文献詳細
文献概要
展望
地域精神保健と保健師の今
著者: 野口正行1
所属機関: 1メンタルセンター岡山(岡山県精神保健福祉センター)
ページ範囲:P.657 - P.672
文献購入ページに移動はじめに
厚生労働省の文書を見ると,精神保健医療福祉と表現されることが多い。保健と医療と福祉を3つ並べて,精神科に関する専門領域全体を表しているわけである。わが国では,保健・医療・福祉とも,一定の活動の領域と専門職と財源とをもって相互に区別される領域となっている。保健は市町村や保健所の保健師や精神保健福祉相談員などが主に担当する相談や訪問業務などからなり,財源としては地方自治体の予算が主体である。医療は精神科病院や診療所などが行う治療であり,財源は診療報酬が中心である。福祉は障害者総合支援法で規定される障害福祉サービスが主体であり,相談支援専門員やその他の専門職が従事しており,それに対して固有の報酬体系がある。
しかし,保健は英語のhealthの訳であり,本来は医療も福祉も含み込んだ広い概念である。前稿43,44)でも指摘したことであるが,英語ではcommunity mental healthという用語が,わが国では「地域精神保健医療福祉」という長い名前になる。このことは,わが国では保健・医療・福祉がそれぞれ縦割りの組織となっている事態と対応していると思われる。精神科医にとって,そもそも保健の領域は何をしているのか,たとえば「保健所がどのような活動をしているのか」はイメージをつかみにくいのが現状だろう。それは上記のような縦割りの制度の下で,保健と医療と福祉の接点が乏しいという実情を反映している。しかし,今後在宅医療の拡充が医療全体で大きな課題となり,精神科においても地域で精神障害者を支える方向に移行しつつある現在,支援が保健・医療・福祉に分断されている状況は重大な問題であると言える。
本稿では,上記の問題意識を持ちつつ保健師を含めた精神保健活動について紹介したい。現在,保健医療福祉は「地域包括ケアシステム」という概念をキーワードとした再編成に向けて動いている。地域包括ケアシステムはこれまでは高齢者中心に検討され,精神障害は含まれていなかった。しかし,2017年度からは「精神障害にも対応した地域包括ケアシステム」という形で,精神科においても地域包括ケアシステムが主導的役割を果たすことが期待されることになった29,30)。この概念は言わば,分断した保健・医療・福祉を再統合して,community mental healthと一言で呼べるものを作るという意図を表したものとも言える。とはいえ,この概念を実質的なものにするには,医療も保健や福祉との相互交流を深めることが重要となる。本稿ではこのような目下の動きを念頭に置きつつ,精神保健の役割と,その中での保健師の役割を検討してみたい。なお,精神保健では,保健師以外にも,精神保健福祉相談員として精神保健福祉士が多数雇用されており,保健師と並び重要な役割を担っている。本稿では,与えられたテーマである保健師にひとまず焦点を絞ることとしたいが,そのことが精神保健福祉士など他の職種の役割を過小評価するものではないことをあらかじめ確認しておきたい。
厚生労働省の文書を見ると,精神保健医療福祉と表現されることが多い。保健と医療と福祉を3つ並べて,精神科に関する専門領域全体を表しているわけである。わが国では,保健・医療・福祉とも,一定の活動の領域と専門職と財源とをもって相互に区別される領域となっている。保健は市町村や保健所の保健師や精神保健福祉相談員などが主に担当する相談や訪問業務などからなり,財源としては地方自治体の予算が主体である。医療は精神科病院や診療所などが行う治療であり,財源は診療報酬が中心である。福祉は障害者総合支援法で規定される障害福祉サービスが主体であり,相談支援専門員やその他の専門職が従事しており,それに対して固有の報酬体系がある。
しかし,保健は英語のhealthの訳であり,本来は医療も福祉も含み込んだ広い概念である。前稿43,44)でも指摘したことであるが,英語ではcommunity mental healthという用語が,わが国では「地域精神保健医療福祉」という長い名前になる。このことは,わが国では保健・医療・福祉がそれぞれ縦割りの組織となっている事態と対応していると思われる。精神科医にとって,そもそも保健の領域は何をしているのか,たとえば「保健所がどのような活動をしているのか」はイメージをつかみにくいのが現状だろう。それは上記のような縦割りの制度の下で,保健と医療と福祉の接点が乏しいという実情を反映している。しかし,今後在宅医療の拡充が医療全体で大きな課題となり,精神科においても地域で精神障害者を支える方向に移行しつつある現在,支援が保健・医療・福祉に分断されている状況は重大な問題であると言える。
本稿では,上記の問題意識を持ちつつ保健師を含めた精神保健活動について紹介したい。現在,保健医療福祉は「地域包括ケアシステム」という概念をキーワードとした再編成に向けて動いている。地域包括ケアシステムはこれまでは高齢者中心に検討され,精神障害は含まれていなかった。しかし,2017年度からは「精神障害にも対応した地域包括ケアシステム」という形で,精神科においても地域包括ケアシステムが主導的役割を果たすことが期待されることになった29,30)。この概念は言わば,分断した保健・医療・福祉を再統合して,community mental healthと一言で呼べるものを作るという意図を表したものとも言える。とはいえ,この概念を実質的なものにするには,医療も保健や福祉との相互交流を深めることが重要となる。本稿ではこのような目下の動きを念頭に置きつつ,精神保健の役割と,その中での保健師の役割を検討してみたい。なお,精神保健では,保健師以外にも,精神保健福祉相談員として精神保健福祉士が多数雇用されており,保健師と並び重要な役割を担っている。本稿では,与えられたテーマである保健師にひとまず焦点を絞ることとしたいが,そのことが精神保健福祉士など他の職種の役割を過小評価するものではないことをあらかじめ確認しておきたい。
参考文献
1)芦名孝一:群馬県における「行政型」アウトリーチ活動:「措置移送センター」による予防的危機介入.精神経誌 114:423-429, 2012
2)荒田吉彦:保健所の有する機能,健康障害に対する役割に関する研究報告書.平成21年度地域保健総合推進事業(全国保健所長会協力事業).日本公衆衛生協会,2010
