ち,患者の治療者に対する投影的同一視や密着を避ける対応法である。この経過中の対応は支持的精神療法に徹する。そうして治療者の負担を減らしながら長期にわたって患者を見守る。ややもすると悲観的になりがちなBPDへの治療だが長期的な予後はそう悪くはないとする報告もある。長期の治療関係を維持できれば,本人の内在的な治癒力(人格的成長)による改善も期待できる。

短報

Aripiprazole投与によりMeige症候群が改善した双極性障害の1例

著者: 宮本武司 ,   児島克博 ,   松下卓郎

ページ範囲:P.153 - P.156

抄録

 症例は,59歳時より本態性Meige症候群に罹患していた男性患者である。64歳時,躁状態を発症した。Blonanserinおよびquetiapine投与により,躁状態は改善したが,Meige症候群が不変であったため,aripiprazole単剤に変薬した。その結果,躁状態の再燃は来さず,本態性Meige症候群も改善した。Aripiprazoleはdopamine受容体に対してpatial agonistとして作用する。また,dopamine受容体のup-regulationによる過感受性を起こしにくい。この薬理上の特徴が,本態性Meige症候群に対する効果に寄与していた可能性がある。しかし,Meige症候群の病態は未解明であり,今後の症例の蓄積が必要である。また,aripiprazoleによりMeige症候群が惹起されたという報告もあり,その使用は慎重に行うべきである。

東日本大震災後に内因反応性気分変調症を生じた1例

著者: 佐藤晋爾 ,   朝田隆 ,   土井永史

ページ範囲:P.157 - P.159

抄録

 うつ病臨床の混乱の原因の1つに,内因概念の放棄が挙げられていることが指摘されている。一方,確かに内因性とも反応性とも区別しがたいうつ状態が存在する。しかし,内因/非内因概念を容易に捨て去っては,診断,ひいては治療が貧困なものとなるだろう。Weitbrechtは内因と反応の混交したうつ状態を1つの症候群,内因反応性気分変調症として抽出した。本稿では地震後に内因反応性気分変調症を発症したと考えられる1例を提示し,内因や反応因概念の復権が臨床的に意義を持つ可能性を示した。

私のカルテから

抗うつ薬によりレム睡眠行動障害様症状が出現した症例より

著者: 大原一幸

ページ範囲:P.161 - P.164

はじめに

 レム(REM)睡眠行動障害(REM sleep behavior disorder;RBD)は睡眠レム期に夢と関連した破壊的運動行動を呈するものである。臨床的にRBD様行動を診察することは稀ではないが臨床報告は少ない。夢現象は移ろいやすいこと,実証的でないとみなされ臨床医の夢への関心喪失が近年顕著なこと,睡眠障害国際分類第2版(2005)(ICSD-2)2)ではRBD診断に睡眠ポリグラフ検査(PSG)が必須とされ診断閾値が上がっていることが要因と考えられる。今回amoxapine長期使用後にduloxetineあるいはmirtazapineの追加投与・増量により,睡眠障害国際分類初版(1990)(ICSD-1)1)のRBD臨床診断の最小限基準を満たす症例を経験した。ICSD-2に拠らないためRBDとは確定診断できないものの,抗うつ薬によりRBD様行動を呈した症例として注意を喚起する意味で報告する。

