icon fsr

雑誌目次

雑誌文献

精神医学57巻12号

2015年12月発行

雑誌目次

巻頭言

ストレスとは何か?

著者: 井上猛

ページ範囲:P.994 - P.995

 いよいよ今年12月より職場のストレスチェック制度が始まる。しかし,そもそもストレスとは何か,どのようにその程度を評価するのかということは難しい問題である。ストレスは世間でも医療でもよく使われる言葉であるが,意外なことにストレスについてはあまり多くのことが分かっていない。
 古典的な精神医学では,躁うつ病では,遺伝素質,病前性格を基盤に「精神的誘因」が加わって,特にうつ病を発症するという考え方が主流であった。一方,神経症では,性格要因,環境要因,身体要因を基盤に「直接の精神的誘因」が働いて神経症を発症するといわれていた。1980年より精神医学の標準的診断基準となったDSMマニュアルでは,遺伝要因と心理社会的出来事がうつ病発症に関連する,と書かれていた。2013年発表のDSM-5マニュアルで初めて神経症的特質という性格要因に「ストレスの多い人生上の出来事」が加わって発症するという従来の疾患モデルが提唱されるようになった。

研究と報告

乳癌術後に緊張病を呈した統合失調症—精神疾患患者におけるインフォームド・コンセントとメンタルキャパシティ

著者: 岡田剛史 ,   稲川優多 ,   井上弘寿 ,   小林聡幸 ,   加藤敏

ページ範囲:P.997 - P.1003

抄録
 メンタルキャパシティ(MC)は一般臨床における患者の理解・同意能力を示す。MCへの配慮は患者のインフォームド・コンセント(IC)に際し重要であるが,本邦においてまだ十分に認識されているとは言いがたい。そこで本稿では乳癌術後に緊張病を呈した統合失調症の1例を通してICにおいてMCを考慮することの重要性について考察した。MCは理解・認識・合理的処理・表明の4要素からなる。本症例は表明能力を有し,ICは成功したかにみえたが,認知機能低下を背景とした理解および合理的処理能力の低さのため術後の身体変化についての説明が「不発」に終わったと考えられた。MCが低いと考えられる精神疾患患者に対するICにおいては患者のMCを考慮することが重要である。

抑うつ症状と栄養摂取量との相関関係

著者: 大原由久

ページ範囲:P.1005 - P.1011

抄録
 抑うつ症状と栄養摂取量との関係を外来患者120名を対象に調査した。抑うつ症状の指標は自己評価式抑うつ性尺度(SDS)を用いた。栄養状態は食事記録をもとにエネルギー,蛋白質,総脂質,炭水化物の摂取量を推計した。エネルギー,炭水化物の摂取量はSDS合計得点,感情面+心理面のSDS得点,生理面のSDS得点のいずれとも負の相関が認められた。蛋白質,総脂質の摂取量はSDS合計得点,生理面のSDS得点と負の相関が認められたが,感情面+心理面のSDS得点と相関はなかった。以上のことは炭水化物が他の栄養素よりも抑うつ症状との相関があること,抑うつ症状の生理面が感情面+心理面よりも栄養摂取量との相関があることを示唆する。

大学生の摂食障害スクリーニングの試み—EAT-26とBMIによる呼び出し面接から

著者: 三宅典恵 ,   岡本百合

ページ範囲:P.1013 - P.1020

抄録
 大学生における摂食障害のハイリスク者の背景について摂食態度調査票(EAT-26)と体重を用いて,検討した。大学新入生2,471人(男子1,552人,女子919人)を対象に,健康診断の際にEAT-26調査と体重測定を実施した。EAT-26高得点者は男子10人(0.6%),女子19人(2.1%),低体重者は男子53人(3.4%),女子81人(8.8%)であった。EAT-26高得点者と低体重者に対する呼び出し面接を実施し,摂食障害のリスク評価を行った。EAT-26高得点者の面接において,ハイリスク者を多く認めたが,ハイリスクである低体重者のEAT-26得点は低い傾向であった。摂食障害スクリーニングの際にEAT-26のみではなく,体重や他の指標と組み合わせて評価を行うことが早期発見や予防に必要であると思われた。

