文献詳細
文献概要
特集 こころの発達の問題に関する“古典”をふりかえる
自閉スペクトラム症—Hans Aspergerによる「自閉的精神病質」をふりかえる
著者: 広沢正孝1
所属機関: 1順天堂大学大学院スポーツ健康科学研究科
ページ範囲:P.1075 - P.1083
文献購入ページに移動はじめに
周知のとおり,現在の自閉スペクトラム症(DSM-5)にほぼ相当する特徴を持った子どもの系統的な報告は,Kanner L(1943年)10)とAsperger H(1944年)2)による記述に始まる。このうちAspergerの報告例は,Wing L(1981年)16)によって「アスペルガー症候群」という名称のもとに再考察され,これが成人の自閉スペクトラム症への注目を喚起し,ICD-10(1992年)やDSM-Ⅳ(1994年)の診断体系に大きな影響を与えた。その結果,「アスペルガー症候群(ICD-10)」17)ないし「アスペルガー障害(DSM-Ⅳ)」1)の名称と診断基準は,多くの臨床家に認知され,それは学校や職場のメンタルヘルス場面でも知られるところとなった。
しかし原著者のAspergerが,自身の症例群をどのように捉え,どのような思いで報告したのかは,意外に知られていないのではなかろうか。彼は,自身の体験した学童期の症例群を,「小児期の自閉的精神病質者(die “Autistischen Psychopathen” im Kindesalter)」という名称で発表したが,彼の症例に対する鋭い観察力と臨場感豊かな表現力,そして治療や教育まで含めた真摯な姿勢は,我々に症例群の「一人の人間」としての理解の仕方を示してくれる。つまり患児の,(疾患分類や診断操作を超えた)基本病態をあらためて認識させてくれるのである。
とは言っても,彼が使用した「自閉的精神病質」という用語は,今日では「人格障害(パーソナリティ障害)」圏の名称と理解され,違和感を覚える読者も少なくなかろう。そしてこの名称が,その後,諸家によるさまざまな議論を喚起したことも事実である。
本稿では,「アスペルガー症候群」と呼ばれる一群の基本病態を,Aspergerの生き生きとした記述を紹介しながらふり返ってみたい。また彼の「自閉的精神病質」が,その後どのように捉え直され,その過程で疾患概念がどう変容していったのかを簡潔にまとめてみたい。なお,Aspergerの論文,『小児期の自閉的精神病質』(1944年)の紹介にあたっては,高木隆郎訳2)を使用する。
周知のとおり,現在の自閉スペクトラム症(DSM-5)にほぼ相当する特徴を持った子どもの系統的な報告は,Kanner L(1943年)10)とAsperger H(1944年)2)による記述に始まる。このうちAspergerの報告例は,Wing L(1981年)16)によって「アスペルガー症候群」という名称のもとに再考察され,これが成人の自閉スペクトラム症への注目を喚起し,ICD-10(1992年)やDSM-Ⅳ(1994年)の診断体系に大きな影響を与えた。その結果,「アスペルガー症候群(ICD-10)」17)ないし「アスペルガー障害(DSM-Ⅳ)」1)の名称と診断基準は,多くの臨床家に認知され,それは学校や職場のメンタルヘルス場面でも知られるところとなった。
しかし原著者のAspergerが,自身の症例群をどのように捉え,どのような思いで報告したのかは,意外に知られていないのではなかろうか。彼は,自身の体験した学童期の症例群を,「小児期の自閉的精神病質者(die “Autistischen Psychopathen” im Kindesalter)」という名称で発表したが,彼の症例に対する鋭い観察力と臨場感豊かな表現力,そして治療や教育まで含めた真摯な姿勢は,我々に症例群の「一人の人間」としての理解の仕方を示してくれる。つまり患児の,(疾患分類や診断操作を超えた)基本病態をあらためて認識させてくれるのである。
とは言っても,彼が使用した「自閉的精神病質」という用語は,今日では「人格障害(パーソナリティ障害)」圏の名称と理解され,違和感を覚える読者も少なくなかろう。そしてこの名称が,その後,諸家によるさまざまな議論を喚起したことも事実である。
本稿では,「アスペルガー症候群」と呼ばれる一群の基本病態を,Aspergerの生き生きとした記述を紹介しながらふり返ってみたい。また彼の「自閉的精神病質」が,その後どのように捉え直され,その過程で疾患概念がどう変容していったのかを簡潔にまとめてみたい。なお,Aspergerの論文,『小児期の自閉的精神病質』(1944年)の紹介にあたっては,高木隆郎訳2)を使用する。
参考文献
1)American Psychiatric Association:Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, Fourth Edition(DSM-Ⅳ). American Psychiatric Association, Washington D.C., 1994(髙橋三郎,大野裕,染矢俊幸訳:DSM-Ⅳ精神疾患の診断・統計マニュアル.医学書院,1996)
