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雑誌目次

論文

精神医学59巻10号

2017年10月発行

雑誌目次

巻頭言

高齢者の自動車運転免許の返納をめぐって

著者: 繁田雅弘

ページ範囲:P.898 - P.899

 平成29(2017)年3月12日,改正道路交通法の施行後,認知症の診断のために多くの高齢ドライバーが医療機関に殺到するのではないかと懸念されたが,現時点(平成29年9月)までの受診者は拍子抜けするほど少ない。多くの高齢ドライバーが自ら判断して免許を返納しているものと思われる。
 運転を止めさせることは生活手段を奪うことだ,あるいは生きがいを奪うことだと言った人がいる。診断して免許を取り上げることで,医師・患者関係が壊れるのではないかと心配する声もあった。しかし結果的に認知症疾患であるにもかかわらず運転の継続はやむを得ないと考えた医師はほとんどいなかったのではないか。移動手段や生きがいのために人を傷つけるリスクが許容されることはないからである。しかし鉄道どころか路線バスもなくタクシー利用も難しい都市規模の小さい地域では黙認されているかもしれない。やむを得ないことであろうか。せめて,認知症疑いの高齢者が頻繁に運転するルートや時間帯を地域住民が情報共有するなど,危険を回避する取り組みはしておいたほうがよいと思われる。そのプロセスで,やはり危険があるのだから運転は止めさせて乗り合いタクシーやコミュニティーバス,食料品の巡回販売など何らかの支援を考えることになれば,それに越したことはない。家族を失うようなことがあれば如何なる理由があっても許す気持ちになれないのは筆者だけではないであろう。また認知症高齢者を犯罪者にしないという姿勢も医師の善管注意義務に添うものでもある。

展望

裁判員裁判における鑑定人尋問—そのあるべき姿と求められるもの

著者: 梁瀬まや ,   笹本彰彦 ,   山﨑信幸 ,   村井俊哉

ページ範囲:P.901 - P.911

はじめに
 警察庁統計によると,2015年の刑法犯検挙人員総数は239,355人,うち精神障害者(疑いを含む)などは3,950人と1.7%を占め14),その割合は近年微増傾向にある。しかし鑑定留置は,裁判員裁判が2009年5月に施行されて以降,倍増したことが指摘されており,最高裁によると,導入前は年間200〜250件前後で推移していた鑑定留置が,導入後は急増し,刑法犯の検挙件数が減少する中にあっても,14年は564件,15年は483件で,特に起訴前の件数が増えているという4,21)。この背景には,昨今の精神科疾患概念の広がりを受け,これまで責任能力の俎上に上がることのなかった広義の精神障害者にも鑑定請求がなされている可能性の他に,裁判員裁判では「裁判員に精神状態を分かりやすく説明する必要があり,公判で争いそうな際は起訴前に鑑定を求めるケースが多い」と話す検察幹部の言葉21)にも現れているように,司法関係者が先手を打っている現状がある。
 刑事事件に関する精神鑑定は,大きく起訴前鑑定と公判鑑定に分けられる。鑑定結果は,多くの場合鑑定書の形式で提出され13),その提出のみで終わることもあるが,公判鑑定や場合によっては起訴前鑑定でも,鑑定人が法廷で尋問されることがある。起訴前鑑定を裁判所が活用する向きに批判的な意見もあるが19),裁判迅速化の観点から,重複鑑定を避ける意向が裁判所にもあるとされ19),裁判員制度の中ではその流れが強まっていることは否定できない。
 鑑定人は,刑事訴訟法上は証人と同じく訴訟の第三者だが,事実の認定や証拠の評価に必要な専門知識を提供することで,実質的には裁判官の補助者として,その自由心証主義に基づく判断を合理的にコントロールすることに役立ってきた2)。鑑定人は,専門家証人とも呼ばれ,広義の“証人”として,出頭義務,証言義務が課せられ,一般の証人尋問の方式が準用(171条)32)された口頭による鑑定報告を行う17)。口頭鑑定の理論的・技術的問題は重要な課題だが,十分議論されているとは言いがたく,その内容や質に大きなばらつきがあるほか,ともすれば司法関係者の論理に翻弄されるのが現状である。
 司法精神医学の尊厳を守る鑑定人および尋問はいかにあるべきか。以下,そのあり方について考察する。

