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雑誌目次

雑誌文献

精神医学59巻8号

2017年08月発行

雑誌目次

特集 国連障害者権利条約と権利ベースのアプローチ

特集にあたって

著者: 粟田主一

ページ範囲:P.709 - P.712

障害者権利条約と精神保健福祉医療
 2014年1月20日に日本政府は国際連合(以下,国連)の「障害者の権利に関する条約」(以下,障害者権利条約)を批准した。
 本条約は,「全ての障害者によるあらゆる人権及び基本的自由の完全かつ平等な享有を促進し,保護し,及び確保すること並びに障害者の固有の尊厳の尊重を促進すること」(第1条)を目的とし,障害者の権利を実現するために,締約国が「全ての適当な立法措置,行政措置,その他の措置をとること」を一般義務として定めている(第4条)。たとえば,「障害に基づくあらゆる差別(合理的配慮の否定を含む)の禁止」(第5条),「障害者の社会参加と社会的包容の促進」(第19条),「条約の実施を監視する枠組みの設置」(第33条)などが規定されている。

障害のある人の権利とわが国の精神保健・医療・福祉

著者: 池原毅和

ページ範囲:P.713 - P.720

はじめに
 21世紀初の国際人権条約である障害者の権利に関する条約(Convention on the Rights of Persons with Disabilities;障害者権利条約)。2006年国連総会採択,2014年日本国批准)は,他の人々に保障されてきた人権が障害のある人には十分に保障されてこなかった歴史的社会的状況に鑑みて,他の人々に保障されてきた人権を障害のある人にももれなく保障されるようにあらためて権利章典化したものであり,障害のない人には保障されていない権利を障害のある人だけに新たに認める人権条約ではない。しかし,その中心的な原理である平等性と社会的包容化(social inclusion)の保障,障害を人間の多様性の一部として尊重し(同条約3条),障害のある心身がそのままの状態で尊重されるべきこと(integrityの保障)を定める規定(同条約17条)などは,精神障害を予防,治療の対象として望ましくない改善されるべき状態と考えてきた精神保健医療のあり方に根本的な転換を求めている。また,障害のある人に対する合理的配慮を社会が負担すべきものとする規定(同条約2条)は,障害のある人に対する福祉的支援について,障害のある人の側に変更を求めるのではなく社会の側に変更を求める支援のあり方への転換を求めている。
 本稿では,障害者権利条約が改めて明らかにした平等性と社会的包容化,多様性とintegrityの保障の視点を中心に21世紀に切り拓かれた障害のある人の権利がわが国の精神保健医療福祉にどのようにかかわっていくかを概説したい。

国連障害者権利条約からみたわが国の精神保健福祉法

著者: 太田順一郎

ページ範囲:P.721 - P.729

障害者権利条約批准に向けた法整備の経緯
 2014年1月20日,日本政府は障害者権利条約を批准し,2月19日に条約は効力を発生した。障害者権利条約は2006年12月に第61回国際連合(以下,国連)総会で採択されたもので,2007年9月にはわが国もこの条約に署名した。国際条約は憲法には優位しないが国内法よりは上位に位置付けられるものであり,国内法制度の諸規定は条約に沿ったものでなければならない。このため政府は,障害者権利条約の批准に向けて国内法制の整備を進めることになった。
 政府は,2009年12月に内閣総理大臣を本部長として障がい者制度改革推進本部を設置し,2010年1月には障害者,学識経験者からなる障がい者制度改革推進会議(以下,「推進会議」)を招集。この推進会議が中心となって障害者福祉に関連した法規,制度の見直しが進められることとなった。

