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雑誌目次

雑誌文献

精神医学61巻11号

2019年11月発行

雑誌目次

特集 医療現場での怒り—どのように評価しどのように対応するべきか

特集にあたって

著者: 明智龍男

ページ範囲:P.1233 - P.1233

 怒りは人にとって普遍的な感情であり,心理学者のPaul Ekmanによると,恐れ,喜び,悲しみ,驚き,嫌悪と合わせて基本感情の一つとされている。実際に,私たちも日常的に怒りを感じ,時には怒りのコントロールに苦悩することもある。怒りそのものは疾患単位ではないものの,感情の一つであるため,脳機能や気分に関連して,医療現場でその評価やマネジメントに悩むことは日常的にみられることでもある。実際に,医療現場で仕事をしている人たちの中で患者さんやご家族の怒りで悩んだ経験を持たない方はいないのではないだろうか。
 筆者は精神科医として,がん患者をはじめとした身体疾患患者のメンタルヘルスを専門にしてきたが,その経験の中でも実に多くの怒りに出会い,悩んできた。また,日常的に看護スタッフから怒りを有した患者さんやご家族のケアや対応の相談を経験してきた。その経験からは,怒りには正常心理の範疇のものから,脳器質的なものまで,あらゆる病態に起因するものが含まれていた。怒りは暴言や暴力につながることもあり,医療スタッフのメンタルヘルスの維持あるいは医療安全の観点からも重要なテーマである。

怒りとは何か?—怒りとは人間にとっての普遍的な感情である

著者: 岩滿優美

ページ範囲:P.1235 - P.1242

抄録 怒りは,人間にとって普遍的な感情である。怒りを含む感情について,進化論的,生理的,認知的,社会文化的などさまざまな視点から研究が行われているが,いまだ共通の定義はない。ここでは,さまざまな感情理論を紹介し,怒りの種類について説明する。
 患者の怒りの原因は,状況,身体症状,心理社会的状況,精神状態/パーソナリティの4つに分類される。また,患者の怒りには,病気,セルフコントロールの喪失や無力などの「対象のない抽象的な怒り」と,自己,友人や家族,医療者などの「対象のある怒り」とがある。患者の怒りには,その背後にさまざまな感情や思考が潜んでいる。さまざまな対象喪失による悲嘆としての怒り,あるいは不安や抑うつを封じ込めている怒りなど,患者は言語化できない感情や思考を怒りとして表出することがある。医療者は,自身の態度を振り返りながら,患者の置かれた状態や背景を鑑みて怒りを理解することが求められる。

精神疾患と怒り—怒りがみられやすい精神疾患とは

著者: 高井健太朗 ,   塩入俊樹

ページ範囲:P.1243 - P.1252

抄録 本稿では,DSM-5診断基準に準じ,“怒り”がみられやすい主な精神疾患について解説した。周知のごとく,“怒り”は人間にとって普遍的な感情の1つであり,多くの精神疾患においてみられる可能性がある。したがって,本稿では精神疾患の特徴的症状として“怒り”を呈する可能性が高い疾患について記載した。そのため便宜上,“怒り”がみられやすい精神疾患を,①DSM-5の診断基準に“怒り”に関連した項目が入っているもの,②児童・青年においてのみ,DSM-5診断基準に“怒り”に関連した項目が入っているもの,そして③DSM-5診断基準には“怒り”に関連した項目が入っていないものの,臨床上“怒り”がみられやすいもの,の3つに分けて解説した。その結果,それぞれの疾患数は,21,2,20で,合計43疾患が“怒り”がみられやすい精神疾患であった。本稿では,その中で,他稿で扱われない精神疾患について具体的に概説した。

不安症の怒りに対応する

著者: 小川成

ページ範囲:P.1253 - P.1258

抄録 不安と怒りは従来から密接な関連を有していることが指摘されてきた。不安症の各疾患においても怒りや攻撃性との関連が指摘されており,不安や不安症と怒り・攻撃性には一定の関連があるとされている。
 不安症を含めた複数の併存診断がつくケースで怒りの表出がある場合は,うつ病や境界性パーソナリティ障害等の怒りとの関連の強い疾患に怒りが惹起しやすい原因を帰着させやすいが,不安症により怒り表出が起こりやすくなっている可能性もある。怒りの軽減を図りたい場合,パニック症や社交不安症であれば,認知行動療法の施行は有効である可能性があり,認知面にアプローチすることは怒りの軽減にさらに有用であるかもしれない。
 Sullivanは怒りを表出する人は何らかの不安を回避している可能性を示唆しており,怒りと不安あるいは不安症との関連に注目することは有用であると思われる。

