ランキング
お知らせ
ログイン
ランキング
お知らせ
ログイン
雑誌詳細
文献概要
研究と報告
長崎市の原爆被爆者における長期経過後の精神的影響—第3報：急性放射線症状と〈死の烙印〉の呪縛
著者： 太田保之1 三根真理子2
所属機関： 1西九州大学大学院生活支援科学研究科リハビリテーション学専攻 2長崎大学原爆後障害医療研究所
ページ範囲：P.863 - P.872
抄録
原子爆弾被爆後に急性放射線症状を呈した急性症状(＋)群と呈していなかった急性症状(−)群との間で，急性放射線症状が長期経過後に及ぼしている精神的影響について分析した。評価尺度は，被爆体験によるPTSD症状を測定するIES-Rと精神的健康度を評価するGHQ-12である。急性症状(＋)群は急性症状(−)群に比べ，1)IES-RおよびGHQ-12高得点者率は有意に高値であり，2)「現在罹患していると思っている疾患数」と「原爆と関係があると思っている罹患疾患数」も有意に多く，3)主観的健康感も有意に悪かった。また，4)自分が〈被爆者である〉ことを黙秘した体験を有する人も有意に多かった。これらの所見は，1)殺戮的な破壊力を有する原爆の熱線や爆風によって生死にかかわる甚大な身体的傷害を受けた上に，一瞬にして阿鼻叫喚の原子野に曝されたという戦慄的体験，2)紙一重の差で生命だけは救われたという安堵の気持ちを激しく揺さぶる驚愕的体験(自己の体内にも密かに残された可能性が高い「原爆の発する〈死の烙印〉」を意識せざるを得ない体験)という二重のトラウマ体験に基づいていると考えられる。
原子爆弾被爆後に急性放射線症状を呈した急性症状(＋)群と呈していなかった急性症状(−)群との間で，急性放射線症状が長期経過後に及ぼしている精神的影響について分析した。評価尺度は，被爆体験によるPTSD症状を測定するIES-Rと精神的健康度を評価するGHQ-12である。急性症状(＋)群は急性症状(−)群に比べ，1)IES-RおよびGHQ-12高得点者率は有意に高値であり，2)「現在罹患していると思っている疾患数」と「原爆と関係があると思っている罹患疾患数」も有意に多く，3)主観的健康感も有意に悪かった。また，4)自分が〈被爆者である〉ことを黙秘した体験を有する人も有意に多かった。これらの所見は，1)殺戮的な破壊力を有する原爆の熱線や爆風によって生死にかかわる甚大な身体的傷害を受けた上に，一瞬にして阿鼻叫喚の原子野に曝されたという戦慄的体験，2)紙一重の差で生命だけは救われたという安堵の気持ちを激しく揺さぶる驚愕的体験(自己の体内にも密かに残された可能性が高い「原爆の発する〈死の烙印〉」を意識せざるを得ない体験)という二重のトラウマ体験に基づいていると考えられる。
参考文献
1) 秋月辰一郎：死の同心円—長崎被爆医師の記録．長崎文献社，2012
2) Asukai N, Kato H, Kawamura N, et al：Reliability and validity of the Japanese-language version of the Impact of Event Scale-Revised(IES-R-J)：Four studies of different traumatic events. J Nerv Ment Dis 190：175-182, 2002
3) Douple EB, Mabuchi K, Cullings HM, et al：Long-term radiation-related health effects in a unique human population：Lessons learned from the atomic bomb survivors of Hiroshima and Nagasaki. Disaster Med Public Health Prep 5：S122-S133, 2011
4) Favaro A, Rodella FC, Colombo G, et al：Post-traumatic stress disorder and major depression among Italian Nazi concentration camp survivors：A controlled study 50 years later. Psychol Med 29：87-95, 1999
5) Goldberg DP：The Detection of Psychiatric Illness by Questionnaire. A Technique for the Identification and Assessment of Non-psychotic Illness. Maudsley Monographs No21. Oxford University Press, London, 1972
6) 服部達太郎：原爆—ある被爆医師の証言．宇野書店，1969
7) 蜂谷道彦：ヒロシマ日記．日本ブックエース，2012
8) 広島市・長崎市原爆災害誌編集委員会：原爆災害—ヒロシマ・ナガサキ．岩波書店，2007
9) 近藤克則：健康格差社会—何が心と健康を蝕むのか．医学書院，2014
10) 小沼十寸穂，古谷誠，久保攝二：原爆症後遺症としての間脳症候群．日本医事新報1547：4853-4860, 1953
11) Lifton RJ：Death in Life：Survivors of Hiroshima. University of North Carolina Press, Chapel Hill, 1991(桝井迪夫，湯浅信之，越智道雄，他訳：ヒロシマを生き抜く—精神史的考察(上)(下)．岩波書店，2009)
