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雑誌目次

論文

精神医学6巻9号

1964年09月発行

雑誌目次

展望

Pathographie研究の諸問題(その2)—その現況

著者: 宮本忠雄

ページ範囲:P.637 - P.651

Ⅰ.まえおき——最近数十年間の病誌的研究の動向
 前回でも触れたように,病誌研究はこの数十年間にかなりの変遷をけみしている。これをPathographieの全般的退潮とみる見方5)7)8)もあるが,そのようなPathographieはむしろ古典的な「天才論」ないし「天才と狂気」論としてのPathographieにほかならない。このことは,おそらく,現代における天才そのものの衰退を忠実に反映しているのであつて,時代現象を敏感に看取するはずの「精神病理学的洞察と歴史眼」2)(Jaspers)はすでにこのような「時効にかかつた」7)問題圏を立ち去つて,べつの分野へと分けいりつつあるといつてよいかもしれない。こうした努力は,結果的には,ふたたび病誌的領域をふかくそしてひろくたがやすことになる。
 では,べつの分野とはなにか?そのひとつは,天才ならぬ凡庸な病者の凡庸な創造物をもう一度みなおすことであり,もうひとつは,とりわけ近代芸術家のなかの一群になんらか「神経症」的な葛藤ないし機制をさぐろうとする傾向であり,のこるひとつは,いわゆるモダン・アートなど現代における文化形象の心理学的探究であつて,いずれも古典的意味でのPathographieとはいいにくい領域である83)

研究と報告

間接自殺について

著者: 中田修

ページ範囲:P.652 - P.656

Ⅰ.はじめに
 最近,わが国において,自殺とくに青少年の自殺が大きな社会的問題となり,精神医学者による自殺の研究も活発になつてきている4)10)11)12)。ところで,筆者がかつて行なつた精神鑑定の事例のなかに,自殺の亜型である間接自殺(indirekterod.mittelbarer Selbstmord)の範疇に属すると思われる例が見られる。狭義の間接自殺は特異で稀有な現象であるために,従来わが国ではほとんど注目されていないようである。また,間接自殺の概念について若干問題があるようである。それゆえ,筆者はまず間接自殺の概念,ついで狭義の間接自殺について述べ,最後に自己観察例を紹介したいと思う。

酒精患者の臨床統計的観察ならびに治療予後調査について

著者: 小片基

ページ範囲:P.657 - P.666

Ⅰ.まえがき
 わが国における慢性アルコール中毒の臨床統計的観察は,1937年秋元1)により,松沢病院における10年間の統計が発表されているがそれ以来1945年の終戦までの約10年間は,耐乏生活の余儀なくされたいわゆる非常時にあたり,慢性アルコール中毒の発生する余地がまつたくなかつたといえる。したがつて,飲酒者が問題にされることがほとんどなく過ぎた。しかし,戦後は飲酒者が累年増加の一途をたどり,必然的に飲酒に基因したさまざまの弊害が各方面から注目されるようになつたことは周知である。精神医学の領域でも,高橋2)は1951年から1955年までの5年間にわたる飲酒嗜癖者の臨床経験を報告し,飲酒嗜癖の特性と,生成の背景についてくわしい考察をこころみている。1960年には,精神医学会総会でアルコール中毒に関する諸問題がシンポジアムにとりあげられ,野口3)はわが国におけるアルコール中毒の現況を報告した。野口の集計によると,慢性アルコール中毒のいちじるしい増加傾向と,女性の占める割合の多くなつていることが明らかにされている。その他の臨床統計的報告では,野口4)の発表が見られる。
 われわれは,釧路赤十字病院に精神科が新設された昭和35年11月以降,常習飲酒を理由として外来を訪れるものが多いことに関心をもつて異常飲酒者の臨床的観察をつづけているが,慢性アルコール中毒を治療するにあたつてまず当面する問題は,慢性中毒症状に対する治療とその効果の判定が比較的容易であるのに反して,飲酒嗜癖に対する治療はきわめて困難であるばかりか,広く用いられている抗酒剤療法にしてもその効果の判定はまことにむずかしく,飲酒に対する異常な態度が改善されたか否かを見きわめるためには,かなりの長期間を要することである。ことに,外来,入院を問わず治療を受けたものが早々に病院との接触から離れてしまつては,治療予後を観察する手がかりはつかみがたいことになる。そこで,われわれは治療を受けた飲酒者の家庭を個別に訪問して治療予後の実態を把握しようとこころみたわけである。今回は過去3年間の観察結果をまとめて報告したいと思う。

