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雑誌目次

雑誌文献

精神医学57巻10号

2015年10月発行

雑誌目次

巻頭言

物語としての「当事者研究」

著者: 向谷地生良

ページ範囲:P.792 - P.793

 2001年に北海道の浦河ではじまった「当事者研究」にとって,今年はエポックメイキングな出来事があった。一つは,今年の3月に東京で開催された統合失調症学会の冒頭のプログラムにおける講演で理事長の丹羽真一先生が「当事者研究は日本発の世界先端の治療パラダイム」であり,「当事者研究という方法は,当事者主体の治療法を具体化するものであり,体験的発見型・自身納得型の同意に基づく,内容的には(統合失調症の)陽性症状の認知行動療法である」と講演されたことと,この4月に東京大学の先端科学技術センター(先端研:RCAST)に「当事者研究」を冠した講座が開設され当事者研究ラボがオープンしたことである。
 今から15年前にイベント(べてる祭り)の余興としてはじまった統合失調症などを持った人たちの研究活動が,時を経て一つの学問領域として認められ,当事者研究から生まれた実践知や経験知が精神医学や哲学,工学など,さまざまな学問領域と結びつきながら新たな知を創成する可能性を持った取り組みとしてスタートしたのである。

特集 精神医学と神経学の境界領域—最近のトピックスから

抗NMDA受容体脳炎と精神症状

著者: 筒井幸 ,   神林崇 ,   田中惠子 ,   清水徹男

ページ範囲:P.795 - P.801

はじめに
 2007年Dalmauらにより,抗N-methyl D-aspartate(NMDA)受容体脳炎という新たな疾患概念が提唱された1)。本疾患は辺縁系を首座とする自己免疫性の脳炎で,意識障害のほか精神症状,けいれん発作,自律神経症状,不随意運動などの多彩な症状を呈する。当初本疾患は卵巣奇形腫を伴う傍腫瘍性の辺縁系脳炎と考えられたが,その後症例数が増えるにつれ腫瘍を伴わないケースも多く指摘されるようになった。
 本疾患は経過中に気分の変調や統合失調症を疑わせる精神症状を呈することが多い。このため,精神科が関わる頻度が7割を超える器質性精神疾患である7)。特に,昏迷やカタトニア症状を伴う初発の統合失調症や気分障害との鑑別が重要であり,病期が進行し全身状態の増悪を生じる一連の特異的な経過が悪性緊張病(致死性緊張病)と非常に類似していることも,我々精神科医にとっては興味深い点である。
 現時点での症例数は限られるものの,経過を通して精神症状のみ,てんかん発作のみ生じるケースの存在も知られている1,6)。また典型例であってもMRI上異常を指摘されないケースが3割存在し,MRI所見が正常で精神症状のみを呈する場合は,自己免疫性辺縁系脳炎の可能性が見逃されている可能性も示唆されている6)
 本疾患は神経内科領域においてその認知が進み,自己免疫性辺縁系脳炎の代表的な疾患という座を得た。精神科領域においては,症例の掘り起こしと解析により今後新たな知見が得られる可能性のある,注目すべき疾患であるといえる。

自己免疫性辺縁系脳炎と緊張病症候群

著者: 林博史 ,   川勝忍 ,   小林良太

ページ範囲:P.803 - P.809

はじめに
 脳炎は,脳実質に炎症を来す疾患の総称である。強い意識障害で始まる広汎性脳炎に対し,辺縁系脳炎は扁桃体や海馬など辺縁系を傷害し記憶障害や精神症状で始まることが多い。従来から報告されてきた悪性腫瘍に随伴する傍腫瘍性辺縁系脳炎に加え,近年,悪性腫瘍の有無に関わらず神経細胞表面抗原に対する抗体が関与する辺縁系脳炎の存在が次々と報告され,自己免疫性辺縁系脳炎と総称されている。中でもN-methyl-D-aspartate(NMDA)受容体抗体が関与する自己免疫性辺縁系脳炎は,幻覚などの精神病症状や行動異常を呈することから初期には統合失調症と診断されることも多く1,8,15),精神科臨床と関わりが深い。これらの自己免疫性辺縁系脳炎に罹患する患者は子どもから高齢者まで幅広い年代に及び,免疫療法が有効であることなどから早期診断,早期治療がより重要である。
 一方,緊張病症候群は無言症,昏迷,拒絶症,姿勢常同,蝋屈症,常同症,反響現象などを特徴とする意志発動の障害である。気分障害や統合失調症などの精神疾患だけでなく身体疾患に伴うものが多いことが知られている。DSM-52)では他の医学的疾患による緊張病性障害という項目が設けられ,頭部外傷,脳血管疾患,脳炎などの神経疾患や高カルシウム血症,肝性脳症などの代謝疾患が緊張病を引き起こすことがあると記載されている。
 自己免疫性辺縁系脳炎は精神病症状や緊張病症候群を呈することから,精神科を最初に受診する患者も多いと思われる。神経内科医あるいは小児科医との連携が欠かせず精神科臨床と神経内科・小児科臨床の境界領域に位置付けられる。本稿では神経細胞表面抗原に対する抗体を伴う自己免疫性辺縁系脳炎と緊張病症候群との関係について述べる。

