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短報
柔道授業中の事故後に記銘力障害,心的外傷後ストレス障害を発症したがその因果関係の証明に難渋した1例
著者: 猪股良之1 神林崇1 竹島正浩1 成田恵理子1 菊池結花1 安倍俊一郎2 草薙宏明1 筒井幸1 鈴木稔3 清水徹男1
所属機関: 1秋田大学医学部附属病院精神科学教室 2社会医療法人興生会横手興生病院精神科 3医療法人久盛会秋田緑ヶ丘病院精神科
ページ範囲:P.127 - P.130
文献購入ページに移動2012年4月から中学校において柔道を含む武道が必修化された。しかしながらその他の各競技と比較し,柔道の死亡事故発生率は突出して高く,中学校,高校における学校管理下での死亡事故は1983〜2011年の29年間で118件発生している。またその大半は絞め技や投げ技といった柔道固有の動作に起因する死亡である4)。
今後,武道の必修化に伴い後遺障害を伴う事故ないし死亡事故が増加してくることが予想され,その際問題となるのは被害者の賠償の問題である。特に前者において,事故とその後遺障害の因果関係の証明が重要となるが,それについて最高裁は1975年判決で,「訴訟上の因果関係の立証は,1点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく,経験則に照らして全証拠を総合検討し,特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認しうる高度の蓋然性を証明することであり,その判定は通常人が疑を差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るものであることを必要とし,かつそれで足りるものである」と判示している。すなわち,因果関係とは,法的評価を経た因果関係であり,厳密な自然科学的因果関係の証明とは必ずしも同義ではないということである。しかし自然科学的因果関係の証明が不要という意味ではない。たとえば頭部外傷ないしそれに類似する原因によりに高次脳機能障害などの後遺障害を来した例においては,頭部画像検査が重要視されるのも事実である。
今回我々は柔道授業中の事故後に虚血性脳症に起因すると考えられる記銘力障害,心的外傷後ストレス障害(post-traumatic stress disorder;PTSD)を発症した症例を経験した。
PTSDは,安全が著しく脅かされるような強い外傷的体験をした時に生じる,再体験症状,回避/精神麻痺症状,過覚醒症状を中核症状とする症候群である。正確な診断のためには原則として構造化面接が行われ,米国のNational Center for PTSDの研究グループによって開発されたPTSD臨床診断面接尺度(Clinician-Administered PTSD Scale for DSM-Ⅳ;CAPS)が国際的に最も用いられている2)。
虚血性脳症は,心肺停止などの循環不全により脳へ生じる機能障害の総称であり,記憶障害などの認知機能障害を呈する。画像検査では,頭部MRIで急性期の脳浮腫所見,T2強調像での大脳白質びまん性高信号域,慢性期の大脳皮質萎縮,白質の脱髄による高信号域などがみられる1)。
本症例はPTSD,虚血性脳症の存否,および事故との因果関係が民事訴訟で争われ,その証明に難渋した症例であり,若干の文献的考察を加えて報告する。なお,本報告の投稿に際し,患者本人から口頭で同意を得ている。
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