研究と報告

自閉スペクトラム症の併存による注意欠如・多動症の事象関連電位への影響

著者: 山室和彦 ,   太田豊作 ,   中西葉子 ,   岸本直子 ,   飯田順三 ,   岸本年史

ページ範囲:P.913 - P.923

抄録
 DSM-5より注意欠如・多動症(ADHD)と自閉スペクトラム症(ASD)の併存が認められるようになったが,ADHDとASDは共通する臨床症状が多いことが知られており,臨床症状のみでADHDとASDの併存を適切に評価し診断することは困難である。また,ADHDとASD併存症例(ADHD/ASD)はADHD単独症例(ADHD)と比較して,日常生活への困難さを認めているのみならず,薬物治療への反応性も乏しいといわれている。そのため,適切に評価し診断を行う必要があるが,臨床症状のみならず,生物学的基盤に基づき両群の差異を検討することが求められている。現在までに画像研究における構造および機能的差異を検討した研究が行われているが,未だに未解明な点が多い。そこで,今回我々は事象関連電位(ERP)を用いて,未治療のADHD児20名とADHD/ASD児15名を対象として,聴覚性oddball課題におけるP300とMMNの比較検討を行った。ADHDおよびASD症状はそれぞれADHD評価スケールおよび小児自閉症評価尺度にて評価を行った。結果としては,ADHD/ASD群はADHD群と比較してFz,Cz,PzおよびC4におけるP300の振幅が有意に低下しており,またoddball課題施行中のP300の反応速度は有意に障害されていた。一方でP300の潜時とMMNおよびP300におけるoddball課題施行中の正答率に有意な差は認めなかった。これらのことから,ERPがADHD/ASDとADHD症例の鑑別に関して有用なモダリティーとなる可能性が示唆された。

DPATに求められるコンピテンシーとは—精神保健分野の専門家を対象としたDelphi調査の結果

著者: 福井貴子 ,   田中英三郎 ,   加藤寛

ページ範囲:P.925 - P.936

抄録
 2013年,厚生労働省は「災害派遣精神医療チーム(DPAT)活動要領」を定め,都道府県等にDPATの体制整備と研修実施を求めた。しかし,活動要領には都道府県等が行う体制整備の詳細や具体的な研修カリキュラムが示されていない。関係者間であっても,DPATへの認識にはばらつきがあると考えられた。
 本研究では,Delphi法を用いてDPATのコンピテンシーについて合意形成を行うことを目的とし,全国の精神保健の専門家を対象に回答を求めた。全79項目のうち59項目が合意基準に達し,20項目が達しなかった。これは現時点における結果であり,今後も関係者間において継続した議論を行い,DPATの機能や目的の共通理解を進めることが求められる。

短報

Aripiprazoleにより著明な体重増加を来した統合失調症の1例

著者: 岡松彦 ,   大宮友貴 ,   橋本直樹 ,   久住一郎

ページ範囲:P.937 - P.941

抄録
 抗精神病薬に多い副作用の一つとして体重増加があるが,aripiprazole(APZ)は体重増加を来しにくいとされている。症例は25歳男性,統合失調症。22歳時に幻覚妄想状態で発症し,25歳時に入院。入院後blonanserinやhaloperidol(HPD)で加療されたが,症状改善に乏しく,APZへ切り替えて退院となった。一方,APZへ変更後は食餌療法や運動療法の導入にもかかわらず4週で約7kg,半年で約15kg,1年半で約30kgの著明な体重増加を来した。後に主剤をAPZからHPDへ戻したが,減量は困難であった。急速な体重増加の事前の予測は困難であり,また後に減量が困難となり得ることから,体重増加を認めた際には薬剤の切り替えを検討すべきであると考えられた。

発熱・白血球増多を伴うカタトニアを呈した急速交代型双極性障害の1例

著者: 石島洋輔 ,   新井薫 ,   肝付洋 ,   中村雅之 ,   佐野輝

ページ範囲:P.943 - P.948

抄録
 カタトニア(緊張病)は,さまざまな精神疾患や身体疾患を背景に生じ,精神運動の失調を来す症候群である。DSM-5ではカタトニアが特定用語となり,統合失調症以外の疾患にも適応が広がった。また,発熱や自律神経失調を呈するカタトニアは悪性カタトニアと呼ばれ,抗精神病薬による悪性症候群との関連性が議論されている。我々は双極性障害の症例において,発熱と白血球増多がカタトニアに先行し,カタトニアの改善とともに消退した現象を観察した。本症例は悪性カタトニアの症候を部分的に呈しており,非悪性と悪性カタトニアの連続性が示唆された。また,発熱・白血球増多に着目することは,カタトニアの早期診断に寄与すると考えられた。

