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雑誌目次

論文

精神医学6巻12号

1964年12月発行

雑誌目次

展望

精神薬物療法の精神力動

著者: 西園昌久

ページ範囲:P.877 - P.893

I.はじめに
 1952年,chlorpromazineが,精神治療薬として登場して以来,おびただしい向精神薬が現われてきた。そのなかで,臨床的に作用をもつと考えられているものの数をあげてみると,phenothiazine系化合物で50種をこえ,phenothiazine類似の核をもつもの,たとえばchlorprothixene,imipramineamitriptylineなどの系統のもの28種,reserpineおよびそれに類似の化合物9種,最近新たに脚光をあびはじめたbutyrophenone系化合物12種,その他,minor tranquilizerや中枢興奮剤を加えるとおびただしいものになる。
 このように数多くの種類の薬剤が実際にどの程度,使われているかということを,九州大学付属病院精神科の場合を例にとつて示してみると,第1表のようになる。調査当時九大には15診療科があつたわけであるが,そのなかで薬がもつとも処方されるのは精神科なのである。九大付属病院で調剤される薬の20%前後が精神科からのものであるということは驚くべき事実といえよう(第1表)。

研究と報告

Paranoia-frageに関する一考察—「漱石の病跡」より

著者: 千谷七郎

ページ範囲:P.895 - P.901

 本日は「憂うつ症」がシンポジアムに選ばれましたので,これに関連して多少の所懐を述べさせていただきたいと思います。かねて私は躁うつ病に対する理論をもう一歩深めるということが,とくにわが国の精神科診療にとつてはなはだ緊急事であるとしだいに確信するようになつておりますので,この機会にこのことに多少でもふれることができればと願つております。ことにこんにちの精神分裂病という診断の,途方もないと思われるほどの膨張,拡大のありさまは,それはJaspersがすでに指摘したごとく,Bleulerの精神分裂理論に影響されているところが多いとはいえ,まつたく眼をおおいたくなる,といいたくなるほどです。
 そこで,この1時間ばかりの講演で,多少ともこの問題の一端でも有効に取り出すことのできる便宜の方法を,と考えまして,漱石の病跡のなかから問題を提供することを思いついた次第です。それと申しますのは,昨夏小著「漱石の病跡」が出版された当時,種々の方面から批評なり,あるいは書簡などによる感想なりをいただきました。それらのうち文学者や教育学者,評論家などのそれはここでは別と致しまして,われわれ仲間の専門家からの二,三を紹介することから始めますと,おのずから問題の所在にふれてくるかと思うからです。

一離人神経症者における決断の意義について

著者: 遠坂治夫

ページ範囲:P.903 - P.906

 M. Bleulerは周知の1951年の総説において,分裂病研究は分裂病群Schizophreniegruppeの個々の疾患の研究に向けられるべきであり,さらにもまして個々の分裂病者の個人的問題に向けられるべきだと述べた。Pauleikhoffは精神病の症候論的考察法symptomatologische Betrachtungsweiseに対して個々人的考察法personale Betrachtungsweiseを対置し,精神病的諸現象をまずPersonの統一的全体の障害として考察し,とくにPsychoseとPersonとの間の直接的関係を重視すべきことを説いた。KiskerやHäfnerらの分裂病体験についての最近のすぐれた研究が,個々の患者の共世界との関連についての患者個人において起こる変容の精細な検討に根柢をおいていることはこと新しくいうまでもない。精神病の領域においては,ことに分裂病については,すでにBinswanger,Storchらの現存在分析による個々症例の精密な記載と考察があり,Zutt,Kulenkampffらの一連の了解人間学的研究もまた本来病者のPersonに視点をおいたものとみなされねばならない。精神分析が神経症のみならず精神病の分析においても古くより個々の患者の分析・治療過程において,もつぱらその患者個人,および治療者や共世界との関係を取扱つてきたことはいうまでもない。

