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雑誌目次

論文

精神医学56巻8号

2014年08月発行

雑誌目次

巻頭言

「全」と「個」との相克とバランス

著者: 太田敏男

ページ範囲:P.652 - P.653

 本稿で述べることは一種の問題提起あるいは話題提供であり,結論はない。

 昨今,「全」と「個」の相克とでもいうべき現象が一般社会の随所に見受けられる。そしてその現象は,社会の一分野として,医療,さらには精神医療にも及んでいる。

特集 うつ病の早期介入,予防(Ⅰ)

うつ病の発症は予防できるか,減らすことができるのか―認知機能障害とレジリエンスの視点からのうつ病予防の可能性

著者: 野田隆政 ,   小久保奈緒美 ,   中澤佳奈子 ,   西優子 ,   小関俊祐 ,   中込和幸

ページ範囲:P.655 - P.663

はじめに

 厚生労働省の報告によると,精神疾患の患者数は増加の一途を辿り,なかでも医療機関を受診したうつ病患者数は2011年に70.8万人と12年間で2.9倍に増加した。飛鳥井3)によれば,自殺死亡者数3.1万人の約9割が精神疾患に罹患していたという報告があり,自殺に深く関係しているうつ病対策は喫緊の課題であると言える。うつ病を筆頭に増加する精神疾患を背景として,2013年度より精神疾患が5疾病5事業として医療計画に追加され,増え続けるうつ病に対して,国はうつ病の根治的治療の確立を目標としている。その中には,広い意味でうつ病の発症予防も含まれていると理解できる。

 疾病予防には,疾病を未然に防ぐ1次予防から,重症化を防ぐために早期発見して早期に治療する2次予防,そして,再発を防ぐ3次予防の3段階がある。同様の分類には,Institute of Medicine(1994)によって提示された精神障害に対する介入スペクトラムによる予防介入があり,大集団を対象とする普遍的(universal)介入による予防,リスクのある人を対象とする選択的(selective)介入による予防,病気の初期兆候がみられる人への指標的(indicated)介入による予防の3段階に分類されている。本邦では,いずれの段階の予防もメンタルヘルスとして実施されており,この3段階の予防によってうつ病の患者数が減っていくものと考えられる。

食生活からみたうつ病の予防と治療後の栄養指導の必要性

著者: 土屋翼 ,   石蔵文信

ページ範囲:P.665 - P.669

はじめに

 わが国のうつ病の推計患者数は,厚生労働省の患者調査によると2011年では70万人を超える。受診していない者を含めるとその数はさらに増大する。世界精神保健調査によると,うつ病の生涯有病率は6.6%であり,国民に広く関わる疾患である。うつ病はセロトニンやノルアドレナリンなど脳内の神経伝達物質と深く関与すると考えられるため,この働きに作用する薬剤の開発など治療に関する研究が進んでいる。しかし,食生活を含めた生活習慣からみたうつ病の予防に関しては,不明確な点が多い。今回は我々の生活において重要な「食」からみたうつ病に関する報告をいくつか紹介し,食生活からみたうつ病の予防と対策,および治療後の栄養指導の必要性について考える。

運動はうつ病の改善や予防に寄与するか

著者: 邊坰鎬 ,   諏訪部和也 ,   征矢英昭

ページ範囲:P.671 - P.677

はじめに

 うつ病は,ストレスが主な原因の精神疾患である。うつ病に関する神経科学研究において,最も注目されている脳部位は,海馬と前頭前野である。両部位はともにヒトの高次認知機能を担う重要な脳部位であり,特に海馬は記憶や空間学習能力を司る。海馬は解剖学的に辺縁系の一部として内側側頭葉の大脳皮質の下に位置し,特徴的な層構造を持っている(図1)。最近の研究では,長期間のストレス曝露による慢性的なコルチゾール分泌が,脳由来神経栄養因子(BDNF)の海馬内濃度を低下させることで,神経細胞を破壊,萎縮させることがうつ病の発症機序として明らかになってきた(神経可塑性障害仮説)。運動は,BDNF増加を介して海馬での神経新生を促進し,海馬の構造・機能的改善をすることから,うつ病に対する効果的な非薬物療法として注目を集めている11,12,18,23)

 本稿では,うつ病の治療において,BDNFの役割と脳の可塑性に注目して解説した後,脳フィットネスを高める運動の効果に関して紹介する。続いて,このような効果の背景にある分子基盤は何か,想定されるメカニズムについて外観する。最後に,うつ病の予防や改善のための運動処方としてどのような運動が効果的なのかを現在まで明らかになっているデータから考えてみたい。