レビー小体型認知症の前駆状態

著者: 藤城弘樹

ページ範囲:P.811 - P.818

はじめに
 近年の神経変性性認知症に関する病理・分子遺伝学的研究の進展によって,病理学的背景となる異常蓄積蛋白の構成成分による疾患分類が行われ,鑑別診断には,臨床症状のみならず病理学的背景を考慮することが重要となってきている。神経変性性認知症疾患の中で最も発症頻度の高いアルツハイマー病(Alzheimer’s disease;AD)においては,髄液中アミロイドβ・リン酸化タウの測定やアミロイドイメージング,疾患修飾薬による治療が実施されているように,神経画像,血清・髄液検査などの生物学的マーカーによる早期診断とその病理学的背景に応じた疾患特異的な治療が試みられている。1984年に米国国立神経疾患・脳卒中研究所(National Institute of Neurological and Communicative Disorders and Stroke;NINCDS)とアルツハイマー病関連疾患協会(Alzheimer’s Disease and Related Disorders Association;ADRDA)によって策定され,最も使用されてきたADの診断基準では,ADそのものがdementia(認知症)を意味していた。しかし,認知症の前段階における臨床診断が可能となり,ADの早期診断と早期介入の重要性が高まった結果,2011年に発行されたNational Institute on Aging-Alzheimer’s Association(NIA-AA)基準では,preclinical AD,mild cognitive impairment(MCI)due to AD,AD dementiaと病態を意識した前駆期を含む病期分類がなされた12)。すなわち,認知機能低下を認めないもののADの病態が始まっている状態,認知機能障害はMCIレベルの状態,そして,認知症に至った状態である(図1)。
 一方,レビー小体型認知症(dementia with Lewy bodies;DLB)は,ADに次いで頻度の高い神経変性認知症疾患であるが,早期診断に関する臨床知見はきわめて乏しい9,11,13)。現在のDLBの臨床診断基準では,1984年のNINCDS-ADRDA基準と同様に,DLBそのものが認知症を意味しており,前駆状態に関する記載はほとんどない。さらに,DLBの初発症状が多様であり,臨床経過の全貌が十分に解明されていない。これは,DLBと認知症を伴うパーキンソン病(Parkinson's disease dementia;PDD)の異同が明確にされていないこと,記憶障害以外にも注意維持障害や視覚認知障害が初発症状となる場合があること,また,認知機能障害に先行してレム睡眠行動障害(rapid eye movement behavior disorder;RBD)・抑うつ状態・自律神経症状などの多様な精神神経症状を呈することが多いことが理由として挙げられる8,9)。本稿では,まず,現在のDLBの臨床診断基準と最近改訂されたThe Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, fifth edition(DSM-5)を概観し,DLBの前駆状態について考察した。次にDLBの前駆状態の臨床像について,現時点での知見を紹介し,特に認知症以外の精神症状が前景化する症例の問題点について述べた。

