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雑誌目次

雑誌文献

精神医学61巻3号

2019年03月発行

雑誌目次

特集 ICD-11のチェックポイント

特集にあたって

著者: 丸田敏雅

ページ範囲:P.237 - P.238

 第11回国際疾病分類(International Classification of Diseases and Related Health Conditions, 11th Revision:ICD-11)は,世界保健機関(World Health Organization:WHO)により長い年月をかけて作成が進められてきた。2018年6月にはその普及版が公開され5),2019年5月の世界保健総会で正式に承認される予定である。
 精神医学分野においては,2007年に第1回WHO「ICD-10精神および行動の障害」改訂のための国際アドバイザリー会議2)が開催され,改訂作業が開始されたわけであり,それから12年が経過したことになる。また,国内では日本精神神経学会がICD-11委員会を設置し2006年から活動を開始し,改訂作業に参加した(初代委員長 飯森眞喜雄氏,現委員長 神庭重信氏,副委員長 秋山剛氏および丸田敏雅,および国内フィールドスタディコーディネータ 松本ちひろ氏)。

統合失調症関連障害

著者: 近藤伸介

ページ範囲:P.239 - P.244

抄録 統合失調症関連障害は,ICD-10と基本的には大きく変わっていないが,煩雑な下位診断が統合されてシンプルに整理された。DSM-5と同様に従来の亜型分類は廃止され,代わりに症状ごとの重症度評価というディメンション評価が導入された。統合失調感情障害については,縦断診断を採用しているDSM-5とは異なり,横断面でのエピソード診断というICD-11独自の考え方となった。急性一過性精神病性障害は,急性多形性精神病性障害に限定された。その他も含め,各診断ごとに変更点を概説した。

気分障害群

著者: 本村啓介

ページ範囲:P.245 - P.253

抄録 ICD-11に向けた気分障害群の改訂について,DSM-5と比較しながら検討した。双極Ⅰ型とⅡ型の区別,気分エピソードの特定用語の導入など,ICDがDSMに歩み寄った部分は多く,躁病・軽躁病エピソードや抑うつエピソードの診断基準でも,両者の差はより小さくなった。しかし一方で,混合エピソードはICD-10の基準がほぼ維持されており,重篤気分調節症は採用されず,抑うつエピソードの死別反応除外基準が明示されるなど,DSM-5で議論を呼んだ項目については保守的な態度をとろうとする傾向もみられた。

PTSD関連疾患—DSM-5との比較を軸に

著者: 大江美佐里 ,   前田正治

ページ範囲:P.255 - P.260

抄録 ICD-11では,PTSDの中核症状は3つとなり,新たな疾患としてcomplex PTSDが示されることとなった。これにより,ICD-11の診断分類はDSM-5とは大きく異なっている。ICD-11では,単回性か長期反復性かという心的外傷的出来事による分類をとらず,症状プロフィールによってPTSDとcomplex PTSDに分類することが大きな特徴である。一方で,DSM-5では解離症状に関する特定用語が採用されたが,ICD-11では採用されていない。急性ストレス反応については,疾患名としてではなく,正常域であるが臨床的に留意が必要な反応との分類がなされた。PTSD関連疾患の臨床に携わる者にとっては,ICD-11で示されたcomplex PTSDの登場が治療技法の発展や患者-治療者関係の維持に寄与するのではないかという期待感もあり,今後が注目される。

強迫症および関連症群

著者: 松永寿人 ,   向井馨一郎 ,   山西恭輔

ページ範囲:P.261 - P.269

抄録 ICD-11に新たに導入される「強迫症および関連症群(OCRD)」について,その基盤となった強迫スペクトラム概念,あるいはDSM-5との連続性を中心に概説した。OCRDは「とらわれ」と「繰り返し行為」を中核的病理として共有し,また不安症との差異として,妄想的な場合など洞察水準が多様である点も特徴的である。さらにはプライマリケアに加え,内科や外科,皮膚科といった一般診療科,美容整形外科など,多彩な臨床場面で遭遇しやすい点も共通している。このため今回の変更は,臨床的有用性を大いに意識したものであるが,これが実臨床にもたらすメリット・デメリットに関して,その利便性あるいは信頼性を含め,さらに検討を要するであろう。

