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特集 高齢者のメンタルヘルス
高齢者の妄想性障害とメンタルヘルス
著者: 袖長光知穂1 堀宏治1
所属機関: 1聖マリアンナ医科大学神経精神科学
ページ範囲:P.39 - P.46
文献購入ページに移動はじめに
わが国では人口の高齢化に伴い2016年に厚生労働省から公表された新オレンジプラン9)によると,認知症に罹患する高齢者は,2025年には約700万人となり,高齢者の約5人に1人が認知症に罹患すると推計されている。
高齢者が増加することによって,認知症以外の,高齢発症の統合失調症,妄想性障害,うつ病,躁病,不眠症などの増加も見込まれるところである。厚生労働省の患者調査10)によると,2014年には精神疾患患者総数は約392万人,そのうち認知症疾患患者数は67.8万人(2011年の51.2万に比べて約3万人増)であった。妄想性障害は,統合失調症,統合失調症型障害とともに1つの疾患単位として集計されており,2011年71.3万人,2014年には77.3万人と,2002年調査以降は70万人台で推移し,患者数の大きな変化はなく,高齢者の妄想性障害に限っての患者数は明らかでない。
妄想性障害は,米国精神医学会による診断基準DSM-52)によると,表1に示すとおり,
A) 1つまたはそれ以上の妄想が1か月間またはそれ以上存在する。
B) 統合失調症の基準A(妄想,幻覚,まとまりのない発語,ひどくまとまりのない,または緊張病性の行動,陰性症状)を満たしたことがない。
C) 妄想またはそれから波及する影響を除けば,機能は著しく障害されてはおらず,行動は目立って奇異であったり奇妙ではない。
以上,A),B)妄想主体で,C)妄想以外の機能の障害がないことが,中核的な症状と示されている。
高齢者においては,脳の形態や機能の変化,糖尿病や高血圧などの身体疾患,視力,聴力,運動機能の低下などの加齢性の変化をほとんど常に伴う。そのため,高齢者の精神疾患を診るときには,これらの身体的な要因も含めながら診断していく必要がある。また,従来診断では,妄想性障害を含む統合失調症圏内の疾患,感情障害圏内の疾患などを広く老年期精神障害と診断し,認知症との鑑別を主眼においてきたところ,DSMやICDなどの記述的診断の汎用化に伴い,統合失調症圏の疾患が,統合失調症,統合失調型障害,妄想性障害に細分化されたことにより,高齢者初発の統合失調症があるのかという疑問や,妄想性障害と統合失調症との境界があいまいであると繰り返し指摘される7,8)ように,妄想性障害の診断はより複雑化してきている。
その一方で,高齢者の妄想性障害と認知症に伴う行動・心理症状(behavioral and psychological symptoms of dementia:BPSD)を鑑別する際,いずれは認知症への移行が見込まれるものであるがその時点では妄想性障害と診断するのか,初期症状として妄想が前景に認められる認知症と診断するのか,判断に迷うことの多さも指摘されてきた7,8)。
そういった中で,妄想性障害,認知症によらない高齢者の幻覚妄想について,従来診断として,遅発性パラフレニー,接触欠損パラノイドなどの類型化を用いて,高齢者の心理を理解することの大切さが繰り返し提唱8,18)されてきている。いずれも人生後期の発症であり,その特徴として,社会的孤立や女性優位の発症などが挙げられ共通点が多いため,本稿では代表的な類型として遅発性パラフレニーを紹介する。
わが国では人口の高齢化に伴い2016年に厚生労働省から公表された新オレンジプラン9)によると,認知症に罹患する高齢者は,2025年には約700万人となり,高齢者の約5人に1人が認知症に罹患すると推計されている。
高齢者が増加することによって,認知症以外の,高齢発症の統合失調症,妄想性障害,うつ病,躁病,不眠症などの増加も見込まれるところである。厚生労働省の患者調査10)によると,2014年には精神疾患患者総数は約392万人,そのうち認知症疾患患者数は67.8万人(2011年の51.2万に比べて約3万人増)であった。妄想性障害は,統合失調症,統合失調症型障害とともに1つの疾患単位として集計されており,2011年71.3万人,2014年には77.3万人と,2002年調査以降は70万人台で推移し,患者数の大きな変化はなく,高齢者の妄想性障害に限っての患者数は明らかでない。
妄想性障害は,米国精神医学会による診断基準DSM-52)によると,表1に示すとおり,
A) 1つまたはそれ以上の妄想が1か月間またはそれ以上存在する。
B) 統合失調症の基準A(妄想,幻覚,まとまりのない発語,ひどくまとまりのない,または緊張病性の行動,陰性症状)を満たしたことがない。
C) 妄想またはそれから波及する影響を除けば,機能は著しく障害されてはおらず,行動は目立って奇異であったり奇妙ではない。
以上,A),B)妄想主体で,C)妄想以外の機能の障害がないことが,中核的な症状と示されている。
高齢者においては,脳の形態や機能の変化,糖尿病や高血圧などの身体疾患,視力,聴力,運動機能の低下などの加齢性の変化をほとんど常に伴う。そのため,高齢者の精神疾患を診るときには,これらの身体的な要因も含めながら診断していく必要がある。また,従来診断では,妄想性障害を含む統合失調症圏内の疾患,感情障害圏内の疾患などを広く老年期精神障害と診断し,認知症との鑑別を主眼においてきたところ,DSMやICDなどの記述的診断の汎用化に伴い,統合失調症圏の疾患が,統合失調症,統合失調型障害,妄想性障害に細分化されたことにより,高齢者初発の統合失調症があるのかという疑問や,妄想性障害と統合失調症との境界があいまいであると繰り返し指摘される7,8)ように,妄想性障害の診断はより複雑化してきている。
