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雑誌目次

雑誌文献

精神医学57巻8号

2015年08月発行

雑誌目次

巻頭言

精神医学はてんかん学から立ち去っていくのか

著者: 吉野相英

ページ範囲:P.598 - P.599

 日本精神神経学会による専門医認定試験の手引書に目を通していたときに気付いたのだが,「症状性を含む器質性精神障害」の症例報告について,括弧書きで精神症状のないてんかんを含んでもよいと記されている。記憶はおぼろげなのだが,たしか筆者が過渡的措置で専門医を取得した際にはてんかんについては精神医学的関与を必要とした症例でなくてはならず,単にてんかん発作だけの症例は認めないことになっていたと思う。てんかん学を生業のひとつとする筆者にとってはこのささやかな修正が大いなる飛躍につながる一歩であってほしい。というのも,近年の精神科医のてんかん離れは目に余る。てんかんを専門とする精神科医はすでに絶滅危惧種を通り越して絶滅種となったと自嘲する同業者もいるくらい惨たんたる状況となっている。たしかにてんかん学は精神医学の中核に位置するわけでもないし,明日の精神医療を担う若手精神科医や後期研修医にとって診療すべき対象はICD-10のFコードかDSM-5にリストアップされている病名がすべてであって,どちらにも載っていないてんかんの診療に対する関心が低くなるのも無理はない。ICD-10マニュアルを開けばすぐ分かることだが,日常診療でよく遭遇するてんかん精神病であってもその存在感はほとんどなく,F06.2器質性妄想性障害(発作間欠期精神病が該当)あるいはF06.8脳損傷,脳機能不全および身体疾患による他に特定される精神障害(発作後精神病が該当)に包含されてしまっているのが悲しい現実である。とはいえ,実際問題として精神科医がてんかん学との関わりを断つことは不可能だと思う。精神科外来には多種多様な「発作エピソード」を主訴とする患者が訪れてくる。健忘を訴える患者では解離症と診断する前に複雑部分発作や一過性てんかん性健忘を鑑別しなくてはならないだろう。てんかん発作との鑑別のために神経内科を紹介する方法もあるかもしれない。でも,その神経内科医は解離についても知識を持ち合わせているのだろうか。こうした精神医学と神経学の境界領域を誰が診療すればよいのだろうか。てんかん学の知識も有する精神科医が重宝がられるのにはこうした事情がある。健忘や異常行動をはじめとする奇妙なエピソードを呈するてんかん発作に悩む患者が最初の受診先として精神科を選択することがいかに多いことか。そうした例は枚挙にいとまがない。リエゾンで診察を依頼されたせん妄は非けいれん性てんかん重積かもしれない。近年,てんかん発症率は高齢者で最も高いことが広く認識されつつあるが,高齢者では初発発作が非けいれん性てんかん重積であることも少なくない。
 たとえ,てんかん発作を直接診療することからは免れたとしても,精神症状を併発しているてんかん患者の診察を免れることはできないだろう。てんかんはさまざまな精神障害を併発しやすく,その中にはてんかん特異的精神症候群と呼ぶべきものもある。その上,自閉スペクトラム症,注意欠陥・多動性障害,Alzheimer病など,てんかんを併発しやすい精神障害も数多く存在することも認識しておかなくてはならない。実は国際的にはてんかんの精神症状は近年再び注目を集めている。というのもてんかん患者のQOLに精神症状が相当な影響を及ぼしていることが分かってきたからである。その証左として2000年にはてんかんの精神症状に焦点を当てた国際誌も刊行されている。筆者のてんかん学に対する認識は「てんかんは神経疾患ではあるけれども,てんかん学と精神医学を切り離すことはできない」である。かつてLennox(1951)が言及したように,てんかん学は神経学と精神医学の交差点に位置し,精神医学がてんかんとの関わりを断つわけにはいかないと思うのだが。

オピニオン DSM-5—私はこう思う

DSM-5の背景と作成過程

著者: 大野裕

ページ範囲:P.600 - P.603

はじめに:DSM-5が目指した夢のパラダイム・シフト
 米国精神医学会の『精神疾患の診断・統計マニュアル第5版』(DSM-5)1)は,DSM-Ⅳが発表されてから19年後の2013年5月に発表された。これだけの期間が空いたのは,変更するだけの明確な科学的根拠が得られなかったためである。
 しかし,米国精神医学会は精神疾患概念を再考するに足る科学的根拠が揃うのを待ち続けることができなかった。その一因として指摘されるのが,米国精神医学会の経済的な苦境である。米国精神医学会は運営費が逼迫しており,そのために大きな収益が上げられるDSM-5を改訂せざるを得なくなったという。そのために,カテゴリーを変えるだけの明確な科学的根拠に乏しい中でDSM-5を出版せざるを得なくなったのである。

