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雑誌目次

雑誌文献

精神医学58巻7号

2016年07月発行

雑誌目次

巻頭言

まっすぐ・こころに届く精神医療

著者: 中山和彦

ページ範囲:P.558 - P.559

 “まっすぐ・こころに届く”という言葉の響きは優しいのですが,少し迫力がありません。でも「まっすぐ」という言葉が,気に入っていて長く温めていました。私は子どもの頃より自分の気持ちを素直に伝えることができませんでした。今でもそうですが,自己評価は常に低く自信がありません。そんな私が人の思いを知りまっすぐ相手に届くような精神医療に携わることは容易ではありません。どうすればいいのか。長くかかってたどり着いたのは「腹をくくる」,そして「肝を据える」構えでした。振り返ると本気で「腹をくくる」覚悟がないと乗り越えられないことがたくさんありました。
 「健康とはなにか」と問われてなかなか気の利いた表現が見当たりません。私は長く心身医学にこだわってきたのでその視点で接近したいと思います。ひと(生命)は,心身相関のなかにあります。ひとはどんなに痛い目にあっても戦いを好むのか,正義と置き換えることで表向きの平和を求めようとします。3500年以上前の旧約聖書でも,ひとが生きること,存在することがいかに戦いの連続であるかということを示しています。

特集 精神疾患の予防と早期治療アップデート

特集にあたって

著者: 水野雅文

ページ範囲:P.561 - P.561

 身体疾患における予防概念の必要性が強調される中で,精神医学領域における予防や早期発見・早期治療の重要性に対する認識は,わが国でも次第に広がりつつある。精神疾患において早期治療が重要であることは,この病の長い経過を見ていたクレペリンも書き残しているから,新しい概念とは言えない。しかし公衆衛生的な問題意識を持ち,universal,selective,indicatedというMrazekら(1994年)の予防概念をモデルとして,精神科領域で予防に関する戦略的な検討が始まったのはここ20年のことである。当初は統合失調症や精神病を対象として,地域における早期発見・早期治療すなわち早期介入(early intervention)により精神病未治療期間(DUP)の短縮を目指し,Critical Period(治療臨界期)における集約的治療の重要性が指摘されるようになった。そしてさらに発症間もない時期における脳の器質的変化が,実は臨床症状が揃い顕在発症とみなされるよりも前,すなわち今日いうところのat-risk mental state(ARMS)においても始まっていることが多数の研究で示され,顕在発症前からの介入,すなわち予防的介入への関心が高まってきた。
 しかしながら,早期介入が予後の改善に明らかに有効とみなされるようになっても,多くの国々においてその知識の波及は研究室レベルでとどまり,広く地域において早期介入のためのモデルや予算立てが行われて実践されている国は少ない。2014年11月に東京で開催された第9回国際早期精神病学会では,今後の地域実践の重要性の認識の拡大と実践の普及,すなわち精神科領域における早期治療の重要性に関するリテラシーの拡大について熱心に検討がなされた。その結果,この分野の国際団体であるInternational Early Psychosis Association(IEPA)は,IEPA Early Intervention in Mental Healthと改称し,より広い精神疾患における早期介入の普及啓発を目指すことを明示した。すなわち,精神疾患のほとんどがより一般的な精神・身体症状から始まり,やがてより特異的な症状へと進展していくことを考えれば,早期介入は精神病になりそうな人のみを選りすぐって対象とするのではなく,ありふれた精神症状が広くさまざまな精神疾患へと進展することを考慮することが重要なのである。