双極性障害の怒りに対応する

著者: 寺尾岳

ページ範囲:P.1259 - P.1266

抄録 双極性障害患者の怒りは,気分エピソードと関連して生じる可能性はもちろん,関連しない場合もある。後者は循環気質の患者に生じやすく,特に感情と関連する衝動性とリンクする可能性が高い。実際の臨床場面においては,まずは患者をよく観察し,怒りの訴えをよく聞いて,しっかりと患者の怒りをこちらが受け止めることが大切である。その上で,気分エピソードに伴う怒りなのか,感情と関連する衝動性に伴う怒りなのかを考えつつ,前者であればリチウムをはじめとする気分安定薬の調整,後者であればアセナピン舌下錠やリスペリドン水液など即効性の抗精神病薬投与が期待できる。いずれにせよ,患者それぞれの怒りの程度も頻度も異なり,薬物に対する反応性も同じではないので,個別的な対応が重要であることは言うまでもない。

PTSDと怒り

著者: 前田正治

ページ範囲:P.1267 - P.1275

抄録 外傷後ストレス障害と怒りとの関連は深い。第一に,覚醒亢進症状の発露としての発作的な,衝動的な怒りがある。この場合,悪意や攻撃性を伴わないことも多く,怒りの対象も明確でない。自我違和的でもあり,問題行動として外在化しやすく,治療的合意も得やすい。第二に,深刻な犯罪被害などトラウマ体験によっては,根強い攻撃性や憎悪感情を背景に持つ怒りもある。その際は,怒りはしばしば復讐としての文脈を帯び,当事者にとって自我親和的であるがゆえに治療的合意も得にくい。そのような症例に対しては怒りの背景について理解した上で,まずは共感を旨として治療関係を作るべきである。一般に,怒り発作に対しては,心理教育,リラクゼーション,認知行動療法,薬物療法が有効である。症例によっては,攻撃性に関するリスク査定も必要となる。また治療や支援の過程で,怒りの対象となった関係者が外傷化してしまうことも多く,適切な心理的ケアが必要となる。

パーソナリティ障害の怒りに対応する—特に境界性パーソナリティ障害を念頭に

著者: 皆川英明

ページ範囲:P.1277 - P.1285

抄録 パーソナリティ障害の中でも特に境界性パーソナリティ障害に焦点を当て,その激しい怒りの表出について破壊的自己愛の観点から論じた。破壊的自己愛は,Rosenfeld(1964,1971)が提唱した臨床概念である。心の無意識の世界においては,自己の破壊的な自己愛部分は理想化されたギャングやマフィアとして現れ,パーソナリティの残りの部分を制圧して支配する。「悪いもの」ではなく「良いもの」を攻撃するという特徴を有するため,医師の解釈が正しければ正しいほど陰性の反応を引き起こすという矛盾した状況を生み出し,治療はしばしば膠着状態に陥る。膠着状態の打開のためには,複数のパーソナリティが併存する構造に着目し,発生的な解釈を加えるなどの技法上の工夫が必要であることを論じた。

大人の発達障害の怒りへの対応

著者: 山田敦朗

ページ範囲:P.1287 - P.1296

抄録 大人の発達障害では主に自閉スペクトラム症(autism spectrum disorders:ASD),注意欠如・多動症(attention-deficit / hyperactivity disorders:ADHD)に遭遇する頻度が高い。こうしたケースでは,扱いづらい怒りの問題がしばしば起きてくる。ASDでは,対人関係の障害や常同といった症状に関連すると考えられるが,共感性の障害や易刺激性,気分調整の困難なども一因として挙げられる。ADHDでは不注意,多動,衝動性の症状によるものの他,ASDと同様に気分調整の困難も関連する。どちらの発達障害においても,孤立感,被害念慮,自己不全感,自尊心の低下といった二次障害と呼ばれる症状があることが多く,怒りの原因になり得るので注意が必要である。怒りの現場では冷静な対応が求められるが,見通しを立てること,丁寧に説明することで怒りを予防することも重要である。また治療の一環として怒りを扱っていくことも欠かせない。