3)Berkman L, Kawachi I, Glaymour MM:Social Epidemiology. Oxford University Press, Oxford, 2014(高尾総司,藤原武男,近藤尚己監訳:社会疫学.上下巻.大修館書店,2017)
4)地域における保健師の保健活動に関する検討会:地域における保健師の保健活動に関する検討会報告書.平成24年度地域保健総合推進事業,日本公衆衛生協会,2013 http://www.jpha.or.jp/sub/menu04_2.html(2017年9月22日閲覧)
5)地域保健対策検討会:地域保健対策検討会報告書:今後の地域保健対策のあり方について.平成24年3月27日.厚生労働省,http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r98520000028ufa.html(2017年8月26日閲覧)
6)地域保健対策におけるソーシャルキャピタルの活用のあり方に関する研究班:住民組織活動を通じたソーシャル・キャピタル醸成・活用にかかる手引き.平成26年度厚生労働科学研究補助金健康安全・危機管理対策総合研究事業,2017
7)Das-Munshi J, Bécares L, Boydell JE, et al:Ethnic density as a buffer for psychotic experiences:findings from a national survey(EMPIRIC). Br J Psychiatry 201:282-290, 2012
8)De Silva MJ, McKenzie K, Harpham T, et al:Social capital and mental illness:a systematic review. J Epidemiol Community Health 59:619-627, 2005
9)Ehsan AM, De Silva MJ:Social capital and common mental disorder:a systematic review. J Epidemiol Community Health 69:1021-1028, 2015
10)Faust HS, Menzel PT:Prevention vs. Treatment:What's the Right Balance? Oxford University Press, Oxford, 2012
11)Hattori I, Higashi T:Socioeconomic and familial factors in the involuntary hospitalization of patients with schizophrenia. Psychiatry Clin Neurosci 58:8-15, 2004
12)久常節子:保健師リーダーが今,取り組まなければならないこと.日本公衆衛生協会:ふみしめて七十年:老人保健法施行後約30年間の激動の時代を支えた保健師活動の足跡.日本公衆衛生協会,pp39-49, 2013
13)Hopper K, Harrison G, Janca A, et al:Recovery from Schizophrenia:An International Perspective:A Report from the WHO Collaborative Project, the International Study of Schizophrenia. Oxford University Press, Oxford, 2007.
14)飯島清美子,山口忍,渡辺尚子,他:市町村保健師が精神保健分野の個別対応で抱える困難.日本公衆衛生看護学会誌 5:144-153, 2016
15)生田恵子:行財政改革と保健師活動.日本公衆衛生協会:ふみしめて七十年:老人保健法施行後約30年間の激動の時代を支えた保健師活動の足跡.日本公衆衛生協会,pp76-79, 2013
16)Imai H, Nakao H, Nakagi Y, et al:Prevalence of burnout among public health nurses in charge of mental health services and emergency care systems in Japan. Environ Health Prev Med 11:286-291, 2006
17)稲葉陽二,大守隆,金光淳,他:ソーシャル・キャピタル「きずな」の科学とは何か.ミネルヴァ書房,2014
18)井上肇:「さらなる」という幻想からの脱却:「これからの特殊な40年間」に必要な保健師の視点.日本公衆衛生協会:ふみしめて七十年:老人保健法施行後約30年間の激動の時代を支えた保健師活動の足跡.日本公衆衛生協会,pp33-36, 2013
19)Kawachi I, Takao S, Subramanian SV:Global Perspectives on Social Capital and Health. Springer, New York, 2013(近藤克典,白井こころ,近藤尚己監訳:ソーシャル・キャピタルと健康政策:地域で活用するために.日本評論社,2013)
20)木村哲也:駐在保健婦の時代1942-1997.医学書院,2012
21)厚生労働省:ソーシャルキャピタル関連資料.http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000092042.html(2017年8月26日閲覧)
22)厚生労働省:保健所および市町村における精神保健福祉業務について.平成12年3月31日障第251号厚生省大臣官房障害保健福祉部長通知.精神保健福祉研究会編:精神保健福祉関係法令通知集 平成23年版.ぎょうせい,pp1339-1351, 2011
23)厚生労働省:地域における保健師の保健活動に関する指針.障発0419第1号,平成25年4月19日
24)厚生労働省:全国健康関係主管課長会議の資料.(平成25年度) http://www.mhlw.go.jp/topics/2014/03/tp140313-01.html(2017年8月26日閲覧)
