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雑誌目次

論文

精神医学56巻9号

2014年09月発行

雑誌目次

巻頭言

頭を冷やして,こころを癒す

著者: 門司晃

ページ範囲:P.736 - P.737

 2012年11月より,武市昌士先生,山田茂人先生の後をうけて,佐賀大学医学部精神医学講座の責任者を担当させていただいている。その翌年の2013年から,精神疾患が医療法の医療計画上の重要疾病として位置付けられた。つまり,がん・脳卒中・心筋梗塞・糖尿病の“4大重要疾病”の時代から,“5大重要疾病”の時代となったわけである。この国の政策変更の背景には,うつ病などの気分障害や認知症,あるいは発達障害の患者数の増加などがあると考えられる。私が精神科医となって,約30年が経過した。当時と比較して,精神疾患一般に対する世間の関心・認識は明らかに高まっている。うつ病やアルツハイマー病などは,もはや特殊な疾患などでは全くなく,「明日は我が身の病気」として一般の方に認識されているのはご存じのとおりである。うつ病を含む気分障害および糖尿病がそれぞれ独立した認知症,特にアルツハイマー病の発症危険因子であるとの報告が近年多くなされている。また従来の4大疾病とうつ病との合併は多いことがよく知られており,糖尿病患者のうつ病有病率は正常対象の2倍以上とされている。成人型糖尿病(Ⅱ型糖尿病)は,アルツハイマー病の発症リスクを2~3倍程度に上げるとされ,アルツハイマー病を“Ⅲ型糖尿病”と呼ぶ研究者さえもいる。アルツハイマー病予防のための7つの重要因子の中にも,糖尿病とうつ病が挙げられている。(Barnesら. Lancet Neurology 10:819, 2011)うつ病の合併が,身体疾患の予後不良因子となることも重要な点であり,たとえば,心筋梗塞後にうつ病が合併すると半年後の死亡率が約4倍になるとされ,さらには脳卒中後のうつ病発症は10年間の観察期間中の死亡率を約3.4倍にし,その死亡の原因の大半は脳卒中再発作を含む心血管障害であるとされている。西オーストラリアにおける最近の調査では,1985~2005年の調査期間中に,その間の精神医学の進歩にもかかわらず,男女ともに統合失調症,気分障害など多くの精神疾患の患者と健常人との間の寿命差は広がっており,その結果に対する自殺の寄与度は13.9%,心血管障害やがんなどの身体疾患の寄与度は77.7%と報告し,自殺対策だけでなく,合併身体疾患への対策が精神科医療には必須と結論付けている。(Lawrenceら. BMJ 346:f2539, 2013)急性炎症の4主徴である,発赤・発熱・腫脹・疼痛を必ずしも示さず,しばしば組織構築の改変を伴う“慢性炎症”は,すべて肥満症を背景とするmetabolic disease clustersに含まれる。この場合の炎症は,細菌やウイルスなどの病原体だけでなく,壊れた細胞に由来するかもしれないもの(たとえばATP)や,薬剤や食物に由来するかもしれない生体異物によって引き起こされる“非感染性炎症”を含んでいる。“慢性炎症”が,従来の“4大重要疾病”の病態生理に重要な役割を果たすことが,近年の研究から明らかにされつつある。(Hotamisligil. Nature 444:860, 2006;Odegaardら. Science 339:172, 2013)アルツハイマー病をはじめとする神経変性疾患では,“慢性炎症”が重要な役割を果たしていることはかねてから指摘されていたが,私自身はアルツハイマー病βアミロイド仮説に基づき,この分野に関する研究を従来から行っていた。ここ数年は研究対象をいわゆる内因性ないし機能性精神疾患とこれまで言われてきた統合失調症や気分障害に拡大・展開しているところである。最近では,肥満症はうつ病発症のリスクを上昇させ,うつ病は後の肥満の予測因子であるとされ,“metabolic depression”という言葉を提唱している研究者もいる。また,さまざまな精神疾患の病態に大きな寄与をする神経回路障害の本態であると考えられている白質病変が,肥満症の患者群でもすでに生じているとの近年の神経画像研究もある。(Karlssonら. Obesity 21:2530, 2013)さらに,非ステロイド系抗炎症剤(NSAIDs),抗TNFα抗体などの抗サイトカイン抗体,あるいはミクログリア活性化抑制作用を有するミノサイクリン,抗酸化剤などを用いた精神疾患の“抗炎症療法”による治療の可能性も指摘する報告も近年増加している。オーストリア出身の神経・精神科医であるJulius Wagner-Jauregg(1857-1940)は,神経梅毒へのマラリア発熱療法の開発で1927年ノーベル賞受賞をしたが,彼の当初の狙いはpsychosisへの治療応用であった。方向は正反対であるものの,彼の治療法は炎症をターゲットとする点では,精神疾患の“抗炎症療法”と軌を一にするものと思われ,まさに温故知新の感がある。精神疾患に対する“抗炎症療法”は,たとえて言うならば,「頭を冷やして,こころを癒す」ということになるのかもしれない。これまで紹介してきた近年の研究を総括すると,“慢性炎症”と精神疾患の関係を,メタボリック症候群との関連も含めて,臨床および基礎的な面から丁寧に検証することは,精神疾患の予防,慢性化・難治化の阻止,認知症への進展予防,最終的には寿命延長と,精神疾患に悩む患者の生活の質をさまざまな角度から改善する上できわめて重要な示唆を与えると考えられる。日頃の講義や実習あるいは学外の講演などで,学生や研修医あるいは一般聴衆を対象に,このような視点から精神医学を論じると,ややもすると特殊な疾患と見られがちな精神疾患を身近に理解してもらいやすいと実感することもしばしば経験する。私自身は,“慢性炎症”は精神疾患の根本的な原因ではないかもしれないが,発症や再燃・再発・自殺企図時などの急性期に一過性に顕在化し,その後の精神疾患の経過に大きな影響を与えると考えている。現在の勤務先をベースに,このような研究を始めるきっかけとなった九州大学精神科の若い仲間をはじめとする臨床,基礎を問わないさまざまな分野の研究者と連携しながら,さらなる研究の深化を図りたいと念願している。