睡眠の改善によるうつ病予防は可能か

著者: 鈴木正泰 ,   降籏隆二 ,   内山真

ページ範囲:P.679 - P.689

はじめに

 不眠や過眠などの睡眠障害は,うつ病においては初期から認めるほぼ必発の症状であり4,50),治療経過をみる上で重要な指標となる。さらに,不眠や過眠は,診断の上で重要な症状の1つとされ,Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, 5th ed.(DSM-5)などの操作的診断システムにおいて,うつ病診断基準の1項目として取り上げられてきた4)。一方,疫学研究においては,長期的にみると不眠の既往のあるものはうつ病に罹患しやすいなど,睡眠の問題がうつ病の危険因子になり得ることも分かってきた51)。治療的側面については,古くから持続睡眠療法や断眠療法など適切な睡眠操作がうつ病の治療に応用できることが知られており9),最近では,うつ病に伴う不眠に対して,睡眠薬あるいは不眠症に対する認知行動療法(Cognitive Behavioral Therapy for Insomnia;CBT-I)などで積極的に治療すると抑うつ症状自体が改善することが報告されている17,33)

 本稿では,まずこれまでの臨床研究および疫学研究を展望し,うつ病における睡眠の問題,うつ病治療における不眠治療の意義,うつ病の危険因子としての不眠について解説する。その上で,睡眠に対する働きかけによるうつ病予防について,最近始まったいくつかの試みを紹介し,その可能性について考える。

うつ病の発症予防とレジリエンス

著者: 小澤千紗 ,   内田裕之 ,   八木剛平

ページ範囲:P.691 - P.697

はじめに(レジリエンスの概念,歴史)

 “Resilience”は9世紀の西欧で「弾力」や「反発力」を意味する物理学的用語であった。それが20世紀の70年代に児童精神科領域で,逆境の中で生育し立派な大人に成長した子どもを形容する際に用いられ(“resilient”),80年代から精神疾患に対する防御因子と抵抗力を意味する概念として成人の精神医学に導入され始めた34)。特に90年代には心的外傷後ストレス障害(PTSD)について危険因子とともに「防御因子」が注目され,21世紀に入ってレジリエンス研究はその他の精神疾患へと急速に拡大している。“Resilience”の決まった訳語はまだないが,筆者らは,発病「脆弱性」に対置される健康時の発病「抵抗力」と,発病後の健康「回復力」という二面を持つ概念として理解し「疾病抵抗性(あるいは抗病力)」の訳語を用いた40)。近年では,「困難な状況や心理的ストレスを経験しても速やかに元の健康状態に戻る能力,精神的安定を維持する能力」28)と捉えられている。いずれにしても,近年のレジリエンス研究の活性化を,これまでの精神医学が疫学研究においては“Risk Factor”(危険因子)の発見に,生物学的研究においては“Vulnerability”(脆弱性)の解明に偏りすぎていたことへの反動と見ることもできよう。レジリエンス研究のさらなる発展により,健康時の発病抵抗力と発病後の健康回復力の解明が進み,精神疾患の治療論と回復論の発展に寄与するとともに,本稿のテーマである健康維持論,発病・再発予防論へ有用な知見を提供すると期待される。

研究と報告

小中学生用社会的不適応尺度の開発と構成概念妥当性の検証

著者: 伊藤大幸 ,   田中善大 ,   村山恭朗 ,   中島俊思 ,   高柳伸哉 ,   野田航 ,   望月直人 ,   松本かおり ,   辻井正次

ページ範囲:P.699 - P.708

抄録

 本研究は,小中学生の社会的環境への不適応を測定する自記式の評価尺度「小中学生用社会的不適応尺度」を開発し,小学4年生から中学3年生までの5,217名から得たデータに基づいて,その構成概念妥当性を検証した。探索的因子分析の結果,当初想定した4領域構造(友人関係,家族関係,学業,教師関係)が完全に再現され,因子的妥当性が確認された。また,相関係数および重回帰分析によって外在基準(友人問題,否定的養育,学業成績,抑うつ,攻撃性)との関連を検討したところ,理論的な予測および先行研究の知見に整合的な結果が得られ,各下位尺度の収束的妥当性と弁別的妥当性が支持された。

