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雑誌目次

雑誌文献

精神医学58巻10号

2016年10月発行

雑誌目次

巻頭言

よし,当事者になろう

著者: 鈴木映二

ページ範囲:P.816 - P.817

 社会に出て行って辛い目に遭うくらいならスマホでもしているほうがよいと言う当事者を,どうすれば社会復帰につなげられるのだろうと,双極性障害の当事者会である特定非営利活動法人日本双極性障害団体連合会(ノーチラス会)(http://bipolar-disorder.or.jp/)に参加しながら,筆者は悩み続けてきた。
 ノーチラス会は双極性障害に苦しむ患者や家族などを中心にミーティングなどの活動を行っている。そこに参加し始めた頃の筆者は,患者同士の論争や内輪もめから一歩身を引くような努力を続けていた。しかし,法人の活動に課せられた各種の義務を果たすためには,気分の安定しない患者のみでは対応しきれず,ついには会そのものの存続の危機が訪れた。つぶれる法人の後始末をさせられるのではないのかという恐怖にかられ,やむなく筆者は代表を引き受けることにした。

展望

精神疾患を対象としたfMRIニューロフィードバックの現状と展望

著者: 岡本泰昌

ページ範囲:P.819 - P.829

はじめに
 多くの精神疾患において,個人の症状や病態に合わせた効果的な治療法を開発することは喫緊の課題である。たとえば,うつ病を例にとると,世界保健機関(WHO)の調査では,2030年には世界的に疾病負荷の第1位となることが予測されている40)。その一方で,薬物療法や精神療法を受ける3分の2の症例が完全に反応せず,治療に反応した2分の1しか寛解を維持しないなど,現時点で利用可能な治療法は十分とはいえない5)。既存の治療を超える選択肢として,反復経頭蓋磁気刺激法(repeated transcranial magnetic stimulation;rTMS),経頭蓋直流刺激法(transcranial direct current stimulation;tDCS),脳深部刺激法(deep brain stimulation;DBS)といった方法の開発も進められている。これらの方法は,うつ病に関連する脳領域に,直接,電気的な刺激を加える方法である。しかし,DBSのように外科手術を必要とする方法では患者への負担が非常に大きく,また,rTMSやtDCSも大脳皮質の比較的浅い脳領域を標的とし,寛解率も50%程度に留まる31)
 ここ数年,注目を浴びている新しい治療法として,ニューロフィードバックがある。特に技術の進展に伴い機能的磁気共鳴画像法(functional Magnetic Resonance Imaging;fMRI)を用いたニューロフィードバックに関連する論文数は急速に伸びている39)。非侵襲的に,脳深部の活動も変えることができることから,新たな治療法としてfMRIニューロフィードバックに注目が集まっている。ニューロフィードバックは,外部からの刺激ではなく,自分の脳活動をリアルタイムでモニターしながら,脳活動を調節することを学習する方法で自己治療を目指す。すなわち,ニューロフィードバックは,個人の症状または病態に関連する脳機能状態に応じた効果的かつ効率的な治療法となる可能性がある。
 そこで,本稿では,比較的長い歴史を持つ脳波(electroencephalogram;EEG)を用いたニューロフィードバック,近年注目を集めるfMRIを用いたニューロフィードバック,さらにうつ病をはじめさまざまな精神疾患を対象として行われているニューロフィードバックの現状,最後に,脳情報の解読技術を用いたデコーディッドニューロフィードバックの開発動向などを,順を追って述べる。

研究と報告

特異な地理的誤認妄想を呈したくも膜下出血の1例

著者: 金森雅 ,   齊田比左子 ,   村上理子 ,   山本徹 ,   山下光

ページ範囲:P.831 - P.836

抄録
 右中大脳動脈瘤破裂によるくも膜下出血と血管攣縮による右前頭葉を中心とした広範な脳損傷後に,場所に関する特異な誤認症状を呈した症例(62歳,男性,右利き)を報告した。本例は,自分が現在入院している大阪市内の病院が,自分の生まれ故郷に造られた映画のセットのような疑似大阪にあると確信を持って主張した。この誤認症状は転院時から一貫しており,全般的知的機能や注意機能が改善してきた後も形を変えて残存した。この誤った信念が形成された原因について,神経心理学的な障害と心理力動的要因の両面から考察した。