特集 うつ病の早期介入,予防(Ⅱ)

ストレス(養育環境)とうつ病

著者: 戸田裕之 ,   井上猛 ,   朴秀賢 ,   吉野相英

ページ範囲:P.739 - P.745

はじめに

 幼少期のストレスによって,成人後,うつ病をはじめとするさまざまな精神疾患発症の脆弱性が高まることが指摘されている8)。気分障害に関しては,大うつ病性障害の発症と経過に影響を与えることがメタアナライシスで確認されており14),双極性障害についても臨床経過を悪化させることが報告されている6)。げっ歯類などを用いた動物実験では,幼獣期の環境が脳の遺伝子発現を調整し,成獣後まで持続して生物学的な変化の原因となっていることが分かっている。このような遺伝子-環境相互作用が発達の段階から成長するまで長期にわたって持続することの生物学的な背景の1つとして,塩基配列の変化によらないDNAの構造的な変化(エピジェネティクス)が近年報告されている22)

 本稿では気分障害における幼少期のストレスの影響に関する臨床研究と基礎的研究を紹介し,現在我々が取り組んでいる臨床研究についても触れたい。

産業衛生の現場での取り組み―特に医療機関におけるストレスチェックの試み

著者: 黒木宣夫 ,   桂川修一

ページ範囲:P.747 - P.752

はじめに

 職場のメンタルヘルス対策として,精神障害の労災請求件数3)は毎年,過去最高を更新し,2013年度は1,409件(前年度比152件増),そのうち認定件数は436件(前年度比39件の減)であり,4年ぶりに減少したものの,深刻な状況が続いている。