初回エピソード統合失調症

著者: 根本隆洋 ,   馬場遥子 ,   舩渡川智之

ページ範囲:P.563 - P.570

はじめに
 「早期介入」は近年において医療全般における最重要事項であると,目や耳にする活字やニュースから日々痛感させられる。当初は少なからず批判もあった精神医療における早期介入,中でも統合失調症をはじめとする精神病における早期発見と早期治療は,研究的な段階を経て,今や日常臨床におけるケアやサービスになりつつあると言える。その歴史を紐解くと,1984年のFalloonらによる英国バッキンガム・プロジェクト,1992年の豪州Early Psychosis Prevention and Intervention Centre(EPPIC)創設などに始まり,1996年の国際早期精神病学会(International Early Psychosis Association;IEPA)の設立を経て急速に発展した。本邦においても,1996年に日本精神障害予防研究会が発足し,2008年に日本精神保健・予防学会と改称し,そして2014年11月にアジア初の第9回国際早期精神病学会が東京で開催された10)

ARMSへの早期介入—議論の整理と海外ガイドラインの紹介

著者: 桂雅宏 ,   阿部光一 ,   國分恭子 ,   松岡洋夫 ,   松本和紀

ページ範囲:P.571 - P.579

はじめに
 精神医療における早期介入は,統合失調症をはじめとする精神病性疾患への早期介入をひとつの端緒として発展してきた。その流れの中で,精神病(psychosis)を顕在発症する前の時期への介入にも関心が注がれるようになり,精神病を発症するリスクが高いと想定される精神状態(at-risk mental state;ARMS)に対しても早期介入が試みられるようになった18)
 ARMSへの早期介入については,賛否両論を含むさまざまな議論が繰り返されてきた。特に,米国精神医学会による精神疾患の診断・統計マニュアル(DSM-5)1)の診断カテゴリーとしてARMSの一部である減弱精神病症候群(attenuated psychosis syndrome;APS)を新たに正式採用するか否かについては,白熱した議論が展開された2,5)。結果的に,DSM-5ではAPSの正式採用は見送られ,Ⅲ部の新しい尺度とモデルの項目に「今後の研究のための病態」のひとつとして掲載され,統合失調症スペクトラムおよび他の精神病性障害群の中の「他の特定される統合失調症スペクトラム障害および他の精神病性障害」の例のひとつとして挙げられるにとどまった。
 一方,ARMSについての過去20年に及ぶ臨床研究の成果として,ARMSの臨床的な特徴,同定や介入の方法に関するエビデンスが蓄積されてきた。最近では重要なメタ解析がいくつか報告されてきており,ARMSについて一定のコンセンサスも形成されつつある状況にある。
 そこで本稿では,ARMSにおいて論点となるいくつかのポイントを整理し,さらに英国と欧州の最新のガイドラインを紹介することでARMSへの早期介入を検討してみたい。

双極性障害における閾値下症状の考え方と早期介入

著者: 工藤弘毅 ,   岸本泰士郎

ページ範囲:P.581 - P.589

はじめに
 双極性障害は人口の約1%が罹患する,慢性,再発性の気分障害である。好発年齢は20歳前後で,罹病期間は患者の人生の長きにわたる21)。またGlobal Burden of Disease Study 2013によると躁うつ病のyears lived with disabilityは全301の急性・慢性疾患中,第17位にランクされている12)。このように社会的影響も非常に大きく,早期介入により顕在発症の予防が可能となることが望まれる疾患の一つである。
 近年,統合失調症に対するAt Risk Mental State(ARMS)研究が活発に行われており,前駆症状の評価ツールの開発,またそれらを通じたフォローアップ研究,予防の取り組みの成果が得られている。双極性障害に対する早期介入の研究もこれに影響を受けてか,近年盛んになってきている。
 本稿では,双極性障害の早期介入に関する種々のエビデンスをレビューする。はじめに発症のリスクファクターという観点での研究を紹介し,次に双極性障害を気分障害の連続性,すなわちスペクトラムとして捉えようとするアプローチについて紹介する。また,日本における双極性障害の考え方,特に下田の執着気質について注目した。さらに閾値下の前駆症状を捉えるためのスケール(BPSS-P)を紹介し,最後に早期介入の試みについてのエビデンスをまとめた。

