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雑誌目次

雑誌文献

精神医学61巻2号

2019年02月発行

雑誌目次

オピニオン パーソナリティ障害の現在

著者: 飯森眞喜雄

ページ範囲:P.133 - P.133

 近年,1980年代後半から流行りだした境界性パーソナリティ障害を主とするパーソナリティ障害が臨床家のあいだで話題にのぼることが減ってきているような気がします。一方,それと病像や症状が重なる発達障害や双極性障害の診断の急激な増加がみられるようになったのではないかと思います。
 こうしたことから,たとえば以下のような疑問が浮かんできます。

パーソナリティ障害は今

著者: 牛島定信

ページ範囲:P.134 - P.137

はじめに
 私は,「近年,BPDを主とするパーソナリティ障害が話題になることが減った」という企画者の印象には同感である。確かに,母親の育て方がわるかったと云って興奮する(その結果,死にたいと自傷する)ケース,登校・就労刺激を受けて家庭内暴力をしでかす(回避性パーソナリティ障害)ケースは減少したと思う。しかし,DSM-Ⅲ(1980)に登場したこれらパーソナリティ障害のケースが本当に減ったかといえば決してそうではない。臨床現場では,むしろ増加の傾向にあるが,別の診断で永年にわたる薬物療法が施されたり,精神医療の領域を飛び出したりしているケースが多くなって,臨床家の目に留まらなくなっているに過ぎないと,私は考えている。

パーソナリティ障害は減少しているのか

著者: 衣笠隆幸

ページ範囲:P.138 - P.142

はじめに
 近年,精神科医の間で,各種パーソナリティ障害の受診そのものが,減少傾向へと変化しているのではないかという声を聞くことがある。しかし,その実態そのものは,人口比率的には変化はしていないと思われる。そのような印象を与える諸事情を,最近の臨床での体験をもとに羅列的に挙げてみたい。

パーソナリティ障害と現代精神科臨床

著者: 林直樹

ページ範囲:P.144 - P.149

はじめに
 現代の精神医学は,激しい変化の潮流の中にある。疾病論,症状論の領域では,多軸診断やディメンジョン評価がその流れの一つと言えるだろう。パーソナリティ障害(personality disorder:PD)は,1980年代においてはその流れの先端にいたのであるが,現在はそれによって生じた混乱に嵌まり込んでいるようにみえる。2013年に発表された米国精神医学会の診断基準第5版〔Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, fifth edition(DSM-5)〕1)に2つの診断基準が収載されていることは,その混乱ぶりを如実に表している。2018年に概要が発表された世界保健機構の国際疾病分類第11版〔International Classification of Diseases 11th Revision(ICD-11)〕11)では,PDについてのさらに別の概念と分類が提示され,その混乱にいっそう拍車がかかりそうである。
 PDは,精神障害の主要なジャンルの一つであり,自傷行為や自殺未遂,暴力や衝動行為,ひきこもり,嗜癖行動などの多彩な問題行動と深いかかわりがある。しかしPDでは,先述のように現在でもその概念や診断法が十分定まっていないという状況がある。さまざまな議論が重ねられてきたが,PDの基本となる特性は,①もともとのパーソナリティ特性(もしくは一般の人々の示すパーソナリティ特性)と強く関連していること,②一般心理から理解可能である(了解可能性が保たれている)こと,③パーソナリティの定まる青年期から顕かになり長期間持続する傾向のあること,であろう。従来からそれが「疾患」に該当するかどうかが議論され,診断の信頼性を高めることができず,診断方法が確立されない状況が続いているのは,これらの特性に由来するものと考えられる。
 本誌がここに「パーソナリティ障害の現在」というテーマでさまざまな論者から意見を集めるのは,PDが臨床家の間で話題に上らないことが多くなったのはなぜかという問題意識のゆえだという。その問いへの筆者の答えは,「PDの問題は基本的に変わっていない。話題にならなくなったとしたら,それは臨床家の側の事情のゆえだ」というものである。本稿では,研究の動向を概観し,次いでPDの診断の特徴やPDと発達障害などの他の精神障害との関連などの検討から現在の精神科臨床におけるPDへの治療的対応における課題へと論を進めることにしたい。

パーソナリティ障害は本当に減少しているのか?