精神症状からみたレビー小体病—運動症状や認知症のない孤立性精神病としてのpure psychiatric presentationについて

著者: 小林克治

ページ範囲:P.819 - P.824

はじめに
 レビー小体病(Lewy body disease;LBD)はパーキンソン病(Parkinson's disease;PD),レビー小体型認知症(dementia with Lewy body disease;DLB),パーキンソン病認知症(dementia with PD;PDD),レビー小体嚥下障害(Lewy body dysphagia)を総括した臨床概念で,剖検によって偶然にレビー小体関連病理が発見されたものは偶発レビー小体病(incidental Lewy body disease;iLBD)と呼ばれる。これに加え,運動症状や認知症のない精神症状群,すなわちisolated psychosis(孤立性精神病)は1998年にLennox13)によってpure psychiatric presentation(純粋精神症状:PPP)と呼ばれた。つまりPPPは機能性精神病のように経過するLBDと考えられる。
 このPPPは新しく定義された臨床事実でも臨床概念でもない。うつ病で経過した患者にパーキンソン症状が加わり,PDのうつ病であったと分かることは珍しいことではない。LBDでは幻視,意識変動,うつ病,せん妄,レム睡眠行動異常,妄想性誤認,幻聴など精神症状または非運動症状が多く,これらの症状と運動症状が下位疾患ごとに重なり合っているために21),精神症状からLBD下位疾患を診断することは難しい。このためにLBDでPPPの疾患概念が使われることはなかった。PDと認知症については1年ルールがあるが,認知症以外の症状についてはこのような取り決めはない。LBDは精神症状が多様で豊富な神経疾患であり精神症状からの診断が難しいが,心筋meta-iodobenzylguanidine(MIBG)検査やドパミントランスポーターのスキャンなど診断マーカーが近年進歩を遂げ,運動症状や認知症のないLBD,すなわちPPP,を診断できるようになったので,自験例を集めて検討した。

レビー小体型認知症と抗精神病薬への薬剤過敏性

著者: 山本泰司

ページ範囲:P.825 - P.831

はじめに
 レビー小体型認知症(DLB)は4大認知症の1つであり,その頻度はアルツハイマー型認知症(AD)および血管性認知症(VD)に次いで3番目に多く,一般に認知症全体の10〜20%を占めるとの報告が多い。
 しかし,その臨床診断は必ずしも容易ではないため,DLBと臨床診断される患者の頻度はおよそ4.3〜20%と調査によってかなりの相違があり,さらに剖検脳による神経病理学的診断では40%を超えるとの報告19)もあることから,ADおよびVDと比較して,DLBの臨床診断にはある程度の臨床経験および診断技術が必要である。
 今回,筆者が担当する特集のテーマは「DLBの抗精神病薬に対する過敏性」であるが,DLBにおけるこの臨床的特徴はかなり以前から指摘されてきた。2005年のDLBの臨床診断基準(CDLBガイドライン改訂第2版,表1)17)のうち示唆的特徴(suggestive features)である3項目の1つに新たに追加されたことからも,DLBにおけるこの臨床的特徴の重要性が理解できる。そこで,本稿ではDLBにおける薬剤過敏性の特徴に関して,抗精神病薬にとどまらず,広く現在までに報告されている知見を整理して述べることとする。

新しい異常蛋白蓄積症TDP-43 proteinopathy

著者: 東晋二 ,   新井哲明

ページ範囲:P.833 - P.838

はじめに
 高齢者の代表的認知症性疾患であるアルツハイマー病(Alzheimer's disease;AD)やレビー小体型認知症(dementia with Lewy bodies;DLB)の患者脳内では,特定の蛋白質が細胞内あるいは外に凝集体を形成することが特徴である。すなわち,ADでは老人斑と神経原線維変化が,DLBやパーキンソン病(Parkinson's disease;PD)ではレビー小体が病理学的な診断マーカーである。これらの凝集体の主要構成蛋白はすでに同定されており,老人斑ではアミロイドβ蛋白(Aβ),神経原線維変化ではタウ,レビー小体ではα-シヌクレインである。さらに,1990年代から近年に及ぶ遺伝研究によって,これらの蛋白質をコードする遺伝子の突然変異や重複(gene multiplication)などが発症の原因となるが明らかとなった。これらのことより,神経変性疾患は異常な蛋白質の凝集・蓄積によって引き起こされることから,タウが蓄積している疾患群をタウオパチー(tauopathy),α-シヌクレインが蓄積している疾患群をシヌクレオパチー(synucleinopathy)と呼ぶようになった。
 さらに2006年,タウ陰性ユビキチン陽性封入体を有する前頭側頭葉変性症(frontotemporal lobar degeneration with tau-negative,ubiquitin-positive inclusions;FTLD-U)と筋萎縮性側索硬化症(amyotrophic lateral sclerosis;ALS)に出現する封入体の主要構成成分が核蛋白であるTAR DNA-binding protein of 43 kDa(TDP-43)であることが判明した3,17)。その後,FTLD-UとALS以外のさまざまな神経疾患の患者脳においてもTDP-43の蓄積が生じていることが明らかとなり,これらはTDP-43 proteinopathyと総称されるようになった。本稿では,主としてTDP-43 proteinopathyに関する概念の変遷,遺伝子変異例を含めた臨床像と病理像の対応,現時点で判明している病態生理から期待される治療法などについて解説する。