ゲーム障害

著者: 中山秀紀

ページ範囲:P.271 - P.276

抄録 2000年頃よりインターネット・オンラインゲームの依存的使用などの報告が多くなり,特に青少年においてこれらの問題が注目されている。2018年にはICD-11においてゲーム障害(GD)の診断基準が発表された。GDの診断基準はゲームの「制御困難」,「優先度の高さ」,「否定的な問題にもかかわらず使用・エスカレート」を全て満たし,「重大な障害」をもたらすこととされる。GDに対しては教育現場などでの予防教育,医療機関での心理・精神療法,合併精神疾患に対する治療が想定される。本邦ではGDを専門的に扱っている関係機関は少なく,今後さらに拡充していくことが必要である。

強迫的性行動症

著者: 原田隆之

ページ範囲:P.277 - P.283

抄録 ICD-11で新たに追加されることになった「強迫的性行動症」は,かつての「過剰性欲」を行動や衝動の制御に焦点を移してとらえ直したものである。強烈で反復的な性的衝動の制御の失敗によって,望ましくない結果が生じているにもかかわらず,性行動が継続されている状態を指し,重大な苦悩や社会的問題を引き起こしているものをいう。その病因や態様は嗜癖性障害(アディクション)との類似が指摘されているが,エビデンスが不十分であるとして,嗜癖性障害のカテゴリーではなく,衝動制御の障害にリストアップされた。まだ研究が十分ではない部分が多いが,治療を求める人々にとっては,治療へのアクセスが高まり,社会的な偏見を是正する契機となる。

身体苦痛または体験症群

著者: 山田和男

ページ範囲:P.285 - P.292

抄録 “身体苦痛または体験症群”は,患者の身体面における障害を経験することによって特徴付けられる疾患カテゴリーである。下位疾患として,“身体苦痛症”や“身体完全性違和”などがある。身体苦痛症は,患者が苦痛を感じ,過度の注意が向けられる身体症状を伴う。身体苦痛症は,ICD-10の身体表現性障害に対応するものと考えられるが,身体表現性障害とは異なり,患者の身体症状に過度の注意が向けられていることに重点を置く。ICD-11で新設された身体完全性違和は,持続性の不快感を伴うある特定の身体的障害を持ち続けるという欲求,または身体障害のない現状の身体構造に関連する強い不適切な感情を特徴とした疾患である。

パーソナリティ障害

著者: 松本ちひろ

ページ範囲:P.293 - P.300

抄録 パーソナリティ障害の診断分類について,ICD-11「精神,行動および神経発達の障害群 診断ガイドライン」ではICD-10のそれと比較して大幅な改変が予定されている。DSM-5では見送られたディメンショナル・アプローチの全面的採用と重症度評価の強調が今回の改訂の大きな特徴である。改訂プロセスの最終段階までその扱いが議論された境界性パーソナリティ障害は,疾患単位ではなくなる一方,実際の運用においては従来の診断法からの改変を最小限に抑えることで決着した。本稿では,ICD-11がきわめて実用本位のプロダクトであるという側面に着目し,種々の決定事項の背景を考察した。

児童思春期の精神障害

著者: 松本ちひろ

ページ範囲:P.301 - P.309

抄録 ICD-11では発達的視点が全面的に取り入れられた。ICD-10では,知的障害や自閉症をはじめとする発達障害以外の障害は,それが主に児童思春期に発症するものであれば,発症時期を中核的特徴として「F9小児期および青年期に通常発症する行動および情緒の障害」において扱われていた。それがICD-11では,臨床症状の特徴や発症の誘因の観点から再概念化・再分類されたのである。さらに,これまで児童思春期とは直接関連付けてこられなかった精神障害についても,それが子どもで出現した際にはどのような特徴があるのかを詳細に記述する試みがなされている。本稿では,個々の障害における診断要件の主な変更点を紹介するとともに,より総論的視点からICD-11に期待される役割と今回の改訂での種々の変更が持つ示唆についても考察した。

