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雑誌詳細

文献概要

オピニオン パーソナリティ障害の現在

パーソナリティ障害と現代精神科臨床

著者: 林直樹1

所属機関: 1帝京大学医学部精神神経科学教室

ページ範囲:P.144 - P.149

はじめに
 現代の精神医学は,激しい変化の潮流の中にある。疾病論,症状論の領域では,多軸診断やディメンジョン評価がその流れの一つと言えるだろう。パーソナリティ障害(personality disorder:PD)は,1980年代においてはその流れの先端にいたのであるが,現在はそれによって生じた混乱に嵌まり込んでいるようにみえる。2013年に発表された米国精神医学会の診断基準第5版〔Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, fifth edition(DSM-5)〕1)に2つの診断基準が収載されていることは,その混乱ぶりを如実に表している。2018年に概要が発表された世界保健機構の国際疾病分類第11版〔International Classification of Diseases 11th Revision(ICD-11)〕11)では,PDについてのさらに別の概念と分類が提示され,その混乱にいっそう拍車がかかりそうである。
 PDは,精神障害の主要なジャンルの一つであり,自傷行為や自殺未遂,暴力や衝動行為,ひきこもり,嗜癖行動などの多彩な問題行動と深いかかわりがある。しかしPDでは,先述のように現在でもその概念や診断法が十分定まっていないという状況がある。さまざまな議論が重ねられてきたが,PDの基本となる特性は,①もともとのパーソナリティ特性(もしくは一般の人々の示すパーソナリティ特性)と強く関連していること,②一般心理から理解可能である(了解可能性が保たれている)こと,③パーソナリティの定まる青年期から顕かになり長期間持続する傾向のあること,であろう。従来からそれが「疾患」に該当するかどうかが議論され,診断の信頼性を高めることができず,診断方法が確立されない状況が続いているのは,これらの特性に由来するものと考えられる。
 本誌がここに「パーソナリティ障害の現在」というテーマでさまざまな論者から意見を集めるのは,PDが臨床家の間で話題に上らないことが多くなったのはなぜかという問題意識のゆえだという。その問いへの筆者の答えは,「PDの問題は基本的に変わっていない。話題にならなくなったとしたら,それは臨床家の側の事情のゆえだ」というものである。本稿では,研究の動向を概観し,次いでPDの診断の特徴やPDと発達障害などの他の精神障害との関連などの検討から現在の精神科臨床におけるPDへの治療的対応における課題へと論を進めることにしたい。

参考文献

1)American Psychiatric Association:Diagnostic and statistical manual of mental disorders, fifth edition, DSM-5. American Psychiatric Association, Washington D.C., 2013(日本精神神経学会日本語版用語監修,髙橋三郎,大野裕監訳:精神疾患の診断・統計マニュアルDSM-5.医学書院,2014)
2)Cloitre M, Garvert DW, Weiss B, et al:Distinguishing PTSD, Complex PTSD, and Borderline Personality Disorder:A latent class analysis. Eur J Psychotraumatol 5:doi:10.3402/ejpt.v5.25097. 2014
3)First MB, Bell CC, Cuthbert B, et al:Personality Disorders and Relational Disorders:A Research Agenda for Addressing Crucial Gaps in DSM. In:Kupfer DJ, First MB, Regier DA ed. Research Agenda for DSM-V. American Psychiatric Association, Washington, D.C., pp.123-200, 2002
4)林直樹:境界性パーソナリティ障害の病識もしくは疾病認識と精神科治療:当事者と治療スタッフはどうしたら協働できるか? 精神経誌 119:895-902, 2017
5)林直樹:境界性パーソナリティ障害はcommon diseaseである.精神科治療学 26:1067-1072, 2011
6)Herman JL:Trauma and recovery. Basic Books, New York, 1992(中井久夫訳:心的外傷と回復.みすず書房,1996)
7)Insel T, Cuthbert B, Garvey M, et al:Research domain criteria(RDoC):toward a new classification framework for research on mental disorders. Am J Psychiatry 167:748-751, 2010
8)Krueger RF:The structure of common mental disorders. Arch Gen Psychiatry 56:921-926, 1999
9)Matthies SD, Philipsen A:Common ground in Attention Deficit Hyperactivity Disorder(ADHD)and Borderline Personality Disorder(BPD)-review of recent findings. Borderline Personal Disord Emot Dysregul 1:3, 2014
10)Schneider K:Die Psychopathischen Persönlichkeiten. Franz Deuticke, Wien. 1923(懸田克躬他訳:精神病質人格.みすず書房,1954)
11)World Health Organization(WHO):Personality disorders and related traits. ICD-11 World Health Organization(WHO). https://icd.who.int/browse11/l-m/en#/http%3a%2f%2fid.who.int%2ficd%2fentity%2f37291724(2018年11月11日閲覧)

掲載雑誌情報

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN:1882-126X

印刷版ISSN:0488-1281

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