 メンタルヘルス不調の未然防止のためには,1)職場環境の改善などにより心理的負担を軽減させること(職場環境改善),2)労働者のストレスマネジメントの向上を促すこと(セルフケア)が重要であり,2014年6月に労働安全衛生法の一部改正が行われ,ストレスチェック制度が創設された。筆者は2004年度に某大学病院で従業員の自殺企図を契機に相談室を開設し,2010年度より筆者がWEB上でストレスチェック(簡易ストレス調査)を年1回実施しているが,その具体的取り組みと高ストレス者の判定方法に言及し,改正労働安全衛生法に基づくストレスチェック制度の概要に関して報告する。

うつ病に対するプライマリケアの役割

著者: 貫井祐子 ,   中根秀之

ページ範囲:P.753 - P.762

はじめに

 わが国では年間の自殺者数が3万人を超える状態が10年以上続き,2012年には3万人を下回ったものの,依然として高い水準を維持している。自殺の重要な危険因子である精神障害の中でも,気分障害のために医療機関を受診した患者は2008年に100万人を超えており,厚生労働省は「自殺・うつ病等対策プロジェクトチーム」を立ち上げた15)。この中で自殺対策の重要な柱として精神医療の質の向上と精神科医療システムの整備・拡充が挙げられている。また精神障害は「広範で継続的な医療を提供して,国民の健康を保持する」対象の疾患およびこれに対する事業である「5疾病5事業」の医療計画に加えられた。自殺や精神障害,特に気分障害への対策が重要課題であり,精神科医療の水準が引き上げられることに対する強い社会的要請があることを示している。

 こうした状況を受けて近年ではうつ病や自殺対策の重要性が広く認識されるようになり,精神科を専門としない医療者を対象としたうつ病に関連する啓発活動が盛んである。うつ病の早期発見や自殺予防の活動を実践する上で,うつ病の人や自殺の可能性が高い人を発見する機会の多いプライマリケア医の担う役割が特に重要であることは異論のないところであろう。わが国においては,欧米のようなプライマリケア医は不在であるが,内科や外科などの一般医がかかりつけ医としてプライマリケア医の役割を担っていると考えられる。その現場においても,うつ病を見逃すまいとする機運は徐々に広がっているように思われる。プライマリケア医の立場からすると,必要に差し迫られた結果であるかもしれないが,うつ病の診断・治療に主体的に取り組む者も増えているようである。

 具体的には,内科やプライマリケアといった専門領域の中で適切な精神科的対応ができるよう,米国で考案された「プライマリケア医のための精神医学」(Psychiatry in Primary Care;PIPC)プログラムが日本においても活用されるようになってきている29)。しかしながらゲートキーパーとしてのプライマリケア医とメンタルヘルスの専門家である精神科医との連携が必ずしもうまくいっていない現状があり,そのことがプライマリケア医に精神科的対応への取り組みを躊躇させることにつながっているようにも思われる。

 本稿においてはプライマリケアの現場でうつ病を早期に見出し,的確な治療につなげていく方策について,またその際重要になるプライマリケア医と精神科医の連携のあり方について,うつ病患者の支援につなげていく体制づくりについて,これまでに得られた知見をまとめながら考えていく。

早期介入における薬物療法の功罪

著者: 岩崎弘 ,   中山和彦

ページ範囲:P.763 - P.769

はじめに

 近年,他の身体疾患と同様に,精神疾患においても「早期介入・早期治療」の是非が盛んに論議されるようになってきた。疾病の重症化を未然に防ぎ,後に患者にかかるであろう心理的・肉体的負担や医療経済的負担を軽減させる点からすると,確かに「早期介入・早期治療」にはメリットがある。しかし一方では,早期の治療導入が患者の自然回復を損ね,医療化によりかえって事態が複雑化する事例も少なからず存在する。本稿では,うつ病の早期介入における薬物療法について,主に批判的観点から論じ,患者が備える自然回復力を活用した精神療法的アプローチの意義についても述べたい。