精神病理学の立場から

著者: 加藤敏

ページ範囲:P.604 - P.606

 DSM-5の編集指針として,①日々の臨床に役立つ診断分類体系,②医学の一分科としての精神科,③神経内科とのつながり,④歴史的背景を持つ用語を廃止して,各疾患群をうまく記述できる用語に置き換える,⑤精神科という特殊性を代表している「臨床的関与の対象となることのある他の状態」の大幅な拡大の5つの項目が挙げられている。
 臨床的有用性という点でいうと,精神医学の伝統の中で提出された「歴史的背景を持つ用語」を廃止し,「神経内科とのつながり」を重視するという指針によく示されているように,全体として神経内科医をはじめとした一般の臨床医にも分かりやすいような形で「毎日の臨床に役立つ診断分類体系」を作成する努力がなされ,その分,精神科医としての専門性への配慮がかなりの部分減らされたという印象を禁じ得ない。事実DSM-5では,精神科医としては実践の現場ではきわめて有用性がある臨床単位や分類がかなりの数姿を消した。残念なことである。

DSM-5にしがみつかない生き方—臨床家の輪に加わりたい大学人のために

著者: 井原裕

ページ範囲:P.608 - P.610

操作主義は浸透しなかった
 操作主義診断学の普及の状況を検証する方法がある。それは精神神経学会専門医を対象に,DSM-5抜き打ちテストを行うのである。直ちに発覚するであろう,「ほとんどの専門医は,統合失調症の診断基準すらうろ覚えである」という事実が。
 DSM-Ⅲが導入されたのは,最近のことではない。今となってみれば,ワンス・アポン・ア・タイム,いにしえの「昭和」の昔,1980年の出来事である。当時,世界では米ソの冷戦が続き,日本は戦後の55年体制の中にあった。国鉄は健在で津々浦々を走っており,プロ野球界では王貞治がこの年はまだ現役であった。コンピュータは汎用化されておらず,インターネットやスマートフォンは誕生すらしていない。

臨床家はDSM-5にどう向き合うべきか

著者: 中村敬

ページ範囲:P.612 - P.615

はじめに
 2013年,DSM-Ⅳ以降19年間の時を隔ててDSM-5が刊行された。翌年には日本語翻訳版1)が出版され,わが国の精神医学では早くもDSM-5で採用された新しい病名に呼び換えが行われつつある。ことほど左様に,現代の精神科臨床においてDSM診断の影響力は大きい。本稿では操作的診断に対する筆者の批判的観点を示した上で,DSM-5に対して臨床家はどう向き合うべきか私見を述べることにしたい。

DSM-5の批判的検討—精神分析的臨床家の立ち位置から眺望する

著者: 松木邦裕

ページ範囲:P.616 - P.619

 「かつての医学は,神経症を目に見えない損傷の望ましくない結果であると考えていた」と精神分析の創始者フロイトが記したのは,1937年である3)。そしてその後,とりわけ米国では心因を重視する精神医学が興隆した。歴史は繰り返す。今日もこのせめぎ合いは続き,現代の精神医学では,精神疾患は脳神経の生物学的病変によると規定し,神経症,すなわち心因,あるいは心の発達での環境因による疾患は存在しないとする立場がその勢力を増強させている。
 その生物学志向精神医学推進の象徴がDSMである。その傾向は,当然のことであるが,DSM-5ではさらに進んでいる。統合失調症や双極性障害,抑うつ症についてはすでに生物学的病変という観点からの分類が既遂されているため,5では改めて大きな変更は持ち込まれていない。一方,小児関連疾患とパーソナリティ障害に関しては,生物学的病変の観点から診断名を分類する方向へと大きくシフトしている。