著者: 市橋秀夫

ページ範囲:P.150 - P.153

はじめに
 たしか1980年頃であったと思うが,これまでみたことがないような女性のうつ病の患者が入院してきた。我々は操作され,看護スタッフ間と医師・看護スタッフ間に治療や処遇を巡って深刻で激しい対立が生じ,患者は自傷行為や自殺企図を繰り返し,他患やスタッフに対する暴力行為が頻発した。これまでの伝統的な受容と共感と薬物療法では全く対処できず,私たちは立ち尽くすばかりであった。そうした患者が次々と病院に訪れるようになり,私たちはその対処を考えなくてはならなかったが,境界性パーソナリティ障害の文献や書物を調べても「理論はあっても具体的な治療法はなし」という状態であった。一人の境界性パーソナリティ障害の患者によって病院のスタッフの半分が辞め,病院が崩壊しそうになったということを聞いたことがあった。「先生の講演を聴いていればこうならなかったと思います」と聞かされたことを憶えている。当時の境界性パーソナリティ障害の患者の症状は激しかったのである。「境界性人格障害の初期治療」は実践的必要性から執筆したものである。その当時家庭内暴力(DV)は子どもが親に加える暴力であったことは注目に値する。また,治療共同体運動や反精神医学の潮流が濃厚に残っていた時代でもあった。
 1990年に入ると自己愛性パーソナリティ障害の患者が来院するようになった。解離性同一性障害(多重人格)のケースも多かったと思う。当時は政治の季節は終わり,競争と他との差別化の時代に入った。人からどう見られるのかが重要な時代に入ったのである。
 私たち臨床医はいわば患者という葦の茎穴から世界を見ているようなもので,大数的統計的な分析を行うことはできない。まして特定クリニックに受診したときにすでに一定のバイアスがかかっているので,一クリニックの経験がどこまで事実であるのか確信がない。それでも私の周囲にいる精神科医たちは最近パーソナリティ障害は「少なくなった」「軽症化した」と述べる。私の印象も同様であるが実数が少なくなったかどうかは疑問である。

パーソナリティ障害の概念を問い直す

著者: 岡野憲一郎

ページ範囲:P.154 - P.158

はじめに
 私たちは一般に人の性格にはいくつかの際立った特徴を持つものがあり,それによりある程度の分類ができると考える傾向にある。それに従ってパーソナリティ障害(personality disorder:PD)のいくつかの典型的なタイプを考える立場がいわゆる類型モデル(type model)で,古くはKretchmer EやSchneider Kの分類が知られていた。1980年のDSM-Ⅲに掲載された10のPDの分類も同様のモデルに従ったものであり,最新のDSM-51)にもそのまま引き継がれている。それらは行動上の特徴,感情体験の特徴,思考の特徴から大まかな三つのクラスターに分けられている。
 この類型モデルとは別に,人格がいくつかの特性により構成されるものとみなし,それぞれの量的な組み合わせとして人格を表すという,いわゆる特性モデル(trait model)が存在する。DSM-5の準備段階では,類型モデルに代わってこの特性モデルに従った分類が掲載される公算が強かった。そこでは否定的感情,離脱,対立,脱抑制,精神病性の5つの特性が挙げられた。しかし結局はこの特性モデルは巻末の「パーソナリティ障害群の代替モデル」として収められ,従来の類型モデルが維持された。他方2018年に発刊されたICD-11におけるPDはこの特性モデルに基づき大幅に全面改訂されている。
 このようにPDの診断基準はICDとDSMで大きく分かれた形となっているが,この矛盾はPDを臨床的に用いることに特有の難しさを反映しているとも言える。人は他人の性格を一種のラベリングにより識別するところがある。それは大雑把で独断的でありながら,患者の特徴抽出には欠かせない部分がある。他方の特性モデルは,人の性格をより正確に描写することに適してはいるものの,直勘的には捉えどころがなく,その人の全体的な印象を的確に伝える力に乏しいと言えよう。