こころの健康早期支援事業の実践から—中学生を対象とした統合失調症に関する授業の実施の意義

著者: 太田順一郎 ,   川上真紀 ,   土器悦子

ページ範囲:P.1021 - P.1029

抄録
 中学生を対象に実施した「こころの健康早期支援事業」について報告する。①精神疾患に対する正しい知識の学習による誤解や偏見の防止,②生徒たちが精神疾患による不安や不調を生じた際に速やかに援助希求行動がとれること,を目標として「統合失調症」に重点をおいた授業を行った。実施校は3年間でのべ4校。精神保健・医療の専門家の協力のもと,教員自らが学習指導案を作成した。また授業の中で当事者が体験を語る時間を持った。実施前,教員には「疾患を正しく生徒に伝えられるか」という不安がみられたが,職員研修や当事者との出会いにより,授業に対する不安も軽減された。また生徒にとっても当事者の生の声を聞くことで偏見や差別について考える有用な機会となった。

短報

突発的な呼吸困難感を認めパニック障害と診断されていたが側頭葉てんかんであることが判明した1例

著者: 久田絵美 ,   大島智弘 ,   郷治洋子 ,   加藤悦史 ,   田所ゆかり ,   兼本浩祐

ページ範囲:P.1031 - P.1033

はじめに
 パニック発作を疑う際には背景に何らかの身体疾患を認める場合があり注意が必要であるが,その一つとして側頭葉てんかんの単純部分発作が挙げられる。一般に側頭葉てんかんでは自動症を伴う複雑部分発作を認めることが多く,また半数以上に単純部分発作があると言われており,上腹部不快感,既視感,未視感のほか自律神経症状として動悸,立毛,呼吸困難が,精神発作として恐怖感,離人感などが挙げられる1)。しかし,複雑部分発作や強直間代発作を認めずに単純部分発作のみのケースも存在するため,診断に苦慮する場合がある。今回我々は,突発的な呼吸困難感を認め近医にてパニック障害と診断されていたが側頭葉てんかんであることが判明した1例を経験したため,若干の文献的考察を含めて報告する。なお,報告にあたって個人情報を特定できないよう配慮した。

資料

東日本大震災後3か月間における自殺企図11症例の検討—福島第一原発の最寄りの中核総合病院救命救急センター受診後の入院例

著者: 池本桂子

ページ範囲:P.1035 - P.1039

抄録
 2011年3月11日の東日本大震災後の3か月間,福島第一原子力発電所最寄りの中核総合病院である,いわき市立総合磐城共立病院(819床)の3次救命救急センターを受診後入院し,精神科へコンサルトされた自殺企図症例11例(男性2例,女性9例)のうち,女性は男性の4.5倍を占め,年齢的には20代が6例と半数を占めた。神経症圏の20代女性の過量服薬と自傷が多く(4例),中高齢者(3例)では,縊頸・農薬服毒など成功率の高い手段が用いられた。状況は,過労と家庭内トラブルの表面化(4例),異性問題(3例),飲酒(3例),農業・自営業の先行きと放射能への不安(3例),不眠の長期化と抑うつ(3例),不安障害・心的外傷後ストレス障害(PTSD)の再燃・発症(3例)などであった。女性の自殺企図増加,ストレス関連障害の割合が多かったことは特記すべき点であった。

ミニレビュー

グルタミン酸ネットワークが統合失調症の認知機能障害に関与する—52種類の認知機能の全ゲノム関連研究

著者: 大井一高 ,   橋本亮太 ,   山森英長 ,   安田由華 ,   藤本美智子 ,   武田雅俊

ページ範囲:P.1041 - P.1054

抄録
 認知機能障害は統合失調症患者における中核症状である。これらの障害は統合失調症の遺伝基盤を理解するための効果的なツールになり得る。本研究は,認知機能障害に関わる遺伝子多型が統合失調症の病態に関わる機能的な遺伝子ネットワークに集積しているかを検討した。まず,411名の健常者を対象に統合失調症と関連する52種類の認知機能の全ゲノム関連解析(GWAS)を行った。続いて,257名の統合失調症患者を用いて,GWAS結果の再現を試み,それらの結果のメタ解析を行った。単一の遺伝子や遺伝子多型よりもむしろ遺伝子ネットワークのほうが統合失調症の脆弱性に強く関連しているかもしれないので,再現できた遺伝子多型周辺に存在する遺伝子の遺伝子ネットワーク解析を行った。GWASでは,p<1.0×10-4の緩い統計学的閾値にて認知機能と関連する3,054個の遺伝子多型を見出した。3,054個の遺伝子多型の中で,191個の遺伝子多型は統合失調症においても認知機能と関連していた(p<0.05)。しかし,メタ解析では,ゲノムワイド有意水準を満たす遺伝子多型を見出すことはできなかった(p>5.0×10-8)。再現できた191個の遺伝子多型の中で115個は,遺伝子多型から10kb以内に遺伝子が存在した(60.2%)。これらの遺伝子多型はp=2.50×10-5からp=9.40×10-8の範囲の中程度の統計学的水準で認知機能と関連していた。再現遺伝子多型から10kb以内に存在する遺伝子は,グルタミン酸受容体活性(FDR q=4.49×10-17)と主要組織適合抗原複合体クラスIに関連する免疫系ネットワーク(FDR q=8.76×10-11)に有意に集約された。本研究の結果は,統合失調症における認知機能障害に関連する遺伝子多型がNMDA型グルタミン酸受容体ネットワークと関連することを示した。