TDP-43陽性封入体を有する前頭側頭葉変性症(FTLD-TDP)の臨床的特徴

著者: 横田修

ページ範囲:P.839 - P.847

はじめに
 前頭側頭葉変性症(frontotemporal lobar degeneration;FTLD)とは,前頭葉と側頭葉に比較的限局した機能障害を来す病理学的疾患単位群の総称である。このうちリン酸化TDP-43蛋白が異常に凝集し蓄積したTDP-43陽性封入体を有すFTLDはFTLD-TDPと呼ばれる2,10)。本稿ではその臨床像を主にピック病と比較しながら解説する。

運動ニューロン疾患を伴う前頭側頭型認知症(湯浅・三山病)の病態と診断

著者: 川勝忍 ,   小林良太 ,   林博史

ページ範囲:P.849 - P.856

はじめに
 1994年,LundとManchesterのグループにより16),前頭側頭型認知症(frontotemporal dementia;FTD)の臨床的および神経病理学的診断特徴が発表されて以降,その臨床研究や病態解明に関する研究が大きく進展し,現在では進行性非流暢性失語(progressive nonfluent aphasia;PNFA)と意味性認知症(semantic dementia;SD),前頭側頭葉変性症(frontotemporal lobar degeneration;FTLD)として全体の概念がまとめられている4)。それ以前より,我が国では,FTDの原型であるピック病について,ドイツ精神医学の流れを汲む神経病理を専門とする精神科医が,アルツハイマー病との対比を含めて注目してきた。2006年のtransactive response DNA-binding protein 43kDa(TDP-43)の発見により,FTLDは,蓄積する異常蛋白の種類によって,疾患分類が明確化され,タウ蛋白が蓄積するタイプ(FTLD-tau)とユビキチンのちにTDP-43が蓄積するタイプ(FTLD-UまたはFTLD-TDP)の2つが大部分を占めることが分かってきた。そして,TDP-43は,FTLDと筋萎縮性側索硬化症(amyotrophic lateral sclerosis;ALS)とに共通して蓄積する蛋白であり,これらの疾患が連続する1つのスペクトラムをなしており2),運動ニューロン疾患(motor neuron disease;MND)を伴う前頭側頭型認知症(FTD-MND)はその中心に位置する重要な疾患であり,日本の研究者がその病態解明に果たした役割が大きい。FTD-MNDは,臨床的にも精神医学と神経内科学に跨がる境界領域であり早期診断が難しい疾患である。認知機能障害や行動異常に目を奪われている間に,筋萎縮,嚥下障害へと急速に進行してから初めて気付かされることも多い。予後としてもいずれ呼吸筋麻痺にて死に至るため,正しい診断が不可欠である。また,FTDの場合と同様に,FTD-MNDでもFTD症状が,うつ状態,躁状態,心気症状などとして扱われてしまう可能性もある。ここでは,FTD-MNDについて現在の知見を概説し,典型例を呈示して診断の注意点について述べたい。

研究と報告

高用量抗精神病薬服用中の慢性統合失調症患者におけるaripiprazole単剤治療への切り替えの有用性の検討

著者: 本間正教 ,   加藤秀明

ページ範囲:P.857 - P.867

抄録
 Chlorpromazine(CPZ)換算1,000mg以上の高用量抗精神病薬投与中で,発症から10年以上経過した慢性統合失調症患者の13例(平均50.9±13.5歳,平均罹病期間31.1±12.2年,男性5名,女性8名)に対し,精神症状の改善や副作用の軽減,抗精神病薬の減量を目的として,aripiprazole(APZ)への単剤化を試み1年間のオープンラベル試験を行った。その結果13例中9例(69%)で単剤化に成功し,3例は他の抗精神病薬の併用による維持が可能であった。1例が脱落し,単剤化例と併用例あわせて継続率は12例(92.3%)であった。精神症状評価では,BPRSスコア平均値で,脱落例を含む13例で開始前48.3±12.4から1年後に44.2±14.0と,CGI-Sスコアは5.2±1.0から4.7±1.3となり,ともに精神症状の変化はわずかであったが,体重減少,総コレステロール値減少,プロラクチン値の減少傾向や月経改善がみられ,抗精神病薬は継続12例においてCPZ換算で1,399.2±243.8mg/日から700.0±240.3mg/日に減少した。一時的な病状悪化や軽度の有害事象(錐体外路症状,不眠)が6例でみられたが,バルプロ酸の併用,抗パーキンソン剤や主剤の調整,睡眠薬の追加で対処可能であった。APZはその薬理作用から,切り替えに際し,方法の工夫と十分な時間が必要であるが,大量療法下の慢性期統合失調症治療においても,精神症状を悪化させることなくCPZ換算処方量の減少や,身体的副作用の軽減といった有用性があると考えられた。APZと治療抵抗性統合失調症,dopamine supersensitivity psychosisとの関連についても考察した。