デジタル化時代のパーソナリティ障害

著者: 奥寺崇

ページ範囲:P.160 - P.163

 このテーマについて連想すると,いくつかの事柄が浮かび上がってきて,それぞれをつなぐと一つの輪郭が見えるようにも思われる。それは「パーソナリティ障害」の病態について再検討するということである。
 1)最初の連想は,「部分対象関係」という精神分析の用語であった。関連して,救急担当の医学部附属病院医師である知人から,某地域におけるパーソナリティ障害患者の衝動制御の困難による自殺未遂,自傷への救急対応について,最初から多職種チームが役割分担して対応策を立てるので,いわゆる「振り回し,振り回される」という操作的な治療関係(これは患者ばかりに原因があるとは言えない)が起きない,と聞いたことが思い起こされた。力動精神医療では多職種チーム医療による入院治療,A-Tスプリット(精神療法と,主治医の担当を分けること)という多面的な対応が推奨されていて,筆者の90年代の米国留学経験はこれについて大いに学ぶところがあった。知人が話していたのは必ずしも力動的な理解,すなわち生育歴に遡る発生的理解,自我心理学的な発達ライン上の固着点と防衛機制の同定,あるいは対象関係論に拠る内的空想世界とそれに伴う不安の原始的防衛機制がもたらす転移・逆転移関係における「対象」の象徴的意味の理解・解釈といった,いわゆる精神分析的な理解と対応と,現実的マネジメントのそれぞれを整理する力動的なアプローチの実践とは異なるようであった。この伝え聞きには,衝動制御に問題があり救急救命室を訪れるような患者には,深層心理の理解が重要なのはもちろんのことであるが,それぞれの担当者が「深入りしない」ながらもその職務の範囲で責任を果たすことでも十分治療的なのではないか,と思うところがあったからである。本来の医療は「患者に必要なことを提供する」ことにあり,「治療者が行いたい医療を供与する」ことではないのは論を待たないが,分析的な治療を志すとどうしてもそこに分析的治療を行いたいという治療者の野心が治療関係に入り込んでしまい,エナクトメントという早期の対象関係の再現,あるいは医原性の行動化をもたらす場合も少なくないということは肝に銘ずるべきだろう。「とにかく私がなんとかしましょう」という無意識・前意識的なメッセージを排し,部分的なかかわりですよ,そうではありますができることはお手伝いします,と端から断っておくこと,すなわち大風呂敷を広げないこと,は患者にとって意味のあることなのではないか。

パーソナリティのダイナミズム

著者: 平島奈津子

ページ範囲:P.164 - P.167

はじめに
 筆者が精神科医になりたてだった1980年代後半,日本精神分析学会の演題には境界性パーソナリティ障害の治療に関するものが多く,議論も活発だった。印象に残っているのは,当時,気のおけない研究室の仲間同士の会話の中で聞いた「米国の患者のように自動車の横転事故やアクロバティックな性行為などの激しい問題行動を繰り返すような人は日本では現実検討(現実感覚)が悪すぎるから,むしろ統合失調症を疑ったほうがいい」,あるいは,「同じような心の構造を持っている人は,日本では激しい問題行動よりも,ひきこもりとして事例化するのではないか」というような発言だった。つまり,社会とパーソナリティ病理の表現型との関係性についての議論だった。
 境界性パーソナリティ障害という診断名は,1980年に刊行された米国精神医学会による精神疾患の診断・統計マニュアル第3版(通称DSM-Ⅲ)で初めて登場したが,その後の世界保健機構(WHO)による国際診断分類第10版(通称ICD-10)の編纂会議でも,社会とパーソナリティ病理の現れ方が議論されたという2)。すなわち,ヨーロッパの精神科医たちは「衝動的で激しい自己破壊的行動を繰り返す患者はほとんどいない」と主張して,ICD-10に境界性パーソナリティ障害の診断名を組み込むことに反対した。結局,それは情緒不安定性パーソナリティ障害の下位分類の「境界型」に位置付けられることになったが,それほど時を待たずして,ヨーロッパでも激しい行動化を繰り返すパーソナリティ障害患者が社会問題化するようになり,その治療研究に多額の予算が割り当てられるようになった。
 ところが,最近になって,「大学病院には境界性パーソナリティ障害患者はほとんどいない」と言われるようになったと聞いて,正直,驚いた。というのは,現在,筆者は,精神科救急対応や入院治療をしていない総合病院の精神科外来で診療していて,予約の時点で,そのためのトリアージをさせてもらっているが,それでもなお,境界性パーソナリティ障害と診断できる患者は一定の割合で存在し,講演を頼まれて出かけた先では,相変わらず患者の激しい感情や問題行動に巻き込まれて苦労している家族や職場の人たちの嘆きをよく耳にするからである。

