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雑誌目次

雑誌文献

精神医学58巻6号

2016年06月発行

雑誌目次

巻頭言

〈できること〉の見つけ方

著者: 福田正人

ページ範囲:P.458 - P.459

 「メンタルヘルス・サービスの質」,「移民のメンタルヘルスケア」,「メンタルヘルス・サービスにおける信頼の確立」,「精神科医の役割と責任」,「精神医療と精神科医のイメージの向上」。これらはいずれも,ヨーロッパ精神医学会(European Psychiatric Association;EPA)が2012年からその機関誌であるEuropean Psychiatryに掲載を始めた,ガイダンスシリーズ(EPA Guidance Series)のタイトルである。EPAは,37か国の40学会が構成するヨーロッパの組織である。
 エビデンスとそのメタ解析にもとづくガイドラインが広がってきたが,エビデンスは十分でないが臨床的には重要なテーマ,ガイドラインはあるが実践されずに本棚にしまいこまれている現状,そもそもエビデンスという考え方が馴染まない分野は数多い。そうした現在のガイドラインが及ばないテーマについて指針を示そうとするのが,このガイダンスシリーズである。その背景には,「最善の臨床実践はエビデンスと経験の両者にもとづく」という臨床の知恵があり,それを支えるのは「精神疾患を持つ患者への精神科サービスの質を向上する(improve the quality of psychiatric services for patients with mental disorders)」という簡潔な言葉でその使命を表現するEPAの覚悟である。ガイダンスは,行動の指針を示すとともに,これから取り組むべき研究テーマを明確にすることを意図しているという。

展望

睡眠と記憶および感情調節機能

著者: 栗山健一

ページ範囲:P.461 - P.468

はじめに
 AserinskyとKleitman1)は,睡眠中にもかかわらず安静覚醒時に観察される高次皮質由来の活動波がREM(rapid eye movement)睡眠中に出現していることを発見した。その後DementとKleitman6)やRechtschaffenとKales29)は,大脳皮質活動の緩徐化を特徴とするnon-REM睡眠中にも,皮質の活動を反映する脳波活動(spindles,sharp wave-ripples)が混在していることを突き止めた。なぜ脳の休養のための睡眠中に,こうした皮質活動が存在する必要があるのだろうか。1990年代後半より,睡眠と記憶の関連に関して決定的な証拠が次々と報告され,睡眠中の脳活動は覚醒時に学習した内容を定着・強化する過程と関連することが明らかとなった。REM睡眠中には夢見が多く,夢は睡眠中の情報処理を反映していると考えやすいことから記憶・学習機能と関連付けて論じられることが多いが,REM睡眠以外の睡眠状態も記憶・学習機能に影響を与えている可能性が示唆されている。
 意味や知識,生活史などの言語的に再現可能な記憶を陳述(宣言)記憶と呼ぶのに対し,手作業や乗り物の運転,楽器演奏,スポーツの技術など,非言語的な身体動作を伴い再現される記憶を手続き(非宣言)記憶と呼ぶ。現在,陳述記憶および手続き記憶において,睡眠中の神経プロセスが記憶定着・強化のために働いている証拠が多く示されている。また,一部の不安障害や心的外傷後ストレス障害の病理と密接に関係する情動記憶も睡眠中に何らかの処理が行われている証拠が示されている。睡眠は疲労回復・損傷修復といった脳・身体活動の恒常性維持とともに,記憶・学習という積極的な適応行動にも重要な役割を果たしており,生涯にわたる成長・発達に欠かせない生命活動と考えられている。