連載 「継往開来」操作的診断の中で見失われがちな,大切な疾病概念や症状の再評価シリーズ

病像成因的と病像形成的

著者: 清水光恵

ページ範囲:P.166 - P.168

概要

 20世紀前半のドイツでBirnbaum Kは精神医学に構造分析(Strukturanalyse)を用いることを提案した1)。その鍵概念である,pathogenetischとpathoplastischというドイツ語の邦訳語が,それぞれ「病像成因的」と「病像形成的」である。Birnbaumは精神疾患の病像に関わるさまざまな要素のうち,病因に直接関わり,当該の疾患に特異的な性質を与えるものを「病像成因的」な要素と呼び,他方,病因への直接的な関与はないが病像の内容に個別の特徴を賦与する要素を「病像形成的」な要素と呼んだ。統合失調症において最近みられる,ツイッターなどのソーシャル・ネットワーキング・サービスによってプライバシーが流布されるという被害妄想,自我漏洩症状を例にとろう。これらにおける現代の情報文化の役割は,病像形成的とは言えるが,病像成因的とはおそらく言えないだろう。一方,文化精神医学の領域では,文化は,病像を修飾する病像形成的な要因に過ぎないのか,あるいは病像成因的にも働くのか,という議論もなされる。文化の役割については,文化結合症候群や,あるいは伝統社会が急速に西洋近代化した地域における自殺,物質依存などを考えると良いだろう。なお,Birnbaum自身の分析はやや古色蒼然としてみえるかもしれないが,「器質性痴呆精神病」を例にできるだけ当時の彼の表現に則してみてみよう。1)特異的な病像成因的決定因子には,身体外因性(外傷性,中毒性,感染性など)と身体性(動脈硬化性など)とがある。2)病像成因的な所与の臨床現象形には脳の破壊過程に基づく慢性進行性の精神的な解体と停止,具体的には錯乱,興奮,朦朧状態などがある。3)病像形成的な決定因子は主として「体質的」であり,概して統合失調症や心因性精神病など他の精神病に比べて病像形成の作用する余地は少ない。4)病像形成的な所与の臨床現象には,抑うつ性,心気性,パラノイア性,ヒステリー性などさまざまである。

 Birnbaumの仕事がなされた20世紀前半のドイツの精神医学では,複雑な臨床経験から精神疾患をどのように分節するかの論争が続いており,Kraepelin Eが疾患単位を唱え,Hoche AEが症候群説によって批判したのはよく知られている。Birnbaumの方法は,Kraepelinの疾患単位説を前提としながら病像の構成を分析したのに対し,Birnbaumと論争のあったKretcmer Eによる多元分析は,いきなり各々の要素を列挙して疾患単位を離れている点が異なるとされる3)

東日本大震災・福島第一原発事故と精神科医の役割・13

3.11が精神科医に教えてくれるもの

著者: 加藤敏

ページ範囲:P.169 - P.177

はじめに

 東日本大震災・福島第一原発事故が発生してから丸3年が経過しようとしている。しかし,とりわけ福島の被災地は,特異な例外状態が存続したままである。例外が平常状態になってしまっているという異状事態である。たとえば,仕事を失い,仕事をすることなく仮設住宅で「無為の」生活を強いられている人が多い。(上野-仙台間を走る)常磐線はいわき市まで開通したものの,それより北の地域はほとんど不通のままになっているし,(東京-仙台をつなぐ)国道6号線もこの地域では寸断されたままになっている。復旧が遅れている一つの大きな理由は,放射線量が高い地域が多く,工事が困難であるためである。

 そのため東京から,福島第一原子力発電所以北の,そこから最も近い移住可能な町である南相馬市に行くには,福島市から1時間30分あまり車で山道を通って行くしかない。福島県の中には陸の孤島になっている場所がかなりあるようであるが,この街もその一つである。南相馬市に行く途中,全村が避難している飯館村を通るが,このあたりにはタヌキやサル,イノシシ,シカなどの動物が異常に増え,自然の〈楽園〉となっているようである。かつてはシカを猟銃で仕留めるハンターが多数いたのだが,現在は放射能汚染されたシカを恐れてハンターはいなくなっているという。

 南相馬市には除染の仕事のため,全国から出稼ぎの人が集まってきている。その関連で,大手建設会社が彼らのための集合住宅を多数建設している。また,南相馬市には石炭使用による火力発電所が新たに建設され,港には外国から石炭を運ぶ船が行き来するようになっている。

 以上は,筆者が南相馬市の精神科病院に何度か医療支援に行かせていただき,その道中ではじめて見聞した驚くべき地域の変化である。一部は患者さん,あるいはその家族から聞いた話である。実際に現地に行って自分の目で見なければ分からないことが多く,東日本大震災・福島第一原発事故は現代社会の病理を凝縮した端的な症状発現であると実感する。

 その意味で筆者は,行政に携わる人は当然のこととして,教育や医療などの分野で仕事をする人は是非一度はしばらく滞在し,震災被害の現実を学ぶ必要があると思う。水俣病が問題になった時,ある高名な神経内科医は,水俣病は他の神経疾患に比べ教えられるところが多く,こんなに勉強になる事象はないと述べておられたのが思い出される。今回の震災被害全般についても同様のことが言えるだろう。精神科医も是非,震災被害地に赴き実地見聞をすることが望まれる。さらに言えば,ごく短い時間でもいいから一度は診療支援をすることが望まれる。現地の病院で診療してみると,さまざまな震災の影響を受け初めて精神疾患を発症したり,再発した事例が大変多いことに驚く。患者さんとの出会いは,震災が人々に与えた生々しい衝撃を知る実に濃密な学びの機会であり,感謝の気持ちにたえない。

