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雑誌目次

雑誌文献

精神医学58巻8号

2016年08月発行

雑誌目次

巻頭言

薬物依存症と精神医療

著者: 成瀬暢也

ページ範囲:P.662 - P.663

 わが国の依存症治療の現状をみると,アルコールに関しては標準化された治療システムが最低限普及しているが,薬物については「無医村」的状況が続いている。わが国の問題薬物は,これまで覚せい剤と有機溶剤が主であり,共に精神病状態を引き起こすことから,精神医療が関与せざるを得なかった歴史がある。ただし,中毒性精神病の治療に終始し,依存症の治療は行われてこなかった。現在,わが国の薬物依存症の専門医療機関は全国に10か所程度しかなく,専門とする精神科医は20人にも満たない。一方で薬物依存症の回復支援施設であるダルクが,80施設にまで増加した。このことは,薬物依存症からの回復支援の需要と必要性を示していると同時に,一民間施設であるダルクがその役割を一手に担わざるを得ないわが国の貧困な薬物行政を象徴している。
 薬物依存症はどうして敬遠されるのであろうか。最近実施した全国の精神科救急病棟の調査によると,治療が困難な理由は,「治療の継続が難しい」63.2%,「患者の治療意欲が低い」46.1%,「患者が指示やルールに従わない」46.1%,「患者が暴力的・攻撃的」39.5%,「スタッフの抵抗が強い」35.5%,「治療的雰囲気を悪くする」30.3%などであった。反面,最近の薬物依存症者は診やすくなっている。その理由は,粗暴な患者や激しい興奮を来す患者の減少(怖くない),非合法薬物から合法薬物へのシフト(司法対応が不要),処方薬患者の割合の増加(処方薬には慣れている),「ふつうの患者」の増加(抵抗感が少ない),「薬物渇望期」概念の導入(入院治療が容易になる),簡便な認知行動療法の導入(誰でも治療できる),などである。

展望

うつ病と頭痛—病態生理および抗うつ薬の薬効からの考察

著者: 原田英治 ,   久我敦 ,   樋口輝彦 ,   竹島多賀夫 ,   圓尾進介

ページ範囲:P.665 - P.676

はじめに
 うつ病は,抑うつ気分,興味や喜びの喪失などの精神症状を主症状とするが,身体症状として頭痛を伴うことがある。その一方で,片頭痛や緊張型頭痛など一次性頭痛の患者が,うつ病に罹患したり,うつ状態を呈することも多い。
 またうつ病の治療過程で抗うつ薬によって頭痛が改善することもあれば,逆に副作用や中断症候群として頭痛が生じることもある。
 本稿では,これまでに得られている知見をもとに,うつ病と頭痛の関連性,抗うつ薬が頭痛に及ぼす影響について概説する。

研究と報告

精神症状を伴う進行期パーキンソン病への電気けいれん療法

著者: 村山友規 ,   百町健吾 ,   早川透 ,   小林清樹 ,   松岡健

ページ範囲:P.677 - P.684

抄録
 精神症状を伴う進行期パーキンソン病6症例への電気けいれん療法(ECT)を後ろ向きに検討した。ECTの効果を施行前後で比較したところ,Hoehn-Yahr分類(4.5±0.5 v.s. 3.7±0.5)とNeuropsychiatric Inventory(12.3±9.8 v.s. 1.8±2.1)が有意に減少した。3症例は歩行を獲得し,うち2例は1年以上歩行を維持した。抑うつ,幻視,妄想,衝動制御障害も1年以上寛解した。レボドパ換算抗パーキンソン病薬量(519.2±224.1mg v.s. 242.1±200.0mg)も有意に減量した。2症例の一過性逆行性健忘以外に重篤な有害事象はなかった。ECTは進行期パーキンソン病において安全で有効性の高い治療手段と考えられた。

パーキンソン病に合併するうつ病に対するミルタザピンの有効性について

著者: 尾崎京華 ,   森岡壯充 ,   萬谷昭夫 ,   山脇成人

ページ範囲:P.685 - P.690

抄録
 パーキンソン病(以下,PD)の患者は高率にうつ病を合併し,その割合は30〜40%と言われている。PDにおけるうつ病の合併は,PDのQOLに影響する最も重要な因子であり,その診断や治療は,その後の治療経過に大きな影響を与えると言われている。日本神経学会のガイドラインによると,PD患者のうつ病の治療として,三環形抗うつ薬(TCA),Selective Serotonin Reuptake Inhibitors(SSRI),ドパミンアゴニストが推奨されているが,効果や忍容性に問題がある。今回我々は,当院外来通院中121例のPD患者のうちうつ病を合併した16例に対してミルタザピンを投与したところ,良好な結果が得られたので報告し,さらにその有効性について検討した。