聴覚性シャルル・ボネ症候群が疑われ,抗てんかん薬が有効であった2例

著者: 川下芳雄 ,   小林弘典 ,   大賀健市 ,   大盛航 ,   板垣圭 ,   藤田洋輔 ,   竹林実

ページ範囲:P.837 - P.845

抄録
 視覚障害者に鮮明な幻視を呈する病態はシャルル・ボネ症候群(Charles Bonnet Syndrome;CBS)というが,近年,難聴の高齢者の一部に音楽性幻聴が出現するCBSの聴覚型が聴覚性CBS(auditory CBS;aCBS)と呼ばれている。高齢女性の難聴者に音楽性および要素性幻聴が生じ,aCBSが疑われ,非定型抗精神病薬は無効で,carbamazepineを含む抗てんかん薬が有効であった2例を経験した。1例目は,軽度認知機能障害をベースにaCBSが生じ,精神運動興奮,被害念慮を伴い,脳波異常はなかった。2例目は,被害妄想を伴い,脳波異常を有していた。2例とも脳萎縮,右側頭葉の血流増加の所見を共通して有しており,解放性幻覚仮説と呼ばれる脳の脆弱性や機能変化がaCBSの病態に関連する可能性が考えられた。

資料

原発性進行性失語症をとりまく現状と課題—家族会活動を通じて

著者: 東晋二 ,   越部裕子 ,   江湖山さおり ,   野尻美流 ,   根本清貴 ,   新井哲明

ページ範囲:P.847 - P.854

抄録
 今回,当院通院中の原発性進行性失語症(primary progressive aphasia;PPA)の内訳と家族会活動について報告する。PPAの下位診断の割合はlogopenic型PPA,意味型PPA,非流暢/失文法型PPAの順に多く,logopenic型PPAは発症年齢に若年発症の傾向があった。家族会活動で,PPAに関する情報の不足と受診先の選定の困難さ,失語による社会的孤立とその支援の不足,専門の言語聴覚士の不足と確立された言語療法の欠如,薬物療法に関するエビデンス不足などの問題点が挙げられた。失語症状を言語の異なる欧米と比較する困難さもあり,本邦でのPPA研究の報告が待たれている。

精神科急性期における経時的な隔離・身体拘束中の危険性評価—ビジュアルアナログスケールを用いた新たな評価表による試み

著者: 野田寿恵 ,   杉山直也 ,   ,   ,   ,  

ページ範囲:P.855 - P.863

抄録
 先進諸外国に比べ,わが国の隔離・身体拘束時間が長い理由を探るため,解除を判断する過程の詳細を明らかにすることを目的とした。新開発した「隔離・身体拘束中の危険性ビジュアルアナログスケール」を用い,4病院の急性期病棟において,隔離・身体拘束が実施された患者に対し,開始から7日間「現時点での患者の行動」と「再び起こす可能性」の2側面で行った時系列の危険性評価を対象に,その経時変化を検討した。結果,「現時点での行動」評価は速やかに,「可能性」評価は緩やかに減少を示した。わが国では判断過程に「可能性」評価が主に影響しており,人員配置,医療環境,手続きの違いなどの関与が考えらえた。

試論

CBA2法—蘇生ガイドライン2015をもとに抗精神病薬による致死的不整脈の蘇生法を提案する

著者: 長嶺敬彦

ページ範囲:P.865 - P.871

抄録
 抗精神病薬は致死的不整脈を惹起するリスクがある。蘇生ガイドライン2015をもとに,抗精神病薬による致死的不整脈の蘇生方法としてCBA2法を提唱した。CBA2は,胸骨圧迫(compression),人工呼吸(breathing),アドレナリン(adrenaline),自動体外式除細動器(automated external defibrillator;AED)の頭文字である。致死的不整脈に遭遇した時には,この順番で数分以内に蘇生を開始することが重要である。

私のカルテから

下肢のしびれから発症したパーキンソン病の1例

著者: 林眞弘 ,   堺奈々

ページ範囲:P.873 - P.877

はじめに
 Parkinson's disease(PD)は運動症状に加え,自律神経症状や精神症状,認知機能障害などの非運動症状を呈することが多い疾患である。またレビー小体病の概念の提唱3)以降,PDに伴う精神症状への関心は非常に高くなってきている。しかしうつや睡眠障害などと比べ,しびれや痛みという非特異的な感覚障害への関心は乏しい。PDとうつ病の合併頻度が20〜40%とされているのに対し,PDに合併する痛みは83%に至るとの報告2)もある。
 今回,50歳台前半のPD患者が左下肢のしびれ,痛みを主訴に精神科,神経内科を受診し,当初適応障害,神経表現性障害と診断を受けた症例を経験したので,他のPD患者(自験例)を含めて報告する。
 発表に際し,患者へ報告の趣旨を説明し承諾を得た上で,匿名性にも十分な配慮を行った。