座談会

薬物事犯者に対する刑の一部の執行猶予に関する法律の施行を来年6月に控えて

著者: 押切久遠 ,   和田清 ,   松崎尊信 ,   成瀬暢也 ,   三國雅彦

ページ範囲:P.1055 - P.1067

2013(平成25)年に公布された「刑法等の一部を改正する法律」(平成25年法律第49号)による改正刑法および「薬物使用等の罪を犯した者に対する刑の一部の執行猶予に関する法律」(平成25年法律第50号)が2016年6月までに施行されます。「精神医学」誌では,編集委員三國雅彦氏を司会に,本新法成立の背景,取り組みの現状,問題点などにつき行政側,医療側の4名のゲストの方をお迎えし,どう対応していくべきかお話し合いいただきました。

連載 精神科の戦後史・9【最終回】

認知症,5つの誤解を生み出した歴史—ジャーナリストの立場から

著者: 大熊由紀子

ページ範囲:P.1069 - P.1079

はじめに
 「私は訊ねました。『熱力学の第2法則について何人が説明おできになりますか』。気まずい沈黙が流れました。『シェイクスピアのものを何か読んだことがありますか』という程度の質問をしたに過ぎないのに」
 C.P.スノーの『二つの文化と科学革命』2)のサワリです。科学哲学の卒業論文「生命観の変遷」の章の1つを,「生命とは,熱力学第2法則に逆らうこと」とした私には忘れられない一節です。
 朝日新聞の論説委員を経て,大阪大学大学院,国際医療福祉大学大学院の教職についた私には,もう1つの「二つの文化の不仲」が待ち構えていました。「アカデミズムとジャーナリズムは,近代が生み落とした不仲の兄弟のようなものなのかもしれない。互いの作法や思考の筋道を信用できないでいる」と言われる,その深い不信感です。
 ジャーナリストの世界では,「まるで学者みてえな文章だな」というのは最大のケナシ言葉です。一方,研究者の皆さんの「これじゃあ,ジャーナリストが書いたみたいだ」は最大の侮蔑の言葉なのでした。
 というわけで,以下の文章,本誌の読者の皆様からは顰蹙を買うかもしれませんが,お許しください。

書評

—斎藤環 著+訳—オープンダイアローグとは何か

著者: 小林隆児

ページ範囲:P.1040 - P.1040

 著(訳)者の熱い思いが全編に流れているせいもあろうが,久々に精神療法に関して大きな話題となるのではないかと期待される書である。オープンダイアローグは「急性期精神病における開かれた対話によるアプローチ」とも呼ばれ,発症初期の精神病を主たる治療対象として,フィンランドの西ラップランド,トルニオ市で行われている地域精神保健活動で,公費医療の対象ともなっている。本書は著者による噛み砕いた紹介と,この活動を中心的に行っている臨床心理士セイックラ氏(原著者)らの主要な論文3編の訳からなっている。
 著者のみならず読者をも驚かすのは,これまで常識とされてきた薬物療法と入院治療中心の精神病治療を根幹から覆しかねない内容を孕んでいるからである。患者,家族からの治療要請があれば24時間以内に彼らの要望する場所に治療スタッフ(3名程度)が出向き,その場で患者関係者とともに互いが対等の立場から自由に語り合う。最大の特徴はこの緊急対応の姿勢である。時には入院や薬物療法を補完的に用いることはあっても,基本はあくまで開かれた対話である。必要があれば毎日でも実施される。