BPDに思う

著者: 関由賀子

ページ範囲:P.168 - P.173

はじめに
 本オピニオンのテーマは「パーソナリティ障害の現在」であるが,筆者はパーソナリティ障害の診療経験を,ことに最近ではそれほど持っているわけではない。そういう意味では,本テーマにある「現在」には合致しないのかもしれないが,筆者にはパーソナリティ障害,中でもborderline personality disorder(BPD)というと否応なく思い出される患者がいる。その患者は,精神科医になって間もない頃に(というか,直接の受け持った2例目の新入院として)担当したのであるが,その経験はその後のBPD患者とのかかわりを決定づけたともいっていい強烈な体験であった。その頃に感じた疑問の一つを契機として,かつて『「人柄」を把握するということ—「元々どういう人だったの」に触れて—』(精神科治療学23:685-690,2008)という拙論を書いたことがある。それを含むその経験で感じたことの多くは論文化できるようなものではないものの,筆者にとってその後のBPDの診療の拠り所となったことは確かであり,その当時にBPDという患者のことについて感じていたあれこれを,この機会に書き記しておくことをお許し頂きたい。

愛着関連障害としてのパーソナリティ障害

著者: 岡田尊司

ページ範囲:P.174 - P.177

 少し前までは,「性格で悩んでいる」という人が多かった。今でも,境界性,自己愛性,回避性など,自分やパートナーがパーソナリティ障害ではないかと来院するケースは少なくないが,それ以上に増えているのは,自分が発達障害ではないかとか,愛着障害ではないかと相談にやってくるケースだ。
 そもそもパーソナリティなるものが存在するかや,人格の否定と誤解されかねない「パーソナリティ障害」という用語が適切かという議論は,ここでは措くとしても,パーソナリティという複雑な統合体を相手にするよりも,そのベースにある発達(遺伝要因など生得的要因の強い特性)や愛着(養育など心理社会的要因の強い特性)からアプローチしたほうが,問題が明確になる場合もあるだろう。ただ,部分の合計が全体とは限らず,たとえば自己愛性パーソナリティ障害のように,パーソナリティというレベルで問題を理解することが有効な場合もある。パーソナリティ障害とされるものの多くは,発達や愛着の課題も抱えているが,どちらか一つの観点では,剰余が多すぎるということになる。