性別不合

著者: 松永千秋

ページ範囲:P.311 - P.317

抄録 ICD-11ではICD-10の「性同一性障害」が以下の3つの点で変更された。一つは,性同一性障害(gender identity disorder)から性別不合(gender incongruence)への名称の変更である。「障害」を含まない名称にすることで,当事者に対するスティグマを軽減する目的がある。二つ目は,性別二元論に基づく定義から性の多様性を認める定義への変更である。これによって多様化する当事者のニーズに対応できるものとなった。三つめは分類される場所の変更である。「精神および行動の障害」から,新設された「性の健康に関連する状態」に移動し,分類上,性別不合は精神疾患ではなくなった。これらの変更によって,スティグマのさらなる軽減と,多様な性の在り方をする人々の医療サービスへのアクセスが容易になることが期待されている。これはDSM-ⅣからDSM-5への改訂においても意図されていたことであり,ICD-11によってさらに推進されることになるだろう。欧州における予備調査により,上記の変更点は当事者などにおおむね肯定的に受容されていることが分かっている。

研究と報告

アルツハイマー病患者におけるもの忘れの訴えの検討

著者: 藤田春香 ,   佐藤卓也 ,   今村徹

ページ範囲:P.319 - P.329

抄録 アルツハイマー病(AD)患者のもの忘れの訴えに影響を与える要因を,もの忘れについての半構造化インタビューを行った166症例で検討した。①症例全体をもの忘れについて自発的に訴えたか否かで「主訴群」と「非主訴群」に,②「非主訴群」をもの忘れの存在を問われて肯定したか否かで「肯定群」と「否定群」に,③「肯定群」をもの忘れで困るかと問われて肯定したか否かで「“困る”群」と「“困らない”群」に,④「主訴群」を同様に「“困る”群」と「“困らない”群」に,それぞれ分類し,群間で比較検討した。AD患者の自発的主訴にもの忘れが含まれるか否かは病識の低下と年齢に,自発的にもの忘れを訴えない患者が問われて肯定するか否かは家族にもの忘れを指摘される頻度に,問われてもの忘れを肯定する患者がもの忘れで“困る”ことを肯定するか否かは認知機能障害による生活全般の困難感に,それぞれ影響される可能性が示唆された。臨床家はもの忘れについての患者の訴えを踏まえ,適切な予測に基づいて診療を進めることが必要であると考えられる。

短報

語新作ジャルゴンを呈した亜急性脳炎の1例—失語症と統合失調症における言語新作の比較

著者: 高橋卓巳 ,   加藤温

ページ範囲:P.331 - P.337

抄録 57歳女性,右利き。アルコール依存症の既往あり。入院2か月前から解読不能なメールを送るようになり,低体温,意識障害で倒れているところを発見され入院となった。入院後,発話に語新作ジャルゴンがみられた。頭部MRIで辺縁系含む左側頭葉に脳炎像を認め,単純ヘルペス脳炎が疑われたが,生活歴などは不明であり,発症から初診まで数か月が経過していた可能性が考えられた。本症例は亜急性脳炎により語新作ジャルゴンを呈したと考えられたが,統合失調症における言語新作とは明らかな差異が認められた。また,失語症状は発話より書字で顕著になる可能性があり,問診のみでなく書字による評価も障害の把握に有用と考えられた。

資料

統合失調症と器質性精神障害の院内死亡の死因について—精神科病院における20年の死亡診断書調査より

著者: 佐藤謙伍 ,   小林聡幸 ,   齋藤暢是 ,   佐藤勇人 ,   須田史朗

ページ範囲:P.339 - P.345

抄録 高齢化社会の現在,精神科病院での看取りが増えている。本稿では栃木県内の精神科病院(282床)の20年間(1996年1月〜2015年12月)の計251名の死亡診断書を調査し,器質性精神障害(F0圏)と統合失調症(F2圏)の入院患者の死因について比較した。精神科的診断はICD-10分類でF0圏が115名,F2圏が79名,その他が23名,記載がないのが34例であった。F0圏の患者の死因では呼吸器感染症が63%と最多であった。F2圏の患者では呼吸器感染症が39%と最多で,悪性腫瘍,消化器疾患,突然死がそれに続いた。死亡時年齢はF0圏に比してF2圏では約10歳若かった。F2圏では抗精神病薬の長期使用や,患者など種々の因子が患者の予後に影響していることが他研究から推察されるため,さらなる研究が望まれる。