失語に伴う失行・失認について

著者: 大橋博司 ,   中江育生

ページ範囲:P.907 - P.910

Ⅰ.
 失語症論の発展はBrocaとJacksonの対立以来,局在論と全体論の論争によつて推進されてきたということもできよう。しかしながらこの二つの傾向から独立した,純粋に経験論的な立場の存在も無見できない5)。今回の報告はこのいわば第3の立場に立つもので,われわれがこれまでに経験し,観察した症例から,失語の合併症状,とくに失行・失認症状について若干の展望をこころみたい。従来このような報告が比較的少なかつたと思われるからである。

親子心中の症例検討

著者: 大原健士郎 ,   藍沢鎮雄

ページ範囲:P.911 - P.917

I.はしがき
 わが国の自殺の一特徴に,親子心中の多発をあげることができる。親子心中は,自殺と同時に(あるいは,自殺にさきだつて)他殺を伴うことが多く,自殺のなかでもひとつの特殊型である。この親子心中が,わが国を含めて,韓国やおそらくは中国などの東洋におけるごく一部の国々に多発する現象については,精神医学の分野からのみではなく,比較文化的な考察を要することはいうまでもない。
 しかし,親子心中の統計的な研究1),ならびに文化史的研究8)については他の論文において詳述したので,ここでは,精神医学的にこれらの症例を検討することにしたい。

覚醒・閉眼時の眼球運動—正常者と陳旧分裂病患者の比較

著者: 島薗安雄 ,   安藤克己 ,   坂本信義 ,   田中恒孝 ,   風間興基 ,   江口富之 ,   仲村肇

ページ範囲:P.919 - P.926

Ⅰ.はじめに
 1953年,Aserinsky & Kleitmanは,眼球運動をelectro-oculogram(EOG)として記録し,眼球運動には遅い動き(slow eye movement)と速い動き(rapid eye movement)の2つのタイプが観察されることを発表した2)3)。かれらの論文4)は,覚醒時の観察についても若干はふれているが,主として睡眠中の運動について述べたものである。ことに,一夜の睡眠中に速い眼球運動の現われる時期rrapid eye movement period)が間歇的に起こるというかれらの所見は,睡眠中の夢体験との関連において多くの人々の関心をよびおこした。6)7)10)14)16)〜19)23)24)またこれと上司様のrapid eyemovement periodはサル29),イヌ5)20)21),ネコ8)11)〜13)30),ウサギ9)など,各種の動物の睡眠中にも観察されている。
 睡眠中の眼球運動については,このように多くの研究があるが,覚醒・閉眼時の運動については,これを精神生理学的な観点から扱つたものは少ない。わずかにLorens & Darrow(1962)15)が暗算に伴う変化を観察し,Amadeo & Shagass(1963)1)が,注意や催眠との関係においてこれを論じているにすぎない。しかもかれらの観察はいずれも速い眼球運動のみについて述べている。

精神薄弱児に対するBOGA(Erythro-β-hydroxy-dl-glutamic acid)の効果について

著者: 斎藤徳次郎

ページ範囲:P.927 - P.931

Ⅰ.序言
 精神薄弱に効く,薬はないものと教えられ,長くそう信じられてきたが,Zimmerman(1946)がL-Glutamic acid(GA)が精神薄弱に効くと発表した。このことは精神薄弱に堅く閉ざされていた扉をたたいたものとして大いに意義があつた。しかしそれにつづいて多数の研究報告が出る。われわれ自身も大いに期待して追試してみたが,こんにちなお決して満足すべき結果でないことはご承知のとおりである。さてGAにつづいて,さらにγ-Amino-butyric acid(GABA),γ-Amino-β-hydroxy-butyric acid(GABOB)などがつぎつぎと登場してきた。すなわち倉田,谷,倉持,高木岡崎,田中らがこれらについて研究報告を行なつているが,これとてもGAと大差なく,また一方Cerebrolysin(Ceremon)も,その特殊の組成からその効果を期待させたが,これも前述の薬物に甲乙ない程度である。
 たまたま私たちは山之内製薬からBOGAを入手しえた。これはつぎにあげるような化学構造,薬理作用をもつ薬物で,それから見ても前述のGA,GABA,GABOBと同列にあるいはそれ以上に,精神薄弱の臨床面に応用されてよいと思われた。とにかく,少しでも有力な新しいもののこころみがなされることは,精神薄弱の改善,理解への一つの手がかりとなると考えてこの試験に着手した。

