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雑誌目次

雑誌文献

精神医学6巻8号

1964年08月発行

雑誌目次

展望

Pathographie研究の諸問題(その1)—方法論的・原理的方面

著者: 宮本忠雄

ページ範囲:P.561 - P.575

Ⅰ.まえおき
 Pathographieは,日本では,病誌・病跡・病績などと訳され,精神的に傑出した歴史的人物の精神医学的伝記やその系統的研究をさすことばとしてもちいられていて,精神医学ないし精神病理学の応用領域のひとつをなしているが,もとはといえば,いわゆる「天才論」の1部門として,古代ギリシャ以来のながい歴史から生まれ出たものである。それが科学的なかたちをとるようになったのは,ドイツの精神科医Möbius, P. J. の努力によるものであり,またPathographieということば自身も彼の著書『シェッフェルの病気について』1)(1907)のなかではじめてつかわれたものであるが,それ以後じつにおびただしい文献が世界各国から発表されている。こうして,こんにちでも,たとえば「精神病理学者に興味のある精神生活の側面を述べ,かような人間の創造の原因にたいしてこの精神生活の諸現象・諸過程がどんな意義をもつかを明らかにしようとする生活記録」というJaspers, K. 2)の表現や,「ある傑出人の異常な性格特性とそれが彼の人生と作品におよぼす影響を叙述するという伝記の特殊な一形式」というGruhle, H. W. 3)の定義がそのまま遵奉されているようにみえる。

研究と報告

分裂病および神経症の同胞順位

著者: 山口隆 ,   ,   牧原浩 ,   永井久之 ,   萩原信義 ,   石川隆子 ,   穴沢卯三郎 ,   矢野鎮夫 ,   小林継夫

ページ範囲:P.578 - P.586

Ⅰ.緒言
 分裂病家族の研究にあたつて問題の所在を示唆するような知見を求めるため,著者らは本調査を行ない,分裂病および神経症が同胞中のどの順位にも一様な頻度で発現するものかどうかを調べてみた。ここに同胞順位といつた場合には,出生順位と同性順位の二つが考えられるが,著者らはこの両方について調べてみた。
 出生順位は同胞の性別に無関係な順位であつて全同胞中の出生の順位をいうが,同性順位は同性同胞だけにかぎられるので,性別構成と関係の深い順位である。この二つの同胞順位の頻度分布が相互に影響し合うことは,第1表に示されるような関係から容易に推察される。

分裂病と同胞順位—発現率および病像との関係

著者: 小川信男 ,   越智浩二郎 ,   山本和郎

ページ範囲:P.587 - P.593

Ⅰ.はじめに
 本研究は日本の古い封建的閉鎖的農漁村を主とする地域における分裂病者の家族関係の研究の一部として,とくに同胞順位と発現率および病像との関連について推計学的検定をこころみたものである。少数例であるけれども,ある傾向が認められたのでここに報告する。
 分裂病において家族関係の問題が病因的な意味をもつとすれば(Lidzその他),特定の文化において,とくにわが国の古い家族制度の背景のもとに,何か特色が見い出されないだろうか,さしあたつて同胞順位と分裂病との間になんらか有意な関連が見い出されないだろうか,というのが私たちのねらいであつた。そしてそれがpathoplastischな意味のものばかりでなく,pathogenetischな意味をもつと解されるとすれば,それは家族問題の病因論的役割のひとつの傍証であるのみならず,そこから分裂病本態論に入り込むひとつの有力な手がかりを提供すると思う。