2)Asperger H:Die “Autistischen Psychopathen” im Kindesalter. Arch Psychiatr Nervenkr 117:76-136, 1944(高木隆郎訳:小児期の自閉的精神病質.高木隆郎,M. ラター,E. ショプラー編:自閉症と発達障害研究の進歩 4.pp30-68,星和書店,2001)
3)Bleuler E:Dementia Praecox oder Gruppe der Schizophrenien. Franz Deuticke, Leipzig / Wien, 1911(飯田真,下坂幸三,保崎秀夫他訳:早発性痴呆または精神分裂病群.医学書院,1974)
4)Fitzgerald M:Autism and creativity:Is there a link between autism in men and exceptional ability? Bruner-Routledge, Hove, 2004(石坂好樹,花島綾子,太田多紀訳:アスペルガー症候群の天才たち—自閉症と創造性.星和書店,2008)
5)広沢正孝:成人の高機能広汎性発達障害とアスペルガー症候群—社会に生きる彼らの精神行動特性.医学書院,2010
6)広沢正孝:DSM時代における精神療法のエッセンス—こころと生活をみつめる視点と臨床モデルの確立に向けて.医学書院,2016
7)広沢正孝:KannerとAspergerの自閉はBleuler, E.のそれをプロトタイプとしている.精神科治療学 31:763-769, 2016
8)石川元:アスペルガー.加藤敏,神庭重信,中谷陽二他編:現代精神医学事典.pp13-14,弘文堂,2011
9)神尾陽子:<展望>アスペルガー症候群:その概念の過去と現状.高木隆郎,M. ラター,E. ショプラー編:自閉症と発達障害研究の進歩 4:3-29,星和書店,2000
10)Kanner L:Autistic disturbances of affective contact. Nerv Child 2:217-250, 1943
11)Klin A, Volkmar FR, Sparrow SS, ed:Asperger Syndrome. Guilford Press, New York, 2000
12)Miller JN, Ozonoff S:Did Asperger's cases have Asperger disorder? A research note. J Child Psychol Psychiatry 38:247-251, 1997
13)Tantam D:Lifelong eccentricity and social isolation Ⅰ. Psychiatric, social, and forensic aspects. Br J Psychiatry 153:777-782, 1988
14)Tantam D:Asperger's syndrome in adulthood. In:Firth U, ed. Autism and Asperger Syndrome. Cambridge University Press, Cambridge, pp147-183, 1991(冨田真紀訳:成人期のアスペルガー症候群.自閉症とアスペルガー症候群,pp261-316,東京書籍,1996)
15)Tantam D:Psychological disorders in adolescents and adults with Asperger syndrome. Autism 4;47-62, 2000
16)Wing L:Asperger's syndrome:a clinical account. Psychol Med 11:115-129, 1981
17)WHO:The ICD-10 Classification of Mental and Behavioural Disorders:Diagnostic Criteria for Research. WHO, Geneva, 1992(融道男,中根允文,小宮山実他監訳:ICD-10精神および行動の障害,臨床記述と診断ガイドライン.医学書院,1993)
18)Wolff S, McGuive RJ:Schizoid personality in girls:A follow-up study-What are the links with Asperger's syndrome? J Child Psychol Psychiatry 36:793-817, 1995(久保田泰考訳:女児における分裂病質人格追跡調査およびアスペルガー症候群との関連性.高木隆郎,M. ラター,E. ショプラー編,自閉症と発達障害研究の進歩 4.pp121-138, 星和書店, 2001)
19)Wolff S:Schizoid personality in childhood and Asperger syndrome. In:Klin A, Volkmar FR, Sparrow SS, ed. Asperger Syndrome, pp278-305, Guilford Press, New York, 2000(山崎晃資監訳:児童期のシゾイド・パーソナチティとアスペルガー症候群.アスペルガー症候群.pp375-413, 明石書店,2008)
掲載誌情報