研究と報告

統合失調症における16項目の陰性症状評価(NSA-16)日本語版の信頼性と妥当性の検討

著者: 並木千尋 ,   藤越慎治 ,   植田要 ,   片桐秀晃

ページ範囲:P.469 - P.480

抄録
 陰性症状評価-16(NSA-16)の日本語版を作成し,その信頼性と妥当性を検討した。信頼性は,級内相関係数を用いて評価者内一貫性と評価者間一致性を検討した。その結果,評価者内一貫性,評価者間一致性ともに高い相関を示した。妥当性は,NSA-16と陽性・陰性症状評価尺度(PANSS)の陰性症状尺度との相関を検討し,同様に高い相関を示した。以上の結果より,NSA-16日本語版の信頼性と妥当性が示され,統合失調症の陰性症状の評価尺度として有用であると考えられた。

東日本大震災関連の自殺企図について

著者: 吉岡靖史 ,   大塚耕太郎 ,   星克仁 ,   三條克巳 ,   遠藤仁 ,   工藤薫 ,   酒井明夫

ページ範囲:P.481 - P.488

抄録
 本研究は東日本大震災に関連した自殺企図例の特徴を検討した。2011年3月11日から2012年3月8日に当院精神科救急を受診した自殺企図202件を対象とし,震災関連群10件と非震災関連群192件の2群を比較した。震災関連群は当院初回受診の高齢男性,盛岡医療圏外,沿岸被災地の割合が高く,GAS中央値は低かった。発災後4週間以内の受診が多く,重症自殺企図者(AD群:飛鳥井,1995)の割合が高かった。企図手段はガス吸引が多く,転帰は救急センター病棟の入院が多かった。自殺予防のために震災直後から自殺ハイリスク者のトリアージを行い,企図者には基幹病院や救急センターと連携して治療にあたる必要がある。

短報

Blonanserinへの変更により遅発性ジスキネジアの改善がみられた1例

著者: 和氣洋介

ページ範囲:P.489 - P.492

抄録
 統合失調症の治療中に,遅発性ジスキネジアを認めたため,blonanserinへ治療薬剤の変更を試みた1例を報告した。Haloperidol,risperidoneによる治療歴があり,aripiprazoleによる治療中に錐体外路症状が出現した。低用量のblonanserinに変更することで軽快し,錐体外路症状は消失した。その後の治療経過において認容性に問題はなく,新たな有害事象の発現はなかった。今後,症例の集積が必要ではあるが,低用量のblonanserinへの変更が一部の遅発性ジスキネジアに有効である可能性を指摘し,文献的考察を含めて報告した。

統合失調症患者における骨格筋電気刺激介入によるHbA1cの改善

著者: 藤林真美 ,   岸田郁子 ,   赤松裕訓 ,   辻田那月 ,   遠藤詩郎 ,   石井千惠 ,   茅沼弓子 ,   石井紀夫 ,   森谷敏夫

ページ範囲:P.493 - P.497

抄録
 統合失調症患者は,体重増加や肥満,糖尿病などの罹患割合が高く,平均寿命は健常者と比較して約20年短いことが知られている。肥満や生活習慣病対策として有酸素運動が有効であるが,統合失調症患者は運動の実践・継続が困難であるという現状もある。一方で骨格筋電気刺激(EMS)は,皮膚表面に貼り付けた電極からの電気刺激により神経を反応させ筋収縮を起こすことにより,筋肥大や糖・エネルギー代謝亢進が可能な方法である。本研究では統合失調症患者にEMSを12週間介入し,HbA1cの変化について検討した。その結果,HbA1cの有意な低下を認め,EMSが統合失調症患者における糖代謝動態改善に貢献し得る可能性を示唆した。

食行動障害および摂食障害群患者の食行動異常について

著者: 中井義勝 ,   任和子 ,   鈴木公啓

ページ範囲:P.499 - P.502

抄録
 食行動障害および摂食障害(FED)群患者251例の食行動異常について,その定義と病型別の頻度を検討した。欧米の先行研究にならって,食行動異常(「摂食制限」,「過食」,「嘔吐」,「だらだら食い」,「チューイング」,「不規則な食事パターン」)の定義と評価法を検討した。その結果にもとづいて,半構造化面接により食行動異常を評価し,その出現頻度を病型別に算出した。「摂食制限」の定義は過食性障害(BED)と神経性過食症の鑑別上重要である。「だらだら食い」は,BEDの約半数に存在し,BEDの診断や重症度評価に注意を要する。食行動異常の定義と評価法の確立は,FED群,特にBEDの診断にとって重要である。

