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文献詳細

雑誌文献

精神医学57巻11号

2015年11月発行

文献概要

シンポジウム 家族と当事者からみた精神科医療・精神医学

家族・当事者・精神科医の「トライアスロン」をやって,思うこと

著者: 夏苅郁子1

所属機関: 1やきつべの径診療所

ページ範囲:P.945 - P.953

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はじめに
 表題の「トライアスロン」は,「かめちゃん」というニックネームの統合失調症当事者の方から「夏苅さんは,家族・当事者・精神科医のトライアスロンをやってきたのですね」と言われたことに由来する。確かに本物のトライアスロンのように,家族としても当事者としても,そして医師としても私にとっては迷いの多い苦しい道のりだった。
 津田ホールの会場に立つのは,2012年の「みんなねっと」フォーラム以来である。当時の私は,母が統合失調症であったこと・自身も精神科に通院していた当事者でもあったことを前年に公表したばかりだった。公表は,さしたる決意や信念があったわけではない。漫画家の中村ユキさんが書いた『わが家の母はビョーキです』3)を読んで,居てもたってもいられなくなったのだ。
 それまで私の中で澱のように沈殿していた「隠している」ことへの罪悪感・精神科医でありながら抱えていた病気への嫌悪感や偏見が,この本を読んだことで一気に表に現れ出てしまった。「本を読む前には,もう戻れない」半ば悲壮とも言える覚悟を持って,私は中村ユキさんに会いに行った。
 後日,中村さんから「初めて会った時あまりに夏苅さんが弱々しいので,私は遠慮して大人しくしていたのよ」と打ち明けられた。「まだ病気について受容できていない人にいろいろ言っても,辛くさせるだけだからね」と言われ,彼女から気遣ってもらっていたのを知った。その時の私は精神科医になって30年以上経っていたが,そんな臨床経験よりも中村さんの受容する力のほうが強かったのだ。逃げずに(逃げることもできずに)母親と38年間共に暮らした歳月が,彼女の強い気持ちを作ったのだと思う。
 トライアスロンであることを認識して再び津田ホールのステージに立った私は,2年前とは家族・当事者としても精神科医としても考え方が大きく変わっていた。本稿では,その変化について述べてみたい。

参考文献

1) 福田正人監修.笠井清登,鈴木道雄,三村将,村井俊哉編.精神疾患の脳画像ケースカンファレンス—診断と治療へのアプローチ.中山書店,2014
2) 堀川恵子:永山則夫—封印された鑑定記録.岩波書店,2013
3) 中村ユキ:わが家の母はビョーキです.サンマーク出版,2008
4) 夏苅郁子:もうひとつの「心病む母が遺してくれたもの」.日本評論社,2014
5) 夏苅郁子:心病む母が遺してくれたもの.日本評論社,2012
6) 夏苅郁子:人が回復する,ということについて—著者と中村ユキさんのレジリエンスの獲得についての検討.精神経誌 113:845-852,2011

掲載誌情報

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN:1882-126X

印刷版ISSN:0488-1281

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