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文献詳細

雑誌文献

精神医学60巻11号

2018年11月発行

文献概要

特集 精神科臨床から何を学び,何を継承し,精神医学を改革・改良できたか(Ⅰ)

医療観察法はなぜ必要とされたか—その制定にかかわった一精神科医の視点から

著者: 山上皓12

所属機関: 1初石病院 2東京医科歯科大学

ページ範囲:P.1207 - P.1215

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はじめに
 筆者が精神障害の状態で犯罪行為に及ぶ者(以下,触法精神障害者と称する)の問題に関心を持ち始めたのは,精神科医となって3年目,1969年に国立武蔵療養所に勤めてからのことである。当時,同所の最も堅固な閉鎖病棟には,過去に凶悪事件を起こして終生退所は許されないとされる一患者が居たが,スタッフは患者を刺激しないよう,事件については一切触れぬようにしていた。同所では精神鑑定に助手として携わる機会も得たが,統合失調症による被害妄想に基づいて弟を刺殺した25歳の男性を鑑定人(原田憲一医長)が責任無能力と判定したのに,裁判官は再鑑定の結果を採用して5年間の実刑を科したのを目にし,若い精神病者が長く治療の機会を失することに無念さを感じた。女児に対する強姦事件を起こした前科7犯,41歳の男性は,鑑定時に反省の色も見せず,自ら「これは一種の病気じゃないかね」,「止めるにはたまを取る(去勢する)以外にないです」と述べていたが,鑑定人(秋元波留夫所長)は,器質性脳疾患に基づく軽度精神遅滞(IQ:61)のため限定責任能力と判定し(参考意見として欧米諸国にあるような性犯罪者治療施設の必要性を付記),裁判官はこれを採用して懲役1年6月の判決を下したのを目にし,刑期を半減された精神障害者がじきに出所して新たな被害者を生むことを許す法制度に理不尽さを感じた。精神科医療と刑事司法の間には,さまざまな重要な課題が存在するのに,日本においては,両者の接点と言えるのは,措置入院制度と精神鑑定,矯正医療などにすぎないが,欧米諸国には触法精神障害者を一般患者と区別して専門的に治療する制度・施設が整備されており,それを基礎として司法精神医療・医学が発展していることを知り,日本でもそのような制度ができるとよいと強く思った。
 このような経験から,私は精神鑑定と司法精神医学に関心を抱き,1972年に東京医科歯科大学難治疾患研究所犯罪精神医学研究室の中田修教授のもとで専攻生となり,司法精神医学研究の道へと進んだ。時期的には,法務省が法制審議会の答申に基づいて治療処分の導入を図る刑法改正を目指していて,これが社会的論議を呼び,日本精神神経学会ではその成立阻止を目指す運動が活発化していた頃のことである。専攻生となる前年の暮れに開催された日本犯罪学会総会に参加してみると,壇上はすでに「保安処分反対」を叫ぶ精神科医達に占拠されていて流会を余儀なくされた時の光景が,今も鮮明に記憶に残っている。
 その後,法務省による治療処分導入の主旨が,触法精神障害者の処遇を措置入院制度という医療行政措置に委ねることがもはや許されない時期にきているという危機感から生じていることを知った2,7)。反対論者たちは精神神経学会の総会をも占拠し「改正案は触法精神障害者に治療なき拘禁を強いるもので,抑圧されている精神障害者に更なる抑圧を加えようとする悪法だ」と主張し,精神病院内での不祥事(患者への過剰な拘禁や虐待など)を告発しては学会員や世論に訴えた。宇都宮病院事件注1)の真相を知ると,患者の人権擁護が喫緊の課題であることもよく理解された。それでも筆者には,精神障害者の人権擁護が大切なのは当然だが,精神障害者による犯罪の防止対策もまた重要であり,両者を混同して論ずべきではないという思いがあったが,当時の学会には冷静な論議など許さぬ雰囲気があった。私はこの国の触法精神障害者の実態をぜひ調査したいと考えたが,実際にその機会を得たのは法務総合研究所との共同研究に参加した時(1982年)からである注2)

参考文献

1)第14回帝国議会貴族院精神病者監護法案特別委員会議事速記録第1号より(国立国会図書館所蔵)
2)本田正義:精神障害犯罪者の実態に関する共同調査研究—総論.法務総合研究所研究部紀要,1963
3)井上俊宏,吉川和夫,小西聖子,他:触法精神障害者946例の11年間追跡調査(第二報)—触法行為を頻繁に反復する2事例.犯罪学雑誌 61:201-206, 1995
4)古賀廉造:増補・訂正・再版・刑法新論.東華堂本店出版,p428, 1899
5)倉富勇三郎,平沼騏一郎,花井卓臓監修:刑法沿革綜覧.清水書店,p1646, 1922
6)呉秀三,樫田五郎:精神病者私宅監置ノ實実況及び其統計的観察.1918(創造出版復刻版より)
7)西原春夫:保安処分論.刑事政策講座第3巻.成文堂,1972
8)岡田孝之,安藤久美子:司法精神医学的視点から見た措置要件.精神科治療学 16:785-790, 2001
9)武井満:医療と司法の狭間の問題をいかに考えるか.精神科治療学 16:663-668, 2001
10)Watanabe H:Seven-year Follow-up Study on 1,108 Mentally Disordered Offenders in 1994-Analysis of Recidivism Using the Classification Tree Approach and Multilateral Criminological Analysis of 67 Serious Reoffenders. 犯罪学雑誌 71:133-163, 2005
11)山上皓,石井利文,峰下哲:精神病者による危険な犯罪の要因の分析と,その予防策についての研究.平成元年度科学研究研究成果報告書.1990
12)山上皓:わが国における触法精神障害犯罪者の処遇の現状と課題.日本精神科病院協会雑誌 10:10-16, 1991
13)山上皓:精神障害と犯罪.精神医学 36:786-797, 1994
14)山上皓,小西聖子,吉川和男,他:触法精神障害者946例の11年間追跡調査(第一報)再犯事件487件の概要.犯罪学雑誌 61:201-206, 1995
15)山上皓:触法精神障害者をめぐる諸問題.精神経誌 100:958-973, 1998
16)吉川和夫:英国における触法精神障害対策.精神経誌 102:23-29, 2000

掲載誌情報

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN:1882-126X

印刷版ISSN:0488-1281

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