書評
—広沢正孝 著—DSM時代における精神療法のエッセンス—こころと生活をみつめる視点と臨床モデルの確立に向けて
著者:
阿部隆明12
所属機関:
1自治医大・精神医学
2自治医科大学とちぎ子ども医療センター子どもの心の診療科
ページ範囲:P.883 - P.883
文献購入ページに移動
最近は,精神科治療の標準化が進められ,うつ病をはじめとして,治療アルゴリズムが作成されている。これによって,マニュアルさえあれば非専門医でもそれなりの治療ができる時代になった。その前提となっているのが,DSMをはじめとした操作的診断である。学生からは,精神医学は他の身体医学に比して捉えどころがないという評価を受けてきたが,このDSMは評判が悪くない。ある意味で非常に分かりやすいのである。とはいえ,操作的診断とは,基本的に症状の数と持続期間で定義されるものであり,その背景病理は問われない。同じく「うつ病」と診断されても,神経症性のうつ病とメランコリアの特徴を持つうつ病では,最初のアプローチが異なってしかるべきであり,従来は病態の質や患者の病前性格,発病状況,発症機制などが重視されていた。一昔前の精神科研修の目標は,さまざまな観点から微細な病像の差異を的確に評価し,最適の治療を行う術を身につけることにあったのである。他方,治療アルゴリズムとは,操作的に診断された精神障害に対する各治療法の効果の統計的有意差から導き出されたものであり,個々の患者にどの治療が最適かを判断するきめ細かな基準はない。本書はこうした「DSM時代」の憂慮すべき精神科臨床の現状に応えようとするものである。
本書は2部構成で,第Ⅰ部は基礎編として,自閉スペクトラム症,統合失調症,うつ病の基本的な精神病理を論じている。特に自閉スペクトラム症の心の構造論は著者の十八番で,6年前の著書から一貫して提唱されている格子型人間の心の特徴が解説されている。統合失調症とうつ病に関しては歴史的な研究を踏まえて,そのそれぞれの病態に関する精神病理学な知見が手際よくまとめられている。さらに,この3大精神障害に関しては,症例を呈示した上で,精神療法のポイントについても触れている。第Ⅱ部は,応用編として,幻覚・妄想,うつ,不安という症状ごとに,症例を挙げて背景疾患の鑑別や精神療法のポイントについて述べている。実際の臨床では,むしろこちらの説明がより有用であるが,第Ⅰ部の知識を踏まえて,理解しやすいように構成されている。