 我々の大学病院精神科は,2011年3月下旬より定期的に気仙沼に医療支援に行かせていただいた9,11)。その後,南相馬市の精神科病院に定期的に医療支援に行かせていただいている。

 小論では,震災被害の辺縁地に位置する自治医科大学精神科での震災関連事例の調査の一部を紹介したい。次いで,現代IT社会自体が持つ(精神分析の意味での)「精神病構造」が原発事故を契機にいっそう増長していることを指摘し,人間がこの世に生きる上で構造的に生じる倫理的負債の問題に言及しながら,震災被害者,およびその家族,同胞における深刻な喪の作業の遅延,ないし不全に言及したい。

動き

「第17回日本精神保健・予防学会学術集会」印象記―9th International Conference on Early Psychosis(ICEP Tokyo 2014)を前にして

著者: 小椋力

ページ範囲:P.180 - P.181

 標記の学術集会が2013年11月23~24日の両日,学術総合センター(東京都千代田区)で笠井清登会長(東京大学大学院精神医学分野教授)のもとに開催された。参加者は医師122人,医師以外の精神保健・医療・福祉などの関係者108人,その他240人,計470人であった。

 本学術集会のメインテーマは『「精神保健・予防学」を再定義する:「苦しい時にヒトは助け合う」行動を科学する~育児・思春期・労働・高齢にわたって』であった。学術プログラムは海外特別講演4,理念共有セミナー5,シンポジウム10,ランチョンセミナー4,モーニングセミナー2,ポスター発表48であった。

書評

野村総一郎,中村 純,青木省三,朝田 隆,水野雅文 シリーズ編集 和田 清 編―《精神科臨床エキスパート》―依存と嗜癖―どう理解し,どう対処するか

著者: 齋藤利和

ページ範囲:P.160 - P.160

 依存と嗜癖については歴史的にさまざまな意味付けがなされてきた。これまではICD-10(WHO診断基準),DSM-Ⅳ(米国精神医学会診断基準)では1977年のWHOが示したアルコール依存症候群の概念の影響を強く受け,両診断基準の中に精神依存を中心とする依存症の診断基準が示されていた。

 しかし,最近出版されたDSM-5では乱用と依存とで構成されていた物質使用障害から乱用,依存の概念は消失し,乱用3項目,依存7項目の診断項目に「渇望」の項目を加えて11項目の診断項目からなる物質使用障害としてまとめられている。また大項目は“Substance-Related and Addictive Disorders”となり,ギャンブル嗜癖がそれに加えられた。インターネット嗜癖も近い将来加えられる可能性がある。これはDSM作成グループの依存から嗜癖に診断基準を修正し,物質に限らず,ギャンブルやインターネットなどの行為嗜癖を含めて,より広く診断の対象を広げたいという意向があることがうかがえる。第1部「総論」を担当している宮田,廣中直行の言葉を借りれば,「物質だけではなく,嗜癖行動を起こす対象物を広く包括し,社会的障害も疾患概念に含み,疾患の閾値を下げる(より広く診断できる)ようになったといえる。このことが,依存と嗜癖の違いになるのであろう」ということである。つまり,嗜癖概念は依存概念より広い分野を包含する,より現実的な,実践的な概念ということになる。

日本統合失調症学会 監修 福田正人,糸川昌成,村井俊哉,笠井清登 編―統合失調症

著者: 大森哲郎

ページ範囲:P.179 - P.179

 統合失調症学会が総力を結集して作成した全75章700ページを超える浩瀚な全書である。多士済々の執筆者が専門領域を記述する文章は平易明解で精彩に富んでいる。

 全書的な教科書でありながら,いくつもの点で新しい。統合失調症はもはや遺伝的に発症不可避でもなければ,心理的に了解不能でもなく,病的過程が進行する疾患でもない。それは発達の過程で素因と環境が応答しつつ形成され,前駆期での介入が発症を阻止する可能性があり,未治療期間が短縮されれば病態の進行は抑えられ,初発エピソードをうまく乗り切れば安定期に至り,経過は治療介入と生活環境の影響を受けていかようにも可変的である,そのような疾患なのである。諸条件によっては未病に終始する可能性を考えれば,非疾患との境界は連続的ともなる。もはやかつての精神分裂病ではない。

