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文献詳細

雑誌文献

精神医学59巻11号

2017年11月発行

文献概要

特集 「統合失調症」再考(Ⅰ)

統合失調症の分類学的布置の諸相

著者: 小林聡幸1

所属機関: 1自治医科大学精神医学教室

ページ範囲:P.995 - P.999

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はじめに
 精神分裂病,あるいは分裂病や分裂症と呼び慣らされてきたものを,突然,統合失調症に変えますと言われて,大いに戸惑い,何だか腹立たしさを覚え,釈然としないままであったが,それから15年を越えた今,統合失調症という名称にすっかり抵抗感がなくなっていることに気が付く。我々が学生のころ,「痴愚」だとか「白痴」といった術語について,もう使用されないという注釈とともに耳にしたように,今の医学生は「精神分裂病」という言葉を聞いているのであろうか。
 では,今どきは統合失調症とは何だということになっているだろうか。
 原因不明ながら脳機能に由来する認知の障害を基底として,幻覚妄想,行動の異常などの陽性症状や意欲の減退などの陰性症状を呈する精神疾患,とでも言ったところか。
 統合失調症という名称も精神分裂病という名称も同じスキゾフレニアという欧米語の翻訳に過ぎないのに,統合失調症に呼称が変わって軽症化したなどと奇妙なことを言う論者もいた。だが名前が変わるということはその本質も変わるということだという観点は,言語中心主義を持ち出さずとも,スキゾフレニアのように決して実体があるわけではなく,名称によって区分けされた臨床単位に対しては妥当なものだったと言える。内海20)も述べるように,この名称変更に伴って何かが失われたのである。何かオーラのようなものが。
 1964年,宮本は次のように述べている。「分裂病という問題は,早期の『発見』や十分な『管理』を目標とする医療的次元だけに限られるようなものではなく,そのほか,社会・文化・芸術・宗教などおよそ人文的方面のすみずみにまでひろく関連するほどの巨大なスケールを持ち合わせている。これは分裂病が人間生活の全体とかかわりをもつ『人間の病い』であることを考えれば自明であるが,しかし,この方面は普通の教科書や解説書のたぐいではあまりあつかわれない」10)
 たとえばかつて中井15)は統合失調症が存在することの人類学的意味を推測しているのだが,今やそのような観点は解説で扱われないばかりか,統合失調症が人間生活の全体とかかわりを持つなどとも考えられなくなっている。だからと言って,早期の発見や十分な管理がこの半世紀の間十分になされたとも思えない。その代わりにと言ってはなんだが,病者に対する敬意は,自己価値感だとか,リカバリーといった形で洗練されてきている面はある。しかし失われたのはこの「巨大なスケールを持ち合わせている」疾患を病む人に対する畏怖である20)
 もちろん「畏怖」などという言葉を持ち出すのは統合失調症を神秘化しており,科学としての医学に従事する以上,善し悪しかもしれない。本稿では「畏怖」とともに失われつつあるように思われる統合失調症の分類学的布置のいくつかの様相を再考してみたい。

参考文献

1) Binswanger L:Drei Formen misglückten Daseins:Verstiegenheit Verschrobenheit Manieriertheit. Max Niemeyer Verlag, Tübingen, 1956(宮本忠雄監訳,関忠盛訳:思い上がり ひねくれ わざとらしさ—失敗した現存在の三形態.みすず書房,1995)
2) Blankenburg W:Der Verlust der natürlichen Selbstverständlichkeit:Ein Beitrag zur Psychopathologie symptomarmer Schizophrenien. Ferdinand Enke Verlag, Stuttgart, 1971(木村敏,岡本進,島弘嗣訳:自明性の喪失—分裂病の現象学.みすず書房,1978)
3) Bleuler E:Lehrbuch der Psychiatrie. 16. Aufl., neuarbeitet von Bleuler, M. Splinger Verlag, Berlin, Heiderberg, 1943/1983(切替辰哉訳:内因性精神障害と心因性精神障害.中央洋書出版部,1999)
4) 深尾憲二朗:精神病理学の基本問題.日本評論社,2017
5) 加藤敏:構造論的精神病理学—ハイデガーからラカンへ.弘文堂,1995
6) 加藤敏:分裂病の構造力動論—統合的治療にむけて.金剛出版,1999
7) 木村敏:分裂病の現象学.弘文堂,1975
8) 松本卓也:人はみな妄想する—ジャック・ラカンと鑑別診断の思想,青土社,2015
9) Minkowski E:La schizophrénie:Psychopathologie des schizoïdes et des schizophrènes. Nouvelle édition, Declée de Brouwer, Paris, 1953(村上仁訳:精神分裂病—分裂性格者および精神分裂病者の精神病理学.みすず書房,1954)
10) 宮本忠雄:精神分裂病の世界.紀伊國屋書店,1977
11) 宮本忠雄:妄想研究とその周辺.弘文堂,1982
12) 宮本忠雄:精神療法と自己治癒—とくに内因性精神病の場合.臨床精神医学 14:1011-1017, 1985
13) Miyashita M, Watanabe T, Ichikawa T, et al:The regulation of soluble receptor for AGEs contributes to carbonyl stress in schizophrenia. Biochem Biophys Res Commun 479:447-452, 2016
14) 永田俊彦:精神疾患における自己治癒.精神科治療学 9:839-846, 1994
15) 中井久夫:分裂病と人類.東京大学出版会,1982
16) 中安信夫:分裂病症候学—記述現象学的記載から神経心理学的理解へ.星和書店,1991
17) 大熊輝雄:現代臨床精神医学,改訂第2版.金原出版,1983
18) Schultze-Lutter F, Ruhrmann S, Fusar-Poli P, et al:Basic symptoms and the prediction of first-episode psychosis. Curr Pharm Des 18:351-357, 2012
19) Tellenbach H:Melancholie. Zur Problemgeschichte, Typologie, Pathogenese und Klinik, 4, Aufl., Springer, Heidelberg, 1983(木村敏訳:メランコリー(改訂増補版),みすず書房,1985)
20) 内海健:分裂病の消滅—精神病理学を超えて.青土社,2003

掲載誌情報

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN:1882-126X

印刷版ISSN:0488-1281

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