パーソナリティ障害と摂食障害—「病状が悪い時にパーソナリティ障害のようになる現象」をめぐって

著者: 西園マーハ文

ページ範囲:P.178 - P.181

はじめに—摂食障害とパーソナリティ障害の関係
 DSM-Ⅲが日本の精神医学に入ってきて以来,私が専門とする摂食障害は,パーソナリティ障害と隣り合って論じられてきた印象がある。DSMの導入前,摂食障害は「神経性食思(食欲)不振症」であった。これは心療内科が得意とする領域であり,私も,学生時代に,心身医学の講義で神経性食思不振症については詳しく習った。しかし,過食症については詳しい講義があった記憶はなく,パーソナリティ障害については全く触れられなかったと思う。しかし,卒後数年たって摂食障害の臨床研究を実施するようになり,大学病院を受診する摂食障害患者にDSMの診断基準を当てはめてみると,過食症の診断も多く,また,パーソナリティ障害の診断もしばしば伴うので驚いた記憶がある。
 当時は人格障害という訳語が用いられていたpersonality disordersの診断法を最初見た時には,違和感も感じた。「人格:personality」とは「人となり」のことであるのに,一人の人物に,境界性人格障害,自己愛性人格障害など複数の診断が下せるのか。また,人格障害の診断がついて,追跡面接時にそれが消える場合があるというのも「人となり」の診断としては不思議であった。しかし,摂食障害の病勢が激しい時に,境界性人格障害の診断基準を満たす状態だったにもかかわらず,病勢が落ち着いた5年後にそれが消えているというのは,大変興味深い現象に思われた。
 当時,いわゆるAxis Ⅰの精神疾患とAxis Ⅱの人格障害についての関係はさまざまに論じられた。精神科医が操作的診断基準を手に入れ,患者に当てはめてみると,うつ病と境界性人格障害の両方が当てはまるケースなどは珍しくなかった。ここから,人格障害の併存がある場合,うつ病の回復が遅いのではないかなどが論じられた。一方で,うつ病の最中に人格障害の判定をしようとしても,本人に聞くパーソナリティの特徴は,うつ症状の影響を受けて偏っているかもしれないという批判もあった。もちろん,うつ病の病期には,無力感や罪悪感の影響を受けて人格のあり方が一時的に変わるのかもしれないという見方もあった。摂食障害についても,摂食障害,特に過食症の症状が激しい場合,対人関係が不安定になったり他の衝動性も伴うなど,境界性人格障害的になることはしばしばあった。このような場合,境界例らしさは,state(摂食障害が激しいという状況によるもの)か,trait(本来の性格傾向)かという議論が行われた。当時最新の方法論であった半構造化面接であるDiagnostic Interview for Borderlines(DIB)2,5)を使って,境界例らしさを点数にしてみると,ある大学病院初診の摂食障害患者の約半数はDIB高得点者であった。しかし,数年後に再面接すると,3分の2は低得点となっており,これらのほとんどで摂食障害症状は軽快していた。摂食障害になることで,一時的にパーソナリティが退行するのではという解釈4)も論じられた。
 当時は,境界性人格障害が注目され,stateのほう,つまり摂食障害症状が強い時だけ境界例的になる事例については,本物でないような,真剣に治療を論じるに値しない事例のようにみられる傾向もあった。しかし,「悪くなる時はこのような悪くなり方をする」「悪くなる時はここまで悪くなる」という現象を知っておくことは臨床上有用であった。このような事例は,摂食障害の症状が強い時は,うつ病やパニック障害などのAxis Ⅰ疾患も伴うことがあり,人格の底が抜け,病理が花開いたような状態であった。病理が花開くのは,ほとんどの場合,対人関係の問題を引き金としていた。たとえば,交際相手と別れるなどである。このような状態は,次の交際相手を見つけると一時的に収まることもあったが,もちろんこれだけでは根本的な解決には至らず,治療者としてはさまざまな限界設定をしながら,底抜け状態が収まることを願って対応をしたものである。そのような中,退行して境界例的になっていたものが,病前の状態に戻る場合は戻り,戻らない場合は,これはtraitとしての境界例なのだという判断をしていたと思う。

精神科急性期治療におけるパーソナリティ障害の現在—グレーゾーン事例との関連も含めて

著者: 今井淳司

ページ範囲:P.182 - P.185

はじめに
 本欄(オピニオン)は,「パーソナリティ障害が臨床家の間で話題にのぼることが減ったのではないか?」との疑問から企画された。筆者は,東京都立松沢病院に勤務し,特にこの数年間は女性のみ48床のいわゆるスーパー救急病棟,今年度からは外来医長として,主に精神科急性期治療を担っている。その経験からすると,確かに新患,外部からの入院依頼においてはパーソナリティ障害が問題となることは少ない。一方,昨年まで勤めたスーパー救急病棟では,時折,パーソナリティ障害が問題化したし,外来で問題になる事例の多くはパーソナリティ障害であるような印象がある。よって,精神科急性期治療の現場からの,前述の疑問に対する直感的回答は「どちらともいえない」という玉虫色のものになる。
 本稿では,「精神科急性期治療においてパーソナリティ障害は減ったのか?」との疑問について,まず,措置入院患者におけるパーソナリティ障害の割合の10年間の動向を確認する。続いて,精神科急性期治療におけるパーソナリティ障害治療の実態について触れ,最後にパーソナリティ障害周辺に現在,もしくは今後起ころうとしている問題,について検討する。