うつ病の早期発見・早期介入

著者: 中村純 ,   堀輝

ページ範囲:P.591 - P.596

はじめに
 うつ病も統合失調症と同様に早期発見,早期治療への介入をすることで治療期間が短くなり2,5),治療期間や再発回数も減少するという論文3)が散見されるようになった。しかし,うつ病は近年増加し,その病状も多様化しており,統合失調症よりも早期発見,早期介入は難しいのではないかと思われる。しかもうつ病の症状の中のどの症状が最も早期に出現するかを系統的に観察した研究は,我々の知る限り現在までのところ見当たらない。
 本稿では,うつ病の早期発見を行い,早期介入に至るまでの課題,さらに試行的になされたいくつかの研究を紹介する。

不安症への早期介入

著者: 藤井泰 ,   朝倉聡

ページ範囲:P.597 - P.603

はじめに
 統合失調症やうつ病,双極性障害などの内因性精神疾患は,当初不安症状にて発症しその後上記診断に移行することが多く,早期の不安症状のコントロールがより重篤な精神疾患の発症を予防する可能性がある。しかし,不安症は専門医でなければ見逃されがちな疾患であり,患者自身も医療機関へ相談することが少ないためか,組織的な早期介入はこれまでに行われていない。
 本稿では,不安症を疫学的な観点から概観し,その上で早期介入の可能性について若干の考察を加えたい。DSM-5では,従来の不安障害のうち,強迫症および心的外傷後ストレス障害などのストレス因関連障害がそれぞれ別カテゴリーとなり,パニック症,全般不安症,広場恐怖症,社交不安症,限定性恐怖症,そして新たに分離不安症と選択性緘黙が不安症のカテゴリーに含まれることになった。DSM-5を診断カテゴリーとして用いた大規模な疫学調査はまだ行われていないが,DSM-5の不安症に含まれる疾患の概観を行うこととする。

トラウマ例に対する早期介入と支援

著者: 前田正治 ,   野坂祐子 ,   大岡由佳

ページ範囲:P.605 - P.612

はじめに
 災害や犯罪,事故といった重大イベントに人が曝された後,しばしばその人は強いトラウマ反応を示す。典型的には外傷後ストレス障害(posttraumatic stress disorder;PTSD)が,それに当たるのは周知のごとくである。またPTSD症状が自然に改善・消失することもあれば,数か月から年余にわたって遷延化することも稀ならずある。またPTSDはうつ病や薬物依存といったより深刻な精神疾患を併存することもよく知られており,自殺率なども他の不安障害より高い傾向にある。すなわちPTSDを発症すると,あるいは遷延化すると,罹患した人の社会機能や生活の質に重大な影響が及ぶことが懸念されるのである。
 そのような理由で,早期介入によってPTSDを予防できないか,あるいは予防できないまでもその影響をできる限り弱めることができないか,そのような検討は学問的にも,実践の場でも少なからずなされてきた。そこで本稿では,まずはPTSDに対する予防や早期介入の効果について概観してみたい。このような試みは大きく次の2つに分けられる。1つは薬物療法を中心とした生物学的アプローチ,もう1つはさまざまな形の心理社会的アプローチである。ただし,そのような早期介入を実際にどのように行うべきか,あるいは実際にどのように行われているのか,このような点は,PTSDの介入効果を考える上で非常に重要な要素である。なぜならば,後述するように,介入効果が統制群比較研究などで明証されている場合でも,それが現実の場(real world)で用いることが難しければ,有用性があることにはならないからである。
 そうした意味もあって,わが国で現在試みられている早期介入や早期ケア実践の試みを,本稿でも2つ紹介したい。このような早期介入が最も求められている領域の1つは,学校現場である。学校現場では,時として自殺や暴力等の危機的事態が発生する。その際には生徒や学生,教師など関係者に大きな心的外傷を与える。また,もう1つの領域は犯罪現場である。犯罪が被害者にもたらす心的外傷が甚大であることは言を俟たない。わが国のこれらの領域で,今どのような心理社会的早期介入あるいは早期ケアの試みがなされているかを紹介したい。一方で,大規模自然災害発生時における被災者への早期介入・ケアのあり方については,今般の東日本大震災以降すでに多く語られてきたので本稿では割愛する。