精神障害とともに生きる人々のための権利ベースのアプローチ—精神保健医療福祉領域のソーシャルワークを中心に

著者: 岩崎香

ページ範囲:P.731 - P.737

はじめに
 障害者権利条約に示されている社会モデルに根差した支援について,社会福祉領域では国際連合(以下,国連)での条約採択以前から,専門職養成の中で取り上げてきた。しかし,理念と実践には大きな溝があり,それは未だに埋められてはいない。権利条約に示されている障害のある人とない人の平等が実現するには,私たち支援者にも乗り越えなければならない課題があり,それは私たちが単独で取り組むだけでは解消することが困難なものも多くある。目の前で支援を求めている人たちに対する支援だけでなく,同じ社会に生きている人たちの理解を得ていくために私たちにできることは何かを考え,実践していく必要がある。
 権利条約の批准によって,一歩前に進んだ感はあるが,今後着実な歩みを続けていくために,何をなすべきなのか。精神保健医療福祉領域におけるソーシャルワーカー(精神保健福祉士;PSW)の歴史と現状を踏まえつつ考えてみたい。

認知症とともに生きる人々のための権利と権利ベースのアプローチ

著者: 林真由美

ページ範囲:P.739 - P.748

はじめに
 スコットランドは,認知症とともに生きる人々の「権利」を世界に先駆けて明確に打ち出したパイオニアであり,リーダーである。2009年には,当事者参画による『スコットランド認知症の人とケアラーの権利憲章』(以下,『権利憲章』)28)が策定された。この権利憲章の基盤にあるのは,1990年代後半より国際連合(以下,国連)機関が推進しているRights-Based Approach/権利ベースのアプローチ(以下,RBA)35)と,2006年に国連で採択された「障害者の権利に関する条約」(以下,「障害者権利条約」)36)である。その後のスコットランドの一連の認知症政策,指針,実践においても,それぞれすべての基盤にあるのはRBA,「障害者権利条約」,『権利憲章』である。そして,認知症政策,指針,実践の策定過程においても,RBAに不可欠な「当事者参画」が確保された。
 近年,このスコットランド発「認知症と権利」の動きが,急速に国際的な拡がりをみせている。2015年に世界保健機関(WHO)が,認知症とともに生きる人々の権利やRBAの重要性を強調した40)のを筆頭に,現在,認知症権利運動(dementia rights movement)が国連をも巻き込んで国際展開している状況である19)。この運動を牽引しているのは,認知症当事者団体「国際認知症同盟(Dementia Alliance International)」や,「国際アルツハイマー病協会(Alzheimer's Disease International)」など,国際レベルで活動する市民団体や組織である4,9)
 国レベルでも,スコットランドを超えてイギリス全体で認知症権利運動が加速しており,とりわけイギリス当事者団体「認知症政策シンクタンク(Dementia Policy Think Tank)」,イギリス当事者団体全国ネットワーク「ディープ(DEEP:Dementia Engagement and Empowerment Project)」,「メンタルへルス財団(Mental Health Foundation)」の活動が注目に値する10,17)。また2017年5月に当事者参画により策定されたイギリスの『認知症声明』では,5つの声明すべてに「権利」が掲げられ,それら権利は国際人権規約で守られた権利であることが明記された8)
 これら市民団体による認知症権利運動と並行して,最新の動向で注視すべきは,イギリスの障害者分野の研究者らが,障害権利(disability rights)の理論,運動,実践の長年の実績を応用しながら,新鮮な視点で「認知症と権利」の議論,特に「認知症とともによく生きると権利」の議論を展開し,その発展に寄与していることである30)
 こうしたスコットランドをはじめとして,国際的に認知症と権利の議論が展開し,実際に権利やRBAを基盤に置く認知症政策や実践が確立されてきているのとは対照的に,日本では,「認知症と権利」の建設的な議論はまだ端緒についたばかりである。その一因には「権利」の概念が否定的に受け止められることもある歴史,文化,社会的要素が挙げられよう37,41)。そこで本稿では,日本で「認知症と権利」や「認知症とともによく生きると権利」の議論を展開していく前提として,基礎理解に寄与することを目的に,主にスコットランドを例に挙げ,RBAに不可欠な当事者参画,認知症の人の権利,RBAについて概観する。その上で,近年日本を含む世界の先進諸国において,認知症政策や実践の共通目標として台頭し確立してきた「認知症とともによく生きる」ことについて,認知症の人の権利と関連させながら批判的に考察する。