DSM-5による児童思春期精神科医療へのインパクト

著者: 齊藤卓弥

ページ範囲:P.620 - P.623

 DSM-Ⅳ-TRでは「通常,幼児期,小児期,または青年期に初めて診断される障害」としてグループ化されていた児童思春期の疾患は,疾患の特性ごとに発症年齢に関わらず類似した診断群に移され再編成された。DSMでは従来,神経発達症(神経発達障害)という概念は存在しなかった。しかし,DSM-5では新たに「neurodevelopmental disorders(神経発達症群[神経発達障害群])」といった発達に関連した新たな枠組みが作られた。この点は精神科診断に新たな視点を加えたという点で大きな改訂であり,児童思春期の臨床のみならず精神科医療そのものに大きなインパクトを与えることが予想される。また,類似の症状を持つ疾患は,同一のグループにまとめられることになった,たとえば分離不安症,選択制緘黙は小児期に発症するとされたグループから,類似した症状をグループ化するという観点から不安症群に移動した。従来成人期に発症すると考えられていた疾患の多くが児童思春期に発症することが最近の研究から明らかになったこともあり,DSM-5は精神疾患をよりライフスタイルの中で縦断的に捉えようとした点は評価されることと考えられる。
 さらに,児童思春期の疾患は,枠組みが変わったのみではなく,個々の診断にも大きな変更がなされている。以下にDSM-5における児童思春期領域での改訂の中でインパクトの大きなものついてコメントする。特に新設された神経発達障害群に含まれる疾患では,多くの変更が加えられ,今後の日常臨床にも大きな影響が予想される。従来の精神遅滞がintellectual disability(ID:知的能力障害)と名称が変わって,同時に基本的な概念も大きく変わった。精神遅滞では,従来,概念的な領域の問題(つまり低いIQ)が診断の中心に置かれていたものが,IDでは社会的な領域,日常生活の能力の領域を加えて3つの視点から包括的に捉えることが診断の中心に置かれることになり,IQに偏った評価が改められた。この改訂は知的能力の問題の本質に迫るものとして歓迎される変更である。

DSM-5は,なぜ気分障害を解体したのか—うつ病診断の妥当性と有用性をめぐって

著者: 黒木俊秀

ページ範囲:P.624 - P.627

はじめに
 当初,病態生理学に基づく診断体系のパラダイム・シフトを目標に掲げたDSM-51)(2013)の開発は,結局のところ,マイナー・チェンジにとどまった感があり,精神科診断の改革推進派と保守派の双方から批判を受けやすい。とはいえ,その開発のプロセス自体は,DSM-Ⅲ(1980)以降の30年間余に,現代精神医学が集積してきた膨大なデータを—その問題点や矛盾も含めて—統合しようとした壮大な試みであったことは間違いない。したがって,DSM-5自体の完成度や問題点を批評するよりも,そのプロセスに注目するほうが有意義ではないだろうか。実際,DSM-5には,開発段階において一度は採用が検討されつつも,最終的に断念された精神疾患の新たな診断分類体系に向けた数々の意匠が,なお暗示的に組み込まれている。DS-Ⅳ-TR(2000)の「気分障害」が解体され,「双極性障害および関連障害群」と「抑うつ障害群」に分離し,マニュアルにおいて,それぞれ独立した章構成となったのも,その1つである6)。個々の疾患の診断基準の些細な改訂よりも,このことが大きな意味を持っている。

「統合失調症性の」または「統合失調症様の」異質性について

著者: 田中伸一郎

ページ範囲:P.628 - P.630

 DSM-5における統合失調症は,①妄想,②幻覚,③まとまりのない思考(発語),④ひどくまとまりのない,または異常な運動行動(緊張病を含む),⑤陰性症状,からなる5つの精神病性障害の症状領域によって定義される「統合失調症スペクトラム障害および他の精神病性障害」の1つに位置付けられる。
 統合失調症を診断する際には,まず,5項目の1つも満たさない「統合失調型パーソナリティ障害」を除外し,1つのみを満たす「妄想性障害」「緊張病」が検討され,ついで,持続期間が1か月未満の「短期精神病性障害」,6か月未満の「統合失調症様障害」が検討されたのち,「物質・医薬品誘発性精神障害」「他の医学的疾患による精神病性障害」が除外される,といった手続きを踏まなければならない。

DSM-5と症例の定式化—DSMを上手に使う

著者: 中川敦夫

ページ範囲:P.632 - P.634

はじめに
 米国精神医学会より,精神障害の診断と統計マニュアル第5版Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders 5th edition(DSM-5)2)が2013年に発表され,その日本語翻訳版が2014年に刊行された。DSM-5は当初ディメンションによる診断分類が導入されると言われていたものの,最終的にはその導入は時期尚早との判断から見送られ,従来のDSMカテゴリカル診断分類が踏襲された。その一方,統合失調症スペクトラム障害や自閉症スペクトラム障害という名称の登場のように疾患のスペクトラム性は意識され,疾患スペクトラム内の近縁疾患はDSM-5では隣り合った項目に収載され,他方ではⅠ軸診断,Ⅱ軸診断のようなカテゴリカルな多軸診断は廃止された。そして,症例の定式化や臨床判断が重要視されるなど,DSMは臨床家が診断を行うのを助けるための道具であるという注意が記載され,操作的診断のトーンが少し変わってきたようである。