摂食障害への早期介入の意義と対策

著者: 鈴木(堀田)眞理

ページ範囲:P.613 - P.621

はじめに
 治療の開始が遅れることは摂食障害にも予後不良因子になる。しかし,神経性やせ症(anorexia nervosa;AN)では,やせによって得られる心理的メリットのために治療への抵抗が強く,重篤な身体状況になって初めて救急受診することも珍しくない。神経性過食症(bulimia nervosa;BN)患者は病識はあるが,過食と排出行為から得られる開放感ゆえに受診しない。また,DSMVで独立した疾患となった過食性障害(binge-eating disorder)や夜食症候群(night eating disorder)は難治性のメタボリック症候群として診療されている可能性がある。本稿では摂食障害における早期治療の必要性と対策について概説したい。

発達障害の併存症(Comorbidity)への早期介入

著者: 樋端佑樹 ,   篠山大明 ,   本田秀夫

ページ範囲:P.623 - P.631

はじめに
 人間の発達には運動,言語,知能,社会性,注意,衝動性のコントロールなどさまざまな要素があり,それぞれ生涯発達していく。中には,多因子の先天的,器質的な要因による脳のバリエーションのために,定型発達者とは異なるスピードと道筋で非定型的な発達をし,結果としてアンバランスな発達となる人たちがいる。特に,知的な機能の障害(知的能力障害;ID),社会性の発達の障害(自閉症スペクトラム;ASD)および,不注意,多動,衝動性のコントロールの発達の障害(注意欠如・多動症;ADHD)などは,相互にオーバーラップした状態で,生涯にわたって続く。これらの特性は,定型発達者に連続する多数の人から特性が濃い少数の人にいたる連続体としてとらえられている。現代社会において,こういった発達障害があると,社会適応を阻害し,生きづらさを抱える要因となり得る。一方で,特性を持ちつつもそれをうまく活かして活躍している人もたくさんいる。支援の必要性で障害を定義するならば,社会適応している人を発達障害と診断する必要はない。杉山12)は素因としての特殊な認知特性を持つ群を広く発達凸凹と呼び,本田3)は自閉症スペクトラムの適応群を非障害自閉スペクトラム(autism spectrum without disorder)と呼んで区別している。反面,発達障害があると他のさまざまな精神疾患のハイリスクとなることも知られている。発達障害の特性を持ちつつも,偶然の幸運に頼らずとも二次的な障害を来すことなく社会の中で生きていけるような介入が望まれる。本稿では発達障害のcomorbidityについて概観し,それらに対する早期からの介入について,予防的介入と危機介入とに整理して述べる。

研究と報告

医療観察法指定入院医療機関退院後の予後調査

著者: 永田貴子 ,   平林直次 ,   立森久照 ,   高橋昇 ,   野村照幸 ,   今井淳司 ,   崎川典子 ,   前上里泰史 ,   大鶴卓 ,   村田昌彦 ,   中根潤 ,   西岡直也 ,   村杉謙次 ,   眞瀬垣実加 ,   山本哲裕 ,   山本暢朋 ,   須藤徹 ,   松尾康志 ,   谷所敦史 ,   山本紗世 ,   島田達洋 ,   山田竜一 ,   竹林宏 ,   小澤篤嗣 ,   仲田明弘 ,   柏木直子 ,   花立鈴子 ,   磯村信治 ,   安藤幸宏 ,   橋口初子 ,   西中宏吏 ,   予後調査グループ

ページ範囲:P.633 - P.643

抄録
 医療観察法の施行から約10年が経過し,対象者の社会復帰状況には社会的な関心が寄せられている。我々は,保護観察所の協力を得て通院処遇対象者累積402名(794人・年)の主診断,再他害行為,自殺,精神保健福祉法入院,社会資源の活用,就労などを調べた。重大な再他害行為は,低い水準にとどまっていた。一般人口に対する標準化死亡比(SMR)は3.84であった。精神保健福祉法による入院は,退院6か月後27.8%,1年後32.1%で,初回入院の6割は任意入院であった。対象者の9割以上が訪問看護など何らかの地域精神保健サービスを利用していた。約1割の者に就労経験が認められた。本調査結果からは,退院後の地域処遇が効果的に実施されている可能性が示唆された。