児童青年期におけるうつ病の早期介入の課題

著者: 岡田俊

ページ範囲:P.771 - P.776

児童青年期のうつ病の病態

 うつ病の力動的理解が優勢であった頃,超自我の未発達な児童・青年には,うつ病は存在しないと考えられた。1980年代より,年齢と発達段階を考慮すれば操作的診断基準を用いて成人と同様に診断しうるうつ病が存在すると考えられるようになったが,児童青年期のうつ病の臨床症状は,成人期のうつ病といくつかの相違が認められる。

 第1に,抑うつ気分よりも焦燥が前景に立ち,また,食欲低下よりも過食を伴ったり,早朝覚醒や中途覚醒よりも過眠を来したりすることが少なくない。頭痛や腹痛などの身体症状が認められたり,易怒的または反抗的な態度などの外在化症状,対人不安,不登校,家庭内暴力などの多彩な問題を伴いやすい。これらは,児童・思春期が感情や認知の発達過程にあることにより,主観的体験やその表現が,成人と異なっているためと考えることもできる(少なくともDSMでは,発達段階によるものとみなしている)。しかし,以下に示すいくつかの知見は,児童・思春期のうつ病が,成人と異なる病態を含む可能性を示している。

高齢うつ病者に対する早期介入の課題

著者: 楯林義孝

ページ範囲:P.777 - P.785

はじめに

 今更ではあるが,日本の精神医療は大きな転換期を迎えている。先日,大々的に報道されたOECDの資料によると,精神病床の多さと自殺率の高さなど,日本の精神医療制度はOECD諸国の中で,相変わらず突出していることが示された。すなわち,現状の精神医療体制には,その是非はともかく,脱施設化(地域移行,病床削減)や精神医療分野のスキルアップなど,強い変革圧力がかかっている。一方,うつ病などの気分障害やアルツハイマー病などの認知症を中心に,近年精神疾患患者数は増加しており,2011年12月,社会保障審議会医療部会において,医療計画に医療連携を記載すべき事項とされているいわゆる「4疾病5事業」に,新たに「精神疾患」を追加し,「5疾病5事業」とする意見がとりまとめられた。実際,それらの経緯を踏まえ,2012年3月には,精神疾患に関するものも含めて,医療計画関連通知が発出され,2013年度から,各都道府県で,原則,新たな医療計画の運用が開始されている。

 これらの前提を踏まえると,今後の日本の精神医療が目指すべき方向は,少なくとも「アウトリーチ」,「自殺予防」,「うつ病」,「アルツハイマー病を含む認知症」などのキーワードでまとめられる。さらにそこに「少子高齢化」,「財政危機」などのキーワードが加わって,今後も予断を許さない状況が続くであろう。そのような中,今回筆者に与えられたテーマは「高齢うつ病者に対する早期介入の課題」に関して述べよというものである。早期介入とは,正確には,「発症してから,医療機関(できれば精神科医)に受診するまでの期間をできるだけ短縮する」ということであろう。その目的は,当然ながら,より効率的な医療・介護システムの構築とそれによる社会保障費の抑制に他ならない。

 よく考えると,このテーマには上記に掲げたキーワードすべてに関わってくる。自殺予防とは,すなわち,うつ病対策であり,超高齢社会を考えると,その最大のターゲットは高齢うつ病者(うつ状態も含む)となろう。よって,今後の自殺予防対策として,(診療技術のさらなるスキルアップが必要だが)高齢うつ病の早期発見・早期介入が最も効果的であろう。また,うつは認知症,特にアルツハイマー病の強力な危険因子として,最近特に注目を集めている。その点も含め,高齢うつに対する効果的な早期介入が実現されれば,そのまま認知症予防につながる可能性もある。そこで,本稿では,上記キーワードを中心に,高齢うつ病者に対する早期介入の課題について簡単にまとめてみた。なお,紙面の関係もあり,高齢者うつ病の基礎的知見や疫学,また,うつと認知症との関連については,拙著16,17)を参照していただけると幸いである。