紹介

アンケートの解析からみた依存の心理機制について

著者: 奥田正英 ,   内田あおい ,   石井啓子 ,   水野将己 ,   舛岡伸高 ,   今井理紗 ,   田中沙弓 ,   大草英文 ,   田中雅博 ,   三和啓二 ,   磯村毅 ,   斉藤政彦 ,   荻野あゆみ ,   水谷浩明

ページ範囲:P.869 - P.880

抄録
 「依存のこころ」に関する新たに作成した30項目からなるアンケートを用いて,健常対象者を中心にして年齢差,男女差,酒害者との相違点,さらにアンケート合計,抑うつ,嗜癖,共依存,それに陽性項目に関する5つの総合指標を設けて検討を行った。その結果,日本人の依存の心理機制に関して年齢差,男女差,酒害者の心性が明らかになった。さらに総合指標の評価から依存の治療論として,自己肯定的な評価を高め陽性感情も上げるような治療関係が展開されるとともに,加齢や男女差を考慮しながら依存の臨床にかかわることが大切であると考えられたので紹介する。

ミニレビュー

摂食障害の転帰調査に関する研究—日本と欧米との比較

著者: 中井義勝 ,   任和子 ,   野間俊一 ,   浜垣誠司 ,   高木隆郎

ページ範囲:P.881 - P.886

はじめに
 摂食障害の転帰に関する研究は,欧米では数多くの原著3,7,10)や総説4,6,8,19)がある。転帰調査の研究で重要な課題のひとつに転帰の判定基準4,6,10)がある。神経性食欲不振症anorexia nervosa(AN)の制限型(AN-R)が治療対象の中心であった1970年代には,MorganとRussellの転帰判定基準10)がよく用いられた。評価項目は身体面,心理面,社会面と多岐にわたっていたが,実際の判定には体重減少率と月経の回復,すなわち身体面の回復が用いられた。
 1980年代後半から,ANのむちゃ食い/排出型(AN-BP)や,神経性大食症bulimia nervosa(BN)の患者数が増えてくると,食行動異常の回復を評価項目とする転帰判定基準が提唱された11,17,18)。その後,肥満恐怖や身体イメージ障害など心理面の異常の回復も評価項目に取り上げられた4,7,18)。1993年Herzogら7)は,ANとBNに共通した転帰判定基準を提唱し,今日でもよく用いられている。一方,2002年Kordyら9)は,回復した状態をどれくらいの期間維持できているかが,転帰の判定には重要であると指摘した。最近では,摂食障害の転帰判定に,学校や職場での社会活動,対人関係,家族関係など社会面での評価も重要であることが指摘されるようになっている3,20)
 欧米に比し日本における摂食障害の転帰調査の報告はきわめて少ない。1985年Suematsuら21)は,ANの転帰調査結果を報告したが,転帰の判定基準は明確でなく,判定は主治医が独自の基準で行った。その後も日本では,ANの転帰調査がいくつか報告されているが,判定基準は,Ratnasuriyaらの転帰判定基準17)など,身体面と食行動異常の回復が用いられている22,23)。一方,わが国ではBNや特定不能の摂食障害eating disorder not otherwise specified(EDNOS)の転帰調査の報告はなかった。
 筆者らは,厚生省精神・神経疾患研究委託費「摂食障害の治療状況・予後等に関する調査研究班」(主任研究者:石川俊男)の予後調査グループで作成した転帰調査表に基づいて,ANのみならずBNやEDNOSを含めた摂食障害の転帰調査結果を報告してきた13,14)。この転帰調査表は,身体面,食行動,心理面のみでなく,社会面の評価も行える。そこで,この転帰調査表を欧米の先行研究10)に習って点数化した。その上で,社会面に焦点をおいた摂食障害の転帰について検討し,European Eating Disorders Reviewに発表した15)。そこで,筆者の発表した論文をもとに摂食障害の転帰の判定基準について考察したので報告する。
 なお,転帰に関する用語をKordyら9)は次のように整理している。Recovery回復とは完全に無症状の続いている期間がX日以上で,full remission完全寛解とは無症状の続いている期間がY日以上Z日以下,partial remission部分寛解とは症状が部分的に残っている期間をいう。再発には英語では2つの意味があり,relapseは寛解の期間中に全症状が再発することで再燃と訳される。一方,recurrenceは回復の後,病気のエピソードが新たに出現することである。