身体症状症と見なしていたレビー小体型認知症の1例

著者: 中山寛人

ページ範囲:P.503 - P.506

抄録
 身体症状症と見なしていたレビー小体型認知症(以下,DLB)の1例を経験した。浮遊感,腹部違和感,尿意切迫感に対して過度にこだわり,執拗に訴えた。当院入院後,認知機能の変動を示唆するエピソードを認めたため,DLBも念頭におき積極的に本人や家族から情報を取り直し,幻視や認知機能低下の存在を確認できた。123I-MIBG心筋シンチグラフィーでは心筋の集積低下を認め,probable DLBと診断した。Rivastigmineを開始し,次第に身体愁訴は軽減し,情動も安定化した。老年期の“よくある訴え”には,心理社会的要因だけでなく,生物学的要因,脳の器質的要因も関与している可能性があることに留意する必要がある。

ラメルテオンが悪夢・不眠に奏功した特発性レム睡眠行動障害の1例

著者: 廣瀬智之 ,   髙屋雅彦 ,   渥美正彦 ,   白川治

ページ範囲:P.507 - P.511

抄録
 近年,特発性レム睡眠行動障害(REM sleep behavior disorder;RBD)は,α-シヌクレイノパチーなどの神経変性疾患の前駆症状である可能性が指摘されている。特発性RBDでは動作緩慢・認知機能低下などが出現し得ることから,クロナゼパムを第1選択薬とした薬物治療においては副作用に注意すべきである。ラメルテオンは鎮静・筋弛緩作用や認知機能低下へのリスクが比較的少ない薬剤であり,神経変性疾患を考慮した薬物治療として有用な可能性がある。しかし,ラメルテオンの特発性RBDに対する有効例の報告はほとんどない。我々は,特発性RBDの悪夢・不眠に対しラメルテオンが奏功した症例を経験したため,文献的考察を加えて報告する。

資料

東京都区西北部精神科救急における危険ドラッグ使用患者の臨床的特徴

著者: 小林七彩 ,   高木俊輔 ,   尾﨑茂 ,   中村満

ページ範囲:P.513 - P.523

抄録
 2002年から2014年に豊島病院精神科に危険ドラッグ使用による精神症状で緊急措置鑑定を要した40症例の特徴について検討した。危険ドラッグ使用者は若年男性に多く,危険ドラッグ使用開始以前の措置入院の経験は2割以下だった。危険ドラッグ使用者による措置入院者数は2012年頃より増加し,2014年夏頃より急速に減少していた。規制の強化が奏功し危険ドラッグの使用による措置入院患者は減少傾向である。危険ドラッグの毒性の強さは既存の違法薬物より強力な可能性が示唆された。危険ドラッグの長期的影響の研究,包括的な薬物乱用を阻止する仕組みの整備が必要である。

私のカルテから

結核による隔離入院中に空想的な誇大妄想を示した男性の1例

著者: 仙波純一

ページ範囲:P.525 - P.527

はじめに
 結核病棟入院中の患者は,隔離による社会からの孤立,期間の定めのない長期入院,家族や周囲を感染させたのではないかという自責感など,多くの心理社会的なストレスを負う。また,急性期を過ぎると身体的苦痛は少ないが自由はないという状況が続くことになる。精神科既往歴のない70歳台男性が,結核病棟入院中に誇大妄想を主体とする空想的な内容を持つ妄想を示した症例を報告する。