学会告知板

―日本小児科医会後援,「子どもの心相談医」研修更新点数認定―第6回こども心身セミナー(第318回定例学術研究会特別例会)―愛着形成不全の連鎖を断つ―周産期の心身医学

ページ範囲:P.141 - P.141

 恒例のこども心身セミナーを今年も開催します。一昨年から6月開催に変更しております。

 今年は吉田敬子先生(九州大学病院子どものこころの診療部 特任教授)を客員講師に迎え,「周産期の子どもと母親との愛着」をテーマとして,英国での貴重なご経験をもとに,臨床と研究の融合という視点からご講演いただきます。

 会場は交通の便が良く,大阪湾の夜景が美しい研修専門の都会派ホテルです。宿泊部屋はシングルルーム,ツインルームのみの受付となります。シングルルームご希望の方は,数に限りがありますので,お早めにお申込み願います(シングルルームの場合,5,000円の追加費用が必要)。

会期 2014年5月31日(土)13:00~6月1日(日)12:30頃まで〈1泊2日〉

会場 ホテルコスモスクエア国際交流センター(大阪南港)

   新大阪から約30分(大阪市営地下鉄とサークルバス利用)

   関西国際空港から約50分(リムジンバス利用)

千里ライフサイエンスセミナーF1マクロファージの多彩な機能と疾患

ページ範囲:P.152 - P.152

会期 2014年5月28日(水)10:00~16:10

会場 千里ライフサイエンスセンタービル5階ライフホール

   (大阪府豊中市新千里東町1-4-2,地下鉄御堂筋線/北大阪急行千里中央下車)

論文公募のお知らせ

テーマ:「東日本大震災を誘因とした症例報告」

ページ範囲:P.164 - P.164

「精神医学」誌では,「東日本大震災を誘因とした症例報告」(例:統合失調症,感情障害,アルコール依存症の急性増悪など)を募集しております。先生方の経験された貴重なご経験をぜひとも論文にまとめ,ご報告ください。締め切りはございません。随時受け付けております。

ご論文は,「精神医学」誌編集委員の査読を受けていただいたうえで掲載となりますこと,ご了承ください。

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次号予告

ページ範囲:P.182 - P.182

投稿規定

ページ範囲:P.183 - P.184

著作財産権譲渡同意書

ページ範囲:P.185 - P.185

編集後記

著者:

ページ範囲:P.186 - P.186

 診断基準としての米国精神医学会のDSM-5(2013年)と世界保健機関のICD-11(2015年完成予定)は,それぞれの前版であるDSM-Ⅳ(1994年)とICD-10(1990年)以後の約20年にわたる研究成果を盛り込んでの改訂となります。前世紀での新規の向精神薬の登場や遺伝学をはじめとする神経科学の華々しい成果によって,21世紀早々には精神疾患の解明が飛躍的に進み,新たな診断分類と治療法とによって患者に多大な利益がもたらされるという期待がありました。しかし,大幅改訂に繋がる決定的な成果はそれほど多くはなく,結局,DSM-5では有益な議論はあったものの,さらに次の改訂に向けての“布石を置いた”というところにとどまった印象です。ところで,この10年間におけるわが国での精神保健医療福祉全般の進展に目を向けると,たとえば,自殺総合対策大綱の一部改正,医療計画制度の見直し,認知症施策推進5か年計画,精神保健福祉法の改正などがありました。確かにわが国は名だたる長寿国であり,自殺者も1998年以来年間3万人を超えていたのが,さまざまな努力でこの2年間は何とか3万人を切るところまで来ました。しかし,さまざまな改革においての期待と現実のギャップはまだまだ大きく,メンタルヘルスに関わる課題が山積しています。“超”少子“超”高齢化を抱えたわが国は,多くの人々によって指摘されているようにまだまだ“生きづらい社会”であり,“超”少子化だけからしても日本人は“絶滅危惧種”と試算されています。欧州では基礎,臨床,公衆衛生領域の研究を集約したメンタルヘルス研究を推進するためのロードマップを作成するプロジェクトROAMER(Roadmap for Mental Health Research in Europe)が展開しています。

 本号の巻頭言の有波氏(統合失調症の遺伝学),展望の小川氏(認知症の緩和ケア)と太刀川氏(メディアと自殺予防)はメンタルヘルスに関わる重要な領域での課題を明示しています。わが国でも,ROAMERプロジェクトのように研究に基づいた施策を社会に提言していくことが求められていると思います。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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