セネストパチーについて

著者: 小池淳

ページ範囲:P.667 - P.672

Ⅰ.はじめに
 セネストパチーとは,1907年E. Dupré(8)がセネステジーの障害を単一症状とする一群の病者に名づけた疾患名である。セネステジーとは一般感覚,内部感覚,あるいは体感と称せられ,正常大では意識されず,その障害があつて初めて意識される感覚であるといわれる。このセネステジーの障害は身体のある部位に局在することが多く,頭部,口-咽頭部,胸部,腹部,四肢,皮膚,半身などに持続的に感じられる。またこの感覚の性質は異質的な(étrange),決められない(indéfinissable),苦しい(pénible)感覚であるという。訴えは多彩であり,「大きくなる,小さくなる,引張られる,絞めつけられる,収縮する,捻れる,焼けつく,動きまわる,臓器がなくなつた」といつた「容積,長さ,重さ,厚さ,形,温度などの変化,運動移動感,臓器の退化消失感」が訴えられる。青年期から閉経期の女性に多く1),あらゆる治療に抵抗するといわれるものである。ほかに精神医学的,神経学的病的所見がないという点で,Dupréが単一疾患であると主張した理由であろうと思う。その後,セネストパチーの病因論,疾病論に関して,種々の意見が発表されているが,器質的な病因を推定しようとする立場5)19)と,精神医学的な見地から,精神疾患の症状として理解しようとする立場とに分けることができよう。前者に関しては,末梢神経12)18),上行性感覚路,特殊中継核(視床11)など),感覚中枢などの障害,自律神経系(とくに交感神経系)の異常,血管障害3)5)14)(中枢性,末梢性),慢性感染症,薬物中毒,性ホルモン分泌の異常4)などがセネストパチーの患者に見られたという報告は多いが,いずれもすべてのかかる異常体感の発生因として一元的に考えるわけにはいかない。後者に関しては,セネストパチーをヒポコンドリー,ノイラステニー,プシカステニー,ヒステリー,強迫症,うつ病2),いわゆる精神分裂病群7)15)16)20)などの症状として,またこれら疾病の発生因として考える立場である。またこの異常体感をも幻覚あるいは幻覚症,妄想あるいは妄想様解釈だと考えることもできる。いずれにしても,いまだ定説がないというのが現状である。最近慶大三浦教授17)および保崎氏9)10)は,異常体感を訴える症例を報告し,セネストパチーなる単一疾患を認めねばならないとの意見を述べておられる。セネストバチーなる単一疾患が存在するか否かは別問題としても,日常の臨床で,種々の精神疾患あるいは神経疾患患者から,かかる異常体感をしばしば訴えられるのが実情である。単一疾患としてのセネストパチーが存在するか否か,また種々の疾患に見られる異常体感の発生因として,共通の器質的変化が推定できないだろうか,また,かかる異常体感の背景に心理学的,性格的な異常が見られないかどうかといつた点に興味をもち,以下の研究をこころみたものである。まず第一歩として,異常体感を訴える者のなかから,その異常体感を長期間主訴として訴える者を選び,これらの患者について検討した。現在14名であるが,臨床的立場から3群に分けるのが至当と考え,まず各群の症例と各群の特徴について述べる。