職域におけるパーソナリティ障害の現在

著者: 井上幸紀

ページ範囲:P.186 - P.189

 「あの人はいわゆるパーソナリティ障害ですよね?」嘱託産業医をしていると,職場関係者からこのように聞かれることもあるが,いつも返答に困ってしまう。パーソナリティ障害は「その人が属する文化から期待されるものから著しく偏り,広範でかつ柔軟性がなく,青年期または成人期早期に始まり,長期にわたり変わることなく,苦痛または障害を引き起こす内的体験および行動の持続的様式である」とされ,猜疑性,シゾイド,統合失調型,反社会性,境界性など10以上に下位分類される(DSM-5)1)。一方職場関係者が表現するパーソナリティ障害は,対人関係,自己像,および感情の不安定と,著しい衝動を示す様式とされる境界性パーソナリティ障害を一方的にイメージしていることが多く,病名をつける根拠も精神医学的には誤っていることが多い。では境界性に限らず,さまざまなパーソナリティ障害の労働者は職域に多いのであろうか。
 大阪産業保健総合支援センターとともに,2000年から2004年に職域に提出された精神疾患病名の休職診断書の枚数を2006年に,2010年から2014年の同様の枚数を2016年に,大阪府下の比較的大きな事業所250以上の協力を得て2回の調査検討を行った2,3)。2000年に精神疾患病名で休職した事例は100事業所あたり72.0件であり,そのうちうつ病・抑うつ状態が42.4%であった。それが5年後の2004年には休職事例数は3.5倍,うつ病・抑うつ状態の労働者は4.9倍に増加していた。2004年のうつ病以外の診断書病名は,不安症/神経症11.2%,統合失調症3.7%,適応障害3.3%,躁うつ病2.5%,アルコール関連障害2.1%で,その他不眠症,自律神経失調症,心身症なども報告された。2010年から2014年の5年間の休職診断書は,2010年は100事業所あたり314.2件であり,そのうちうつ病・抑うつ状態は66.0%であった。それが5年後の2014年には休職事例数は1.5倍,うつ病・抑うつ状態の労働者は1.2倍に増加していた。うつ病以外では,適応障害7.6%,不安症/神経症3.5%,躁うつ病2.7%,統合失調症2.3%,アルコール関連障害1.0%などであった。これらの結果からは,2000年から2014年の15年間では,精神障害の診断書枚数は6.4倍に増加し,診断名としてはうつ病圏内が多かったが,パーソナリティ障害という診断書は認められなかった。

展望

統合失調症の認知行動療法

著者: 池淵恵美

ページ範囲:P.191 - P.204

抄録 統合失調症は,難治の陽性症状や病識の持ちにくさや日常生活の障害があるが,認知行動療法はその中で,対人関係,症状対処,服薬自己管理などのツールとして用いられる。認知行動療法は学習心理学に基づき新たな行動の学習を促進する理論から出発して,認知科学の発展により,送信技能だけでなく受信・処理技能も介入の焦点とする,認知的な介入を含む理論や技法へと発展した。精神医療が地域生活支援に移行し,本人の主体性を重視するようになったことと平行して,認知行動療法も,学んだことを当事者自らが使おうとする試みなど,学習の般化への主体の影響が重視されるようになっている。その流れの中で,empowered SSTが提案されている。またうつ病の認知療法をもとにして,精神病体験への認知療法も発展した。エビデンスに基づく治療ガイドラインでも,生活する場での援助を含むスキルトレーニングや残存する精神症状に対処する認知療法が推奨されている。