研究と報告

精神療養病棟看護師のストレス反応に関連する職業性ストレッサーに関する検討

著者: 矢田浩紀 ,   安部博史 ,   加藤貴彦 ,   大森久光 ,   石田康

ページ範囲:P.787 - P.794

抄録

 本研究は,精神療養病棟看護師(PRNs)の職業性ストレスの構造を確認することを目的とした。調査材料には,精神科看護師職業性ストレッサー尺度と職業性ストレス簡易調査票のストレス反応尺度を用いて,PRNs 60名を解析の対象とした。その結果,「精神科看護の能力」に関する職業性ストレッサーは,「活気」と「抑うつ」のストレス反応にそれぞれ関連し,「患者の態度」に関する職業性ストレッサーは,「不安」と「身体愁訴」のストレス反応に関連していた。その背景には,PRNsは,ケアと患者の社会復帰という目標に明確な結びつきを感じにくく,患者が社会復帰へ気持ちを向けてくれないという思いがあると考えられた。

短報

双極性障害の維持療法中にアンジオテンシン2受容体拮抗薬を併用しリチウム中毒となり気分安定薬を変更した2例

著者: 大谷恭平 ,   貫井祐子 ,   吉川正孝 ,   正司健太郎 ,   志賀弘幸 ,   関由賀子 ,   今井公文

ページ範囲:P.795 - P.798

抄録

 炭酸リチウムは双極性障害の治療薬として第1選択となっており,ガイドラインでも推奨されている。一方で炭酸リチウムは治療域と中毒域が近くリチウム中毒を起こしやすい。長期維持療法中に他の併用薬との相互作用からリチウム中毒となるケースがみられる。今回ARBを追加された後,リチウム中毒となった2症例を経験したため報告する。リチウム中毒は,血中濃度のモニタリングや相互作用,初期症状を患者や家族に説明することで早期発見が可能である。ARBとリチウム中毒の関係性や作用機序,対応についても検討を行った。

資料

総合病院精神科外来患者において睡眠薬の併用投与はどのように行われているか

著者: 和田健 ,   森田幸孝 ,   岩本崇志 ,   相原裕子 ,   三舩義博

ページ範囲:P.799 - P.805

抄録

 総合病院精神科の外来患者における睡眠薬および他の向精神薬の併用投与について,後方視的に検討した。2012年4月の外来患者で睡眠薬が投与されていた432名のうち,60例13.9%が3剤以上であった。これらの群では2剤以下投与群と比較して,年齢,性別,精神科診断の分布に差はなく,眠前への抗精神病薬や抗うつ薬の併用が多かった。処方頻度では2群とも最多がflunitrazepam,次いでbrotizolamであった。3剤投与の45例では,短時間作用型2剤と中時間作用型1剤の組み合わせが22例と最多であった。2剤以下の睡眠剤のみでは不眠のコントロールが困難な患者への適切な治療指針が必要と考えられる。

試論

親権能力を考慮した児童虐待対応―親権の空洞化と未成年後見

著者: 石川博康 ,   神林崇 ,   清水徹男

ページ範囲:P.807 - P.814

抄録

 親権とは子の身分上および財産上の広い権能を含むことから,法理上能力者でなければ行うことができないとされる。制限行為能力者は,未成年者と成年後見制度の審判を受けた者に大別され,後者には成年被後見人などが含まれる。前者では民法の成年擬制か親権代行の規定により家庭裁判所の関与がなくとも基本的に子の権利は保護されるが,対照的に後者では成年後見制度の適用が申請主義であるため状況が異なり,能力を欠く不適格者が親権者と誤認される事態も起こり得る。

 事実上親権を行う者がいない場合,必ずしも親への成年後見制度適用がなくとも未成年後見の申立てが可能である。児童虐待の対応においても,親の親権能力に注意を向ける意義がある。

