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文献概要
連載 東日本大震災・福島第一原発事故と精神科医の役割・13
3.11が精神科医に教えてくれるもの
著者: 加藤敏1
所属機関: 1自治医科大学精神医学教室
ページ範囲:P.169 - P.177
文献購入ページに移動はじめに
東日本大震災・福島第一原発事故が発生してから丸3年が経過しようとしている。しかし,とりわけ福島の被災地は,特異な例外状態が存続したままである。例外が平常状態になってしまっているという異状事態である。たとえば,仕事を失い,仕事をすることなく仮設住宅で「無為の」生活を強いられている人が多い。(上野-仙台間を走る)常磐線はいわき市まで開通したものの,それより北の地域はほとんど不通のままになっているし,(東京-仙台をつなぐ)国道6号線もこの地域では寸断されたままになっている。復旧が遅れている一つの大きな理由は,放射線量が高い地域が多く,工事が困難であるためである。
そのため東京から,福島第一原子力発電所以北の,そこから最も近い移住可能な町である南相馬市に行くには,福島市から1時間30分あまり車で山道を通って行くしかない。福島県の中には陸の孤島になっている場所がかなりあるようであるが,この街もその一つである。南相馬市に行く途中,全村が避難している飯館村を通るが,このあたりにはタヌキやサル,イノシシ,シカなどの動物が異常に増え,自然の〈楽園〉となっているようである。かつてはシカを猟銃で仕留めるハンターが多数いたのだが,現在は放射能汚染されたシカを恐れてハンターはいなくなっているという。
南相馬市には除染の仕事のため,全国から出稼ぎの人が集まってきている。その関連で,大手建設会社が彼らのための集合住宅を多数建設している。また,南相馬市には石炭使用による火力発電所が新たに建設され,港には外国から石炭を運ぶ船が行き来するようになっている。
以上は,筆者が南相馬市の精神科病院に何度か医療支援に行かせていただき,その道中ではじめて見聞した驚くべき地域の変化である。一部は患者さん,あるいはその家族から聞いた話である。実際に現地に行って自分の目で見なければ分からないことが多く,東日本大震災・福島第一原発事故は現代社会の病理を凝縮した端的な症状発現であると実感する。
その意味で筆者は,行政に携わる人は当然のこととして,教育や医療などの分野で仕事をする人は是非一度はしばらく滞在し,震災被害の現実を学ぶ必要があると思う。水俣病が問題になった時,ある高名な神経内科医は,水俣病は他の神経疾患に比べ教えられるところが多く,こんなに勉強になる事象はないと述べておられたのが思い出される。今回の震災被害全般についても同様のことが言えるだろう。精神科医も是非,震災被害地に赴き実地見聞をすることが望まれる。さらに言えば,ごく短い時間でもいいから一度は診療支援をすることが望まれる。現地の病院で診療してみると,さまざまな震災の影響を受け初めて精神疾患を発症したり,再発した事例が大変多いことに驚く。患者さんとの出会いは,震災が人々に与えた生々しい衝撃を知る実に濃密な学びの機会であり,感謝の気持ちにたえない。
我々の大学病院精神科は,2011年3月下旬より定期的に気仙沼に医療支援に行かせていただいた9,11)。その後,南相馬市の精神科病院に定期的に医療支援に行かせていただいている。
小論では,震災被害の辺縁地に位置する自治医科大学精神科での震災関連事例の調査の一部を紹介したい。次いで,現代IT社会自体が持つ(精神分析の意味での)「精神病構造」が原発事故を契機にいっそう増長していることを指摘し,人間がこの世に生きる上で構造的に生じる倫理的負債の問題に言及しながら,震災被害者,およびその家族,同胞における深刻な喪の作業の遅延,ないし不全に言及したい。
東日本大震災・福島第一原発事故が発生してから丸3年が経過しようとしている。しかし,とりわけ福島の被災地は,特異な例外状態が存続したままである。例外が平常状態になってしまっているという異状事態である。たとえば,仕事を失い,仕事をすることなく仮設住宅で「無為の」生活を強いられている人が多い。(上野-仙台間を走る)常磐線はいわき市まで開通したものの,それより北の地域はほとんど不通のままになっているし,(東京-仙台をつなぐ)国道6号線もこの地域では寸断されたままになっている。復旧が遅れている一つの大きな理由は,放射線量が高い地域が多く,工事が困難であるためである。
