icon fsr

文献詳細

雑誌文献

精神医学59巻2号

2017年02月発行

文献概要

オピニオン 精神科医にとっての薬物療法の意味

精神科医はパーソナリティに処方する

著者: 松木邦裕12

所属機関: 1ちはやACTクリニック 2京都大学

ページ範囲:P.124 - P.126

文献購入ページに移動
はじめに
 先日,20代後半の男性が公立医療機関から紹介されてきた。診断は主診断が統合失調症,副診断が発達障害であった。その処方には抗精神病薬,抗不安薬,抗うつ薬(SSRI),抗てんかん薬が含まれていた。
 前医療機関での統合失調症の診断は,司法で心神喪失と判断された行動があったからである。それまで発症は大学卒業後とされていたが,私の初診では中学から幻聴が始まっていることが判明した。統合失調症であることは,すでにこの男性に会っていた別の精神科医師も同意した。私が診たところ,統合失調症ではあるが,発達障害という診断の根拠はなかった。
 さて,処方に目を向けると,抗精神病薬が与えられているのは了解できる。それでは,他の薬物の投与はなぜなのかである。男性と話すと,その男性がある苦しい考えが浮かんでくると訴えたことから,この抗うつ薬が出始めたと言う。どうやら前医は強迫観念と捉え,SSRIを出したようであった。それにしても強迫症状に使うには半端な量であった。何より,その訴えは明らかに自生思考であった。抗てんかん薬は,彼が看護師に乱暴な行為をしたことがあったために処方されていたことが判明した。気分安定薬として衝動性を抑制する目的であったようだ。抗不安薬については,彼が執拗に訴える発作性の‘頭痛’が知覚過敏と診立てられたことによるものであるようだった。この症状が発達障害の診断の根拠とされていた。しかし私が問診すると,この頭痛は,当然ながら筋緊張性でも血管性でもなく,それは体感幻覚と診立てられるものだった。すなわち,彼の症状は,自生思考,体感幻覚,聴覚性幻覚と,統合失調症における自我の分裂と投影のプロセスを現象的に明示していると理解できた。
 そこで私は,すでに投与されている抗精神病薬では陽性症状に十分対応できていないと判断し,また精神運動興奮が起こりやすくなっていると診立てたので,患者と話し合いながら,抗精神病薬と抗不安薬の種類と量を変え,抗うつ薬,抗てんかん薬は止めた。自生思考は残っているが,幻聴はなく,‘頭痛’の出現は皆無である。それによって‘頭痛’への不安は大幅に緩和され,彼は落ち着いた日常生活での行動範囲を広げている。
 私には前医の処方は,客の訴える症状に直に対応する薬を次々に持ち出すドラッグストア店員と変わらないように見える。いや,客の様子を見て考えながら薬を出すドラッグストア店員もいるだろうから,その店員のほうがましである。この前医のように,精神科医は病態を系統的かつ包括的に検討しなくなったのだろうか。DSMをポケットに入れ,それに当てはめて重複的に診断し,○○病の診療ガイドラインに書かれている基準処方に適った薬剤を処方すれば済むとしているのだろうか。

掲載誌情報

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN:1882-126X

印刷版ISSN:0488-1281

雑誌購入ページに移動
icon up
あなたは医療従事者ですか?