25)厚生労働省:平成26年度全国健康関係主管課長会議の資料について. http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000078305.html(2017年8月26日閲覧)
26)厚生労働省:平成27年度全国健康関係主管課長会議の資料について. http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000126469.html(2017年8月26日閲覧)
27)厚生労働省:保健師活動領域調査 平成28年度.http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/NewList.do?tid=000001035128(2017年8月26日閲覧)
28)厚生労働省:平成28年度全国健康関係主管課長会議の資料について.http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000152088.html(2017年8月26日閲覧)
29)厚生労働省:平成28年度全国障害保健福祉関係主管課長等会議資料.http://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-12200000-Shakaiengokyokushougaihokenfukushibu/0000114716.pdf(2017年10月1日閲覧)
30)厚生労働省:これからの精神保健医療福祉のあり方に関する検討会報告書.平成29年2月17日.http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi2/0000152029.html(2017年10月9日閲覧)
31)厚生労働省:衛生行政報告例.http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/NewList.do? tid=000001031469(2017年10月9日閲覧)
32)Kreyenbuhl J, Nossel IR, Dixon LB:Disengagement from mental health treatment among individuals with schizophrenia and strategies for facilitating connections to care:a review of the literature. Schizophr Bull 35:696-703, 2009
33)望月弘子,生田恵子:歴史の節目に行政を動かした活動:日本看護協会の歴史と活動.日本公衆衛生協会:ふみしめて五十年:保健婦活動の歴史.厚健出版,pp404-408, 1993
34)中嶋亜希子,大場ゆかり,小原聡子,他:地域における申請・通報事例への対応:平成25年度申請・通報等処理状況から見えてきたこと.宮城県精神保健福祉センター紀要 第42号,2014 https://www.pref.miyagi.jp/uploaded/attachment/301771.pdf(2017年10月9日閲覧)
35)新村順子,宮崎美砂子,石丸美奈:精神障害者の個別支援における保健師が感じる困難とその対処:精神保健福祉業務の経験年数による比較.日本地域看護学誌 19:5-62, 2016
36)日本看護協会:保健師活動指針活用ガイド.2014 https://www.nurse.or.jp/nursing/hokenshi/guide/index.html(2017年10月9日閲覧)
37)日本看護協会:保健師の活動基盤に関する基礎調査報告書.平成26年度 厚生労働省先駆的保健活動交流推進事業.日本看護協会,2015
38)日本公衆衛生協会:ふみしめて五十年:保健婦活動の歴史.厚健出版,1993
39)日本公衆衛生協会:保健師の2007年問題に関する検討会報告書.平成18年度地域保健総合推進事業,2007 www.wam.go.jp/wamappl/bb13GS40.nsf/0/.../$FILE/20070725_1haifu3.pdf(2017年9月26日閲覧)
40)日本公衆衛生協会:ふみしめて七十年:老人保健法施行後約30年間の激動の時代を支えた保健師活動の足跡.日本公衆衛生協会,2013
41)日本精神保健福祉連盟:保健所における精神保健及び精神障害者への支援に関する実態調査研究報告.保健所及び市町村における精神障害者支援に関する全国調査報告書.日本精神保健福祉連盟,2015,http://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000099385.html(2017年9月22日閲覧)
42)野口正行,守屋昭,藤田健三:岡山県精神保健福祉センターにおけるアウトリーチ支援.精神経誌 114:437-444, 2012
43)野口正行:アウトリーチ支援の実践による精神保健医療福祉改革.公衆衛生 80:819-824, 2016
44)野口正行:自治体保健行政の役割.精神科治療学 31(増刊号):331-334, 2016
45)O'Brien A, Fahmy R, Singh S:Disengagement from mental health services. Soc Psychiatry Psychiatr Epidemiol 44:558-568, 2009
46)全国保健所長会:保健所設置数・推移.http://www.phcd.jp/03/HCsuii/index.html(2017年8月26日閲覧)
47)標美奈子,松田正己,渡部月子,他:標準保健師講座1.公衆衛生看護学概論.第4版.医学書院,2015
48)社会保障制度改革国民会議:社会保障制度改革国民会議報告書.主相官邸,2013,http://www.kantei.go.jp/jp/singi/kokuminkaigi/(2017年9月22日閲覧)
49)荘田智彦:保健婦:「普通」を守る仕事の難しさ.家の光協会,1999
50)荘田智彦:保健婦 魂の犯行:「公衆衛生」生命のラインが危ない.家の光協会,2001
51)総務省:「市町村合併」について.http://www.soumu.go.jp/gapei/gapei.html(2017年9月22日閲覧)
掲載誌情報