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雑誌目次

論文

精神医学6巻7号

1964年07月発行

雑誌目次

展望

社会精神医学の展望

著者: 寺嶋正吾

ページ範囲:P.485 - P.497

Ⅰ.はじめに
 ここ数年の病院精神医学,あるいは,コミュニティ精神医学の推移の特徴は精神病院の開放制を理念とした治療社会への再編,展開であり,デイ・ホスピタル,ナイト・ホスピタルなどの試験的実施,病院と社会を結ぶ中間施設のくふうであり,患者の社会復帰の援助,在宅精神障害者の訪問指導にまでおよぶ幅広い社会的治療への関心にあるといつてもよい。これらを総括して社会精神医学とみなしている人もあるが,他方では社会,文化的要因と精神障害との関係,たとえば,精神分裂病の病因論における社会文化的要因,病像の時代的変遷や比較文化的研究,パースナリティ形成における文化の役割,アカルチュレーションと精神障害,精神病の疫学的研究や生態学的研究といつた社会学や文化人類学の領域に立ち入つた分野を正面の課題とするのが社会精神医学であると考えている人もある。だから,社会精神医学という言葉に盛られている意味あいは論者によつてまちまちであると考えておかねばならない。このように,多様な意味を盛り上げられた社会精神医学なるものの定義,史的発展過程,実際の課題などについて少しまとめておきたい。

研究と報告

いわゆる意思能力の精神医学的研究—禁治産宜告者の場合を中心に

著者: 金子仁郎 ,   坂本昭三 ,   大野周子 ,   林正延

ページ範囲:P.499 - P.502

Ⅰ.はじめに
 精神医学は隣接する諸学問のうちでも法学とは密接な関係がある。まず第一に精神障害者の医学上の処遇などに関して精神衛生法および優生保護法があり,第二に精神障害者の精神的能力をめぐつて,刑法および民法においてそれぞれ責任能力(Schuldfählgkeit,Zurechnungsfähigkeit)と意思能力(Willensfähigkeit)の判定に精神医学が関係している。
 従来,刑法における責任能力の問題は精神医学者および法律家にとつて関心のある重要な主題であつたけれども,民法における意思能力の問題はわが国においていずれの立場からも積極的な発言があまり見られず,その問題の重大さにもかかわらず,とくに精神医学において学問的な関心がほとんどはらわれなかつた。
 法律は各国の実情に応じてそれぞれ独自性と特異性をもつており,いまここにとりあげようとする精神障害者の意思能力の有無に対する民法上の規定や取り扱いについても相違が見られる。***
 民法では精神障害者の意思能力の有無に従つて,すなわち心神喪失・心神耗弱の常況にあるかどうかに従つて家庭裁判所がこれを無能力者として禁治産宣告・準禁治産宣告をなしうることを定めている。この無能力老制度は未成年者とともに,精神障害者の財産行為および一部他の法律行為を制限して,かれらを社会から保護することをたてまえとするものである。****
 法律行為は行為者が健全な意思能力をもつていることを前提として,法律上の完全な効力を生ずるのであるが,無能力者(禁治産者・準禁治産者)にあつては行為時の意思能力の有無いかんにかかわらず法律上の行為が制限を受け,また効力を失うことになる。それゆえ,1人の人間が無能力者として宣告されるということはきわめて重大な事件であるといわねばならない。法律はその宣告にさいして,医師の精神鑑定が必要である旨を規定しているけれど,医師に課せられる責任と精神医学がはたす役割もまた重大である。

運転適性の問題点に関する精神医学的考察

著者: 内田亨

ページ範囲:P.503 - P.508

Ⅰ.はじめに
 優良運転者と事故運転者の人格資質に関する比較研究には,すでに数多くの業績が発表されている。しかしながら,これまでの研究は主として心理学的立場から報告されたものが大部分であつて,精神医学的調査による纒まつた資料ははなはだ少ないのが現状である。
 今回の調査は,自動車運転者の中の精神障害および精神病質の有無を確かめることが第一であり,同時に事故頻発運転者の性格特徴の把握と,運転適性の問題点をさぐり,今後の交通安全対策をたてるために必要な基礎資料をうるのが目的であつた。また事故の回数やその情況などを分析して,事故の経過を類型別に分類し考察を行なつた。