ナルコレプシーの薬物治療—第1報 中枢神経刺激剤の効果

著者: 高橋康郎 ,   本多裕

ページ範囲:P.673 - P.682

Ⅰ.まえがき
 Westphal(1877),Gélineau(1880)以来ナルコレプシーに関する研究報告は多数あり18)20),その治療については初期にはcaffeine citrate(Gowers,1907),臭素,脳下垂体エキス,甲状腺剤などが使用され多少の効果が報告されていたが,Doyle & Daniels(1931)8)がeffedrineの多数例に対する治験を,ついでPrinzmetal & Bloomberg(1935)16)がamphetamineの効果を報告して以来約20年間はこの両者が治療上の主役を演じてきた。このほかergosterol,phenacemideや気脳術,インシュリン低血糖,さらには精神療法の効果が報告されているがいずれも確実なものではなかつた。
 1952年以来の向精神薬のめざましい開発に伴い,pipradrol,9)methylphenidate28)などの新しい中枢神経刺激剤の本症に対する効果が報告されてきた。

メジマイド賦活による誘発自動症

著者: 桑原道直

ページ範囲:P.683 - P.688

I.まえがき
 複雑多彩な症状を示す精神運動発作は,近年大脳辺縁系に関する研究のいちじるしい進歩により,その神経機序が漸次解明されてきているが,その難治性とともにこんにちなおてんかん領域における重要な課題であろう。笠松1)は精神運動発作を自動症と精神発作とに大別し,精神運動発作の出現頻度2)はてんかん患者の約20%を占めて大発作についで多く,しかも自動症は東京大学清水外科の統計3)によると精神運動発作の66%にあたり,したがつてまれなものではない。ところが臨床上自動症は時に小発作と誤られることがある。しかし脳波的にこの両者は後述のような一部の例外をのぞいて区別される。すなわちGibbs,Lennox(1937年)4)はpsychic variantの患者の発作時の脳波に高振幅徐波(3-6c/s)を認めた。佐野3)は「かれらはその臨床像を明らかに定義しなかつたが,おおよそ自動症の全部ならびに少なくとも一部の夢幻様状態を包括するものと思われる」と述べている。さらに精神運動発作は前側頭部焦点と関連があり,とくに睡眠賦活によつて焦点が明らかになることがわかつた5)。一方Gibbsら4)は小発作の患者に3c/sの律動性のspike & waveを見た。しかし内村ら6),Penfield,Jasper7)は脳波では小発作特有の3c/sのspike & waveを示し,臨床発作は自動症を呈するものがあることを報告している。

PB-806(Benperidol)の臨床使用経験

著者: 金子仁郎 ,   武貞昌志 ,   市丸精一

ページ範囲:P.690 - P.697

I.はじめに
 最近までの向精神薬の主流はphenothiazine誘導体reserpineが占めていたが,1957年P. A. J. Janssen1)がHaloperidolを合成し,1958年Divry,BobonおよびCollard2)によつてその臨床効果が検討されて以来,化学的に関連のある数百の塩基性butyrophenoneが合成され,その化学構造と生物学的作用との相関の理論的研究とともに向精神薬としての実用性が注目をあびるにいたつた。butyrophenone系の代表的な化合物は第1図に示す12種であるが,これらは薬理学的にはchlorpromazineに類似し臨床作用はthioperazine,perphenazineやfluphenazineに近似することが知られた。
 Butyrophenone系の一連の薬物の向精神作用はJ. Delay3),H. Flegel, J. I. Murray Lanson4)らによつて検討されその臨床的応用がしだいに確立されつつあるが,われわれもBenperidol,Haloperi-dol,Triperidolを精神分裂病を主とする各種の精神疾患に使用しその向精神作用の存在を確かめてきた。