メタ認知トレーニングを応用して支援した不登校生徒の1事例

著者: 狩野俊介

ページ範囲:P.879 - P.881

はじめに
 メタ認知トレーニング(Metacognitive Training;MCT)は,統合失調症に対する認知行動療法の心理教育・心理的介入技法である5,6)。MCTは,次の8つのModuleから構成されている。すなわち①帰属,②結論への飛躍,③思い込みを変えること,④共感すること,⑤記憶,⑥共感することⅡ,⑦結論への飛躍Ⅱ,⑧自尊心と気分である。これらのModuleは,参加者の興味関心に合わせた順序で実施が可能とされている。そして,開発者のMoritzらは,MCTを基礎としたうつ病や境界性パーソナリティ障害,強迫性障害のプログラムを開発し,Mネット注)では試験段階であるが発達障害や就労支援,学校臨床などで応用している報告がある4)
 多くの領域で応用されている背景には,メタ認知機能の低下や回復が人々の精神的健康に寄与すると考えられるためである。そこで筆者は,学校臨床で不登校生徒のグループを対象とした認知的アプローチとしてMCTを応用し,そのグループに参加した一生徒の経過から,その有用性だけでなく学校臨床における認知的アプローチのあり方を検討したため報告する。
 なお,事例の特定を避けるため,匿名性に十分に配慮し,趣旨を妨げない範囲で一部を改変した。また,MCTの詳細については文献2,3)を参照してほしい。

書評

—Danielle Ofri 原著 堀内志奈 訳—医師の感情—「平静の心」がゆれるとき

著者: 徳田安春

ページ範囲:P.846 - P.846

 この本が書店に並べられて最初にタイトルを見かけた時,ある種の衝撃を受けた。というのは,タイトルは『医師の感情』であるが,副題が“「平静の心」がゆれるとき”となっていたからだ。「平静の心」とはオスラー先生が遺した有名な言葉であり,医師にとって最も重要な資質のことであったからだ。医師にとって最も重要な資質である“「平静の心」がゆれるとき”とはどういうときなのか,これは非常に重要なテーマについて取り組んだ本であると直観的に分かった。
 この本を実際に手に取ってみると訳本であった。原題は“What Doctors Feel”である。なるほど,この本はあの良書“How Doctors Think”(邦題『医者は現場でどう考えるか』,石風社,2011年)が扱っていた医師の思考プロセスの中で,特に感情について現役の医師が考察したものである。“How doctors think”は誤診の起こるメカニズムについて医師の思考プロセスにおけるバイアスの影響について詳細に解説していた。一方,この本は,無意識に起きている感情的バイアスについて著者自身が体験した生々しい実例を示しながら解説したものである。リアルストーリーであり,説得力がある。

—酒井明夫,丹羽真一,松岡洋夫 監修 大塚耕太郎,加藤 寛,金 吉晴,松本和紀 編—災害時のメンタルヘルス

著者: 塩入俊樹

ページ範囲:P.878 - P.878

 1995年1月17日の阪神・淡路大震災を契機として,災害時の「こころのケア」が本格的に行われたのは,2004年10月23日の新潟県中越地震である。当時,新潟大学に所属していた評者は,災害精神医学という未知の分野に飛び込み,今でも旧山古志村に定期的にお邪魔している。そういう経緯で,本書の書評という大役を命じられたものと思う。
 本書を開いてまず驚いたのは,総勢73名という執筆者の多さである。災害精神医学という領域がクローズアップされてきているだけでなく,すべての執筆者が第一線の専門家であり,これほど多くの専門家が東日本大震災に関わっていることに,正直,感動を覚えた。

