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雑誌目次

雑誌文献

精神医学57巻1号

2015年01月発行

雑誌目次

巻頭言

臨床研究・開発の推進のために

著者: 住吉太幹

ページ範囲:P.2 - P.3

 我々精神科医が従事する日常診療では,薬物療法などの生物学的治療,および認知行動療法などの心理・社会的治療が用いられることが多い。これらはすべて,その効果ならびに副作用に関する客観的な検証を経た後に,実臨床での使用が認可される。ここでいう検証は,臨床研究(企業あるいは医師主導の治験を含む)という科学的手段により通常行われる。
 ある向精神薬が製造され,既存のものよりもさらに有効,あるいは副作用の発現頻度がより少ないなどのメリットが前臨床(基礎)研究で予想されたとする。その場合,同薬を対象とする質が担保された臨床研究(試験)が,国内で遅滞なく実施されることが望ましい。

特集 今後の産業精神保健の課題—近年の行政施策の動向をふまえて

労働安全衛生法改正と今後の課題

著者: 渡辺洋一郎

ページ範囲:P.5 - P.14

はじめに
 2014年6月19日,衆議院にて労働安全衛生法の改正法案が成立した。この改正案により,労働安全衛生法に「心理的な負担の程度を把握するための検査等」という法文が追記された。これがいわゆるストレスチェック法案と呼ばれているものである。この新たな制度は,その趣旨においては意義を認められながらも,さまざまな観点から種々の課題や問題点が指摘されているところである。現在(2014年11月),この制度の実施にむけて,厚生労働省においては行政委員会が設けられ,詳細が議論されているところである。この制度は2015年の12月には,従業員50人以上のすべての事業所において義務化されるものであり,今後,精神科医がさまざまな形でかかわりを持つことになると思われる。
 筆者は,この制度に対する賛否はともかくとして,実施されるからには,少しでも労働者にとっても事業所にとっても有用なものにすべきと考えてかかわっている。精神医療関係者にはこの法案につき関心を持っていただき,内容について見識を深めていただきたいと考える。そして,少しでもこの制度が労働者のメンタルヘルスに寄与するものになるよう協力していただきたいと考えている。この制度の実施に関する具体的な内容や問題点に関しては,別項にて記載されるので,本論文においては,この制度の成立までの経緯を記載すると同時に,その経緯から垣間見られる課題を述べたいと考える。