そのため東京から,福島第一原子力発電所以北の,そこから最も近い移住可能な町である南相馬市に行くには,福島市から1時間30分あまり車で山道を通って行くしかない。福島県の中には陸の孤島になっている場所がかなりあるようであるが,この街もその一つである。南相馬市に行く途中,全村が避難している飯館村を通るが,このあたりにはタヌキやサル,イノシシ,シカなどの動物が異常に増え,自然の〈楽園〉となっているようである。かつてはシカを猟銃で仕留めるハンターが多数いたのだが,現在は放射能汚染されたシカを恐れてハンターはいなくなっているという。
南相馬市には除染の仕事のため,全国から出稼ぎの人が集まってきている。その関連で,大手建設会社が彼らのための集合住宅を多数建設している。また,南相馬市には石炭使用による火力発電所が新たに建設され,港には外国から石炭を運ぶ船が行き来するようになっている。
以上は,筆者が南相馬市の精神科病院に何度か医療支援に行かせていただき,その道中ではじめて見聞した驚くべき地域の変化である。一部は患者さん,あるいはその家族から聞いた話である。実際に現地に行って自分の目で見なければ分からないことが多く,東日本大震災・福島第一原発事故は現代社会の病理を凝縮した端的な症状発現であると実感する。
その意味で筆者は,行政に携わる人は当然のこととして,教育や医療などの分野で仕事をする人は是非一度はしばらく滞在し,震災被害の現実を学ぶ必要があると思う。水俣病が問題になった時,ある高名な神経内科医は,水俣病は他の神経疾患に比べ教えられるところが多く,こんなに勉強になる事象はないと述べておられたのが思い出される。今回の震災被害全般についても同様のことが言えるだろう。精神科医も是非,震災被害地に赴き実地見聞をすることが望まれる。さらに言えば,ごく短い時間でもいいから一度は診療支援をすることが望まれる。現地の病院で診療してみると,さまざまな震災の影響を受け初めて精神疾患を発症したり,再発した事例が大変多いことに驚く。患者さんとの出会いは,震災が人々に与えた生々しい衝撃を知る実に濃密な学びの機会であり,感謝の気持ちにたえない。
我々の大学病院精神科は,2011年3月下旬より定期的に気仙沼に医療支援に行かせていただいた9,11)。その後,南相馬市の精神科病院に定期的に医療支援に行かせていただいている。
小論では,震災被害の辺縁地に位置する自治医科大学精神科での震災関連事例の調査の一部を紹介したい。次いで,現代IT社会自体が持つ(精神分析の意味での)「精神病構造」が原発事故を契機にいっそう増長していることを指摘し,人間がこの世に生きる上で構造的に生じる倫理的負債の問題に言及しながら,震災被害者,およびその家族,同胞における深刻な喪の作業の遅延,ないし不全に言及したい。
参考文献
1) Deguy M:梅木達郎訳,尽き果てることなきものへ―喪をめぐる省察.松籟社,京都,2000
2) Freud S:伊藤正博訳,喪とメランコリー(1917).フロイト全集14.岩波書店,pp273-293,2010
3) Heidegger M:Sein und Zeit(1927).原佑,渡邊二郎訳,存在と時間.世界の名著62.中央公論社,1971
4) Hitchcock A:鈴木圭介訳,ヒッチコック映画自身.筑摩書房,1999
5) 井上かな,井上弘寿,加藤敏,他:東日本大震災を契機に発症した職場結合性気分障害の検討.臨床精神医学 41:1209-1215, 2012
6) 井上弘寿,井上かな,加藤敏,他:東日本大震災を契機に総合病院精神科に入院した症例の検討.臨床精神医学 41:1229-1240, 2012
7) Janzarik W:岩井一正,古城慶子,西村勝治訳,精神医学の構造力動的基礎.学樹出版,1996
8) 木村敏:アンテ・フェストゥム/ポスト・フェストゥム/イントラ・フェストゥム.加藤敏,神庭重信,中谷陽二他編,現代精神医学事典.弘文堂,pp39-40, 2011
9) 小林聡幸,齋藤暢是,加藤敏,他:東日本大震災・気仙沼市での活動報告―自治医科大学精神医学教室こころのケアチーム.精神科治療学 27:254-260, 2012
10) Lyotard JF:小林康夫訳,ポストモダンの条件.知・社会・言語ゲーム.水声社,1986
11) 齋藤暢是,加藤敏:岩手県国民健康保険藤沢町民病院への精神科医師派遣(附属病院)活動報告.自治医科大学東日本大震災医療派遣団報告書,pp105-107, 2012
12) 須田史朗,井上弘寿,加藤敏,他:東日本大震災,および福島原発事故による精神疾患の初発,増悪事例の検討―栃木県からの報告.精神経誌 115:499-504, 2012
13) Tarkowsky A:鴻英良訳,サクリファイス.河出書房新社,1997
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