—日本神経精神薬理学会 編—統合失調症薬物治療ガイドライン

著者: 井上猛

ページ範囲:P.882 - P.882

 統合失調症の薬物治療の際には,何が分かっていて,何が分かっていないのか,を知っていることは重要である。昔から自分が思い込んでいたり,精神科医の中で言い伝えられてきたりしてきた知識が実は根拠のないことであるということを知り,愕然とすることがある。たとえば,本書では,副作用のアカシジアの対処としては,抗精神病薬の減量,定型から非定型抗精神病薬への変更を推奨しており,他の抗コリン薬,ベンゾジアゼピンなどの併用は推奨していない。若いときから,「低用量の抗精神病薬でアカシジアは生じやすく,高用量ではむしろ起こりにくい」という説を聞くことがあり疑問に感じていたが,本書を読んでこの説が間違っていたということを知った。
 本書では,私たち精神科医が日頃から感じている臨床的な疑問(clinical question:CQと表記されている)に対して,最新の文献を基に,しかも論理的に回答している。まだ十分に研究が行われていないために十分なエビデンスが存在しない場合には,ごく控えめな推奨となっている。したがって,積極的に推奨している場合には自信を持ってその推奨を信じたほうがよいが,エビデンスレベルが低い場合は,まだよく分かっていないため推奨度が低いと考えたほうがよい。たとえば,上に例を挙げたアカシジアに対する抗精神病薬以外の薬物併用療法は実臨床ではよく行われていると思われるが,このガイドラインでは「併用しないことが望ましい」と結論している。この非推奨のエビデンスの強さは低く,「行わないことを弱く推奨している」というニュアンスであることが,推奨度として本書で明記されている。このように,推奨度とエビデンスの強さがきちんと明記されているので,本書を読むときに参考にされるとよい。併用の効果が強く否定されるほどではないがエビデンスは弱いので,むしろ他の抗精神病薬への変更のほうがエビデンスの強さは高いし,お薦めであるということかと推察する。さらに,抗精神病薬の減量のほうがエビデンスレベルは高いとは言えないがよりお薦めであるということでもあろう。このように痒い所に手が届く配慮がなされていることにより,微妙な判断の基準を知ることができる。

—広沢正孝 著—DSM時代における精神療法のエッセンス—こころと生活をみつめる視点と臨床モデルの確立に向けて

著者: 阿部隆明

ページ範囲:P.883 - P.883

 最近は,精神科治療の標準化が進められ,うつ病をはじめとして,治療アルゴリズムが作成されている。これによって,マニュアルさえあれば非専門医でもそれなりの治療ができる時代になった。その前提となっているのが,DSMをはじめとした操作的診断である。学生からは,精神医学は他の身体医学に比して捉えどころがないという評価を受けてきたが,このDSMは評判が悪くない。ある意味で非常に分かりやすいのである。とはいえ,操作的診断とは,基本的に症状の数と持続期間で定義されるものであり,その背景病理は問われない。同じく「うつ病」と診断されても,神経症性のうつ病とメランコリアの特徴を持つうつ病では,最初のアプローチが異なってしかるべきであり,従来は病態の質や患者の病前性格,発病状況,発症機制などが重視されていた。一昔前の精神科研修の目標は,さまざまな観点から微細な病像の差異を的確に評価し,最適の治療を行う術を身につけることにあったのである。他方,治療アルゴリズムとは,操作的に診断された精神障害に対する各治療法の効果の統計的有意差から導き出されたものであり,個々の患者にどの治療が最適かを判断するきめ細かな基準はない。本書はこうした「DSM時代」の憂慮すべき精神科臨床の現状に応えようとするものである。
 本書は2部構成で,第Ⅰ部は基礎編として,自閉スペクトラム症,統合失調症,うつ病の基本的な精神病理を論じている。特に自閉スペクトラム症の心の構造論は著者の十八番で,6年前の著書から一貫して提唱されている格子型人間の心の特徴が解説されている。統合失調症とうつ病に関しては歴史的な研究を踏まえて,そのそれぞれの病態に関する精神病理学な知見が手際よくまとめられている。さらに,この3大精神障害に関しては,症例を呈示した上で,精神療法のポイントについても触れている。第Ⅱ部は,応用編として,幻覚・妄想,うつ,不安という症状ごとに,症例を挙げて背景疾患の鑑別や精神療法のポイントについて述べている。実際の臨床では,むしろこちらの説明がより有用であるが,第Ⅰ部の知識を踏まえて,理解しやすいように構成されている。