紹介

人工知能(AI)技術と精神科医療

著者: 池田伸 ,   宋龍平 ,   来住由樹

ページ範囲:P.347 - P.354

はじめに
 近年の人工知能(artificial intelligence:AI)技術の発展には目を見張るものがある。「第3次AIブーム」とも言われ,産業や科学のみならず,芸術,金融,行政,司法,軍事など人間社会のおよそあらゆる領域において,その利活用が模索され始めている。
 医療も当然ながらこの趨勢と無縁ではない。国内では,厚生労働省の「保健医療分野におけるAI活用推進懇談会報告書」(2017年6月27日)6)において,6つの重点領域として,①ゲノム医療,②画像診断支援,③診療・治療支援,④医薬品開発,⑤介護・認知症,⑥手術支援が挙げられており,精神科領域についても,AI技術を用いることで診療の精度が向上し得る可能性があると言及されている。
 では,現在の精神科医療において,実際どの程度までAI技術の利活用が進んでいるのであろうか。試みにPubMed上でAI関連のキーワードを用いて検索を実行してみると,ヒットする論文の数は年々増加しており(図1),精神科においてAI技術の活用が確かに浸透しつつあることが窺える。
 本稿では,まず精神科におけるAI活用の現状を把握する目的で,PubMedにおいて2017年に公開された論文のうち,精神科領域におけるAI活用に関連するものを選別し,扱われている臨床事象,解析対象となったデータの種類,AI活用の目的,活用されたAI技術などについて分類と集計を行う。次いで,AI活用に関連する現在の諸課題と今後の展望についても考察する。

書評

—神庭重信 著—思量と願い—精神医学の風景

著者: 神田橋條治

ページ範囲:P.355 - P.355

 本年3月,神庭重信教授は,九州大学医学研究院精神病態医学分野を定年退官なさいます。先生の御尽力により,歴史と伝統の教室は若々しく蘇り,今の勢いになりました。同門に連なるものとしての感謝は,言葉に尽くせません。
 退官を期して先生は,直近の数年間に書かれた言葉を一冊に纏められました。表紙にミレーの「種まく人」を配されたのは,先生の「心意気」です。「思量と願い」という物静かな表題とは裏腹に,情熱と熟慮と呼びかけの言葉群です。

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目次

ページ範囲:P. - P.

次号予告

ページ範囲:P.356 - P.356

編集後記

著者:

ページ範囲:P.360 - P.360

 ICD(疾病及び関連保健問題の国際統計分類)の端緒を切り開いたのはフロレンス・ナイチンゲールであるという。彼女は,1860年にロンドンで開催された国際統計会議において傷病の統計調査を提案した。その後,統計学者のジャック・パーティリオンが国際統計協会に死因分類を発表し,それが各国で広く使用されるようになり,1900年に開催された国際会議において第1回国際死因分類が提唱されるに至った。以後,国際死因分類は,おおむね10年ごとに改訂され,1948年からはその所管が国際統計協会から世界保健機関に移り,第7回改訂からは死因分類だけではなく,疾病分類も加えられるようになった。このようにして,今日では,医療機関における臨床統計や疫学研究に広く使用されるようになり,各国政府の保健統計に活用されるになっている。現在は第11回目の改訂作業が進められているところであり,今年の5月に第11版となるICD-11が世界保健総会で正式に承認される予定である。
 本号では,ICD-11に提示される「統合失調症」,「気分障害」,「PTSD関連疾患」,「強迫症」,「ゲーム障害」「強迫的性行動症」,「身体的苦痛または体験症群」,「パーソナリティ障害」,「児童・思春期の精神障害」,「性別不合」の概念と新たな分類が紹介されている。いずれの論文も非常に興味深い。そこには,新たな分類や傷病名に関する情報とともに,精神障害の概念やそもそも精神障害とは何かという基本問題に私たちを立ちかえらせる論考がある。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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