認知症の怒りに対処する

著者: 谷向仁

ページ範囲:P.1297 - P.1304

抄録 「怒り」は認知症者に限らず誰にでも生じるものである。したがって,医療者が認知症者の「怒り」に適切に対応するためには,まず“人”が「怒り」を感じる状況や心理について理解した上で,BPSDなどにより誘発される「怒り」を理解することが大切であると筆者は考える。「怒り」の根底には自尊心や尊厳の傷つきがあると考えられることから,医療者は自分たちの行う治療,ケア,コミュニケーションが,「自尊心や尊厳を侵害していないか」について常に注意を払い,パーソンフッドを大切に敬意をもって接することが重要である。また,「怒り」の表出に影響する因子として,unmet needや身体的不調が隠れていないか,治療薬による影響はないかなどにも注意する必要がある。BPSDによって誘発された怒りでは非薬物療法をまず試みるが,症状マネジメントが困難な場合には薬物療法も考慮される。ただし,特に抗精神病薬の開始や使用期間については慎重な検討が必要である。

身体疾患患者やその家族の怒りに対応する

著者: 安井玲子 ,   清水研

ページ範囲:P.1305 - P.1314

抄録 不安や恐怖,無念さなど,さまざまな感情が怒りとなって表出されることがある。患者や家族から怒りを向けられたとき,それに飲み込まれることなく,怒りの背景にあるものに目を向け,評価を行うことが大切である。それによって怒りを向けられた側の心理的負担を減らし,適切な対応が可能となる。

看護における感情のマネジメント

著者: 加藤宏公

ページ範囲:P.1315 - P.1323

抄録 現在の医療現場では特に怒りの感情が注目を集めており,その表出に対応をしなければならない機会が増加している。看護師は,医療職の中でも最も患者と接する時間が長く,患者の苦痛に伴う不安や怒り,その他の感情表出にもさらされる機会が多い。しかし,看護師側の感情表出としては,そのような場面においても,共感や思いやりをもった感情労働(emotional labor)を維持しなければならない。看護師の感情労働の研究からは,社会的に期待される感情規則に沿った共感や思いやりの感情表出を繰り返すことで,看護師の共感疲労(compassion fatigue)を生み,二次的外傷性ストレスとバーンアウトに繋がることが分かっている。このような看護の現状に対して,感情労働に対する心理的柔軟性(psychological flexibility)と,共感疲労を癒すセルフコンパッション(self-compassion)の視点から,今後の看護における感情のマネジメントのあり方を考察した。

患者の怒りのマネジメント

著者: 福森崇貴

ページ範囲:P.1325 - P.1333

抄録 本稿では,怒りの問題に悩む患者の怒りのマネジメントに焦点を当て,認知行動療法の観点から,1)怒り感情の理解,2)怒りパターンの把握,3)怒りにかかわる個人内要素への働きかけ,という3つのポイントについて概説した。まず,1)では,怒りという感情の持つ適応的な働きについて触れるとともに,一次的感情,二次的感情の区別について解説した。次に2)では,怒りのパターンを把握するための枠組みとして認知行動療法のモデルを提示し,怒りのパターンおよびそこでの悪循環について例をもとに説明した。3)では,患者の身体,認知,行動に変化を促すためのいくつかの方法について紹介した。最後に,本稿の限界点および怒りのマネジメントの医療者への適用について言及した。

トラブルマネジメントからみる医療安全と怒り

著者: 瀧本禎之

ページ範囲:P.1335 - P.1341

抄録 医療職員の安全を守り,医療者が精神的な余裕を持って業務に従事できるという観点から,トラブルマネジメントは医療安全を実現するための一つの要素である。トラブルマネジメントを行う際には,患者の苛立ちや怒りへ早期に適切に対応することが重要となる。まずは,苛立ちや怒りの原因になっている訴えを分類し,それぞれに応じたレベルで対応する。そして,コントロールを失いそうな怒りに対しては,暴言や暴力に発展しないように,複数人の職員で対応するなどの未然に防ぐような行動を選択する。さらには,暴言や暴力に対しては,コードホワイトや警察の臨場要請など医療機関として毅然とした対応を行うことも重要である。