—内海 健 著—自閉症スペクトラムの精神病理—星をつぐ人たちのために

著者: 神尾陽子

ページ範囲:P.884 - P.884

 本書は成人自閉症スペクトラム障害(ASD),それも高い言語能力を持つ患者,あるいはASDと診断されるほど極端ではないが強いASD特性を持つ成人患者(閾下ASD)を対象としている。発達障害への感度が上がった今なお,言語を流ちょうに話すASD(閾下ASDも)の人々は幼児期に「発達の遅れ」という分かりやすい要素がないがために,周囲に理解されない長い孤独の時間を過ごし,社会に居場所を求めて苦闘している。そして精神科臨床にはこうした成人ASDが一定の割合で潜在する。診療時間を十分に取れない精神科医にとって,通常の医師—患者関係を築きにくいこうした一群の患者の深刻なニーズはわかるものの,どのように彼らの訴えを理解し,対応するのがよいかはすぐにでも知りたいところであるだけに,ASDの精神内界に迫る本書はその先鞭を付けた待望の一冊と言える。精神病理学者として多数の名著を世に送ってきた著者の手になる初のASD論である本書は,精神病理学をベースとしているが精神病理学だけに閉じられていない点ですべての読者にとって読みやすくかつ刺激的な内容となっている。発達障害に苦手な印象を抱いている精神科臨床医には開眼の衝撃を与え,また発達障害の知識を持つ読者には自らの臨床経験に立ってその前提を批判的に検討することを促すに違いない。
 第1章で取り上げられたのは,「定説化」している自閉症の「心の理論」仮説である。この心理学的仮説は1980年代に脚光を浴びたのち主役の座から降りたものの今なおASDの脳画像研究などでは前提とされることが少なくないが,著者はこれを正面から批判的に検証し,自閉症仮説以前に,そもそも人が他者を理解する際の仮説として間違っている,と一蹴する。先ず自己ありきという「心の理論」仮説に対して,他者からの志向性に対して立ち上がってこない自己をASDの問題の本質と捉え,既成の発達心理学の発達論や自閉症の症候論を広く展望した上で他者に対する了解,という観点から論を展開する。そしてASD者は発達過程のいずれかの時点で自己にめざめるが,そのめざめこそが成人ASD者の固有の問題を形作る,とする。このような議論は,著者の視線がASD者,定型発達者双方に向けられ,これまで見る側であった定型発達のありようを容赦なく問い直し相対化した結果,生まれたものである。成人ASD者のエビデンスのピースをつなぎ合わせることができないでいた評者の立場からは,文献を展望した上でご自身の豊富な臨床経験を素材として内海先生ならではの論考を加えてこうした精神病理学的臨床論を提示してくださったことに心から感謝したい。女性ASDのアンメット・ニーズの奥底に光を当てたという点も,本書の試みは新しい。これを機に精神医学においてASD,そして発達障害をめぐる架橋的な治療論が活発となることを期待する。

論文公募のお知らせ

テーマ:「東日本大震災を誘因とした症例報告」

ページ範囲:P.836 - P.836

「精神医学」誌では,「東日本大震災を誘因とした症例報告」(例:統合失調症,感情障害,アルコール依存症の急性増悪など)を募集しております。先生方の経験された貴重なご経験をぜひとも論文にまとめ,ご報告ください。締め切りはございません。随時受け付けております。
ご論文は,「精神医学」誌編集委員の査読を受けていただいたうえで掲載となりますこと,ご了承ください。

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今月の書籍

ページ範囲:P.885 - P.885

次号予告

ページ範囲:P.886 - P.886

編集後記

著者:

ページ範囲:P.890 - P.890

 本号掲載「試論」の「CBA2法」を拝読し,効果的な除細動に至るまでの一連の蘇生方法の流れについて精神科医療従事者すべてが日頃から研修を怠りなくしておくべきであることを痛感しました。それにしても,多くの抗精神病薬の添付文書にアドレナリンが併用禁忌であることは承知していましたが,抗精神病薬服用中の患者さんの救命救急の現場でこの禁忌の文言が障壁となっていることには全く気付きませんでした。厚生労働省の添付文書担当者とこの件で話し合ったところ「突然の致死的不整脈での心停止の場面では医師の裁量権に基づき禁忌薬を使用してでも最善を尽くすのは当然である」ことを個人的には認めておられました。しかし,添付文書の改訂については学会が正式な依頼書を提出してほしいといわれ,現在,その手続き中であります。その準備のため,リスペリドンやオランザピンなどの米国の添付文書を調べたところ,囲みの警告欄にアドレナリンとの併用禁忌についての記載はなく,注意喚起の記載さえどこにも見当たりませんでした。このことは多くの抗うつ薬についてのわが国の添付文書で,運転させないことを処方医に求めているのに対し,米国の添付文書では服用している患者さんがあの時は運転できなかったと分かる時点までは運転しないこととなっているのと同じであり,同一製薬会社の添付文書の文言が日米で異なっています。それでも,わが国の添付文書の改訂には抗精神病薬投与下での突然の心停止に対しアドレナリンが有効というエビデンスが求められることと思われます。
 巻頭言では当事者主権について考えさせられるとともに,精神科医はなお未成熟なこの社会を変える一番の原動力にならなければならないことを学びました。添付文書に関しても規制当局と製薬会社任せにせず,エビデンスに基づいて適正化していくべきなのだと思います。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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