展望

自殺予防の最近の潮流

著者: 張賢徳

ページ範囲:P.749 - P.757

はじめに
 本稿では自殺予防の潮流を展望する。あることの展望を述べるためには,これまで積み重ねられてきた歴史を振り返っておく必要がある。自殺予防の理念,方策,実践的活動の来し方について,まず世界保健機関(World Health Organization;WHO)の公式連携機関である国際自殺予防学会(International Association for Suicide Prevention;IASP)の歴史と活動を概観する。これによって,その創設者が自殺未遂者の治療にかかわってきた精神科医であったこと,自殺未遂者のケアには狭義の医学的治療だけでは不十分で心理社会的な支援が必要であること,自殺予防には医学だけではなく多くの領域や社会的活動が関与すること,「自殺は予防可能である」という理念がまだ十分に浸透しているとは言えないことなどを知ることができる。
 次いで,日本自殺予防学会(Japanese Association for Suicide Prevention;JASP)の歴史と活動を概観する。JASPはIASPの公式な連携組織であるが,その発足はIASPの模倣ではなく,独自に起こったものである。JASPならではの特徴がいくつか挙げられる。1つは創設者が保健所長であり,発足当初から政府に対して,精神医学にとどまらない自殺予防活動に関する要望書を提出していたこと。もう1つは,発足当初からいのちの電話と協働し,いのちの電話が社会的活動を担う形となり,結果としていのちの電話と併せてIASP的な存在になっていたこと。また,社会全体が自殺予防の気運に欠く中,人材の不足もあり,年次学術集会の不開催をはじめ,活動の低迷期が長かったことも特徴の1つといえる。しかし,2007年以降,年次学術集会の開催が確立され,2016年5月18〜21日に東京で第7回国際自殺予防学会アジア・太平洋地域大会開催をIASPから任されるまでになった。
 上記2団体以外にも自殺予防活動を主たる任務とする団体は他にもあるが,本稿では,精神科医が多く所属し,かつWHOと連携を持つこれら2つの団体に焦点を絞ることとする。そして,第7回国際自殺予防学会アジア・太平洋地域大会についても主要セッションを概説し,自殺予防の潮流について考察したい。

研究と報告

長期間経過を観察したアルツハイマー病患者におけるMMSE得点の経時的変化—緩徐進行性患者の不均一さの背景

著者: 笠巻海音 ,   小林沙世 ,   加藤梓 ,   佐藤卓也 ,   佐藤厚 ,   今村徹

ページ範囲:P.759 - P.768

抄録
 長期間経過を観察したアルツハイマー病(AD)を対象として,認知機能障害の経過の不均一さの背景を検討した。物忘れ外来初診7年後時点でMMSEが施行できたAD患者17症例において,初診7年後のMMSE得点から初診1年後の得点を減じたMMSE変化量を求め,症例の各属性との関係を検討した。教育歴に有意な回帰係数が得られ(t=−2.34,p<.05),教育年数が12年以上の高学歴患者で6年間のMMSE得点の低下がより大きかった。教育歴を共変量とする重回帰分析では,ApoE4の偏回帰係数が有意ではないものの傾向を示し(t=1.96,p<.10),ApoE4を有さない患者で6年間のMMSE得点の低下が小さい傾向がみられた。高学歴患者は病前の高い知的レベルのために,初診1年後時点でADの重症度に見合ったものよりも高いMMSE得点が得られていたことが考えられる。そのため高学歴患者は,MMSEの低下速度が極端に緩徐ではなくても本研究の対象に含まれやすくなっていたと思われる。ApoE4を有さない患者で認知機能障害の進行がより緩徐である傾向がみられた。ApoE4を有さない患者の中に,進行が極めて緩徐であるという特徴が報告されている辺縁系神経原線維変化認知症(LNTD)や嗜銀顆粒性認知症(AGD)が含まれていると考えると,この結果を説明できる。