研究と報告

医療観察法指定入院医療機関データベースの活用と課題—多職種スタッフに対するグループインタビュー調査から

著者: 小池純子 ,   河野稔明 ,   大町佳永 ,   村田雄一 ,   久保正恵 ,   黒木規臣 ,   藤井千代 ,   平林直次

ページ範囲:P.1343 - P.1352

抄録 医療観察法データベースの活用の現状を明らかにし,解決策を検討するために,医療観察法多職種スタッフを対象としたフォーカス・グループ・ディスカッションを用いた研究を行った。その結果,データベース活用への積極的姿勢の要因と消極的姿勢の要因が抽出された。前者には「治療標準化の共有の必要性」と「外部との現状共有の必要性」があり,後者には,「情報リテラシーの強化」「運用や設計の見直しの必要性」が含まれた。
 医療観察法データベースは,歴史的背景を考慮した重点的かつ網羅的に把握しなければならない項目で構成されているが,臨床のニーズに応える項目にも対応し,医療観察法医療の水準の向上に寄与していく必要があると思われた。

短報

「ゴミ屋敷」化を繰り返す中高年ひきこもり女性に対する地域移行支援の1例

著者: 米澤恵子 ,   中村真里 ,   藤川昌典

ページ範囲:P.1353 - P.1356

抄録 症例は,自閉症スペクトラム症の40代女性。「ゴミ屋敷」化による転居を繰り返して20年以上ひきこもり続けた。支援・医療への拒否が強かったが身体的危機により入院となり,地域移行支援の後,地域での単身生活を開始,継続している。本人の特性や意思に配慮しながら,地域での単身生活を維持できるよう,地域の多職種で話し合いを重ね,現在は訪問看護でのアウトリーチ支援を受け,通院ができている。個々の中高年のひきこもり当事者に応じた支援の具体例である。

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目次

ページ範囲:P. - P.

今月の書籍

ページ範囲:P.1357 - P.1357

次号予告

ページ範囲:P.1358 - P.1358

編集後記

著者:

ページ範囲:P.1362 - P.1362

 今秋は相次ぐ台風などによる災害が全国で発生しています。災害に伴うやり切れない思いが怒りとなることも少なくないと思われます。そのような折も折,「医療現場での怒り」と題した特集に12編の興味深い論文が寄せられました。その中では怒りをどのように評価するかに重点が置かれており,具体的な視点が提示されてもいます。たとえば,患者の怒りには「対象のない抽象的な怒り」と「対象のある怒り」があると指摘されています。疾患に伴う怒りについても,双極性障害では,気分エピソードと関連して生じる怒りと感情の不安定さに衝動性が相まって生じる怒りがあるとされたり,PTSDでは,発作的で衝動的であり敵意や攻撃性を伴わない怒りと強い敵意や攻撃性を背景に持つ怒りがあるとされたりしています。この他に怒りが問題になることがある精神疾患として,不安症,パーソナリティ障害,発達障害,認知障害も取り上げられるとともに,身体疾患についても論じられています。精神疾患はしばしば併存するものであり,複数の論文を続けて読んでいくと,怒りを介して疾患同士の関連が浮かび上がってくる面もあります。また,疾患ごとに怒りを適切に評価して対応する方略について述べられていることに加えて,怒りのマネジメントに焦点を当てた3編も含まれています。多くの読者にとって思い当たる点があり,臨床活動の参考になる特集ではないかと思います。
 特集に加えて,本号には研究と報告,短報それぞれ1編が掲載されています。研究と報告は,医療観察法データベースの活用の現状を把握して課題について検討する論文,短報は,「ゴミ屋敷」化を繰り返して20年以上ひきこもり続けた自閉スペクトラム症患者の地域移行支援の1例の報告であり,臨床への教訓を含んでいるように思います。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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