短報

過量服薬後に脳梗塞を発症した症例について

著者: 植木ひとみ ,   高橋有記 ,   川口要 ,   小田暁 ,   前原瑞樹 ,   大西雄一 ,   三上克央 ,   長田貴洋 ,   山本賢司

ページ範囲:P.645 - P.649

抄録
 救命救急センターで入院に至る全患者のおよそ10%前後を自殺企図および自傷行為による患者が占めており,その手段としては半数程度が過量服薬である。過量服薬で救命救急センターに救急搬送されるケースはよく経験するが,過量服薬後に脳梗塞を発症したという報告は実に少ない。今回,若年でありながら過量服薬後に脳梗塞を発症した症例を経験したので報告する。過量服薬後は,意識障害や嘔吐などによる脱水,薬剤による血栓傾向,長期臥床による血栓形成などさまざまな脳梗塞のリスクがあるため,悪性症候群や昏迷などが疑われる症状を認めた際にも,鑑別診断として脳梗塞を念頭に置き,頭部画像の評価を検討することが必要である。

私のカルテから

心因性の歩行困難が疑われたギラン・バレー症候群の1例

著者: 福本拓治 ,   前田久仁子 ,   前田功二

ページ範囲:P.651 - P.653

はじめに
 ギラン・バレー症候群は進行性に四肢運動麻痺を来す末梢神経疾患である。症状が進行すると呼吸筋麻痺から死に至ることもあるため,本疾患を見逃さず早期に診断をつけ全身管理の行える病院で治療導入することは臨床上重要である。初期や軽度の場合などには心因性の歩行困難との判別に苦慮する1)こともあり,稀ではあるが精神科病院にも受診し得る疾患である。今回,統合失調症患者で心因性の歩行困難を疑われ精神科病院に入院したが,ギラン・バレー症候群と診断し早期に総合病院で治療導入できた症例を経験したので,若干の考察を交えて報告する。なお,症例の特定を避けるために細部は改変を加えており,患者には学術報告の説明をして同意を得ている。

書評

—James Morrison 原著,高橋祥友 監訳,高橋 晶,袖山紀子 訳—モリソン先生の精神科診断講座—Diagnosis Made Easier

著者: 石丸昌彦

ページ範囲:P.604 - P.604

 掛け値なしに面白く,しかもためになる本というものはそう多くないが,本書はそのまれな一冊であること請け合いである。自分の志した精神医学は,このように豊かで魅力的であったのだと思い出させてくれる。
 多言を弄することによってかえって薄っぺらく見せてしまうのは本意ではないが,あえて言語化するなら以下のようなことである。