短報

遷延性うつ状態および繰り返す意識障害を呈したACTH単独欠損症の1例

著者: 板垣圭 ,   柴崎千代 ,   小早川英夫 ,   竹林実

ページ範囲:P.709 - P.713

抄録

 副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)単独欠損症は低Na血症や低血糖など身体症状だけでなく,意欲低下や不機嫌などさまざまな精神症状を呈することがある。遷延性うつ状態および繰り返す意識障害を呈し,寝たきりになるほど著しくADLが低下したが,精査からACTH単独欠損症による症状精神病と診断し,ステロイド補充療法を行ったところ精神症状およびADLの劇的な改善を認め,自宅退院に至った1例を経験した。ACTH単独欠損症に伴う精神症状は内因性精神障害と鑑別が困難な場合があり,診断確定まで長期間要することがあるため,診断に留意する必要がある。また,器質疾患の鑑別には脳波検査が簡便かつ有用であることがあらためて示された。

資料

患者および看護師が評価する精神科病棟の風土―エッセン精神科病棟風土評価スキーマ日本語版(EssenCES-JPN)を用いた検討

著者: 野田寿恵 ,   佐藤真希子 ,   杉山直也 ,   吉浜文洋 ,   伊藤弘人

ページ範囲:P.715 - P.722

抄録

 エッセン精神科病棟風土評価スキーマ日本語版を用い,全国23病院(36病棟)に入院する患者からの回答151件(有効回答率32.3%)と看護師からの661件(同84.9%)の双方を対象として同時評価を行った。因子分析では3因子構造を示し,十分な内的一貫性が得られた。因子得点において,「安全性への実感」で看護師の評価が患者に比べ有意に低く,欧州の先行研究と比べても著しく低かった。また「患者間の仲間意識・相互サポート」は患者が優位に高評価し,「治療的な関心」の患者・看護師間の不一致は欧州に比べ小さかった。これらの要因として人員配置の違いが考慮され,本邦の精神科病棟風土に関する興味深い特徴が描出された。

連載 「継往開来」操作的診断の中で見失われがちな,大切な疾病概念や症状の再評価シリーズ

神経症性うつ病

著者: 津田均

ページ範囲:P.724 - P.726

抑うつの基盤の多彩さ

 神経症性うつ病の概念を説明するためには,いくつかの前提を確認しなければならない。まず,症状としての「抑うつ」は疾患非特異的であり,ほとんどあらゆる病態に出現する可能性があるということを押えておく。次に,その抑うつに向かう気分の変動にも,心的葛藤のからまりが基盤にあると推測されるものと,内因的,あるいは器質因的な基盤が想定されるものがあるということを確認しておく。後者は,従来の内因性うつ病のみではない。自閉症スペクトラムから統合失調症,さまざまな器質疾患に伴うものに抑うつへの気分変動が生じ得る。また,後者の経過の中に,それに重畳するように,心因的な抑うつが現れることもあり得る。

 したがって「抑うつ」自体の基盤はきわめて多彩であるが,その中で主に比較対照されるのが,神経症性うつ病と内因性うつ病である。この2つが分離され得るものであるかどうかは現在でも論争点となっていて,決着はついていない。DSMのような操作診断は,この2つの概念を分離することには実証的根拠がないことを主張して出来上がっているが,これには常に国際的に反論が上がっている。なお,神経症性うつ病が心的レベルで生じるといっても,それは,神経症的な心的葛藤がからんで生じてくる抑うつを指すと考えるべきであって,単なるライフイヴェントに対する一過性の抑うつは,反応性抑うつと診断すべきであろう。

書評

神庭重信 著―思索と想い―精神医学の小径で

著者: 松下正明

ページ範囲:P.714 - P.714

 神庭重信さんの文章を読むのは愉しい。何とも言えないユーモアがある。

 神庭さんは,精神科医としての新人の頃に口髭を生やしだしたらしい。それを察知した師の保崎秀夫教授は,回診のたびに「また伸びた」「あっ,また伸びた」といって冷やかし,神庭さんは神庭さんで意固地になって,口髭を目立たせようと,「髭をひっぱったり,ミクロゲンパスタなる養毛剤を塗りたくったり」したという(「フレマンの髭闘争(保崎秀夫教授退職記念)」より)。その真偽はともあれ,神庭さんのユーモアには,自らの行為を愚化しながら,相手への愛情を漲らせるところがある。

野村総一郎,中村 純,青木省三,朝田 隆,水野雅文 シリーズ編集 吉野相英 編―《精神科臨床エキスパート》―てんかん診療スキルアップ

著者: 中里信和

ページ範囲:P.728 - P.728

 てんかんの有病率は約1%であり,医療関係者のみならず一般社会の誰もが知る病名である。しかし,一般社会のみならず医療関係者の多くが,これほど誤解し偏見を持つ疾患も少ないのではなかろうか。ありふれた疾患に誤解と偏見に満ちた医療が施されたのでは,患者や家族はもちろん,医療費を支える国民全体にとっても大きな損失である。