展望

トラウマという視点からみた職場起因性ストレスと労災補償の現状

著者: 太田保之 ,   福田健一郎 ,   稲富宏之 ,   田中悟郎

ページ範囲:P.636 - P.648

はじめに
 1970年代から安定成長期に入った日本経済は,1980年代後半にバブル景気へと向かった。1991年のバブル崩壊以降,日本の職場環境は大きく変貌した。(1)日本固有の人事システムであった終身雇用制と年功序列賃金制を放棄し,必要なスキルを持つ人材を必要な期間だけ雇用するという人事管理手法の導入,(2)官民を問わず急速に増加したリストラと正規社員雇用・新規採用の抑制,(3)著しいスピードで進む情報化・IT化,(4)成果主義と厳密査定制度の導入による管理監督者・部下間および同僚間における人間関係の軋轢増加などが職場環境を急変させた35,41)。また,日本や欧米諸国では,製造工業中心からサービス業などの第三次産業が中心となる脱工業化社会になり,肉体労働,頭脳労働という概念に加え,感情労働(emotional labor)なる概念が提唱され始めた12)。そして1997年度の下半期,山一証券や北海道拓殖銀行などの大型倒産が相次ぎ,金融システム不安が増幅し,その翌年の1998年に自殺者数が3万人台に急増した。
 厚生労働省が5年ごとに実施している労働者健康状況調査によると,職業生活上で強い不安・悩み・ストレスを感じている労働者は直近の2012年調査でも60%を超えている16)。その原因をみると,「職場の人間関係の問題」が41.3%と最も多く,「仕事の質の問題」33.1%,「仕事の量の問題」30.3%と続いている。「職場の人間関係の問題」は女性の48.6%に対し,男性は35.2%となっており,明らかな性差を認めていることも注目に値する。
 一方,3年ごとの厚生労働省患者調査によると,精神障害は1999年から2011年にかけて約1.6倍に急増しており,2011年には4大疾病(糖尿病,癌,脳血管障害,心血管障害)に精神障害を加えて5大疾病となった15)。精神障害は地域医療の基本方針となる医療計画に盛り込むべき疾患として指定を受けたことになる。
 職場でも精神障害は大きな問題となっている。2011年度の全国公立学校教職員の病気休職者に占める精神障害の割合は61.7%32),2012年度の地方公務員の全休職者に占める精神障害の割合は50.8%にも達している4)。そして,両調査とも調査年ごとに右肩上がりに増加している。このように急増する精神障害の中で注目に値するのは気分障害の増加であろう。厚生労働省の患者調査によると,うつ病を主体とする気分障害は2008年には100万人を超え,1996年から2011年にかけて約2.4倍にも増加している15)
 また,特にうつ病で休職した労働者の円滑な復職支援が精神科医療にとって喫緊の課題となっているが,労働政策研究・研修機構の2010年調査によると,うつ病などの精神障害による休職者の24.3%が休職制度の利用中や職場復帰後に退職している。また,休職せずに退職した9.8%を加えると34.1%にも達する7)
 一方,1999年に精神障害による労災認定基準が制定され,翌年の2000年には電通訴訟の最高裁判決が「過重労働とうつ病発症および自殺との間の因果関係」を認め,事業主の健康配慮義務が法的にも社会的責任(corporate social responsibility;CSR)としても重く求められることになった。
 2013年度の精神障害による労災補償認定の件数は436人で,2012年度に続き過去2番目に多く,そのうちの自殺・自殺未遂者は63人に達している。また,職場起因性精神障害の労災認定根拠となった発症誘因的な出来事を類型別にみると,(1)(ひどい)嫌がらせ,いじめ,暴行(パワー・ハラスメント),(2)セクシュアル・ハラスメント,(3)悲惨な職場事故などの体験・目撃および(重度の)病気や外傷,(4)仕事の内容や量の変化などによる過重労働関連事項などに大別することができる18)
 しかしながら,「職場におけるうつ病」に関する論文数と比較すると,職場起因性のトラウマティックな出来事がもたらす精神障害に関する論文は少ない34,37,39)。本論文では,2009年度以降の労災補償認定状況を踏まえ,本邦で発表された職場のメンタルヘルス関連論文を一定のキーワードを用いて医学中央雑誌刊行会の医中誌で検索し,職場起因性の対人関係上のトラウマティックな出来事が原因となる精神障害に関する研究の実態と精神科医療的対応のあり方について考察することを目的としている。