職場環境改善を通じたメンタルヘルス不調の未然防止への取り組み

著者: 吉川徹

ページ範囲:P.15 - P.21

はじめに
 わが国における労働者のメンタルヘルス不調の未然防止(1次予防)は,労働者の健康の保持・増進,事業場における安全・生産性の確保の観点から労使双方にとって優先順位の高い課題となっている8,9)
 2014年6月には労働安全衛生法の一部を改正する法律が公布され,メンタルヘルス不調の未然防止の視点から職場環境改善により心理的負荷を軽減させ,労働者のストレスマネジメントの向上を促進することを目的に,労働者の心理的な負担の程度を把握するための制度(ストレスチェック制度)が導入されることとなった12)。本制度では労働安全衛生法の第66条(健康診断)に新しい検査項目,面接指導等の実施義務が追加されることが決まった。しかし,健康診断でストレスチェックを行うことの意義や,その結果の活用方法などについては,内外の学術団体から法制化への疑問も含め多くの議論があった4)。例を挙げれば,米国予防医療専門委員会(USPSTF)はうつ病のスクリーニングについて,正しい診断(accurate diagnosis),効果的な治療(effective treatment),フォローアップ(careful follow-up)が伴わなければ一般診療においても実施する意義は乏しいとしており22),専門委員から測定する項目について多くの異論が寄せられた4)
 さまざまな議論があったが,ストレスチェック制度と職場環境改善に関連しては,今回の労働安全衛生法の一部を改正する法律案に対する附帯決議(2014年6月18日)で以下のような付帯決議が採択されていることに注目する必要がある。
 「(略)二 ストレスチェック制度は,精神疾患の発見でなく,メンタルヘルス不調の未然防止を主たる目的とする位置付けであることを明確にし,事業者及び労働者に誤解を招くことのないようにするとともに,ストレスチェック制度の実施に当たっては,労働者の意向が十分に尊重されるよう,事業者が行う検査を受けないことを選んだ労働者が,それを理由に不利益な取扱いを受けることのないようにすること。また,検査項目については,その信頼性・妥当性を十分に検討し,検査の実施が職場の混乱や労働者の不利益を招くことがないようにすること。
 三 ストレスチェック制度については,労働者個人が特定されずに職場ごとのストレスの状況を事業者が把握し,職場環境の改善を図る仕組みを検討すること。また,小規模事業場のメンタルヘルス対策について,産業保健活動総合支援事業による体制整備など必要な支援を行うこと。(略)」(下線部筆者)
 このことから,今回の法令改正では,単に労働者のストレスチェック(正確には「心理的負担の程度を把握するための検査」)を行うことが目的ではなく,1次予防の視点から,個人へのアプローチだけではなく,メンタルヘルス不調を生じる可能性のある職場環境を改善することも重視された法令改正であるとみることができる。
 これまで労働者のメンタルヘルス不調の1次予防対策としては,(1)個人向けストレスマネジメント教育,(2)管理監督者教育,(3)職場環境改善の視点に整理され,その有効性が確かめられている9)。筆者は職場環境改善によるメンタルヘルス不調の未然防止の取り組みについて科学的根拠に基づくガイドラインを作成に参加してきた24)。本稿では,職場環境改善を通じたメンタルヘルス不調の未然防止への取り組みについてその現状と課題についてまとめてみたい。
 なお,「職場環境」の言葉の持つイメージは人によって異なり,幅広い。本稿で取り扱う「職場環境」は,物理的に暑い寒い・有害物を取り扱うといった狭義の労働環境だけでなく,仕事の指示,働き方や役割分担,労働時間,組織体制,相互支援,組織風土など,労働者と取り巻く職場全体を含む介入可能な心理社会的要因を含む労働条件や労働環境全体を対象としている。

メンタルヘルス不調の1次予防としてのストレスチェック制度の実際と課題

著者: 中村純

ページ範囲:P.23 - P.30

はじめに
 定期健康診断(健診)と同様に,少なくとも年1回,個々の勤労者のストレスを評価して,職場全体の環境を改善するという目的で厚生労働省は2014年6月19日に労働安全衛生法を改正した。その背景や法案作成の経緯については別稿において詳しく解説されるので,本法案が円滑に実施されるために準備されつつある指針,あるいは実際の運用に関する議論とその課題に関してまとめた。
 本法案は,労働安全衛生法の改正であるので本来はすべての労働者に適応されるべきであるが,急激な法案の適応は,小規模事業所においてはストレスチェックそのものの実施やその後の指導が困難であること,さらに労働者,企業側にとっても経済的負担や労使関係を悪化させるのではないかと考えられ,産業医の選任義務がない50名未満の労働者がいる企業については,当面その施行は努力義務となった。そして,産業医の選任義務がある50名以上の労働者がいる企業の労働者に対して,本法案が適用されることになった。
 この制度の枠組みは,2010年に提案された法案と全く同様のものである。本法案は,2012年11月の衆議院解散とともにいったん廃案になったもので,政権交代を経て,2013年9月に再開された労働政策審議会での議論などをふまえて,当初の精神疾患の早期発見・早期介入という2次予防という概念から職場におけるメンタルヘルス不調者の1次予防を目的とした法案に大きく転換した。ある意味では,労働者にとっては理想的な内容となったと考えられるが,その効果の実現性の観点からは難しいものになったのではないかと思っている。
 現時点でも本法案の運用について2015年12月1日の施行日に向けて議論の最中であり,完全にその具体的な方法は決定しておらず,「面接実施方法等に関する検討会」と「情報管理及び不利益取扱い等に関する検討会」の2つの分科会で平行して議論が継続されており,2014年12月までにこれらがまとめられる予定である。したがって,2014年11月15日時点での本法案の内容,運用面の課題についてまとめてみたい。

