文献詳細
文献概要
特集 「統合失調症」再考(Ⅰ)
統合失調症の減少と軽症化はあるのか
著者: 須賀英道1
所属機関: 1龍谷大学短期大学部社会福祉学科
ページ範囲:P.1019 - P.1027
文献購入ページに移動はじめに
統合失調症が日本で減少してきたことや軽症化もみられることは,多くの精神科医が指摘していることである。これは日本に限ったことではなく,海外でも統合失調症は消えて行くのではないか5)とまで言われて久しい。多くの精神科医がその傾向を感じる中で,日本では根拠のないことは何も言えないといった風潮がある。日本では最近の疫学調査が十分なされておらずエビデンスがないため当然かもしれない。しかし,この見方はエビデンス医学の視点であり,科学者にとっては手法として今後も続けるべきであるが,臨床現場で精神科に従事する医師の誰もがあるべき見方でもないだろう。
逆に,臨床家がエビデンス手法の束縛によって患者と接する日頃の臨床の場で何も言えなくなっていく30)ことのほうが怖くもある。村上陽一郎の言葉を借りれば,精神科医には科学者もいれば,臨床家もあり得るということである。一人の臨床家としてこの場を借りて,誰もが感じている統合失調症の減少と軽症化について言及し,今後の疫学調査など研究にも波及することを望むところである。
最近の臨床現場で,統合失調症の初発患者との出会いが四半世紀前に比して少なくなり,また軽症化していると,多くの精神科医が感じているのは事実である。これは,気分障害や,不安障害,発達障害,認知症の患者に接することが増え,統合失調症とのかかわりの頻度が相対的に減ったこともある。また,入院の必要とされるような精神病症状の目立つケースについては,行政区域内で規定された病院に受診となるようなルートの確立によって一極化が生じ,一般精神科医のもとに来なくなったこともあろう。こうした最近の流れが,減少と軽症化のイメージをより強めているとも言える。ここでは,一元的な見方でなく,さまざまな視点から統合失調症の減少と軽症化について考察してみたい。
統合失調症が日本で減少してきたことや軽症化もみられることは,多くの精神科医が指摘していることである。これは日本に限ったことではなく,海外でも統合失調症は消えて行くのではないか5)とまで言われて久しい。多くの精神科医がその傾向を感じる中で,日本では根拠のないことは何も言えないといった風潮がある。日本では最近の疫学調査が十分なされておらずエビデンスがないため当然かもしれない。しかし,この見方はエビデンス医学の視点であり,科学者にとっては手法として今後も続けるべきであるが,臨床現場で精神科に従事する医師の誰もがあるべき見方でもないだろう。
逆に,臨床家がエビデンス手法の束縛によって患者と接する日頃の臨床の場で何も言えなくなっていく30)ことのほうが怖くもある。村上陽一郎の言葉を借りれば,精神科医には科学者もいれば,臨床家もあり得るということである。一人の臨床家としてこの場を借りて,誰もが感じている統合失調症の減少と軽症化について言及し,今後の疫学調査など研究にも波及することを望むところである。
最近の臨床現場で,統合失調症の初発患者との出会いが四半世紀前に比して少なくなり,また軽症化していると,多くの精神科医が感じているのは事実である。これは,気分障害や,不安障害,発達障害,認知症の患者に接することが増え,統合失調症とのかかわりの頻度が相対的に減ったこともある。また,入院の必要とされるような精神病症状の目立つケースについては,行政区域内で規定された病院に受診となるようなルートの確立によって一極化が生じ,一般精神科医のもとに来なくなったこともあろう。こうした最近の流れが,減少と軽症化のイメージをより強めているとも言える。ここでは,一元的な見方でなく,さまざまな視点から統合失調症の減少と軽症化について考察してみたい。
参考文献
1) American Psychiatric Association:Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, 4th edition, revised. APA, Washington DC, 2000
2) American Psychiatric Association:Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, 5th edition(DSM-5). American Psychiatric Association Publishing, VA, 2013(髙橋三郎,大野裕監訳,DSM-5精神疾患の診断・統計マニュアル.医学書院,2014)
3) Castle D, Wessely S, Der G, et al:The incidence of operationally defined schizophrenia in Camberwell, 1965-84, Br J Psychiatry 159:790-794, 1991
4) Chien IC, Chou YJ, Lin CH, et al:Prevalence and incidence of schizophrenia among national health insurance enrollees in Taiwan, 1996-2001. Psychiatry Clin Neurosci 58:611-618, 2004
5) Der G, Guppa S, Murray R:Is schizophrenia disappearing? Lancet 335:513-516, 1990
6) Eagles JM, Hunter D, McCance C:Decline in the diagnosis of schizophrenia among first contacts with psychiatric services in north-east Scotland, 1969-1984. Br J Psychiatry 152:793-798, 1988
7) Fuse-Nagase Y, Miura J, Namura I, et al:Decline in the severity or the incidence of schizophrenia in Japan:A survey of university students. Asian J Psychiatr 24:120-123, 2016
8) 浜田芳人,太田保之,中根允文:長崎県の対馬島における統合失調症の疫学研究.精神経誌 108:117-131, 2006