—臺 弘 著—誰が風を見たか 増補版—ある精神科医の生涯

著者: 加藤進昌

ページ範囲:P.1068 - P.1068

 本書は,臺弘先生(1913-2014)が満80歳に刊行された自伝の復刻版に,先生自身のその後の発表論文の中から2編,そして私生活の一面を物語る「大正の子供の物語」と,ご長女(坂本史子氏)による「松沢幼ものがたり」を収載した増補版である。内容の詳細については,増補部分にある齋藤治氏のいわば「巻頭文」が簡にして要を得ている。80年の歩みを記録された初版本は,時代を超えて読み継がれる内容を備えていたことはもちろんである。しかし,先生はその後さらに20年を亡くなられる直前まで活躍され,一方で初版本はすでに絶版となって入手不可能となっていた。この増補版によって,初めて臺先生の百年と過去一世紀の精神医学史が結びつき,完成したように思う。
 臺先生は2014年4月16日満百歳でその生涯を閉じられた。先生の突然の旅立ちに私たちは全く心の準備ができていなかった。これは百歳という超高齢者の場合には異例なことと言わざるを得ない。ご自宅の近くで営まれた葬儀のあと,急なことで知らせが届かなかった方々のためにも,せめて一周忌をと私は思い,ご長女やお弟子さんらと相談を重ねた。たまたま別件で訪問された星和書店の石澤雄司社長にも,自伝のことをお尋ねした。初版本は活版印刷だったので新たに作らねばならないとのことであったが,増補版刊行を快諾していただいた。では,自伝をあくまでも尊重するとして何を補うか。先生の業績を知悉している人たち,本文にある「ウテナ・スクール」の面々の意見で論文が厳選された。ご遺族の協力で写真も追加することができ,増補版の経緯はご長女の「ものがたり」に掲載されて,本書は一周忌の思いをこめて完成した。

論文公募のお知らせ

テーマ:「東日本大震災を誘因とした症例報告」

ページ範囲:P.1020 - P.1020

「精神医学」誌では,「東日本大震災を誘因とした症例報告」(例:統合失調症,感情障害,アルコール依存症の急性増悪など)を募集しております。先生方の経験された貴重なご経験をぜひとも論文にまとめ,ご報告ください。締め切りはございません。随時受け付けております。
ご論文は,「精神医学」誌編集委員の査読を受けていただいたうえで掲載となりますこと,ご了承ください。

--------------------

次号予告

ページ範囲:P.1080 - P.1080

編集後記

著者:

ページ範囲:P.1084 - P.1084

 本号において,池本氏による東日本大震災後3か月間における自殺企図症例の詳細な症例分析が提示されており,さまざまな表現型を持つストレス関連障害と自殺の関係があらためて指摘された。そして震災後4年以上経過した現在でも,関係者のメンタルヘルス問題への配慮の必要性を考察で強調されている。事実,東日本大震災の被災地において,最近になり自殺が増加しているというデータが報告され,また放射能汚染によって引き起こされる独特な“あいまいな喪失体験”というストレスが明らかにされ,被災直後とは異なるさまざまな社会的問題が形を変えながら被災地の人々に未だにストレスを与え続け,不安,抑うつ,依存をはじめとしたメンタルヘルスの変調が潜在的にかなり存在していると思われる。
 自殺をはじめとしたメンタルヘルス問題の予防にはストレスチェックや早期徴候スクリーニングが必須である。本号の巻頭言では井上氏によって職場のストレスチェック制度の意義,研究と報告では太田氏らによる中学生を対象としたこころの健康早期支援事業の報告,三宅氏らによる大学生に摂食障害スクリーニングと,自殺や精神疾患の一次予防,二次予防に関連した論文が並ぶ。ところで,この10数年で精神疾患(特に精神病)のハイリスク研究が世界的に盛んになり多くの知見が積み重ねられてきた。今や根拠に基づいた早期介入が現実的に可能になってきており,そうした取り組みの結果が次々に公表されている。経験的な知見に基づき,かつ柔軟で包括的な早期介入アプローチのモデル化も見えてきた。ただし,これまでの成果は謙虚なもので,まだまだ目を見張るようなものとはいえず,精神疾患の一次予防,二次予防の難しさをあらためて痛感させられる。一部ではそうした困難さに対して予防への悲観論が懐疑主義を招き,“実用主義”と称して予防を切り捨てようとする向きもある。しかし,不完全な知見からより完全に近いものに一歩一歩近づけようとすることが,尊重すべき科学的態度である。

精神医学 第57巻 総目次

ページ範囲:P. - P.

KEY WORDS INDEX

ページ範囲:P. - P.

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

雑誌購入ページに移動

バックナンバー

icon up
あなたは医療従事者ですか?