中小企業におけるメンタルヘルス対策の現状と課題

著者: 森口次郎

ページ範囲:P.31 - P.38

中小企業の実態とそのメンタルヘルス対策の現状
 1.中小企業の現状
 中小企業基本法によれば,中小企業の基準は業種ごとに労働者数や資本金で決められており,従業員300人以下(卸売業・サービス業は100人以下,小売業は50人以下),または資本金3億円以下(卸売業は1億円以下,小売業・サービス業は5,000万円以下)の企業が中小企業とされている。また,従業員20人以下(商業・サービス業は5人以下)を小規模企業という。
 総務省による2009年「経済センサス基礎調査」5)によれば,全国の民営事業所588万6,000事業所のうち,従業員50人未満規模の小規模事業所が全事業所数の97.0%,従業者数の60.7%を占め,従業員300人未満規模のいわゆる中小企業は全事業所数の99.6%,従業員数の86.1%を占めており,わが国の雇用や経済における中小企業の重要性が理解できる。

精神障害者の雇用義務に向けた職場での対応

著者: 廣尚典

ページ範囲:P.39 - P.47

はじめに
 かつて,職場のメンタルヘルス(当時の表現では「産業精神衛生」)が,「精神障害者の差別を合理化する動きであり,企業から排除しようとするものである」と,一部から糾弾に近い扱いを受けた時代があった6,11)。この議論の対象となった精神障害は,主として統合失調症(精神分裂病)などの精神病であり,現在職場のメンタルヘルス対策の中で問題となっている,症状としては比較的軽症である精神障害とは,期待できる(少なくとも期待できるようにみえる)業務遂行能力の面でかなり異なっているとは言えよう。しかし,それにしても労働者のメンタルヘルスが多くの企業で産業保健上の主要問題のひとつとなり,1次予防を含めた幅広い対策のあり方が議論されるようになっている今日の状況は,それがメンタルヘルス不調の増加により必要を迫られたものであるにせよ,長くこの領域に携わってきた者にとっては,懸念をも含んだある種の感慨を抱かされるものであろう。そしてそれは,本論の主題である障害者雇用の拡大にもあてはまる。
 周知のように,2018年より精神障害者保健福祉手帳を有する精神障害者の雇用が義務付けられる予定となっている。2006年に精神障害例の障害者法定雇用率への算入が認められ,精神障害者の雇用は増加しているが,その就業率は,すべての就労年齢にわたって,身体障害,知的障害よりも低値であり(図1),雇用されている人数も,他の障害に比べてきわめて少ない。就労が長続きせず,早期に退職に至る例が少なくないことも指摘されている。精神障害者の就労状況を調査した研究からは,12か月にわたり同一企業に在籍することに関連している事項として,適応指導の有無,求人種類,障害開示,チーム支援の有無,企業規模,年代が挙げられており,精神障害者は,他の障害者に比べ,事業者にとって雇用管理上の問題が大きく感じられる傾向のあることも報告されている7)
 最近は,精神障害により休業した労働者の職場復帰のハードル,すなわち職場が職場復帰を認める要件(病状の回復度,見込まれる業務遂行能力の水準)が高くなってきていることも,一部で指摘されている。精神障害者の雇用は,そう楽観視できる要素ばかりがあるわけではないと言える。
 現状において,一般の企業が障害者を雇用している形態(一般雇用の場合)は,他の社員に交じって就業させる形,特定の部署に該当者を集める形,特例子会社を設立し,そこを障害者雇用の場とする形などがある。
 これらの形態は,障害者雇用の意義,障害者雇用枠で雇用された障害者の働きやすさと業務継続性,実際に雇用精神障害者に与えられる仕事・役割,企業側の責任と負担などの多くの角度からその望ましさを検討すべきであろう。