12) 毎日新聞：〈被爆手帳申請〉なお303件「差別」に長年ためらい．2016年7月31日
13) 三根真理子，横田賢一，本田純久，他：被爆直後の急性症状に関する調査報告について．長崎医学会雑誌73：254-256, 1998
14) 中島正洋：放射線障害．長崎・ヒバクシャ医療国際協力会(編)：21世紀のヒバクシャ—世界のヒバクシャと放射線障害研究の最前線．長崎新聞新書，pp105-117, 2011
15) 長崎市原爆被爆対策部援護課：原爆被爆者面接記録(全12巻)．長崎市原爆被爆対策部，1997
16) 長崎市原爆被爆対策部援護課：健康意識調査報告書．長崎市原爆被爆対策部，2004
17) 長崎大学大学院医歯薬学総合研究科原爆後障害医療研究施設・長崎医学同窓会：長崎医科大学と原爆—被爆60周年記念誌．長崎大学，2006
18) NGO被爆問題国際シンポジウム長崎準備委員会・長崎報告作成専門委員会：原爆被爆の真相—長崎レポート．NGO被爆問題国際シンポジウム長崎準備委員会，1977
19) NHK：NHKスペシャル「原爆救護—被爆した兵士の歳月」．2016年8月6日(放送)
20) 日本被団協：原爆被害者調査—ヒロシマ・ナガサキ 生と死の証言．新日本出版社，1994
21) 大澤真幸：夢よりも深い覚醒へ—3.11後の哲学．岩波書店，2012
22) Ohta Y, Mine M, Wakasugi M, et al：Psychological effect of the Nagasaki atomic bombing on survivors after half a century. Psychiatry Clin Neurosci 54：97-103, 2000
23) 太田保之：原子爆弾被爆住民の長期経過後の精神的影響．臨床精神医学31(増刊)：146-151, 2002
24) 太田保之，小澤寛樹，朝長万左男，他：被爆体験者実態調査報告書．長崎県・長崎市，2004
25) 太田保之，三根真理子：長崎市の原爆被爆者における長期経過後の精神的影響．精神医学54：871-880, 2012
26) 太田保之，三根真理子：長崎市の原爆被爆者における長期経過後の精神的影響(第2報)〈被爆者である〉ことの黙秘にみる永続的な苦悩．精神医学55：273-282, 2013
27) 太田保之，三根真理子，吉峯悦子：PTSD既往歴者の長期経過後におけるPTSD症状の発現率特性—長崎市の原爆被爆体験者のPTSD有病率調査を通して．臨床精神医学42：1049-1057, 2013
28) 太田保之，三根真理子，吉峯悦子：原子野のトラウマ—被爆者調査再検証 こころの傷をみつめて．長崎新聞社，2014
29) 太田保之：原子野のトラウマ体験と永続化する被爆者の苦悩．日社精医誌25：132-140, 2016
30) 塩月正雄：初仕事は“安楽殺”だった—昭和20年8月9日の証言．光文社，1978
31) Thompson DE, Mabuchi K, Ron E, et al：Cancer incidence in atomic bomb survivors. Part Ⅱ. Solid tumors, 1958-1987. Radiat Res 137：S17-S67, 1994
32) 築城士郎，杠葉竹二，安蔵英之輔，他：原子爆弾被爆者についての精神医学的調査．長崎医学会雑誌33：637-639, 1958
33) 都築正男：所謂「原子爆弾傷」に就て—特に医学の立場からの対策．総合医学2：1-6, 1945
34) 都築正男：慢性原子爆弾症について．日本医事新報1556：783-789, 1954
35) 都築正男：医学の立場から見た原子爆弾の災害．医学書院，1954
36) Yamada M, Kodama K, Wong FL：The long-term psychological sequelae of atomic-bomb survivors in Hiroshima and Nagasaki. In：Ricks RC, Berger ME' O, Hare FM, Jr, ed. The Medical Basis for Radiation-Accident Preparedness, Ⅲ. Elsevier Science Publishing Company, Inc., Amsterdam, pp155-163, 1991
37) Yamada M, Izumi S：Psychiatric sequelae in atomic bomb survivors in Hiroshima and Nagasaki two decades after the explosions. Soc Psychiatry Psychiatr Epidemiol 37：409-415, 2002
38) 横田賢一，三根真理子，近藤久義，他：長崎原爆における被爆距離別の急性症状に関する研究．長崎医学会雑誌73：247-250, 1998
39) Weiss DS：The Impact of Event Scale-Revised. In：Wilson JP, Keane TM, ed：Assessing Psychological Trauma and PTSD, The Guilford Press, New York, pp168-189, 2004
40) Wong FL, Yamada M, Sasaki H, et al：Noncancer disease incidence in the atomic bomb survivors：1958-1986. Radiat Res 135：418-430, 1993
掲載雑誌情報
