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文献詳細

雑誌文献

精神医学56巻9号

2014年09月発行

文献概要

巻頭言

頭を冷やして,こころを癒す

著者: 門司晃1

所属機関: 1佐賀大学医学部精神医学

ページ範囲:P.736 - P.737

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 2012年11月より,武市昌士先生,山田茂人先生の後をうけて,佐賀大学医学部精神医学講座の責任者を担当させていただいている。その翌年の2013年から,精神疾患が医療法の医療計画上の重要疾病として位置付けられた。つまり,がん・脳卒中・心筋梗塞・糖尿病の“4大重要疾病”の時代から,“5大重要疾病”の時代となったわけである。この国の政策変更の背景には,うつ病などの気分障害や認知症,あるいは発達障害の患者数の増加などがあると考えられる。私が精神科医となって,約30年が経過した。当時と比較して,精神疾患一般に対する世間の関心・認識は明らかに高まっている。うつ病やアルツハイマー病などは,もはや特殊な疾患などでは全くなく,「明日は我が身の病気」として一般の方に認識されているのはご存じのとおりである。うつ病を含む気分障害および糖尿病がそれぞれ独立した認知症,特にアルツハイマー病の発症危険因子であるとの報告が近年多くなされている。また従来の4大疾病とうつ病との合併は多いことがよく知られており,糖尿病患者のうつ病有病率は正常対象の2倍以上とされている。成人型糖尿病(Ⅱ型糖尿病)は,アルツハイマー病の発症リスクを2~3倍程度に上げるとされ,アルツハイマー病を“Ⅲ型糖尿病”と呼ぶ研究者さえもいる。アルツハイマー病予防のための7つの重要因子の中にも,糖尿病とうつ病が挙げられている。(Barnesら. Lancet Neurology 10:819, 2011)うつ病の合併が,身体疾患の予後不良因子となることも重要な点であり,たとえば,心筋梗塞後にうつ病が合併すると半年後の死亡率が約4倍になるとされ,さらには脳卒中後のうつ病発症は10年間の観察期間中の死亡率を約3.4倍にし,その死亡の原因の大半は脳卒中再発作を含む心血管障害であるとされている。西オーストラリアにおける最近の調査では,1985~2005年の調査期間中に,その間の精神医学の進歩にもかかわらず,男女ともに統合失調症,気分障害など多くの精神疾患の患者と健常人との間の寿命差は広がっており,その結果に対する自殺の寄与度は13.9%,心血管障害やがんなどの身体疾患の寄与度は77.7%と報告し,自殺対策だけでなく,合併身体疾患への対策が精神科医療には必須と結論付けている。(Lawrenceら. BMJ 346:f2539, 2013)急性炎症の4主徴である,発赤・発熱・腫脹・疼痛を必ずしも示さず,しばしば組織構築の改変を伴う“慢性炎症”は,すべて肥満症を背景とするmetabolic disease clustersに含まれる。この場合の炎症は,細菌やウイルスなどの病原体だけでなく,壊れた細胞に由来するかもしれないもの(たとえばATP)や,薬剤や食物に由来するかもしれない生体異物によって引き起こされる“非感染性炎症”を含んでいる。“慢性炎症”が,従来の“4大重要疾病”の病態生理に重要な役割を果たすことが,近年の研究から明らかにされつつある。(Hotamisligil. Nature 444:860, 2006;Odegaardら. Science 339:172, 2013)アルツハイマー病をはじめとする神経変性疾患では,“慢性炎症”が重要な役割を果たしていることはかねてから指摘されていたが,私自身はアルツハイマー病βアミロイド仮説に基づき,この分野に関する研究を従来から行っていた。ここ数年は研究対象をいわゆる内因性ないし機能性精神疾患とこれまで言われてきた統合失調症や気分障害に拡大・展開しているところである。最近では,肥満症はうつ病発症のリスクを上昇させ,うつ病は後の肥満の予測因子であるとされ,“metabolic depression”という言葉を提唱している研究者もいる。また,さまざまな精神疾患の病態に大きな寄与をする神経回路障害の本態であると考えられている白質病変が,肥満症の患者群でもすでに生じているとの近年の神経画像研究もある。(Karlssonら. Obesity 21:2530, 2013)さらに,非ステロイド系抗炎症剤(NSAIDs),抗TNFα抗体などの抗サイトカイン抗体,あるいはミクログリア活性化抑制作用を有するミノサイクリン,抗酸化剤などを用いた精神疾患の“抗炎症療法”による治療の可能性も指摘する報告も近年増加している。オーストリア出身の神経・精神科医であるJulius Wagner-Jauregg(1857-1940)は,神経梅毒へのマラリア発熱療法の開発で1927年ノーベル賞受賞をしたが,彼の当初の狙いはpsychosisへの治療応用であった。方向は正反対であるものの,彼の治療法は炎症をターゲットとする点では,精神疾患の“抗炎症療法”と軌を一にするものと思われ,まさに温故知新の感がある。精神疾患に対する“抗炎症療法”は,たとえて言うならば,「頭を冷やして,こころを癒す」ということになるのかもしれない。これまで紹介してきた近年の研究を総括すると,“慢性炎症”と精神疾患の関係を,メタボリック症候群との関連も含めて,臨床および基礎的な面から丁寧に検証することは,精神疾患の予防,慢性化・難治化の阻止,認知症への進展予防,最終的には寿命延長と,精神疾患に悩む患者の生活の質をさまざまな角度から改善する上できわめて重要な示唆を与えると考えられる。日頃の講義や実習あるいは学外の講演などで,学生や研修医あるいは一般聴衆を対象に,このような視点から精神医学を論じると,ややもすると特殊な疾患と見られがちな精神疾患を身近に理解してもらいやすいと実感することもしばしば経験する。私自身は,“慢性炎症”は精神疾患の根本的な原因ではないかもしれないが,発症や再燃・再発・自殺企図時などの急性期に一過性に顕在化し,その後の精神疾患の経過に大きな影響を与えると考えている。現在の勤務先をベースに,このような研究を始めるきっかけとなった九州大学精神科の若い仲間をはじめとする臨床,基礎を問わないさまざまな分野の研究者と連携しながら,さらなる研究の深化を図りたいと念願している。

掲載誌情報

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN:1882-126X

印刷版ISSN:0488-1281

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