諸外国における職場のメンタルヘルス対策と提言

著者: 川上憲人

ページ範囲:P.49 - P.54

はじめに
 日本生産生本部の企業調査では,最近3年間に「心の病」が「増加傾向」とする企業は29.2%,「横ばい」は58.0%,「減少傾向」は9.2%であり4),職場のメンタルヘルス不調が増加したままで推移していることを示している。2013年度に申請のあった精神障害などによる労働災害補償請求の件数は1,409件であり,これまでの最高件数を記録した5)。増加したメンタルヘルス不調者のために,企業では職場復帰支援(第3次予防)の負担が増加し,手詰まり感を感じている産業保健スタッフも多い。メンタルヘルス不調による休業者の増加は企業の経営や活力にも影響を与えていると認識されている。このため,効果的な第3次予防の方法論が求められる一方で,メンタルヘルス不調の第1次予防(未然防止)への関心が高まっている。本稿では諸外国における職場のメンタルヘルス対策の動向を紹介し,わが国におけるこれからの産業精神保健のあり方について述べる。

精神障害の労災認定の現状と課題

著者: 黒木宣夫

ページ範囲:P.55 - P.59

はじめに
 1999年9月に「心理的負荷による精神障害に係わる業務上外の判断指針」5)(以下,判断指針)が発出,2009年4月に職場の心理的負荷評価表2)が見直され,2011年12月26日付けで基発1226第1号「心理的負荷による精神障害の認定基準について3)」(以下,認定基準)が発出され,精神障害の業務上外の認定も実務上,大きく変化した。また「自殺ではない精神障害」が労災認定された件数は,2010〜2012年までの期間に884件に及び,「自殺ではない精神障害」の労災認定件数が,今後も急増するものと推測される。「労災認定基準」の変更点と今後の精神障害の労災認定の課題に関して,若干の考察を加えて報告する。

研究と報告

描画にみられる統合失調症患者における認知機能障害—他者の視点をイメージすることに注目して

著者: 今野理恵子 ,   辻惠介 ,   渡辺哲康

ページ範囲:P.61 - P.70

抄録
 統合失調症入院患者41名に,3つの立方体を患者側からの視点(0度描画)と研究者側からの視点(180度描画)から描かせるとともにS-HTP(Synthetic House-Tree-Person Technique;統合型HTP法)を施行し,認知機能障害のどの段階で困難さを示すか検討した。さらにWAIS-Ⅲ(簡易実施法)とBPRSの得点,投薬量,罹患・入院期間と,各描画の構成・統合度との関連性についても検討した。その結果,0度描画に失敗した患者は,S-HTPの家・木・人を統合的に描けず180度描画にも失敗し,0度描画,S-HTP,180度描画の順に難易度が上がることが示された。0度描画とS-HTPは主に推理能力と,180度描画は知能全般と関係した。3種類の描画を施行することにより,統合失調症患者の認知機能レベルが測れる可能性が示唆された。

私のカルテから

Fluvoxamineを投与して行動・心理症状(BPSD)が改善した中等度アルツハイマー型認知症の1例

著者: 臼井勝也 ,   森一也 ,   中川賀嗣 ,   松原良次

ページ範囲:P.72 - P.74

はじめに
 アルツハイマー型認知症の行動・心理症状(Behavioral and psychological symptoms of dementia;BPSD)に対する薬物療法では抗認知症薬や抑肝散などを使用する場合が多いが,効果が乏しい時は適応外使用の抗精神病薬を使用することもある。抗精神病薬の使用においては副作用の問題が大きく,少量投与でもふらつきや過鎮静が出現して薬物調整に難渋することがある。抗うつ薬のfluvoxamineについては,前頭側頭型認知症のBPSDに対して有効であるという報告は多いが,中等度アルツハイマー型認知症に有効であったという報告は少ない。
 今回筆者らは中等度アルツハイマー型認知症の徘徊や興奮性症状に対してfluvoxamineが有効であった1例を経験した。Fluvoxamineは忍容性の点で高齢者にも使いやすい薬剤であり,今後は中等度アルツハイマー型認知症の治療選択肢となり得ると考えられたので報告する。なお,本症例報告にあたっては家族の了承を得て,患者個人が特定されないよう配慮し,症例内容の一部を改変した。