—内海 健 著—自閉症スペクトラムの精神病理—星をつぐ人たちのために

著者: 徳田裕志

ページ範囲:P.622 - P.622

 人は誰しも何らかの障碍を担うものではあるが,自閉症スペクトラム障碍(以下,ASD)的特質を負って世に住むことも大いなる労苦を伴う。その心的世界,精神/神経機能上の偏倚,現実世界との折り合えなさ,生活上の困苦を深く理解し,必要な支援を紡ぎ出そうと努めることは,精神科医を含め支援者達の職責である。ASDの臨床が混乱している昨今であるが,本書はそのための貴重な道標となってくれる。広く知られるようになった妙な言葉「心の理論」を解き明かし,眼差しや面差し,呼びかけという他者からの志向性によって自己が立ち上がることの障碍を活写する。言語が道具であらざるを得ないことや語用論的障碍について,言語というものの根源的意義から問い直す。その他,パニックやタイムスリップ現象,特異な時間体験,文脈やカテゴリー化の困難,感覚過敏などASDに伴う諸症候について精神病理学的視点より考察する。そして,それらを踏まえて臨床上の実際的具体的工夫を示唆してくれており,明日の臨床に役立つものである。評者自身の精神的資質や日頃の臨床と照合しつつ,格闘して読んだ。
 あくまで評者の臨床感覚以上のことではないが全面的には肯えなかった点として,統合失調症は定型発達の病でありASDとは全く別であると明瞭に言い過ぎているように思う。ASD概念の事始めより,統合失調症との区別は大問題であった。自閉症の名付け親Kannerも迷ったし,統合失調病質の子どもについて述べたWolffとアスペルガー症候群を提唱したWingが対立した経緯もある。想定される本質的病理は異なるのだが,臨床上は鑑別が難しいことも多いように思われる。診断名を付けねばならないという陥りがちなこだわりから離れて,いわば安全感喪失の病たる統合失調症的要素と,ASDを含めた神経発達性の要素とが,別の方向への軸としてどちらもスペクトラム的な濃淡を持って同一個人の中に存在するという捉え方をすることは一つの解決であると思う。

—酒井明夫,丹羽真一,松岡洋夫 監修 大塚耕太郎,加藤 寛,金 吉晴,松本和紀 編—災害時のメンタルヘルス

著者: 塩入俊樹

ページ範囲:P.650 - P.650

 1995年1月17日の阪神・淡路大震災を契機として,災害時の「こころのケア」が本格的に行われたのは,2004年10月23日の新潟県中越地震である。当時,新潟大学に所属していた評者は,災害精神医学という未知の分野に飛び込み,今でも旧山古志村に定期的にお邪魔している。そういう経緯で,本書の書評という大役を命じられたものと思う。
 本書を開いてまず驚いたのは,総勢73名という執筆者の多さである。災害精神医学という領域がクローズアップされてきているだけでなく,すべての執筆者が第一線の専門家であり,これほど多くの専門家が東日本大震災に関わっていることに,正直,感動を覚えた。

論文公募のお知らせ

テーマ:「東日本大震災を誘因とした症例報告」

ページ範囲:P.589 - P.589

「精神医学」誌では,「東日本大震災を誘因とした症例報告」(例:統合失調症,感情障害,アルコール依存症の急性増悪など)を募集しております。先生方の経験された貴重なご経験をぜひとも論文にまとめ,ご報告ください。締め切りはございません。随時受け付けております。
ご論文は,「精神医学」誌編集委員の査読を受けていただいたうえで掲載となりますこと,ご了承ください。

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今月の書籍

ページ範囲:P.654 - P.654

次号予告

ページ範囲:P.656 - P.656

編集後記

著者:

ページ範囲:P.660 - P.660

 今年度から「精神医学」の編集委員を担当させていただくことになり,初めて本誌を手にした研修医の頃に思いを馳せつつ一編一編に向き合っております。
 さて,本号は,まさに「まっすぐ・こころに届く」巻頭言から始まり,精神医療における早期介入の特集に続いています。早期介入というと,近年では早期精神病への介入がまず思い浮かびますが,今回の特集では,トラウマ例や発達障害の併存症まで含めて多様な疾患を取り上げています。代表的とも言えるARMS(at-risk mental state)については,統合失調症の前駆期と相同ではなくて精神病以外の精神障害のリスクや機能障害のリスクを持っていることを前提として早期介入を検討するように勧めています。同じ早期介入と言っても,うつ病や不安症のようにより幅の広い疾患であると,どこまで早期発見をして早期介入をしたらよいのか,どのような早期介入が有用かの判断は難しいとあらためて感じました。そういう観点から疾患の異質性がより浮き上がってくるとも言えましょう。学校メンタルヘルスや,産業メンタルヘルスの活動としてこころの健康の増進を図ることまで連続するような心理教育も重要であり,そうすると医療以外の分野との連携もますます必要だろうとも感じられ,いろいろと示唆に富む特集であると思います。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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