短報

重大な他害行為を行って当科に入院した2症例のその後の処遇について—警察の対応と医療観察法への導入の観点から

著者: 野口剛志

ページ範囲:P.691 - P.694

抄録
 症例1は被害妄想から母を暴行した後に当科に任意入院したが,警察が傷害事件として取り扱うことに抵抗を示したため医療観察法の処遇になるまでに期間を要した。
 症例2は自宅を放火した後措置診察が行われたが,警察が他害行為を断定しなかったため当科に医療保護入院した。その後警察が逮捕立件しなかったためそのまま当科に入院中である。
 今回我々が経験した2症例は警察の対応によってその後の処遇が大きく左右された。今後現行の法制度を適正に運用していくためには,医療側と司法側との意見交換の場,また,一般医療の立場から医療観察法による治療を提案できる仕組みが必要と思われた。

精神病症状が先行したHuntington病の1例

著者: 向井馨一郎 ,   湖海正尋 ,   松永寿人

ページ範囲:P.695 - P.699

抄録
 Huntington病(HD)は舞踏様の不随意運動などの神経症状が特徴的なものとされ,同時に抑うつ状態や幻覚妄想状態,人格変化や認知機能障害などの精神症状を認め,神経症状に先行することもある。特に,成年期以降で幻覚・妄想などの精神病症状を示した場合,統合失調症などの他の疾患との鑑別が必要となる。今回我々は,統合失調症として治療されてきたが,神経学的所見と家族歴よりHDを疑い遺伝子検査にて確定診断へと至った1例を経験したので,若干の考察を加え報告する。

SCAP法により多剤大量からaripiprazole単剤へ集約し得た統合失調症の1例

著者: 岡松彦 ,   大宮友貴 ,   梅津弘樹 ,   荒井勇輝 ,   三井信幸

ページ範囲:P.701 - P.705

抄録
 SCAP(safety correction of antipsychotics poly-pharmacy and high-dose)法は,抗精神病薬の多剤大量療法の減薬方法として考案されたものである。症例は55歳男性,統合失調症。23歳時に幻覚妄想状態で発症し,入退院を繰り返すうちに入院が長期化し,処方が多剤大量となった。一時は合計chlorpromazine換算が最大4,865mg/日に及び,約20年かけて1,400mg/日まで減量されたが幻覚妄想や陰性症状が遷延した。Aripiprazole(APZ)への切り替えも過去に2度失敗していたが,今回SCAP法を用いてAPZ単剤へ集約し得た。SCAP法を用いた主剤変更について考察した。

口唇傾向にmemantineが有効であった症例

著者: 伊藤賢伸 ,   黄田常嘉 ,   新井平伊

ページ範囲:P.707 - P.710

抄録
 認知症においては,記憶障害などの中核症状よりも介護上周辺症状が問題となることが多い。その1つである,周囲のものを口に入れてしまう口唇傾向(oral tendency)は,誤嚥や腸閉塞の危険も高く,予防も困難であるため介護上の問題となる。今回口唇傾向を認めた患者に対してmemantineが有効であった症例を経験したため,これを報告する。症例は70歳台,男性。アルコール多飲,脳内出血後,脳梗塞後であり認知機能低下,疎通困難,介護への抵抗,口唇傾向を認めていた。介護者の指を噛むといった問題行動も頻回であったが,memantineを開始したところ,口唇傾向の減少が認められた。

Marchiafava-Bignami病を併発した双極Ⅰ型障害の1例

著者: 伊藤陽 ,   吉田浩樹 ,   清水敬三 ,   森井研 ,   和知学 ,   長谷川まこと

ページ範囲:P.711 - P.717

抄録
 Marchiafava-Bignami病(MBD)は脳梁に脱髄壊死を生ずる脳器質疾患で,アルコール依存に伴うビタミンB1欠乏に起因するとされる。在宅生活を送っていた双極Ⅰ型障害の男性症例が,MBDを併発したので報告する。本例では発症3日目のMRIで脳梁膨大部と左側被殻に高信号域を認めた。臨床症状としては意識障害,嚥下障害,構音障害,筋緊張亢進,振戦,原始反射,左手の肢位異常などを認めたが,脳梁離断症候ははっきりしなかった。ただちに開始されたビタミンB群補充療法により比較的順調に回復し,発症83日目のMRIでは脳梁膨大部の高信号域は消失し,左側被殻のそれは軽減していた。退院促進と地域支援の流れの中で,在宅の精神障害者に原疾患と異なる精神神経症状がみられた場合,MBDの可能性も考え早期にMRI検査を行う必要がある。

資料

アルコール依存症の専門外来を受診する患者の糖尿病合併の実態

著者: 山崎茂樹

ページ範囲:P.719 - P.728

抄録
 アルコール依存症者(以下,ア症)93例を対象に糖尿病(以下,DM)合併の実態を明らかにする目的で研究した。[結果]DMは男性群にのみ19.4%認め,性差を認めた。精神科合併症有群は無群よりDM合併およびHbA1c値が高かった。DM合併有群は無群よりア症治療の必要感が高く,離脱症状とその発現予測は大きかった。DM治療中断群は継続群より飲酒行動変化への実践,受診自発性および断酒志向は低く,AUDIT得点は高かった。HbA1cの経時的推移は,断酒群は改善し非断酒群は改善していなかった。[結論]男性ア症群の約2割にDMを認め,精神科合併症があるとDM合併は高く,治療を継続し断酒するとDMは改善する傾向にある。