連載 「継往開来」操作的診断の中で見失われがちな,大切な疾病概念や症状の再評価シリーズ

退行期妄想病(状態)

著者: 古城慶子

ページ範囲:P.816 - P.819

はじめに

 退行期に発症する妄想性精神病あるいは妄想(幻覚)状態(以下退行期妄想性精神病の呼称で統一)は,退行期メランコリーとともに退行期精神病12)と呼ばれてきた。退行期精神病は閉経周辺期あるいは更年期(40~60歳)に発症した統合失調症,躁うつ病あるいは認知症に至る疾病性の精神病とは別の独立した精神病とみなされてきた。しかも退行期に初回発症後,病相が繰り返されることがない場合に限っての命名であった。ここでは最初に退行期妄想性精神病とその関連領域の研究史を概観しておきたい。次いで退行期妄想性精神病に含まれる退行期パラノイアと退行期パラフレニーの2類型の症状学,精神病理学そして疾病学について提唱者の記載に基づいて論及する。その上で批判的議論にも触れる。最後に今日退行期妄想性精神病をあらためて取り上げることの意義について筆者の若干の見解を述べる。

動き

「第36回日本精神病理・精神療法学会」印象記

著者: 大島一成

ページ範囲:P.820 - P.822

 1978年富山で始められた精神病理懇話会を継承する形で,1989年に日本精神病理学会は設立された。2004年に同学会は,精神医療関係者に門戸を開き,治療の観点から議論の場を創設するという意図のもとに,日本精神病理・精神療法学会と改称された。

 しかしながら,精神病理学は精神療法のみならずあらゆる精神科治療の基礎であり,生物学的精神医学,司法精神医学などの諸領域とも密接不可分であるという議論が強まったため,本学会は第36回大会を最後に「日本精神病理学会」と再び改称されることとなった。

追悼

臺 弘先生のご逝去を悼んで

著者: 井上新平

ページ範囲:P.824 - P.827

 去る4月16日,臺弘先生が100歳5か月の寿命を閉じられた。実にその前年まで診療をされ,百歳のお祝いでは教え子たちを励まされ,まだまだお元気で我々を刺激し続けていただけるのではと思った矢先の急逝であった。

 先生は1913年(大正2年)栃木県足尾町で出生され,2歳時に室蘭,6歳時に東京に移られ以後は麻布,青山,渋谷あたりをテリトリーとして成長された。江戸っ子であった。1930年東京高等学校尋常科に進み,次いで1933年東京帝国大学医学部に入学された。

書評

宮岡 等 著―こころを診る技術―精神科面接と初診時対応の基本

著者: 野村總一郎

ページ範囲:P.815 - P.815

 学会でも舌鋒鋭い論客として知られる宮岡等教授が,日常的には一体どんな臨床をしているのだろうと以前から興味を持っていたが,本書はまさにそれに対する回答とも言うべき一冊である。これは「どう患者を診るか」という技術書であり,「いかなる姿勢で診るべきか」という哲学書だと思う。ちょっと妙な連想になるかもしれないが,実は宮本武蔵の『五輪書』は評者の愛読書である。そこでは「剣術でいかに勝つか」を述べながら,結局は「剣とは何か」が論じられており,武士としていかに生きるかを示すガイドラインとなっている。本書はこのスタイルとの共通点が感じられ,これは宮岡教授の書いた『五輪書』だ! と直感した次第である。たとえば「大半の患者は精神科外来で10分程度の面接しか受けていないが,基本的な面接を続けること自体が治療であるべき」「そのためには『良い面接』より,『悪くない面接』を心がけること」「精神面に積極的に働きかけて治そうとするより,患者に寄り添うこと」などの主張には,思わずハタと膝を打ってしまった。このあたり,まさに本書を哲学書と呼びたくなるゆえんであろう。

