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特集 精神科臨床から何を学び,何を継承し,精神医学を改革・改良できたか(Ⅰ)
操作的診断に足りないものとは何か—求められる病の深さへの着目
著者: 白川治1
所属機関: 1近畿大学医学部精神神経科学教室
ページ範囲:P.1245 - P.1251
文献購入ページに移動はじめに
精神疾患に対する操作的診断基準によるカテゴリー診断は,精神科診療の現場にとどまらず,司法,行政に至るまで浸透している。診断を症状とその経過に専ら依拠せざるを得ない精神科診療の現状を考えると,精神医学が医学の一分野として認知されるためにも,共通言語としての役割を担う暫定的な取り決めが必要であることは言うまでもない。その代表が,DSMやICDにおける診断基準によるカテゴリー診断である。こうした診断基準による診断の功罪については,すでにたびたび論じられているので,詳細についてはそれらを参照いただきたい13)。DSMに対する批判の多くは,カテゴリー診断にまつわる誤解や誤用に対してであるとする意見にも一定の説得力があるが,DSMによる診断が一人歩きをすることがしばしば問題となっているのが実状であろう。
DSM-5においても,その冒頭で,「DSM-5の第1の目的は,熟練した臨床家が,症例定式化のための評価の一部として行う患者の精神疾患の診断を助けることであり,それが各患者に対応した十分に説明された治療計画の作成につながることになる」とし,さらに「症例の定式化には詳細な臨床病歴と,その精神疾患の発症に寄与したかもしれない社会的,心理的,生物学的な要因に関する簡潔な要約が伴わなければならない。したがって,診断基準に挙げられている症状を単純に照合するだけでは,精神疾患の診断をするためには十分ではない」と述べている1)。すなわち,診断カテゴリーにのみとらわれることなく,症例の定式化(case formulation,図1),つまり患者のストーリーを包括的に理解するという診立てが何よりも重要であるとしている11)。したがって,DSM診断の利用に関した主要な課題は,症例の定式化を軽視し,診断(とその意味するところ)を吟味なしに受け入れることによって生じると言えるかもしれない。
ところで,DSMがストイックなまでに原因を排除したことで,当初の意図通り調査・研究における利用が飛躍的に進展することになった一方で,成因論的に発症のプロセスから診立てを考えながら治療に生かすことが求められる診療の現場では,診断の枠組みとしてのDSMでは物足りないというのが臨床医に共通した認識であろう。
本稿では,カテゴリー診断を補完し,日常診療に生かすためには何が必要かについて述べたい。なお,本稿で操作的診断,カテゴリー診断を論じるとき,特に断りがない限りDSM-5を指している。
精神疾患に対する操作的診断基準によるカテゴリー診断は,精神科診療の現場にとどまらず,司法,行政に至るまで浸透している。診断を症状とその経過に専ら依拠せざるを得ない精神科診療の現状を考えると,精神医学が医学の一分野として認知されるためにも,共通言語としての役割を担う暫定的な取り決めが必要であることは言うまでもない。その代表が,DSMやICDにおける診断基準によるカテゴリー診断である。こうした診断基準による診断の功罪については,すでにたびたび論じられているので,詳細についてはそれらを参照いただきたい13)。DSMに対する批判の多くは,カテゴリー診断にまつわる誤解や誤用に対してであるとする意見にも一定の説得力があるが,DSMによる診断が一人歩きをすることがしばしば問題となっているのが実状であろう。
DSM-5においても,その冒頭で,「DSM-5の第1の目的は,熟練した臨床家が,症例定式化のための評価の一部として行う患者の精神疾患の診断を助けることであり,それが各患者に対応した十分に説明された治療計画の作成につながることになる」とし,さらに「症例の定式化には詳細な臨床病歴と,その精神疾患の発症に寄与したかもしれない社会的,心理的,生物学的な要因に関する簡潔な要約が伴わなければならない。したがって,診断基準に挙げられている症状を単純に照合するだけでは,精神疾患の診断をするためには十分ではない」と述べている1)。すなわち,診断カテゴリーにのみとらわれることなく,症例の定式化(case formulation,図1),つまり患者のストーリーを包括的に理解するという診立てが何よりも重要であるとしている11)。したがって,DSM診断の利用に関した主要な課題は,症例の定式化を軽視し,診断(とその意味するところ)を吟味なしに受け入れることによって生じると言えるかもしれない。
