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文献詳細

雑誌文献

精神医学59巻10号

2017年10月発行

文献概要

展望

裁判員裁判における鑑定人尋問—そのあるべき姿と求められるもの

著者: 梁瀬まや1 笹本彰彦1 山﨑信幸2 村井俊哉1

所属機関: 1京都大学大学院医学研究科脳病態生理学講座(精神医学) 2京都府立洛南病院精神科

ページ範囲:P.901 - P.911

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はじめに
 警察庁統計によると,2015年の刑法犯検挙人員総数は239,355人,うち精神障害者(疑いを含む)などは3,950人と1.7%を占め14),その割合は近年微増傾向にある。しかし鑑定留置は,裁判員裁判が2009年5月に施行されて以降,倍増したことが指摘されており,最高裁によると,導入前は年間200〜250件前後で推移していた鑑定留置が,導入後は急増し,刑法犯の検挙件数が減少する中にあっても,14年は564件,15年は483件で,特に起訴前の件数が増えているという4,21)。この背景には,昨今の精神科疾患概念の広がりを受け,これまで責任能力の俎上に上がることのなかった広義の精神障害者にも鑑定請求がなされている可能性の他に,裁判員裁判では「裁判員に精神状態を分かりやすく説明する必要があり,公判で争いそうな際は起訴前に鑑定を求めるケースが多い」と話す検察幹部の言葉21)にも現れているように,司法関係者が先手を打っている現状がある。
 刑事事件に関する精神鑑定は,大きく起訴前鑑定と公判鑑定に分けられる。鑑定結果は,多くの場合鑑定書の形式で提出され13),その提出のみで終わることもあるが,公判鑑定や場合によっては起訴前鑑定でも,鑑定人が法廷で尋問されることがある。起訴前鑑定を裁判所が活用する向きに批判的な意見もあるが19),裁判迅速化の観点から,重複鑑定を避ける意向が裁判所にもあるとされ19),裁判員制度の中ではその流れが強まっていることは否定できない。
 鑑定人は,刑事訴訟法上は証人と同じく訴訟の第三者だが,事実の認定や証拠の評価に必要な専門知識を提供することで,実質的には裁判官の補助者として,その自由心証主義に基づく判断を合理的にコントロールすることに役立ってきた2)。鑑定人は,専門家証人とも呼ばれ,広義の“証人”として,出頭義務,証言義務が課せられ,一般の証人尋問の方式が準用(171条)32)された口頭による鑑定報告を行う17)。口頭鑑定の理論的・技術的問題は重要な課題だが,十分議論されているとは言いがたく,その内容や質に大きなばらつきがあるほか,ともすれば司法関係者の論理に翻弄されるのが現状である。
 司法精神医学の尊厳を守る鑑定人および尋問はいかにあるべきか。以下,そのあり方について考察する。

参考文献

1) APA Council on Psychiatry and Law:Peer review of psychiatric expert testimony. Bull Am Acad Psychiatry Law 20:343-352, 1992
2) 浅田和茂:鑑定と司法—法学者からみた精神鑑定.松島正明編,司法精神医学6—鑑定例集.中山書店,pp298-304, 2006
3) British Medical Association expert witness guidance, 2007
4) 藤原学思,市川美亜子:鑑定留置,裁判員制度導入で急増—医師は不足.2016年9月23日朝日新聞DIGITAL, 2016
5) Gutheil TG, Simon RI:Avoiding bias in expert testimony. Psychiatric Annals 34:260-270, 2004
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7) 林美月子:日本における法システムと法廷手続き—裁判のプロセス,手続き.松下正明他編,司法精神医学1—司法精神医学概論.中山書店,pp235-241, 2006
8) 五十嵐禎人:裁判員制度における精神鑑定の実際と課題.精神医学 53:937-945, 2011
9) 五十嵐禎人:刑事精神鑑定.日本精神神経学会教育問題委員会司法精神医学作業部会編,臨床医のための司法精神医学入門.新興医学出版社,pp9-37, 2013
10) 伊東研祐:日本における法システムと法廷手続き—刑事訴訟法.松下正明他編,司法精神医学1—司法精神医学概論.中山書店,pp204-213, 2006
11) 金岡繁裕:裁判員裁判下の刑事精神鑑定:精神科医の刑事司法関与について(特集 裁判員裁判下の刑事精神鑑定).精神医療 66:38-48, 2012
12) 菅野亮:裁判員制度における精神鑑定の問題点—弁護士の立場から.精神医学 53:991-996, 2011
13) 川合昌幸:裁判官からみた精神鑑定,松島正明編,司法精神医学6—鑑定例集.中山書店,pp274-283, 2006
14) 国家公安委員会・警察庁編:平成27年版警察白書,2015
15) 中島直:裁判員裁判制度開始後の刑事精神鑑定について(特集 裁判員裁判下の刑事精神鑑定).精神医療 66:28-37, 2012
16) 中田修他編:精神鑑定事例集.日本評論社,2000
17) 中谷陽二:精神鑑定の実際と鑑定書.風祭元,山上皓編,臨床精神医学講座19—司法精神医学・精神鑑定.中山書店,pp95-105, 1998
18) 中谷陽二:精神鑑定における中立性とは.精神医学 53:983-990, 2011
19) 中谷陽二,岡田幸之,中島直,他:座談会:裁判員裁判下の刑事精神鑑定はどうあるべきか(特集 裁判員裁判下の刑事精神鑑定).精神医療 66:8-27, 2012
20) 中谷陽二:司法精神医学倫理.日本精神神経学会教育問題委員会司法精神医学作業部会編,臨床医のための司法精神医学入門.新興医学出版社,pp155-170, 2013
21) 日本経済新聞.起訴前の精神鑑定が増加—15年483件,専門医不足課題.2017年2月6日日本経済新聞 電子版,2017
22) 西山詮:責任能力の精神医学的基礎.風祭元,山上皓編,臨床精神医学講座19—司法精神医学・精神鑑定.中山書店,pp27-51, 1998
23) 西山詮:刑事精神鑑定の実際.新興医学出版社,2004
24) 小田幸児:専門家証人に対する反対尋問の準備と実践(特集 専門家証言を攻略する).刑事弁護 84:15-24, 2015
25) 岡田幸之:司法精神医学の歴史と現状—アメリカにおける歴史と現状.松下正明他編,司法精神医学1—司法精神医学概論.中山書店,pp120-130, 2006
26) 岡田幸之・安藤久美子:裁判員にわかりやすい精神鑑定結果の報告.精神医学 53:947-953, 2011
27) 大澤達哉:裁判所への精神鑑定報告の諸問題.精神経誌 115:1071-1078, 2013
28) Sadoff RL:Ethical issues in forensic psychiatry:Minimizing harm. Wiley, New Jersey, 2011
29) 最高裁判所事務総局:裁判員裁判実施状況の検証報告書.2012
30) 齋藤正人,近道暁郎,西村真人:裁判員裁判における法律概念に関する諸問題⑱大阪刑事実務研究会 責任能力2(2)精神科医との対話を踏まえて.判例タイムズ 1379:70-84, 2012
31) Strasburger LH, Gutheil TG, Brodsky A:On wearing two hats:role conflict in serving as both psychotherapist and expert witness. Am J Psychiatry 154:448-456, 1997
32) 田宮裕:刑事訴訟法.有斐閣,1992
33) 堤俊仁:発達障害を持つ男性の殺人事件判決に関する意見表明.大阪精神科診療所協会,2012

掲載誌情報

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN:1882-126X

印刷版ISSN:0488-1281

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