研究と報告

抑うつ患者に対する行動活性化療法の集団プログラム「クレ・アクティブ」開発の試み

著者: 田辺紗矢佳 ,   南花枝 ,   中村元信 ,   中津啓吾 ,   竹林実

ページ範囲:P.649 - P.660

抄録
 近年,抑うつ患者に対する行動活性化療法(behavioral activation;BA)が注目され,個人BAへの介入研究ではその有効性が多く報告されている。一方,集団への適用を広げてはいるが,集団BAにおける効果検討は十分になされていない。本稿では,抑うつ患者の症状改善を目的とした新規の短期的集団精神療法プログラム「クレ・アクティブ」を開発し,臨床導入を試みた。このプログラムは,嫌悪的状況の受動的回避に注目した機能分析に基づく行動活性化療法を基にしている。結果として,介入後の抑うつ症状および行動活性化の評価において有意な変化がみられたが,一方,長期的な維持効果はみられなかった。この予備的な結果は,治療の有用性および修正の必要を示しており,有効な集団BAプログラムの修正に関する検討が今後の課題である。

短報

大脳皮質形成異常(異所性灰白質,多小脳回)を伴ったバセドウ精神病の1例

著者: 押久保岳 ,   赤羽晃寿 ,   栃木衛 ,   林直樹 ,   池淵恵美

ページ範囲:P.661 - P.664

抄録
 幻覚妄想状態を呈し,墜落外傷により搬送されたバセドウ精神病の40歳女性の症例を報告した。頭部MRIにて右側頭葉多小脳回,右海馬および扁桃体異形成を認め,多小脳回を伴う片側性脳室周囲結節状異所性灰白質(unilateral periventricular nodular heterotopia;PNH)と考えられた。PNHは好発部位にあり,IQ85,社会適応不良で,典型的な所見を示したが,てんかん発作や明らかな神経学的異常は認めなかった。バセドウ精神病で異所性灰白質を伴う症例は我々の知る限り本報告が初めてである。本症例では,処理速度低下などのPNHと関連すると考えられる所見がバセドウ精神病発症の素因となっていた可能性が指摘される。今後,バセドウ精神病とPNHの関連について検討を進める必要がある。

資料

事業所内リワークの試みと今後の課題

著者: 鈴木淳平

ページ範囲:P.665 - P.670

抄録
 うつ病に罹患し休職した労働者は,職場復帰が困難となることも多いが,医療機関で行われるリワークプログラムの経験が職場復帰や就労継続に有用であると報告されている。しかし,医療機関では各々の職場環境について情報収集が困難であったり,職場復帰後のフォローなどについて限界が想定される。筆者が産業医を務める自治体では,事業所内でリワークプログラムを開始後3年が経過し,そのメリットや課題が明らかになってきた。事業所内リワークプログラムは,病前からの労働者の状況把握,職場介入や復職後のサポートが比較的容易であるが,不調時の対処,職場内での個人情報の配慮などには困難を感じた。医療機関との密な連携が必要と考えた。

私のカルテから

Ceftriaxone関連胆泥を認めた認知症の2例

著者: 中山寛人

ページ範囲:P.671 - P.674

はじめに
 超高齢社会が進む中で,我々精神科医も認知症高齢者の身体合併症の治療にかかわる機会が増えることが予想される。第3世代セフェム系のceftriaxone(CTRX)は,良好な組織移行性や長い半減期,胆汁排泄といった特徴から,幅広く使用されている抗生物質である。このたび,CTRX投与に関連すると考えられる一過性の胆泥を認めた認知症高齢者2例を経験したので,若干の考察をまじえて報告する。