 本書は精神科医のために企画された「精神科臨床エキスパート」シリーズの一つである。「精神科医のための教科書」という位置付けなのだが,てんかんを取り上げたという点に驚いた。日本においては,てんかんは精神科医によって診療されていた時代があった。その後てんかんは神経疾患に分類されるようになり,精神科医の「てんかん離れ」が進んだ。それなのに,あえて「精神科医が持つべきてんかん診療技術のminimum requirementの提供を目指す」という方針は称賛に値する。

本田美和子,イヴ・ジネスト,ロゼット・マレスコッティ 著―ユマニチュード入門

著者: 藤沼康樹

ページ範囲:P.729 - P.729

 フランス発の認知症高齢者ケアメソッド「ユマニチュード」の待望の解説書が登場した。

 日本が人類史上経験し得なかった高齢社会を迎えるに当たって認知能などの機能低下のある高齢者の増加に医療・介護・福祉がどのような姿勢をもって臨むのかということに関しては,主としてヒューマンリソース等のシステムに関する議論が,現時点では多いように思う。そして,ユマニチュードのようなケアメソッドが,今あらためて注目されているのは,医療や看護の領域から具体的なケア現場への発信が,必ずしも十分ではなかったことが背景にあるかもしれない。

学会告知板

第9回国際早期精神病学会―To the New Horizon

ページ範囲:P.698 - P.698

会 期 2014年11月17日(月)~19日(水)

会 場 京王プラザホテル(東京・新宿)

論文公募のお知らせ

テーマ:「東日本大震災を誘因とした症例報告」

ページ範囲:P.663 - P.663

「精神医学」誌では,「東日本大震災を誘因とした症例報告」(例:統合失調症,感情障害,アルコール依存症の急性増悪など)を募集しております。先生方の経験された貴重なご経験をぜひとも論文にまとめ,ご報告ください。締め切りはございません。随時受け付けております。

ご論文は,「精神医学」誌編集委員の査読を受けていただいたうえで掲載となりますこと,ご了承ください。

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次号予告

ページ範囲:P.730 - P.730

投稿規定

ページ範囲:P.731 - P.732

著作財産権譲渡同意書

ページ範囲:P.733 - P.733

編集後記

著者:

ページ範囲:P.734 - P.734

 本号の特集は,うつ病に関連する認知機能(野田氏ほか),食生活(土屋氏ほか),運動(邊氏ほか),睡眠(鈴木氏ほか),レジリエンス(小澤氏ほか)など,さまざまな視点からの発症予防の可能性についてです。うつ病発症後の長期経過研究やSTEP-BD,STAR*Dのような大規模治療研究からの所見を見ても分かるように,うつ病には予後不良例や薬物治療抵抗例が多く,さらに自殺,併存症などの問題もあります。こうした背景には,診断,治療にかかわる異種性問題があり,それをどう扱うかも重要となりますが,この一端については本号“継往開来”において「神経症性うつ病」(津田氏)からの視点が述べられています。

 ところで,精神疾患の一次予防と二次予防に関して,大うつ病性障害や双極性障害では,“前駆期”から,発症して治療を受けるまでに数年~10数年のタイムラグ(疾患の未治療期間)があり,これによって併存症問題も加わり発症後の機能転帰を不良にすると言われ,予防が必要となる理論的根拠の一つとなります。うつ病の二次予防では早期発見・早期介入の対象となりうる診断閾値下(亜症候性)うつ病や“軽症”うつ病が診断上重要ですが,異種性との関連で,介入研究の際には概念的整理が必要となります。たとえば,早期段階ではうつ病症状のみならずさまざまな症状を呈する可能性があり,さらに疾患転帰として回復もあれば,そのままもあれば,“大うつ病”,“双極スペクトラム”,不安障害,精神病性障害をはじめとしてさまざまの診断転帰があり,“診断閾値下”や“軽症”のうつ病はいわば多能性の混合病理を持った症候群です。さらに,早期介入における治療に関しては,抗うつ薬での治療は有効性に疑問がもたれており,認知療法を含む精神療法や本特集で取りあげたさまざまな視点をどのように駆使するかをより強力に検討する必要があります。うつ病の社会的問題を考慮すると,一次,二次予防には,疾患の“軌跡”全体を見据えた医療から社会全体のシステムまでの広範な整備が求められます。この10数年間で発展してきた精神病の予防研究で行われてきた数多くの議論や試みが,うつ病の予防研究にも役立つものと思われます。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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