動き

「世界精神医学会疫学・公衆衛生セクションミーティング(WPASEPH2014)」印象記

著者: 井上かな ,   井上弘寿

ページ範囲:P.76 - P.77

 2014年10月15日から4日間,世界精神医学会の疫学・公衆衛生セクションミーティング2014(WPA Section on Epidemiology and Public Health Meeting 2014:WPASEPH2014)が奈良市で開催された。学会は15日夕方のオープニングセッションから開始となったが,同日の日中はアジア太平洋地域の精神保健疫学に関するシンポジウム,および本邦の精神保健関係の研究者や実務者,行政担当者を対象としたWorld Mental Health(WMH;世界精神保健)調査の政策的活用に関するシンポジウムが開催された。WPASEPHが日本で開催されるのは今回が初めてである。
 WPASEPHの会長は,精神科医かつ疫学者であるViviane Kovess Masfety女史(パリ・デカルト大学公衆衛生大学院)である。そして今回の大会長は竹島正氏(国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所精神保健計画研究部),事務局長は立森久照氏(同研究部)であった。

書評

—日本精神神経学会小児精神医療委員会 監修 齊藤万比古,小平雅基 編—臨床医のための小児精神医療入門

著者: 八木淳子

ページ範囲:P.78 - P.78

 時代の要請から子どもの心の診療に関心を抱く精神科医,小児科医は少なくない。さらには子どもの精神保健福祉,教育,司法などの分野に関わるあらゆる専門職,支援者にも,児童精神医学と子どもの心の診療についての基礎知識と専門性を求められる機会が増してきている。
 しかし,日常業務に忙殺される臨床医にとって,児童精神科医療を学ぶことの重要性を理解してはいても,教科書を通読するには時間がかかりすぎ,地方では研修の機会すら得難い。現実には日々目の前の臨床に追われるうちに,どこから手を付けたらよいのか迷いながら,なんとなく苦手な領域として残ってしまうのが,子どもの心の診療に関する分野ではないだろうか。

論文公募のお知らせ

テーマ:「東日本大震災を誘因とした症例報告」

ページ範囲:P.14 - P.14

「精神医学」誌では,「東日本大震災を誘因とした症例報告」(例:統合失調症,感情障害,アルコール依存症の急性増悪など)を募集しております。先生方の経験された貴重なご経験をぜひとも論文にまとめ,ご報告ください。締め切りはございません。随時受け付けております。
ご論文は,「精神医学」誌編集委員の査読を受けていただいたうえで掲載となりますこと,ご了承ください。

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今月の書籍

ページ範囲:P.80 - P.80

次号予告

ページ範囲:P.79 - P.79

投稿規定

ページ範囲:P.81 - P.82

著作財産権譲渡同意書

ページ範囲:P.83 - P.83

編集後記

著者:

ページ範囲:P.84 - P.84

 精神障害の労災認定件数が3年連続で過去最高を更新し続けている。また2018年には法定雇用率の算定基礎に精神障碍者が加えられることになる。このような趨勢において,今日産業精神保健は多くの精神科医にとって身近なものになりつつある。一方で,法・制度面では,心理負担軽減やストレスマネージメントのスキルアップによって職場のメンタルヘルス向上を図るべく,ストレスチェック制度が成立した。
 この成立はもちろん望ましいことだが,制度自体や今後の運用に対して問題点も指摘されている。守秘義務,個人情報保護といった制度の枠組みに関するもの,また現場における実務的問題点も少なくない。さらに中小企業が多いわが国の現状をふまえると,従業員数50名未満の事業所では努力義務とされていることは懸念される。精神科医にとってこの制度は,一般的な産業医にも精神医学の視点が必須になった点で喜ばしい。また産業保健に熟知した精神科医の役割が重要になったという点でも意義深い。なにより精神障碍者自身にとって,労働には社会の中であらためて自身の存在価値を確かめる意義があるとされるだけに特記に値する新制度である。けれども彼らの就業に関して,中井久夫氏による名高い「性急に就業を促さない」から始まる10項目の警句を思い出すと,手放しには喜べない。一方で,この問題に関与したことのある精神科医であれば,精神疾患の病状の安定「労災保険上の治癒(症状固定)」を判定することの難しさを経験されたことであろう。以上のようにさまざまな次元でpros and consが入り混じった新制度と動向,そしてここから派生する諸問題が今月号の特集として扱われた。本領域には暗い編集者も本誌を通読したことで,この問題の今日的課題を大掴みすることができた。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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