「精神医学」への手紙

一級症状の特異性について—“in aller Bescheidenheit”という表現をめぐって

著者: 野原博 ,   前田貴記 ,   鹿島晴雄

ページ範囲:P.528 - P.531

はじめに
 シュナイダー10)は内因性精神病を躁鬱病と総合失調症という類型に分ける二分法の立場にたち,横断的側面である状態像に拠り統合失調症の診断を行った。シュナイダーは臨床的経験に基づき統合失調症に特異的な症状として一級症状を提唱した。提唱した当初は,一級症状が存在し,さらに身体的基盤が不明であれば臨床的に統合失調症であるとしている。その後,一級症状はその有用性が注目され,英米圏の操作的診断基準であるRDC(Research Diagnostic Criteria),DSM-Ⅲ,DSM-Ⅳにも採用された。
 しかしその一方で一級症状の診断的特異性についての議論があり,たとえば気分障害,解離性障害などにおいてもみられ得るとの研究も現れ9,17),その診断特異性を疑問視する見解もある。そのような経緯もあり,DSM-5では一級症状は特別視されなくなったが,精神疾患全体を連続体とみなすスペクトラム化,ディメンジョン化の流れも影響していると考えられる。つまり,カテゴリカルな疾患というものの存在を認めず,一級症状のような特異的な症状というものを認めないという立場の表明である。
 ところで本邦固有の問題として,シュナイダーの臨床精神病理学12,13)の中の統合失調症の診断の記述における“in aller Bescheidenheit”という表現を“きわめて控えめに”と解釈し,一級症状の特異性について,そもそも慎重な態度をとってきたという歴史がある15)。しかしこの解釈は,あえて一級症状というものを提唱したシュナイダーの本意に反するものと考えられ,本稿では,本邦における“in aller Bescheidenheit”についての慎重な解釈が本当に妥当なのかをシュナイダーの文献を基に検討する。

学会告知板

第9回関西森田療法セミナー(入門コース)

ページ範囲:P.531 - P.531

論文公募のお知らせ

テーマ:「東日本大震災を誘因とした症例報告」

ページ範囲:P.488 - P.488

「精神医学」誌では,「東日本大震災を誘因とした症例報告」(例:統合失調症,感情障害,アルコール依存症の急性増悪など)を募集しております。先生方の経験された貴重なご経験をぜひとも論文にまとめ,ご報告ください。締め切りはございません。随時受け付けております。
ご論文は,「精神医学」誌編集委員の査読を受けていただいたうえで掲載となりますこと,ご了承ください。

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次号予告

ページ範囲:P.552 - P.552

編集後記

著者:

ページ範囲:P.556 - P.556

 精神科医となって31年の歳月が流れ,本年から「精神医学」の編集委員を務めさせていただくことになりました。研修医になったばかりの頃,上級の医師から繰り返し教えられたことは,論文を読むことでもなく,研究をすることでもなく,ひたすら患者とともに過ごすことでした。それは,今にして思えば,自分に「できること」は何かを考える貴重な時間であったように思われます。福田正人先生が巻頭言に書かれているとおり,それは初心者の頃には誰もが抱く気持ちであり,いつまでも大切にすべき思いでしょう。
 さて,本号には,2つの研究と報告が掲載されています。1つは国際的にも使用されている統合失調症の陰性症状評価尺度(NSA-16)の日本語版作成に関する研究です。附録として,評価のための半構造的面接(質問の仕方)とアンカー(評価の基準)が示されており,今後の臨床研究の中で活用できるようにされています。もう1つは,東日本大震災関連の自殺企図の特徴を分析した研究です。発災後1年間に精神科救急を受診した自殺企図例の調査であり,災害が人々のメンタルヘルスに及ぼす影響の大きさと災害への備えを考えるための貴重な報告です。短報では,ブロナンセリンが有効であった遅発性ジスキネジアの1例,統合失調症患者に対する骨格筋電気刺激が糖代謝異常の改善に寄与する可能性を示した介入研究,食行動異常の定義・評価の重要性を示した調査研究,身体症状症と見なされていたレビー小体型認知症の1例,ラメルテオンが有効であった特発性レム睡眠行動障害の1例が報告されています。いずれも,日々の臨床に新たな示唆を与える貴重な報告です。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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