連載 精神科の戦後史・7

精神保健法と精神保健福祉法の制定の背景と趣旨について—特に精神衛生法から精神保健法に,精神保健法から精神保健福祉法への変化の背景を中心に

著者: 髙橋清久

ページ範囲:P.675 - P.684

はじめに
 筆者に与えられた役割は精神保健法と精神保健福祉法(精神保健及び精神障害者福祉に関する法律)とが新たに制定された背景とその趣旨を記載することである。精神保健法は1回,精神保健福祉法は4回改正されているが,精神衛生法が精神保健法に,また精神保健法が精神保健福祉法に新たに制定された時点を中心に記載したい。
 精神医療にかかわる法律の内容,その成立の背景についての見方あるいは評価は,さまざまな立場,主張からなされており,それらの相違は非常に大きい。それらを包括的に述べることはきわめて困難である。またそれを限られた紙面の上に集約することは筆者の力量には余るものがある。そこで筆者はできるだけ客観的に事実を中立的立場で忠実に記載するということを旨として法律の変遷を振り返ってみたい。
 なお,表1には精神保健法および精神保健福祉法の制定,改正に影響を及ぼした主要な出来事をまとめ,表2には各法律の概要をまとめた。

書評

—石坂好樹 著—自閉症とサヴァンな人たち—自閉症にみられるさまざまな現象に関する考察

著者: 融道男

ページ範囲:P.685 - P.685

 4月に飯田市で開催された「発達障碍の理解をめぐって」のシンポジウムでN教授とともに座長を務めた。この度本書の書評を試みて,自閉症,サヴァンについて深く窮めたい。
 本書は「はじめに」において19年ぶりに改訂されたDSM-5について,自閉症の定義に大幅な変更が加えられたことを記している。広汎性発達障碍は消失し,「神経発達障碍」なる大項目に包摂されることになった。本書の内容は,第1章:江戸時代の自閉症と山下清,第2章:サヴァンのきらめき,第3章:数学的サヴァンの実例,第4章:自閉症の手記にみる感覚異常,第5章:「発達障碍」の概念と問題点,である。自閉的な人やサヴァンな人についての例が豊富に具体的に示されており,巻末の27頁にも及ぶ参考文献の数は膨大で貴重な情報源となろう。

論文公募のお知らせ

テーマ:「東日本大震災を誘因とした症例報告」

ページ範囲:P.603 - P.603

「精神医学」誌では,「東日本大震災を誘因とした症例報告」(例:統合失調症,感情障害,アルコール依存症の急性増悪など)を募集しております。先生方の経験された貴重なご経験をぜひとも論文にまとめ,ご報告ください。締め切りはございません。随時受け付けております。
ご論文は,「精神医学」誌編集委員の査読を受けていただいたうえで掲載となりますこと,ご了承ください。

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今月の書籍

ページ範囲:P.687 - P.687

次号予告

ページ範囲:P.688 - P.688

編集後記

著者:

ページ範囲:P.692 - P.692

 DSM-5が公表されてから2年余りの間に,国内外から,それに関するおびただしい数の書籍,雑誌の特集,論文などが出版されています。全体的な紹介や細部の変更点の解説により理解を助けようとするものから,背景にある思想に関する論考や批判,精神医学の領域内外に及ぼす影響やそれに関する懸念など,内容もきわめて多様です。このようなムーブメントを見ていると,狭い精神医学の出版界のこととはいえ,DSMによる影響の大きさにあらためて驚かざるをえません。日本語訳が出版されて1年余りが経過し,私たちもDSM-5の内容をほぼ知るところとなったこの時期に,本号では,9名の精神科医によるDSM-5に対する「オピニオン」をまとめて掲載しています。さまざまな立場から,DSM-5の評価できる側面と評価しがたい側面について執筆されており,興味深い内容が多いので,大いに読者の皆様のご参考になるものと思います。同じ材料を俎上に乗せても,料理の仕方によりこれだけ違ったものになるのか,このような多面性もDSMならではというべきか,と妙に感心してしまいます。
 「巻頭言」では精神医学におけるてんかんの位置付けを中心に論及されています。「展望」では職域におけるメンタルヘルスの問題に関して,トラウマという視点からレビューされています。毎号読み応えのある「精神科の戦後史」は第7回を迎え,精神保健法と精神保健福祉法を中心に,精神医療に関わる法制度の歴史が,中立的立場からまとめられています。本号の「研究と報告」は1編だけですが,うつ病に対する行動活性化療法による集団精神療法プログラムを開発し,その効果を検討した興味深い報告です。「資料」では事業所内リワークの実際と課題が紹介されています。「短報」ではバセドウ病による症状精神病について,「私のカルテから」では認知症高齢者における比較的稀な身体合併症について,それぞれ貴重な症例が報告されています。DSM-5において分類が消滅した症状精神病ですが,本号の「巻頭言」でも指摘されているように,身体合併症の問題ともども,臨床的に優先順位の高い病態であることは言うを俟ちません。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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