私のカルテから

双極性障害の再発初期症状としての不安と焦燥にolanzapine筋注製剤が有効であった1例

著者: 和氣洋介

ページ範囲:P.729 - P.731

はじめに
 双極性障害は再発や自殺の問題などがあり,予後の良い疾患とはいえない。また不安の併存例では,うつ状態が重症となりやすく寛解しにくいことが指摘されている1)。そして再発初期には,不安や焦燥などに引き続き抑うつ症状の増悪する症例がしばしば経験される。今回,双極性障害の再発初期にみられた不安と焦燥にolanzapine筋注製剤を用いた外来治療を経験した。双極性障害の治療上,示唆に富むと症例と考えられたため報告する。なお,本症例報告に際しては患者本人に了承を得た上で,匿名性を保持するために症例内容の一部に若干の変更を加えた。

書評

—兼本浩祐,丸 栄一,小国弘量,池田昭夫,川合謙介 編—臨床てんかん学

著者: 田中達也

ページ範囲:P.732 - P.732

 てんかんは,2000年以上の昔から難治の病として知られており,根本的な治療法の模索が現代までも続いている極めて特殊な病態でもある。世界の人口は約72億7,000万人と報告されている(「世界人口白書2014」より)。人口の約0.8%がてんかんに罹患していることから,全世界には,約5,810万人以上のてんかん患者がいることになる。てんかんは治療費の面からも,各国の行政上の政策としても,非常に重要な課題と考えられている。
 日本の現在の人口は1億2,000万人強となり,約100万人の患者が推定されているが,80%以上の症例では,きちんとした治療により発作はコントロールされており,通常の社会生活が十分に可能である。しかし,てんかんの大きな問題点は,偏見である。このため,学校生活,雇用,人間関係にさまざまな問題があり,社会的な弱者に対しての,法制度の整備も十分とは言えない状況にある。2011年と2012年に起きた,てんかん患者による悲惨な交通事故は,てんかん治療の社会的な問題の複雑さ,てんかん治療の重要性を再認識させられた。しかし,一面では,法制度整備の盲点を浮き上がらせたとも考えられる。

論文公募のお知らせ

テーマ:「東日本大震災を誘因とした症例報告」

ページ範囲:P.694 - P.694

「精神医学」誌では,「東日本大震災を誘因とした症例報告」(例:統合失調症,感情障害,アルコール依存症の急性増悪など)を募集しております。先生方の経験された貴重なご経験をぜひとも論文にまとめ,ご報告ください。締め切りはございません。随時受け付けております。
ご論文は,「精神医学」誌編集委員の査読を受けていただいたうえで掲載となりますこと,ご了承ください。

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次号予告

ページ範囲:P.734 - P.734

編集後記

著者:

ページ範囲:P.738 - P.738

 今年は7月3日になってようやく台風1号が発生しました。1951年以降で2番目に遅い記録とのことです。気象庁によると最大風速が60m/sという最大級の「猛烈な台風」であり,米軍合同台風警報センターによれば150knotsという「Super Typhoon」であったそうです。台湾から中国大陸に向けて進んだため,地震とその後の大雨の被害に疲弊していた九州地方などに,さらに被害をもたらさなかったのは幸いでした。
 本号の「巻頭言」は,わが国には薬物依存症の専門医療機関がきわめて少なく,その治療が特殊なものとされがちである現状において,「依存症患者の対応を困難にしている最大の原因は,患者に対する治療者の陰性感情・忌避感情である」と訴えています。治療者による忌避や否定の背景に多少なりとも無知があり,それが社会から問われている精神医療のあり方を拘束しているとすれば,私たちがすべきことはまず,依存症の診断や治療の進歩について学ぶことであると思われます。「展望」では,頭痛というきわめて頻度の高い症状について,うつ病との関連で新しい知見がまとめられています。「研究と報告」はパーキンソン病の治療に関する2つの論文です。「短報」でもハンチントン病やMarchiafava-Bignami病などが報告されています。パーキンソン病のような脳器質性疾患の治療においては,精神科医は神経症状についてよく分からず,神経内科医は精神症状についてよく分からないという構図がみられがちです。そのため,両者がどれだけうまく連携できるかが,患者のQOLを左右することになります。本号も含めて,精神科領域の雑誌に,脳器質性疾患の症例報告が相対的に多いことにしばしば気付かされますが,その背景には,身体面の治療に対して私たちが常に抱いている問題意識があるのだと思います。また近年,精神疾患における身体的健康の重要性がいっそう認識されつつあることも,投稿論文の内容に反映されているようです。今後は,より広範囲な精神疾患における,症例レベルのめぼしい新知見に関する投稿が増加することを期待しています。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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