その一方で,高齢者の妄想性障害と認知症に伴う行動・心理症状(behavioral and psychological symptoms of dementia:BPSD)を鑑別する際,いずれは認知症への移行が見込まれるものであるがその時点では妄想性障害と診断するのか,初期症状として妄想が前景に認められる認知症と診断するのか,判断に迷うことの多さも指摘されてきた7,8)。
そういった中で,妄想性障害,認知症によらない高齢者の幻覚妄想について,従来診断として,遅発性パラフレニー,接触欠損パラノイドなどの類型化を用いて,高齢者の心理を理解することの大切さが繰り返し提唱8,18)されてきている。いずれも人生後期の発症であり,その特徴として,社会的孤立や女性優位の発症などが挙げられ共通点が多いため,本稿では代表的な類型として遅発性パラフレニーを紹介する。
参考文献
1)American Psychiatric Association:Diagnostic and Statistical Manal of Mental Disorders, 4th ed., text revision. American Psychiatric Association, Washington D.C., 2000(髙橋三郎,大野裕,染矢俊幸訳:DSM-Ⅳ-TR精神疾患の診断・統計マニュアル.新訂版.医学書院,2004)
2)American Psychiatric Association:Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, fifth ed.(DSM-5):American Psychiatric Association, Washington D.C. 2013(日本精神神経学会日本語版用語監修,髙橋三郎,大野裕監訳:DSM-5精神疾患の診断・統計マニュアル.医学書院,2014)
3)浅井昌弘:各論第10章高齢者の統合失調症および他の精神病性障害.日本老年精神医学会編:改訂・老年精神医学講座.ワールドプランニング,pp167-193, 2009
4)Cipriani G, Lucetti C, Danti S, et al:Violent and criminal manifestations in dementia patients. Geriatr Gerontol Int 16:541-549, 2016
5)DeutshLH, BylsmaFW, Rovner BW, et al:Psychosis and physical aggression in probable Alzheimer's disease. Am J Psychiatry 148:1159-1163, 1991
6)Kay DWK, Roth M:Environmental and hereditary factors in the schizophrenia of old age(“late paraphrenia”)and their bearing on the general causation in schizophrenia. J Ment Sci 107:649-686, 1961
7)古茶大樹:高齢者の統合失調症はあるのか.高齢者の妄想性疾患.特集パラノイアと妄想性障害.臨床精神医学 42:45-48, 2013
8)古茶大樹:老年期の非器質性幻覚妄想状態.三村將企画:老年精神医学—診断と治療のABC132.最新医学社,pp197-203, 2018
9)厚生労働省:認知症施策推進総合戦略(新オレンジプラン).2016 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000064084.html https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/kanja/14/(2018年11月28日閲覧)
10)厚生労働省:平成26年(2014)患者調査の概況.https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/kanja/14/(2018年11月28日閲覧)
11)古城慶子:高齢者の社会的孤立と精神病理.老年精神医学雑誌 22:678-684, 2011
12)松下正明:遅発性パラフレニー—症例を中心に.松下正明編:新世紀の精神科治療第3巻:老年期の幻覚妄想—老年期精神疾患の治療論:中山書店,pp143-161, 2004
13)奥村雄介:刑事施設における受刑者の高齢化問題.老年精神医学雑誌 21:763-769, 2010
14)小野江正頼:遅発性パラフレニー.3)高齢者特有の精神疾患.第5章疾患各論.精神科治療学 32:278-281, 2017
15)Roth M:The Natural History of Mental Disorders in Old Age. J Ment Sci 101:281-290, 1955
16)Uchiyama M, Isse K, et al:Incidental Lewy body disease in a patient with REM sleep behavior disorder. Neurology 45:709-712, 1995
17)上田淳哉,袖長光知穂ら:治療に難渋した抑うつ症状と幻聴に対して修正型電気けいれん療法が著効したレビー小体型認知症の一例.精神科治療学 32:1092-1097, 2017
18)上田諭:高齢者の妄想性障害—特徴とその周辺.超高齢社会における精神病像の新しい側面.老年精神医学雑誌 22:906-913, 2011
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