精神分裂病に対するbutyrophenone系薬物R2498(Triperidol)の使用経験

著者: 矢幅義男 ,   奥山保男 ,   迎昶

ページ範囲:P.699 - P.706

I.はじめに
 最近の向精神薬物の発展,開発はまことにめざましく,臨床的に使用されているものも非常に多い。1959年,Labhardtは混乱したこれらの薬物を整理し,Neuroleptica,Tranquilizer,Thymoleptica,Psychotonicaに分けた。しかし,この分類にあてはめるにはいくぶん疑問をいだかせる薬物が見られ,これに対してNeurodyslepticaともいうべき概念がDivryら1)によつて提唱されている。これはNeuroleptica with neurodyslepticeffectというようなものであり,かれらは「この作用は精神分裂病の自閉の殻を打ち破る」と述べこれまで単に副作用といわれてきた作用のなかに治療的意味を考えたものである。この概念に含まれるべき薬物としてThioproperazine,Trifluoperazineなどがあげられる。
 ここに報告するR2498(Triperidol)は第1図に示す構造をもち,化学的にはbutyrophenone系に属するものである。本系統のR1625(Haloperidol)は,すでに1958年に臨床実験が行なわれている2)

資料

地域社会と精神病院—都立松沢病院は地域社会に奉仕しているか

著者: 蜂矢英彦

ページ範囲:P.709 - P.715

Ⅰ.はじめに
 ライシャワー事件をきつかけとして,各方面から精神障害者対策の必要が叫ばれはじめている。それは,治安対策をおもな目的とするものから,精神科医療の充実を目標とするものまでいろいろであつたが,事態が少しおちついてくるにつれて,少なくとも表面的には,精神科医療体系の充実という本来の方向にかたまりつつあるかに思われる。しかしそうはいつても,これまた私立病院の育成から公立病院の充実,さらにはafter-careのための中間医療施設の設立,精神衛生センターの構想まで,意見は非常に広範囲にひろがつている。
 すでに,この不幸な事件の起こる前から,厚生省でも学会でも,時代遅れになつた精神衛生法を,全面的に改正するために検討が行なわれてきたが,精神衛生法改正と精神科医療体系充実の構想とは,当然のことながら密接なつながりをもつている。

紹介

—Aretaios 著—Epilepsia,Melancholia,Mania.—A Selection from Corpus Medicorum Graecorum II

著者: 大橋博司

ページ範囲:P.717 - P.722

 昨年の本誌(精神医学,5巻,9号,10号,11号,1963)にCorpus Hippocraticumから精神神経学的疾患に関係のある部分を紹介したが,今回はAretaios(Aretaeus,Areteusなどとも綴られる)について述べよう。かれに関する詳細は医学史書にゆずるとして,CappadociaのAretaios(A. D. 81-138?)はおそらくアレキサシドリアに学びローマにおいて医学の臨床にたずさわつたらしい。かれの立場はいわゆるPneumatikerないし健全なEklektikerであり,Hippocrates医学の伝統をついでいるということである。かれの著作はCorpus Medicorum Graecorum, IIに収録されているが,これは8巻に分かれ,第I巻と第II巻が「急性病の原因と症状」(ΠΕΡΙ ΑΙΤΙΩΝ ΚΑΙ ΣΗΜΕΙΩΝ ΟΞΕΩΝΠΑΞΩΝ),第III巻と第IV巻が「慢性病の原因と症状」(ΠΕΡΙ ΑΙΤΙΩΝ ΚΑΙ ΣΗΜΕΙΩΝ ΧΡΟΝΙΩΝΠΑΘΩΝ)となっており,以下これに対応して第V巻と第VI巻の「急性病の治療」(ΟΞΕΩΝ ΝΟΥΣΩΝ ΘΕΡΑ-ΠΕΥΤΙΚΟΝ),第VII巻と第VIII巻の「慢性病の治療」(ΧΡΟΝΙΩΝ ΝΟΥΣΩΝ ΘΕΡΠΕΥΤΙΚΟΝ)がつづく。原因・症状編と治療編とは疾病別に厳密にパラレルになつていて,その分類はきわめて整然としている。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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