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雑誌詳細

文献概要

特集 精神科臨床から何を学び,何を継承し,精神医学を改革・改良できたか(Ⅰ)

医療観察法精神科医療—その実現はどのようにして可能となり,積み残し課題は何か

著者: 三國雅彦12

所属機関: 1北海道大学大学院医学研究院精神医学教室 2社会医療法人函館渡辺病院精神科

ページ範囲:P.1217 - P.1222

はじめに
 養老律令(757年施行)には現在の精神障害や精神遅滞・てんかん患者などの犯罪は減免されていたものの,その患者の看護は原則家族の責任であることが明記されていたが4),心神喪失等で重大な犯罪を行った精神障害者という,二重の負担を負った人々に対して,養老律令以来,はじめて国の責任によって運営される医療ならびに社会復帰のための支援を提供するための法律が「心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律(医療観察法)」である。この医療観察法医療は司法と医療がともに責任を持つ初めての司法精神医療であり,一般精神科医療にも大きな変革をもたらしつつある。この一般精神科医療への好ましい影響の第一はその医療の実践で用いられている多職種協働の治療プログラムやさまざまなリスク評価と対応マニュアル,包括的暴力防止プログラム(CVPPP)などが一般精神科医療に波及しつつあり,日本の精神科医療の水準を上げることに寄与し始めていることである。
 第二に,医療観察法案の成立前後から厚生労働省の精神科医療改革への施策が次々と打ち出され,国会で審議中の医療観察法修正案に明記された「国の責務としての一般精神科医療の水準の向上」のため,厚生労働大臣を本部長とする精神保健福祉対策本部の設置(2002年),「入院医療中心から地域医療福祉中心へ」の転換を図る精神科医療改革ビジョンの策定(2004年),がん,心筋梗塞,脳卒中,糖尿病の四疾病に精神疾患を加えた五疾病について,医療法に基づく医療計画の作成を指示した大臣告示(2012年),国連で2006年に採択された障害者権利条約のわが国での批准(2014年),精神保健福祉法41条の「良質かつ適切な精神障害者に対する医療の提供を確保するための指針」に基づく厚生労働大臣告示(2014年)がなされ7,8),その成果が徐々にではあるが,上がってきている。実際,診療報酬の改定もその流れに沿う形で進んでおり,通院困難な精神障害者の地域生活支援のためのアウトリーチ活動は診療報酬の面で評価されるようになり,その後の改善もなされた。また,精神科急性期医療における16:1の医師配置に対する評価も改善され,総合病院精神科医療,とりわけ身体合併症医療の改善なども進められている。これらの流れの源流の一つが医療観察法の審議,成立,施行にあったことは言うまでもない。しかし,一方,著しい地域間格差が指摘されている措置入院制度や精神科情報センターの適正な運用,検察段階での簡易鑑定の適正化,刑務所などの刑事施設等の精神障害者への適切な精神医療の提供など,医療観察法の政府案が提出された当時,盛んに議論された諸点がほとんどそのまま放置されているのは甚だ残念である6)
 医療観察法の施行は遅れていたわが国の司法精神科医療に多大な成果を生みつつあるとともに,一般精神科医療へも大きな波及効果をもたらしつつあるが,本小論では今後のわが国の司法精神科医療の発展と一般精神科医療の改革に何らかの参考になればと願って,医療観察法の成立直前後の状況とその時に積み残された課題について略述したい。

参考文献

1)Ariga M, Uehara T, Takeuchi K, et al:Trauma exposure and posttraumatic stress disorder in delinquent female adolescents. J Child Psychol Psychiatry 49:79-87, 2008
2)芦名孝一:群馬県における「行政型」アウトリーチ活動—「措置移送センター」による予防的危機介入.精神経誌 114:423-429, 2012
3)五十嵐禎人:わが国における触法精神障害者処遇の歴史と特徴.司法精神医学 13:54-62, 2018
4)井上光貞,関晃,土田直鎮,他:日本思想体系「律令」.岩波書店,1977
5)松田太郎:指定入院医療機関退院後の予後に影響を与える要因の同定に関する研究.医療観察法における,新たな治療介入法や行動制御に係る指標の開発等に関する研究平成28年度総括・分担報告書,2017
6)三國雅彦:精神医学講座担当者の立場からみた,重大犯罪を起こした精神障害者の処遇に関する諸問題への対応策.日本精神科病院協会雑誌 21:39-42, 2002
7)三國雅彦:医療法に基づく医療計画と精神疾患対策基本法(仮称)は精神科医療改革の両輪.精神医学 54:1005-1009, 2012
8)三國雅彦:精神保健福祉法41条にある厚生労働大臣の指針に基づく,わが国の精神医療改革を具体化していくために.精神医学 56:837-838, 2014
9)中山研一:心神喪失者等医療観察法案の国会審議.成文堂,2005
10)岡江晃:宅間守 精神鑑定書—精神医療と刑事司法のはざまで.亜紀書房,2013
11)岡田幸夫,河野稔明,安藤久美子:2016年版医療観察統計レポート—入院・退院モニタリング調査.平成27年度厚生労働科学研究費補助金「観察法制度分析を用いた観察法医療の円滑な運用に係る体制整備・周辺制度の整備に係る研究」報告書.2016
12)岡田幸夫,河野稔明,安藤久美子:2017年版医療観察統計レポート—入院・退院モニタリング調査.平成28年度厚生労働行政推進事業費補助金「観察法制度分析を用いた観察法医療の円滑な運用に係る体制整備・周辺制度の整備に係る研究」報告書.2017
13)岡田幸夫,河野稔明,安藤久美子:2018年版医療観察統計レポート—入院・退院モニタリング調査.平成29年度厚生労働行政推進事業費補助金「観察法制度分析を用いた観察法医療の円滑な運用に係る体制整備・周辺制度の整備に係る研究」報告書.2018
14)山上晧:精神分裂病と犯罪.金剛出版,1992
15)Yoshikawa K, Taylor PJ, Yamagami A, et al:Violent recidivism among mentally disordered offenders in Japan. Crim Behav Ment Health 17:137-151, 2007

掲載雑誌情報

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN:1882-126X

印刷版ISSN:0488-1281

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