 いや,そうは言っても,決してそこには小難しい理論が連なっているのではない。本書を読んだ読者は,あるいは不思議に思うのではあるまいか。「なぜ自分が普段悩んでいることが,宮岡先生には手に取るように分かるのだ!」「しかも,ここにその答えがあるじゃないか!」と。そのくらいポイントを突いて臨床家が日頃困っていること,迷っていることへの武蔵流,いや宮岡流の答えが展開されているのである。たとえば「自分が睡眠不足や疲れている時の面接は調子がよい時と比べて,『聞く』より『話す』ことが多くなっている。自ら話すことによって,早く面接を終えたいという気持ちがあるのであろう」という言葉にはドキッとさせられ,「今後気をつけよう」と感じたし,面接に際して「一般的にも起こりうることだが」という問いかけから入ると答えが引き出しやすい,などは診療のコツを述べた名言であろう。名言と言えば,そこかしこに耳に残りやすい機智に満ちた表現があり,それが本書をさらに読みやすくしている。たとえば「リエゾンはバトルである」という考え方には思わず唸ったし,「精神療法にも副作用がある」という指摘は当然のようで,昨今忘れられていた視点である。また,「『薬を処方するしか能のない精神科医』は面接が下手なだけでなく,疾患の診断や治療に関する最低限の知識も習得できていないのではないかと疑う」というのも,辛口だが実に小気味良い一言として響いた。それもそのはず,この問題意識こそ著者が本書を書いた契機であるからだろう。

学会告知板

第34回日本社会精神医学会

ページ範囲:P.823 - P.823

会長 鈴木道雄(富山大学)

会期 2015年3月5日(木)~6日(金)

会場 富山国際会議場

論文公募のお知らせ

テーマ:「東日本大震災を誘因とした症例報告」

ページ範囲:P.762 - P.762

「精神医学」誌では,「東日本大震災を誘因とした症例報告」(例:統合失調症,感情障害,アルコール依存症の急性増悪など)を募集しております。先生方の経験された貴重なご経験をぜひとも論文にまとめ,ご報告ください。締め切りはございません。随時受け付けております。

ご論文は,「精神医学」誌編集委員の査読を受けていただいたうえで掲載となりますこと,ご了承ください。

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次号予告

ページ範囲:P.828 - P.828

投稿規定

ページ範囲:P.829 - P.830

著作財産権譲渡同意書

ページ範囲:P.831 - P.831

編集後記

著者:

ページ範囲:P.832 - P.832

 この原稿を書いているのは8月後半です。子どもたちの夏休みも終わりに近づいている時期です。先日,マスコミで宿題代行業なる商売が紹介されていました。漢字や計算ドリル,読書感想文,工作など,本来は自分自身で,あるいはそっと親に手伝ってもらいながら月末までに何とか仕上げてきた夏休みの宿題をすべて代わりに仕上げてくれる商売なのだそうです。その是非については改めて論ずるまでもありませんが,若い頃は教授から命ぜられた投稿論文の,そして現在は種々の依頼原稿などの,冷酷に定められた締め切りに追われながら,「小・中学生のような宿題からいつになったら逃れられるのだろう」と恨めしく感じながらここまできてしまったわが身には,その気持ちだけは理解できるように思いました。もちろん簡単に批判する前に,そのような商売が成り立つ背景にある子どもの宿題を取り巻く状況を詳細に調べ整理する必要があることは言うまでもありません。

 さて,その締め切りを厳守していただき,特集「うつ病の早期介入,予防Ⅱ」に6本の原稿を揃えることができました。高齢者,児童青年期,早期介入における薬物療法,プライマリケア,産業衛生,ストレス(養育環境)など,うつ病に縦横から焦点を当てた特集後半となっています。その他,研究と報告,短報,資料,試論,がそれぞれ1本ずつの構成で,多彩な内容の論文が掲載されています。特に石川論文は,“児童虐待”というこれまでは子どもに関連する領域に限られがちであった話題に対して,精神科医の一般臨床から見た“親権能力”の問題から切り込んでおり,我々に斬新な視点を提供しています。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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