統合失調症男性患者における舌圧および握力の年齢変化の検討

著者: 外山佳孝 ,   石谷静江 ,   須川毅 ,   森田有紀子 ,   寺本英已

ページ範囲:P.769 - P.777

抄録
 嚥下障害のない40〜79歳の男性統合失調症患者(52例)と健常者(48例)について握力,舌圧と薬の1日服用量(CP換算量,BPD換算量,DAP換算量)について検討した。統合失調症患者の舌圧と握力はどの年代でも健常者と比較して有意差(p<0.05)をもって低下していた。健常者では年齢と舌圧,年齢と握力および舌圧と握力に相関を認めたが,統合失調症患者では年齢と握力のみ弱い相関を認めた。統合失調症患者の舌圧や握力は1日服用量と相関はなかった。40歳台の統合失調症患者の舌圧平均は70歳台の健常者の舌圧平均より低下しており(p<0.05),窒息などの可能性を考慮すべき状態と考えられた。

資料

精神科救急入院患者レジストリを用いた措置入院者の臨床特徴の緊急解析

著者: 杉山直也 ,   長谷川花 ,   野田寿恵 ,   瀬戸秀文 ,   島田達洋 ,   椎名明大 ,   藤井千代

ページ範囲:P.779 - P.788

抄録
 相模原市障害者施設殺傷事件を受け,措置入院制度が見直される中,精神障害者の処遇には慎重であらねばならない。事態を正確に捉え,正しく対策するための基礎資料とすべく,2011年度から5年間の入院者について,精神科救急入院患者レジストリを用い,措置入院者と医療保護入院者の臨床的特徴の違いを明らかにした。性別,年齢,罹病期間,治療中断,重症度,症状などで有意差がみられ,措置入院者では住所不定,依存乱用の併存が多いなど,配慮事項が多かった。措置入院者に対して一定の臨床的配慮は必要と考えられるが,一律の管理的対応をとる必要性根拠は見出されず,地域ケア体制の充実や医療外資源の早急な整備強化などが求められる。

論文公募のお知らせ

テーマ:「東日本大震災を誘因とした症例報告」

ページ範囲:P.712 - P.712

「精神医学」誌では,「東日本大震災を誘因とした症例報告」(例:統合失調症,感情障害,アルコール依存症の急性増悪など)を募集しております。先生方の経験された貴重なご経験をぜひとも論文にまとめ,ご報告ください。締め切りはございません。随時受け付けております。
ご論文は,「精神医学」誌編集委員の査読を受けていただいたうえで掲載となりますこと,ご了承ください。

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今月の書籍

ページ範囲:P.789 - P.789

次号予告

ページ範囲:P.790 - P.790

編集後記

著者:

ページ範囲:P.794 - P.794

 相模原障害者施設殺傷事件から1年が過ぎる。「すべての人間は,生まれながらにして自由であり,かつ,尊厳および権利において平等である。人間は,理性および良心を授けられており,たがいに同胞愛の精神をもって行動しなければならない」—1948年の国連総会で採択された世界人権宣言の第1条である。なぜこのような文言が生み出されたのか。私たちはそのことを思い,人権が侵害される要因と構造を徹底的に分析し,それを変化させるところから始める必要があるのではないかと考える。
 本誌では,「国連障害者権利条約と権利ベースのアプローチ」という特集テーマで,法律家の池原毅和氏,精神科医の太田順一郎氏,精神保健福祉士の岩崎香氏,認知症政策研究者の林真由美氏に論文を執筆していただいた。いずれも,わが国の精神保健福祉法,精神保健福祉医療,認知症施策のあり方を問うものであり,本誌を手にするすべての読者に読んでいただければと願っている。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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