ところで,DSMがストイックなまでに原因を排除したことで,当初の意図通り調査・研究における利用が飛躍的に進展することになった一方で,成因論的に発症のプロセスから診立てを考えながら治療に生かすことが求められる診療の現場では,診断の枠組みとしてのDSMでは物足りないというのが臨床医に共通した認識であろう。
本稿では,カテゴリー診断を補完し,日常診療に生かすためには何が必要かについて述べたい。なお,本稿で操作的診断,カテゴリー診断を論じるとき,特に断りがない限りDSM-5を指している。
参考文献
1)American Psychiatric Association:Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, Fifth edition (DSM-5). American Psychiatric Publishing, Arlington, 2013(日本精神神経学会日本語版用語監修,髙橋三郎,大野裕監訳:DSM-5精神疾患の診断・統計マニュアル.医学書院,2014)
2)深尾憲二朗:スペクトラムの概念と反精神医学.村井俊哉,村松太郎責任編集:精神医学の基盤[3]—精神医学におけるスペクトラムの思想.学樹書院,pp88-99, 2016
3)深尾憲二朗:精神病理学の基本問題.日本評論社,pp125-140, 2017
4)橋本亮太,山森英長,安田由華,他:Research Domain Criteria(RDoC)プロジェクトの概念.精神医学 60:9-16, 2018
5)広瀬徹也:「逃避型抑うつ」再考.広瀬徹也,内海健編:うつ病論の現在—精緻な臨床をめざして.星和書店,pp49-68, 2005
6)Insel T, Cuthbert B, Garvey M, et al:Research domain criteria(RDoC):toward a new classification framework for research on mental disorders. Am J Psychiatry 167:748-751, 2010
7)笠原嘉,木村敏:うつ状態の臨床的分類に関する研究.精神経誌 77:715-735, 1975
8)笠原嘉:精神科医による言葉の処方(うつ病の場合).精神経誌 100:1074-1080, 1998
9)Kernberg O:Borderline personality organization. J Am Psychoanal Assoc 15:641-685, 1967
10)Kernberg O:A polyanalytic model for the classification of personality disorder. 岩崎徹也訳:人格障害の分類のための精神分析的なモデル.精神分析研究 40:155-168, 1996
11)是木明宏,中川敦夫:DSM-5から考える診断と診たて.最新精神医学 19:387-392, 2014
12)古茶大樹,針間博彦:病の「種」と「類型」,「階層原則」—精神障害の分類の原則について.臨床精神病理 31:7-17, 2010
13)古茶大樹:伝統的精神医学とDSM—共通点,違い,診断,長所と短所.精神経誌 119:837-844, 2017
14)Krueger RF, Kotov R, Watson D, et al:Progress in achieving quantitative classification of psychopathology. World Psychiatry 17:282-293, 2018
15)村上仁:統合失調症の精神症状論.精神医学重要文献シリーズHeritage.みすず書房,pp3-22, 2009
16)白川治:双極Ⅱ型障害—双極スペクトラムへの発展.精神科 13:286-293, 2008
17)豊嶋良一:「了解可能/不能感」と「生物学的正常/異常」の対応関係についての試論.精神経誌 119:827-834, 2017
18)臺弘:三つの治療法.精神科治療学 5:1573-1577, 1990
19)臺弘:精神医学の思想:医療の方法を求めて—改訂第3版.創造出版,2006
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