研究と報告

成人ASDにおけるP-Fスタディを用いた集団一致度(GCR)とASD特性との検討

著者: 緒方慶三郎 ,   井上勝夫 ,   滝澤毅矢 ,   佐山英美 ,   津﨑心也 ,   植松美帆 ,   宮岡等

ページ範囲:P.205 - P.212

抄録 本研究は,成人発達障害外来を受診した57名(ASD群17名,コントロール群40名)を対象とし,心理テストバッテリー(P-Fスタディ,WAIS-Ⅲ,PARS,AQ日本語版)を実施した。P-Fスタディにおける集団一致度(GCR%)とASD特性との関連を検討した結果,ASD群にGCR%とPARS幼児期ピーク得点に強い負の相関関係が認められた(r=−.61,p<.05)。本研究の結果から,幼児期の支援の必要性の高さと,現在の欲求不満場面での不適応との関係性が示され,ASDを抱える人々への支援において,P-Fスタディが一定の有用性を持ち合わせていることが考えられた。

短報

気分障害患者におけるWAIS-Ⅲ成人知能検査簡易実施法の有用性の検討

著者: 櫻田華子 ,   山岸美香 ,   金原明子 ,   岡村由美子 ,   里村嘉弘 ,   榊原英輔 ,   松岡潤 ,   岡田直大 ,   小池進介 ,   神出誠一郎 ,   近藤伸介 ,   笠井清登

ページ範囲:P.213 - P.217

抄録 気分障害患者の知的機能評価は社会適応支援の上で重要であるが,WAIS-Ⅲ全検査実施は受検者への負担が大きい。簡易実施法が考慮されるが,日本版WAIS-Ⅲ簡易実施法の有用性は不明であった。
 本研究は気分障害患者362名を対象に全検査IQと4種類の簡易実施法推定IQを比較した。その結果,知識・行列推理の2検法が最も全検査IQを反映していた(r=0.82;平均値の差の効果量:0.03)。一方,知識・数唱・行列推理・符号の4検法は,上記2検法を含むため全検査IQの推定にも使え,かつ気分障害で障害されている符号(全下位項目中,最低の8.7)を評価できるため,社会適応支援に有用であると考えられた。

資料

基本アウトカムマスター(Basic Outcome Master:BOM)を用いた精神科アウトカム志向型パスの導入

著者: 松原拓郎 ,   岡崎勇樹 ,   小島瞳 ,   上山陽子 ,   鈴木勝彦 ,   山崎玲子 ,   川田和人

ページ範囲:P.219 - P.229

抄録 当院では2016年よりBOM(Basic Outcome Master)を用いたアウトカム志向型パスを作成し,2018年より導入を行った。本稿では精神科におけるBOMの適応性とアウトカム志向型パスの導入効果を報告する。我々が作成した到達目標とBOMで表現が一致したアウトカムは全体で28.5%ときわめて少なく,とくにコーピングやソーシャルワークを表現するアウトカムがBOMでは存在しなかった。一方,アウトカム志向型パスの導入によって記録業務が64.0%減少することが分かった。アウトカム志向型のクリニカルパスを導入することによって大幅な業務改善にはつながるが,普及にあっては標準化されたアウトカムが使用されることが必要である。

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目次

ページ範囲:P. - P.

今月の書籍

ページ範囲:P.218 - P.218

次号予告

ページ範囲:P.230 - P.230

編集後記

著者:

ページ範囲:P.234 - P.234

 「病気ですか? 性格ですか?」,昔も今も本人や家族からしばしば尋ねられる質問です。かろうじて答えてはいますが,どのくらい腑に落ちていただけているでしょうか? どの教科書や診断基準を見ても,性格やパーソナリティの定義に苦労していることが,このテーマの難しさを表しています。「personality disorder」を素直に訳すと,「性格の病気」となってしまいます。
 そうした難しさを含めて,専門家に考えと思いを自由に語っていただこうというのが,本号「オピニオン」の趣旨です。構成担当の飯森眞喜雄先生が序文で挙げた8つの疑問に,12名の著者がご自身の論を展開してくださっています。そこからは,パーソナリティ障害の現在についてのテーマが浮かび上がります。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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