9) Hanoeman M, Selten JP, Kahn RS:Incidence of schizophrenia in Surinam. Schizophrenia Res 54:219-221, 2002
10) 広沢正孝:統合失調症と広汎性発達障害.臨床精神医学 37:1515-1523, 2008
11) 堀輝:統合失調症におけるドーパミンD3受容体の関与—認知機能改善作用を中心に.精神科 24:570-575, 2014
12) 市橋秀夫:1970年から2000年までに我が国でどのような価値観の変動があったか.精神科治療学 15:1117-1125, 2000
13) 市橋秀夫:軽症化はなぜ進行したのか.こころの科学 168:20-25, 2013
14) 加藤敏:統合失調症の現在 進化論に注目して.精神経誌 111:335-346, 2009
15) 木下裕久,中根秀之:統合失調症の疫学.精神科 26:4-9, 2015
16) Linscott RJ, van Os J:An updated and conservative systematic review and meta-analysis of epidemiological evidence on psychotic experiences in children and adults:on the pathway from proneness to persistence to dimensional expression across mental disorders. Psychol Med 43:1133-1149, 2013
17) 宮本忠雄,水野美紀:分裂病の軽症化をめぐって.臨床精神医学 18:1187-1192, 1989
18) 中根允文:疫学.佐藤光源,井上新平編:統合失調症治療ガイドライン.pp7-15,医学書院,2004
19) 野口正行,加藤敏:統合失調症の発病率と症状についての文化精神医学知見.精神医学 47:464-574, 2005
20) 荻野恒一:文化精神医学入門.星和書店,1976
21) 岡崎祐士:精神分裂病軽症例における診断学的問題点—早期診断と治療導入のために軽症例をどう捉えるか.精神科診断学 13:7-14, 2002
22) Sartorius N, Jablensky A, Korten A, et al:Early manifestation and first contact incidence of schizophrenia in different cultures. A preliminary report on the initial evaluation phase of the WHO Collaborative Study on determinants of outcome of severe mental disorders. Psychol Med 16:909-928, 1986
23) 関忠盛:分裂病像の時代的変遷.臨床精神医学 9:5-13, 1980
24) Selten JP, Lundberg M, Rai D, et al:Risks for nonaffective psychiatric disorder and bipolar disorder in young people with autism spectrum disorder:a population-based study. JAMA Psychiatry 72:483-489, 2015
25) 柴山雅俊:最近の解離性同一性障害.臨床精神医学 45:43-49, 2016
26) 篠山大明,本田秀夫:自閉性スペクトラム症は増えているのか.臨床精神医学 45:29-34, 2016
27) Stoll AL, Tohen M, Baldessarini RJ, et al:Shifts in diagnostic frequencies of schizophrenia and major affective disorders at six North American psychiatric hospitals, 1972-1988. Am J Psychiatry 150:1668-1673, 1993
28) 須賀英道:急性精神病の変遷と今後の可能性.第111回日本精神神経学会学術総会抄録集.117(5282):2015
29) 須賀英道:統合失調症は軽症化しているか.臨床精神医学 45:5-12, 2016
30) 須賀英道:「DSM世代」の精神科医にはどんな伝統的精神医学の知恵が求められるのか.精神経誌(印刷中 2017)
31) Suvisaari JM, Haukka JK, Tanskanen AJ, et al:Decline in incidence of schizophrenia in Finnish cohorts born from 1954 to 1965. Arch Gen Psychiatry 56:733-740, 1999
32) 高沢彰:「軽症化」の実感.こころの科学 168:37-40, 2013
33) 武井教使:統合失調症は軽症化しているか.こころの科学 168:71-76, 2013
34) 利谷健治,小林聡幸,大澤卓郎,他:統合失調症初診症例は減少しているのか?—大学病院・総合病院精神科外来での初診割合の調査.精神経誌 108:694-704, 2006
35) 上ノ山寛:精神科クリニックの現場から.こころの科学 168:31-36, 2013
36) Van Os J, Kapur S:Schizophrenia. Lancet 374:635-645, 2009
37) Woogh C:Is schizophrenia on the decline in Canada? Can J Psychiatry 46:61-67, 2001
38) Wyatt RJ:Neuroleptics and the natural course of schizophrenia. Schizophr Bull 17:325-351, 1991
39) Zubin J, Margaziner J, Steinhaver SR:The metamorphosis of schizophrenia:from chronicity to vulnerability. Psychol Med 13:551-571, 1983
掲載誌情報