Propericiazine(Neuleptil)の精神疾患に対する使用経験

著者: 荻野恒一 ,   千秋哲郎 ,   水谷孝文 ,   水谷文夫 ,   坪井弘次 ,   大原貢 ,   小野宏

ページ範囲:P.933 - P.938

Ⅰ.まえがき
 propericiazine(Neuleptil)は,つぎの化学構造式をもつ新しい向精神薬であつて,ほぼ1961年来フランスにおける5つの精神病院において系統的かつ継続的に,あらゆる種類の精神疾患に対して使用され,その結果10年前ごろのchlorpromazineの登場にも匹敵するような興味をもたれたのである。われわれは,塩野義製薬を通じて,この新向精神薬に関する文献および本剤を提供されたので,八事病院に在院または新入院の患者36名につき,propericiazineの使用経験をうることができたわけである。以下簡単に文献の紹介と使用経験の結果報告を記述する。

動き

第6回精神療法国際会議について

著者: 土居健郎

ページ範囲:P.943 - P.944

 第6回精神療法国際会議はロンドンにおいて1964年8月24日〜29日の間開かれた。その印象記を書くようにというのが編集部の依頼であるが,じつは私は8月17〜22日の間に開かれていた第1回社会精神医学会議に自分の論文を発表していた関係上,そちらにも出席せねばならなかつたので,精神療法国際会議が始まるころはかなり疲れており,あまり熱心に会議に出席したとはいうことができない。したがつてこの印象記ははなはだ杜撰なものであることを,前もつておことわりしておかねばならない。
 精神療法国際会議は1948年より3年ごとに開催されているが,第6回目の今回は,Dr. Ian Skottoweが現在会長であるイギリスの精神医学会The Royal Medico-Psychological Associationが主催し,エリザベス女王の後援のもとに,ロンドンの心臓部ウエストミンスター・アビのある周辺の会場で,盛大に開催された。出席者の数は約2,000人,48国からの代表が集まつた。なお本会議の主体は現在Dr. Medard Bossがその長をしているInternational Federation for Medical Psychother. apyである。主催者側のイギリス精神医学会について一言すると,その会員数は約2,500人,うち1000人以上が学会のThe Psychotherapy and Social Psychiatry Sectionに属している。今回の精神療法国際会議はこれらの人々によつて準備されたのである。

紹介

—Aristoteles(?)著—Problemata 抄

著者: 大橋博司

ページ範囲:P.945 - P.948

 Aristotelesの著作のなかから心理学的,精神病理学的記載を求めるならばDe Anima,Parva NaturaliaあるいはNicomachean Ethicsのある部分などがあげられようが,今回はProblemataのなかのMelancholiaの記載を紹介する。ただしProblemata(問題集(はアリストテレス全集には含まれているものの,かれ自身の筆によるものでないことは諸家の認めるところである。38巻からなる「問題集」はこの大哲学者を祖とするペリパトス学派の所産であり,編纂をかさねられて現在のかたちをとつたのはおそらくAD 5世紀ごろであろうという(Hett)。本書にはじつにさまざまの問題が論ぜられているが,とくに医学的,生理学的主題も少なくない。通読してみると鋭利な洞察がある反面,幼稚と思われる議論もあつて一様でないが,それにしても古代ギリシャ人の好奇心,求知心,質問癖にはあらためて感じ入らざるをえない。
 ここに訳した部分はProblemata XXX, 1でメランコリアについて論じており,CiceroやPlutarch以来,よく引用されるところである。Ciceroの言を信ずるとすれば(Tuscul. Disput. I, 33)**,少なくともこの部分はAristoteles自身の意見であるかもしれない。本文の冒頭にある「天才とメランコリア(または狂気)」の主題は以後二千年来,諸家の好んで論ずるところとなつている。

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精神医学 第6巻 総目次

ページ範囲:P. - P.

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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