Clozapine投与中に遅発性ジストニアが生じた統合失調症患者の1例

著者: 山本暢朋

ページ範囲:P.949 - P.952

抄録
 Clozapine投与中に遅発性ジストニアが出現した統合失調症患者の症例を報告した。症例ではpromethazine中止後に遅発性ジストニアが出現し,clozapineの減量あるいはbiperiden投与後に消失した。他の抗精神病薬投与中に遅発性ジストニアが出現しなかった原因は不明だが,併用されていたpromethazineやbenzodiazepine系薬剤が遅発性ジストニアの発現に対して抑制的に働いている可能性が考えられた。遅発性錐体外路症状に対してclozapineの使用は合理的な治療選択肢であるが,投与中に遅発性ジストニアが出現した本症例は報告に値するものと考えられた。

資料

社会的ひきこもり当事者の実態および保護者のニーズについての一考察

著者: 川乗賀也

ページ範囲:P.953 - P.958

抄録
 ひきこもりの支援において保護者が重要と考えられるので,ひきこもりを支援するNPO法人に相談に訪れた保護者から当事者の様子を調査し,今後の支援のあり方を検討した。40名の保護者を調査したところ当事者の50%が10年以上の長期にわたりひきこもっており,その保護者においても高齢化による支援力の低下が懸念された。また保護者のニーズとしては当事者だけでなく保護者を含めた相談支援の充実や,当事者の働ける場所を求めていることが分かった。今後,保護者にむけたインターネットを活用した相談情報の発信や,公共施設などでの相談案内などの啓発が重要であると思われた。

地域で生活する精神科「未受診者」・「引きこもり者」の実態—精神科アウトリーチモデル推進事業の調査から

著者: 小高恵実 ,   渡辺碧 ,   萱間真美 ,   木戸芳史

ページ範囲:P.959 - P.967

抄録
 精神疾患の疑いのある未受診者・引きこもり者の概要とケア内容を分析し,その実態と専門的援助の内容を明らかにする。方法:対象者の属性ならびに機能・行動評価,ケア内容について統計的に分析した。結果:対象者は102名,Global Assessment of Functioningの平均は37.65±17.12,Social Behavoiur Scheduleの合計点は平均22.91±11.49で,受療中断者・長期入院などの後退院した者や入院を繰り返す者との有意差はなかった。ケアは「精神症状の悪化や増悪を防ぐ」,「対人関係の維持・構築」に多くの時間を割いていた。考察:未受診者・引きこもり状態の者に対しては,早期受療と社会参加への促進,そのために対人関係能力への働きかけが必要であることが示唆された。

紹介

カンボジアの精神科医療施設を訪ねて

著者: 奥田信子 ,   倉重真明 ,   三箇栄司 ,   下中野大人 ,   藤原洋子 ,   森山成彬

ページ範囲:P.969 - P.977

抄録
 カンボジアでは,Pol Pot政権下ですべての精神科医療施設が破壊され,精神科医療従事者も皆無になった。35年後の今日,それらがどのように再生されたのかを知るために,2016年9月,プノンペンとシェムリアップを訪れ,5か所の精神保健施設を見学した。その現状を報告し,困難を極めた精神科医療の再生の道すじについても概述した。

「精神医学」への手紙

うつ病へのアリピプラゾールの増強療法の効果が「中折れ」したときの対応

著者: 神林崇 ,   大森佑貴

ページ範囲:P.979 - P.981

はじめに
 アリピプラゾール(以下,APZ)はうつ病の増強療法として非常に有効であると実感している。しかしながら,当初は有効であったものの,ある時からその有効性,特に賦活作用が認められなくなる症例も経験していた。その機序と対応について検討してみたので,紹介したい。

書評

—Markus Reuber/Steven Schachter 編 吉野相英 監訳—てんかんとその境界領域—鑑別診断のためのガイドブック

著者: 浜野晋一郎

ページ範囲:P.924 - P.924

 最近,書店で医学書を眺めていると,“するべきこと”と“してはいけないこと”,それだけが手っ取り早く分かるガイドライン・マニュアルの類いと,疾患単位ごとに病態と治療が詳細にまとめられた重厚な成書に二極化している感がある。長文を読まず最低限のことだけ,スマホ感覚で知っておきたい人種と,深く深く掘り下げたいオタク的な人種に帰因した二極化に思われる。その他に,買っただけで安心し,ほとんど読まず,読んでも拾い読みの私のような中途半端な人種も少なからずいるのだろう。
 本書は,私のような中途半端な人種でも,一度眺めてみたら,第1章から読み進んでしまう不思議な本である。具体的な症例呈示が多いからかもしれない。ただし,第1章のWilliam Gowersはてんかん症例として記載されているわけではない。本書の表題が,1907年に出版された“Border-land of Epilepsy”というGowersの著作に由来しているためである。“Border-land of Epilepsy”は誤診されていた症例の臨床経験を基に,てんかんと見誤りやすい周辺疾患を解説した成書である。本書もその系譜を受け継ぎ,50以上の症例が提示されている。症例の具体的な記載により,目の前にいる患者として疾患の理解を深められる。Gowersの著作から100年間のてんかん学の進歩にも対応し,自己免疫介在性てんかん,片頭痛とmigralepsy,小児のてんかん性脳症,自閉症,チック,ならびにてんかん発作の前駆現象においてはてんかん発作の予知に関する取り組みも解説している。併存症としてうつ病,精神病,パーソナリティ障害を取り上げ,アルコールとの関連にも一章を割き,てんかん併発疾患がほとんど網羅されている。