書評

—加藤 敏 監修,阿部隆明,小林聡幸,塩田勝利 編集—症例に学ぶ精神科診断・治療・対応

著者: 小林隆児

ページ範囲:P.889 - P.889

 精神疾患の国際診断基準が本格的にわが国に導入されてから,すでに35年が経過した。今や心情的に古典的分類を手放せないでいる臨床医はごく少数派となっているのではないか。論文はもちろんのこと,教科書であれ公的文書であれ,それが標準仕様となった。しかし,行動科学に裏打ちされた国際診断基準は,症状をみてもこころをみない臨床医を確実に増やしている。自然科学に倣った「科学的エヴィデンス」を武器に脳科学の進歩は目覚ましく,薬物療法の隆盛をもたらし,その一方で精神療法の存在は影が薄い。
 本書は編者らの「精神疾患に対する繊細な病態理解が浅薄になった現状を憂い,患者の置かれた社会的文脈やパーソナリティなどに十分注意を払った繊細な病態理解,それに基づいたしなやかな治療」が今だからこそ求められているという強い思いによって生まれたものである。

論文公募のお知らせ

テーマ:「東日本大震災を誘因とした症例報告」

ページ範囲:P.818 - P.818

「精神医学」誌では,「東日本大震災を誘因とした症例報告」(例:統合失調症,感情障害,アルコール依存症の急性増悪など)を募集しております。先生方の経験された貴重なご経験をぜひとも論文にまとめ,ご報告ください。締め切りはございません。随時受け付けております。
ご論文は,「精神医学」誌編集委員の査読を受けていただいたうえで掲載となりますこと,ご了承ください。

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次号予告

ページ範囲:P.890 - P.890

編集後記

著者:

ページ範囲:P.894 - P.894

 心とからだをトータルで診る,優れた精神科医の条件の一つは類似の症状を見た時にその本態を見抜く能力をどれだけ身につけているか,ということであります。中でも脳炎・脳症と緊張病や心因性の解離との鑑別,あるいは各種の認知症と中高年初発のうつ病との鑑別はきわめて重要なテーマであり,川勝忍先生にご企画いただいた本号の特集「精神医学と神経学の境界領域」では自己免疫性脳炎や各種認知症の病態生理の最新のトピックスが詳述されており,日常の精神科臨床に還元できる内容となっています。ご執筆いただいた諸先生に心から御礼申し上げます。この解説で注目される第1の点は,preclinicalのレベルのレビー小体病でも黒質のドパミン神経やマイネルト基底核のコリン系神経細胞の脱落は始まっており,脳画像解析による臨床マーカーの探索研究における健常対照群にも同程度の異常を有する方々が含まれている可能性があるので,神経画像でのカットオフ値の作成には慎重を要することが指摘されている点であります。このことは生物学的精神医学研究をする際の対照者をどのように定義するかという重大な課題への対応を求められていることになります。第2に,レビー小体病でのMCI段階では身体表現性障害が先行することが多く,またレビー小体型認知症と診断された症例の初期診断の約半分がうつ病であったという解説を伺うと,65歳以降の抑うつ,不安,妄想性誤認,幻聴などを日常的に診ている精神科医にとって,MIBGやドパミントランスポーター,局所脳血流などの画像検査,神経心理検査は必須であることになります。このため,神経内科と連携した精神科医療を推進できる体制の整備が必要であり,うつ病や統合失調症などの脳血流低下部位と,各種認知症のそれとの比較を神経内科医と検討し合って,診断を深めていくとともに,認知症の方々に寄り添う精神科医療を展開することによって,精神科の専門性をいっそう高めていく必要があると考えます。
 巻頭言で長年当事者研究を見守り,育てて来られた向谷地生良先生の「統合失調症を生きる人たちの日常と,精神科医療従事者の日常が重なり合い,人として同じ時間を生きている共同的な実感を取り戻す必要がある」と述べておられるお言葉は各種の認知症の方々との関係においても言えることだと思っております。その他,研究と報告欄などにも日常臨床で得られた貴重な経験に基づく玉稿をお寄せいただき,心から感謝申し上げます。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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