Gerstmann症状群について—臨床統計的考察

著者: 大橋博司 ,   中江育生 ,   浜中淑彦

ページ範囲:P.595 - P.599


 Gerstmann症状群(以下G症状群とする)はおそらく脳病理学的な症状群のなかでもつとも一般的なもので,すでに諸家によつて論じつくされたかに思われる。今回はわれわれの症例群のなかから本症状を選んで臨床統計的な面から反省を加えてみたい。
 本症状の成立はいうまでもなくGerstmannの一連の報告(1924,1927,1930その他)に由来するものであり,最初は手指失認が,ついで手指失認と純粋失書との結合が,さらに手指失認,左右障害,失書,失算の結合が注目され,以上の症状がG症状群となつたわけである。しかしこれよりさきにすでに1888年フランスの眼科医Badalが手指失認の症状が他の失行,失認症状と結合している症例を報告し,またAnton(1899),Hartmann(1902)の報告やvan Woerkom(1919),Bonhoeffer(1922)などの報告もいまからみればG症状群に相当するものであつたであろう。解剖学的にはHerrmann u. Pötzl(1926)の症例が頭頂-後頭葉背側移行部に病巣を証明され,その後の報告例もこの近傍の病変が多いこともあえてことわるまでもあるまい。1930年代はある意味で脳病理学の黄金時代だつたと思われるが,G症状群をめぐる論議もその時代の中心問題であつたことは周知のとおりである。当時は全体論と局在論,あるいは知性論と反知性論の対立,Apraktognosieの概念の提唱などはなやかな争論の時代であつたが,G症状もこのような背景のなかでその基本障害が論ぜられ,わが国においても石橋秋元らの記載があることはその後の報告者がくりかえし引用するところである。いまここで30年代の論争を反復する時間もまたその必要もないが,とにかく本症状群の4つの症状の根底には空間障害ないし身体図式障害が考えられ,各症状が内的関連を有するということは一応認められたといえよう。

抗酒剤の作用強度の比較

著者: 石井厚

ページ範囲:P.600 - P.605

Ⅰ.はじめに
 アルコールに対する耐性を減弱させる薬物すなわち抗酒薬としてもつともよく知られているのはTetraethyl thiuram disulfide(Disulfiram1))であろう。しかしDisulfiram以外にも抗酒作用を示す薬物(石灰窒素2)およびその有効成分からえられたCitrated calcium carbimide(Citr. cal carb.)3),Cyanamide4),獣炭末5),n-Butyraldoxim6),Irgapyrin7),Sulfonylurea8),Coprinus atramentarius9)など)も知られており,そのなかのあるものは臨床的にも使用されている。
 著者はこれら薬物のうちDisulfiram,Citr. cal. carb.,CyanamideおよびSulfonylureaを臨床的に使用し,それぞれの効果を比較検討したのでその結果を報告する。

精神薄弱児に対するテリー錠の影響

著者: 溝口続

ページ範囲:P.607 - P.615

Ⅰ.はじめに
 精神薄弱児(以下精薄児と略す)に関しての研究方法には立場によりいろいろの方法があるが,著者の追究方法は発達生理学的面からのものであり,Gesell, A. のDevelopmental Neurologyの立場と軌を同じくしている個所も多い。同時に,知能指数(または精神年齢)に関しての関心はGesell, A. と同様に著者にはきわめてうすい。
 なぜならば,個々の精薄児の現在像についての関心と,個々の精薄児の現在像の発生経過,将来像などに強い関心をもつているからである。

資料

農村における社会精神医学的問題について—地域保健婦の声を中心として

著者: 鈴木喬 ,   山越剛

ページ範囲:P.617 - P.621

Ⅰ.はじめに
 われわれは最近,当院入院患者の過半数を占める農民患者の社会復帰を阻害する要因を,症例研究,家族調査などを通じて検討中である。ここで報告する国保保健婦を通じてのアンケート調査は,われわれの研究の一翼であつて,とくにその初期の段階では,有力な"方向づけ"をえたものであり,われわれ自身この保健婦の声を高く評価しているものである1)2)。また,この調査を通じて,茨城県では精神病院,晴神衛生相談所,国保保健婦三者の連携が強化されつつあるが,このことは,今後の地域社会におげる精神衛生活動を進めるための,重要な礎石をなすものと考えている。
 さて,このアンケートに盛られた問題は,"農家から精神病者が出た場合。その農家の受ける影響の実情はどうか,またそれらの影響は,患者が家族内で占める地位,ならびにその農家の属する階層によつてどう変わるかが第一である。つぎに,近隣,部落の人たちの間でささやかれる噂話の実例にはどんなものがあるかが第二である。以上の問題では,精神病者発生に伴うマイナスの影響が,農業的,農家的,農村的な見地からプラスの方向に転ずる場合には社会復帰が促進されるだろうとの仮説に立つている。第三には,彼女たちが当面している精神衛生上の諸問題および,精神衛生行政のありかたに対する要望について解答を求めた。この問題では,社会復帰の実際活動において,国保保健婦との連携を強化する鍵はなにかをさぐろうとした。