—下山晴彦,中嶋義文 編 鈴木伸一,花村温子,滝沢 龍 編集協力——公認心理師必携—精神医療・臨床心理の知識と技法

著者: 井村修

ページ範囲:P.968 - P.968

 公認心理師法が2017年9月より施行される。心理職の国家資格がいよいよ誕生である。心理技術者の国家資格が検討され始め,約半世紀の紆余曲折を経て,ようやく実現した。日本の心理職もやっと国際水準に達したのだろうか。公認心理師法では,公認心理師の業務を以下のように規定している(公認心理師法第二条より)。
 (1) 心理に関する支援を要する者の心理状態の観察,その結果の分析

—三村 將 編 前田貴記,内田裕之,藤澤大介,中川敦夫 編集協力—精神科レジデントマニュアル

著者: 西村勝治

ページ範囲:P.983 - P.983

 この本は「マニュアル」というタイトルからイメージされるようなハウツー本ではない。
 まず,どのように患者に向き合うのか。精神科医としての基本姿勢を説いた第1章「精神科診療における7つの心得」で,このマニュアルの著者たちが求める精神科医のあるべき姿が浮かび上がってくる。そして,第2章以降は,精神科臨床ではどのようなシチュエーションが生じ得るのか,それに精神科医はどう応ずればよいのかが,簡潔に,肝を押さえて記述されている。

論文公募のお知らせ

テーマ:「東日本大震災を誘因とした症例報告」

ページ範囲:P.911 - P.911

「精神医学」誌では,「東日本大震災を誘因とした症例報告」(例:統合失調症,感情障害,アルコール依存症の急性増悪など)を募集しております。先生方の経験された貴重なご経験をぜひとも論文にまとめ,ご報告ください。締め切りはございません。随時受け付けております。
ご論文は,「精神医学」誌編集委員の査読を受けていただいたうえで掲載となりますこと,ご了承ください。

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次号予告

ページ範囲:P.984 - P.984

編集後記

著者:

ページ範囲:P.988 - P.988

 本誌は,伝統的に,優れた投稿論文を掲載することを編集方針の基本としていますが,最近本誌への投稿論文数が減少傾向にあるようです。要因としては,精神科の専門雑誌が増えた,オリジナルな研究成果を英文論文として公表することが一般的となった,忙しくて論文を書いている時間がない,そもそも論文を書こうという人が少なくなった,などさまざま考えられます。もし,私たちの中に臨床における貴重な経験や,臨床疑問とその解決法などの共有すべき知見を公表することに消極的な態度が強くなっているとすれば,それは改めるべきでしょう。特に若い人にとって,得がたい臨床経験を症例報告としてまとめて公表することは,将来のためにも必須かつ重要な経験であると思います。また,研究論文とはならない内容であっても,私たちが共有すべき貴重な専門的情報は少なくありません。来年度からスタートする新しい専門医制度では,専門医になるための経験として学会発表や論文執筆なども重要視されていますので,若い医師が症例報告などを書く機会が増えるものと期待されます。
 本号の巻頭言では最近話題となることの多い高齢者の自動車運転免許の返納について,精神科医として考慮すべきことや,関わる際の基本姿勢が述べられています。展望では裁判員裁判における鑑定人尋問について,その実際と問題点や課題がまとめられています。一般市民を巻き込んで行われる裁判員裁判において,精神科医が鑑定人として,どのようにその重要な役割を果たすべきかを知るのに大変参考になる論考です。研究と報告は,注意欠如・多動症における自閉スペクトラム症併存の有無による事象関連電位の違い,および災害派遣精神医療チーム(DPAT)の役割に関するもので,いずれもきわめて今日的な課題を扱うものです。短報は,aripiprazoleによる著明な体重増加,発熱・白血球増多を伴うカタトニア,およびclozapine使用に伴う遅発性ジストニアを示した3編の貴重な症例報告です。資料や紹介なども貴重で興味深い内容です。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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