Phenylketone尿症の異型接合体所有者における精神神経症状について

著者: 五十貝いち ,   福原玲子 ,   台弘

ページ範囲:P.509 - P.514

 10名のPhenylketone尿症(うち1名は知能正常)を含む8家系に,精神神経学的症状を呈する家族成員4名を見出した。かれらにPhenylalanine負荷試験を行ない,異型接合体所有者であることを確かめた。対象はPhenylketone尿症患者7名,患者の母親6名,正常対象者6名,患者の同胞4名である。0.1g/kg体重のL-Phenylalanine経口投与による血液PhenylalanineおよびTyrosine濃度の変化を,それぞれMcCaman & RobinsおよびUdenfriendの螢光測定法を改変して測定した。異型接合体所有者の決定には,負荷3ないし4時間後のPhenylalanine/Tyrosine比を根拠とした。
 第1表患者No.3 M. O. は,本教室の小林ら7)が「フェニル焦性ブドウ酸性白痴に対するフェニルアラニン欠乏食の効果」と題して,第26回関東精神神経学会において発表した症例である。

孤独について

著者: 遠坂治夫

ページ範囲:P.515 - P.517

 「現代の精神的状況」は,実存哲学的世界観によれば,たとえば伊藤の著に従つて述べるとつぎのごとくなる。現代,人間は危機にさしかけられている,すなわち一方では自己の個人的主体的存在を放棄して現実の大衆の世界,技術と機械文明の世界のなかに埋没するか,他方世界と手を絶つて孤立した自己の世界のなかに閉じこもるかの岐路にある。そして人は自己の個別的自由存在を回復しようと願つている。しかしその理想の実現されたときかれは孤独である。孤独は現代にかぎらず人間存在の起初から,人間がこの危機を意識したときに人間を襲つていたのである。人が自己の個別存在を確立しようとするとき,つねに世界との間に距離を生じ,我と世界との接触はある制約のもとにおかれる。それをあえてしても人は個別主体的存在を希求する。あるいは外的条件によつて心ならずもその立場におかれることがある。孤独はそこに始まる。そして伊藤は孤立した自己世界への閉居をただちに分裂病的な世界に結びつけているが,いま少し見方を変えて考えてみよう。
 主観的な孤独,社会的に見ての孤立化Isolierungの分裂病発現にかかわる因子としての考察は,最近Kulenkampff,Waltherによつてなされた。Kulenkampffは孤立状況への変動様態として,(1)強制的に孤立状況へ押し入れられることHinein-gestossenwerden,およびそのなかへ入り込むことHineingeraten,(2)慣れない,ただならぬ状況へ自らを「放入」することSich-Einlassen,(3)誘惑されVerführtwerdenそしてそのままに身をまかすことSich-verführen-Lassen,(4)あえて〜するの状況へ決行することSich-Hinauswagenの4つの様態をあげた。Walther,はさらにKiskerの家族研究,Benedettiなどの分裂病の社会学的研究を重視しつつも,ConradのTremaの状態における人間,すなわちUnrastと,始まりつつあるIch-Entmächtigungのなかにある人間には真の決断はありえないとし,かかる人間には非了解可能unverständlichで不気味なunheimlichなものが起こつており,かれは一つのAnders-Werden,Sich-Selbst-Fremd-Werdenのなかにおかれ,そこから(1)このAnders-Werdenを把握するためにすべてのエネルギーを集中し環界との接触を絶つて孤立化するか,(2)不気味なものに対する衝動的不安へと逃がれ社会的結合を絶つて孤立化するか,の方途をとるとし,社会的条件を発病要因としてうのみにできないことを論じている(ただし再発に対しては,患者のすでに起こつている人格変化から社会的要因の重要性を認めている)。

不安・緊張症候群に対するChlormezanone(Trancopal)の臨床効果

著者: 野村章恒 ,   長谷川和夫 ,   佐藤春夫 ,   佐治正美

ページ範囲:P.519 - P.522

Ⅰ.緒言 周知のごとく,chlorpromazineを主体とするphenothiazine誘導体が,精神安定剤として臨床精神医学に導入されて以来,精神薬物療法psychopharmaco-therapyは精神医学にとつてもつとも重要な課題となつている。また精神症(majorpsychosis)に対する適用だけでなく,神経症,精神身体症や不安・緊張症候群に対してもいわゆるminor Tranquilizer(たとえばmeprgbamate,chlordiazepoxideなど)が広く用いられるようになつている。
 今回,われわれは第一製薬の協力のもとに,いわゆる不安・緊張症候群をもつ神経症あるいは精神身体症にTrancopalを試用する経験をもつたのでここに報告する。