動き

精神衛生法改正の審議

著者: 林暲

ページ範囲:P.623 - P.626

 前々号に記したように,精神衛生法の改正について諮問を受けた精神衛生審議会はとりいそぎ作業を進め,一応明年度の予算編成に関係ある項目のみについて中間答申をとりまとめ,きよう(7月25日)新しい神田厚生大臣に,内村会長から手渡した。これからのち,さらに審議を進め,次の通常国会に新法案を提出するためにはおそくも10月の初めごろまでに条文化の基本的方針,理念をかためなければなるまい。いかにも期間が短かすぎる感があつてまことにつらい。きようの中問答申ではむつかしい問題は先のこととして見送つたことになるが,審議の過程から見ても今後はさらに骨がおれそうで相当の無理は覚悟せねばなるまいと思つている。
 前にもいつたことかとも思うが,外部から法改正の問題の起こる動機の一つは,不法入院の事件が起こつたときの人権を中心とした考えかたであり,もう一つは今回のような精神障害者の犯罪を動機とした場合で,いわゆる野放し論である。この両面は互いに矛盾するところがあり,実際にはいずれに片寄つても困るのであるが,今回の場合は国家公安委員長としての国務大臣が引責辞職したような関係もあつて,警察庁当局は社会保安的処置に執心が強く,世論もそうした傾きを示しているので,改正をこのさいわれわれの立場で合理的にすること,すなわち精神障害者をできるだけ正しい医療,保護の流れにのせ,社会復帰までのケアを徹底させることが,自ら社会保安の目的にかない,またこれがそのためにもつとも効果的な方法であることの理解をうることが,短時日では相当むつかしいのがつらいところである。

紹介

—F. Labhardt 著—Die Schizophrenieähnlichen Emotionspsychosen—分裂病様状態像の鑑別への寄与

著者: 島崎敏樹 ,   須賀俊郎

ページ範囲:P.627 - P.631

 精神分裂病の研究は,E. Kraepelin以来,幾多の概念の深化や知見の集積を加えたにもかかわらず,定見の確立にいたらず,なお未知の内因性過程が容認されている。この了解不可能な内因性にもとづく病態の究明に対して,精神力動的に心理的要因ないしその発展過程の検討を主とするもの,中枢神経系の生理学,生化学,薬理学などの知見を実験的にも症例的にも追究せんとするもの,および精神的身体的症状を統一的に人間現存在の世界内存在のありかたの偏倚としてそのまま深い人間理解に到達しようとする人間学的立場などが考えられるが,これらの知見について1941年から1950年における精神分裂病研究の綜説のなかで,M. Bleulerは,患者の個々の人格と疾患経過が注目されるべきで,その根底にはなんらかの生活過程の困難が想定されえ,これが,古典的,記載的な態度の代わりに,説明心理学的に追求されるようになることを主張している。このような態度は1952年以来,DelayおよびDenikerによるPhenothiazine誘導体を初めとするNeuroplegicaの精神科疾患への応用により,治療の便宜ないし促進に加えて,分裂性病態の詳細な観察が容易となるにつれ,ふたたび経過が短く予後の良好な病態を問題とすることになる。これは精神分裂病という不治性を本質とする概念が,これらの予後の良好な病態に適当かという問題からであり,B. PauleikhoffやJ. E. Staehelinはこの忌なまるべき予後を意味する診断名にできるだけ慎重であることを主張し近縁な病態の鑑別的操作のなかにかえつて内因性病態の要因を究明しようとする。著者のF. LabhardtはこのStaehelinの弟子であり,師の間脳一中脳障害の精神病理学,Emotionspsychose,Praeschizophrene Somatose,あるいは精神障害における脳幹植物性中枢の意義などの研究とも関連しつつ,薬物療法による関与の立場から精神分裂病および他の精神疾患の病態を数編の論文において鋭意追究してきたものであり,脳生理学的立場も重視するとともに,精神的要因に対しても深い関心が認められる。著者はE. Kretschmerの多元的診断の態度を強調し,これはもともと診断にさいして種々のpathogenetisch,pathoplastischな要素が評価されねばならぬとする立場であり,とくに現代の生活の複雑化された様相の下にあつては,遺伝,素因のほかに,さらに環境,情動性,心的・身体的要因,薬物の乱用,中毒などが慎重に考慮されねばならぬとする。そしてこのEmotionspsychoseに関しては,経過が短かく予後のよい,全経過のはつきりした病像が,この多元的観点にもとついて明確に解明されており,さらに近縁病態との関連性も検討されて,これらによりなお規定されない分裂病の謎が却つてここに浮き彫りされている。副題には「分裂病様病態像の鑑別への寄与」がうたわれているが,ここに収録されたEmotionspsychose 53例の資料は,広く分裂性病態研究のみすごしえぬ知見を提供していると思われる。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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