Insidonの外来試用経験—自覚症状の系統化へのこころみ

著者: 堀要 ,   若林慎一郎

ページ範囲:P.525 - P.530

Ⅰ.はじめに
 現在向精神薬はますます多岐にわたり多数を加えている。その向精神作用は一応それぞれに検討せられている。それらの報告を参照するとき,われわれは,その精神作用におよぼす影響の記載において,何か不十分さを感じないわけにはいかない。これは精神病理学の体系と関連している問題ではないかと考えているとき,Insidon(Geigy)の提供を藤沢薬品株式会社より受け,これについての外来試用経験を整理するにさいして,この方面の整頓への一つの示唆をえたので,その薬効を検討するとともに,精神作用におよぼす影響の一面を整頓することをこころみた。大方の批判を受けたい。
 Insidonは,浅田***の分類に従えば,情緒転轍剤Thymolepticaに属し,GeigyではPsychovegetative Harmonansと称しておるDibenzazepineに属する製剤で,Imipramin(G22355)と構造において,骨格を等しく側鎖を異にしている。
 本剤は,輸入前すでに相当の検討がなされており,外来試用経験も報告1)されているので,われわれ****も初めから外来試用をすることにした。

資料

精神衛生法改正に対する私の意見

著者: 田村幸雄

ページ範囲:P.533 - P.540

Ⅰ.はじめに
 精神衛生法改正の機運が高まりつつある。日本精神神経学会や日本精神病院協会ではそれぞれの委員会で検討しており,また,精神科医の会合でもしばしば論じられている。これらの実情について私はよく知らないが,今回(昭和38年11月),日本精神神経学会精神障害者医療対策委員会林暲前委員長の御好意で,これまで検討された同委員会の基本方針を知ることができたので,これを参照しながら私の意見を述べようと思う。なお,本文を同委員会に提出し,これまでの会合に欠席し委員としてなんら寄与しなかつた責任の一端を果したい。

ソ連の精神病医療組織(その2)

著者: 今泉恭二郎

ページ範囲:P.541 - P.547

Ⅳ.病院内医療
 bolnichnaya ili statsionarnaya nevropsikhiatricheskaya pomoshch
 病院内医療の機関はいうまでもなく精神神経病院psikhonevrologicheskaya bolnitsaである。精神神経病の治療に関する病院はだいたいつぎの4つの種類に分けられる。
 1)急性患者や反応状態患者のための,あるいは診断のための,ヂスパンセール付属の地区あるいは地区間精神神経病院raionnaya ili mezhraionnaya psikhonevrologicheskaya bolnitsa(100-200床)
 2)州立ヂスパンセールに伴う州立精神神経病院oblastnaya psikhonevrologicheskaya bolnitsa(600床あるいはそれ以上)
 3)慢性患者のための精神病コロニーpsikhiatricheskaya koloniya
 4)一般病院の精神病棟psikhiatricheskie otdeleriya obshchikh bolnits

紹介

我が国最初の西洋精神医学書「精神病約説」とその訳者神戸文哉

著者: 平沢一

ページ範囲:P.548 - P.555

 明治九年に京都で我が国初めての西洋の精神病学書「精神病約説」が出版された。その原著者はヘンリイ・モオヅレイ,訳者は神戸文哉であることは,以前から知られていた。しかし誰に尋ねてみても,モオヅレイの原著を見た人も,神戸文哉の詳しい経歴を知る人もなかつた。「約説」の奥付けに長野県士族とあることから,僅かに長野県の人とわかるだけにすぎなかつた。明治初年の京都の医事を詳説している「京都府立医科大学八十年史」1)にも,文哉については断片的な記載を見るのみである。その後「八十年史」の「諸家所蔵参考資料目録」により,明治二十一年一月までの校員履歴が保存されていることを知り,昨年の八月十三日若林正治氏に同道して京都府立医科大学に赴き,横田穣氏の御世話により,校員履歴の中から神戸文哉の履歴書2)を発見した。これによつて神戸文哉は旧小諸藩士で,嘉永元年八月十二日に生まれ,江戸に遊学して和漢学と医学とを修め,明治八年京都療病院管学事を拝命したことが明らかになつた。文哉はこの時なお二十七才であり,その後の経歴については僅かに中野操氏3)4)5)の「明治時代京都医事年表」により明治十四年四月大阪府病院に赴任したと知るにすぎなかつた。同氏に伺ったところ,大阪府立医学校に提出した明治十五年五月十一日までの履歴書6)の写しを送られ,さらに文哉の娘が医師億川摂三氏に嫁ぎ,その嗣子億川新氏は神戸に在住の旨を伝えられた。そこで億川氏に問い合わせると,亡父の後妻つぎは文哉の次女で昭和二十年三月の大阪の空襲で戦災死したが,三女のみつは天方家に嫁し健在であると教えられた。

精神衛生資料

精神鑑定医の経歴(1)/精神鑑定医の経歴(2)

ページ範囲:P.530 - P.530

年度別訓練期間(かっこ内%)

掲載資料一覧

ページ範囲:P.555 - P.555

自殺………………(1963年8月号・加藤正明氏 資料)
 自殺数および自殺率の年次推移,都道府県別自殺率,自殺の月別死亡率,自殺の手段別・性別・年令別死亡数および百分率

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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