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雑誌目次

論文

精神医学61巻4号

2019年04月発行

雑誌目次

特集 統合失調症の治療ゴールをめぐって

特集にあたって

著者: 鈴木道雄

ページ範囲:P.363 - P.364

 統合失調症の治療目標は,過去の約100年において,治療法の進歩などに伴って変遷してきた。ショック療法の時代は鎮静を得ることが主な目標であったが,抗精神病薬の登場により陽性症状の寛解を目指すことが可能になり,非定型抗精神病薬が導入されると,心理社会的アプローチを基盤に陰性症状の改善も治療目標のひとつとして意識されるようになった。また,統合失調症における認知機能障害の存在とその機能的転帰における重要性が明らかとなり,認知機能障害を改善するための取り組みが行われるようになった。さらに,早期診断・早期介入支援が予後を大きく改善する可能性が注目され,発症予防を視野に入れた研究も行われるようになった。現代の統合失調症の治療においては,薬物療法とさまざまな心理社会的アプローチとの併用により,臨床症状の改善だけでなく,独立した生活や社会的交流を可能とする機能的リカバリーの達成に向けた努力が行われている。また,リカバリーの多様な意義が認識され,当事者がみずから求める生き方を主体的に追求する主観的リカバリーを支援することも強く求められている。
 本特集では,第一に,統合失調症のさまざまな治療技法や支援方法の実践におけるそれぞれの視点から,統合失調症の治療ゴールはどのように考えられるか,そこへ到達するには何が必要か,それを阻む要因は何か,臨床現場では何に注意して取り組むべきか,今後どのような研究が必要か,などを明らかにしたいと考えた。そのために,薬物療法,心理社会的治療,認知機能障害,地域生活支援,身体的健康,早期介入・早期支援という,治療ゴールについて考えるときに特に重要と考えられる視点から,それぞれの最新知見をふまえて展望を示していただいた。

薬物療法の視点から—薬物療法を通して何ができるか

著者: 渡邊衡一郎

ページ範囲:P.365 - P.373

抄録 リカバリーのうち,臨床的なリカバリー,つまり寛解や社会復帰を意識した場合の薬物療法としては,アドヒアランスを良好に保ち,そのために飲み心地に気を配ることが重要となる。
 他方,「希望を抱き,自分の能力を発揮して自ら選択ができる」というパーソナルリカバリーのためには,当事者が負担となる抑うつ症状を治療するとともに,薬物選択に際してshared decision making(SDM)の実施が望ましい。
 リカバリーの両要素を意識して,陽性症状だけでなく抑うつにも注目し,アドヒアランスや飲み心地に配慮しつつ,目の前の当事者に選択肢を提示し,思案する時間を与えた上で議論するという双方向性の治療を実践していくことこそ,当事者があらゆるリカバリーを自覚することにつながるのではないかと考える。

心理社会的治療の視点から

著者: 安西信雄

ページ範囲:P.375 - P.381

抄録 統合失調症患者の治療ゴールをめぐって,症状寛解と社会的・職業的機能,リカバリーの関連を検討した。DSM-5の統合失調症の診断基準自体に社会適応水準の低下が含まれているが,最近の研究により,こうした社会適応水準の背景に統合失調症患者では健常対照群より神経認知機能の1-2 SDの低下がみられることが明らかにされてきた。これらは薬物療法の効果が及びにくい機能なので,本人の希望や好みを尊重しながら,心理社会的治療を適切に用いることにより,社会的・職業的機能の改善とリカバリーを目指すことが推奨される。

認知機能障害の視点から

著者: 兼子幸一

ページ範囲:P.383 - P.392

抄録 統合失調症の治療ゴールは,精神症状のコントロールにとどまらず,社会機能の回復を重視するリカバリーにある。しかし,現実にリカバリーに至る割合は低く,この状況を改善するには,社会機能と関係する要因を包括的に捉え,全体の関係性を明らかにした上で重点を置くべき治療プランを再考する必要がある。その意味で,神経認知機能は社会機能の決定要因として注目されてきたが,聴覚・視覚などの知覚の早期段階や社会認知といった他の能力を表す要因,および陰性症状,さらには自身の能力に否定的な非機能的信念といった心理的要因とも関係し,社会機能との関係が直接的とは限らない。したがって,神経認知機能に対する認知トレーニングについて,これらの要因との関係性を考慮に入れ,社会機能の向上に繋がる効率性の高い方法の開発が期待される。

地域生活支援の視点から

著者: 野口正行

ページ範囲:P.393 - P.401

抄録 地域生活支援は,統合失調症の当事者の生活の場を現場とするため,当事者の生活への理解が深まり,柔軟で包括的な支援を行いやすい。その反面,当事者の行動のコントロールを行いにくく,治療からの離脱が起こりやすい。このため,当事者との関係づくりなしでは有効な支援を行うことが困難となる。関係づくりには当事者の希望の尊重と幅広い生活面での支援が有用である。これらの実践的な要請はリカバリーの理念と重なり合う。支援困難な統合失調症の当事者に対しても,このような関係づくりはいっそう重要である。地域の支援困難事例に対しては,多職種アウトリーチチームは有効な支援形態であり,今後のチーム数増加が期待される。しかし,複合的な課題を持った当事者に対しては,一つの機関だけでは十分な支援は困難であり,多機関ネットワークによる支援が欠かせない。このネットワークによって当事者のみならず,支援者も支えられる経験が得られる。

身体的健康の視点から

著者: 菅原典夫

ページ範囲:P.403 - P.410

抄録 統合失調症の治療において,身体的健康を伴わない治療ゴールは存在し得ない。しかし,統合失調症の罹患者における身体的併存疾患の有病割合は,一般人口に比べて高い上,生命を脅かす疾患についてすら,適切に十分に診断されていないと報告されている。一般人口と比べた統合失調症の平均余命について,近年のメタ解析は14.5年ほど短いと報告しており,その対策が求められている。本稿では統合失調症患者のいくつかの身体的併存疾患と健康習慣について述べる。精神科医には,身体的併存疾患に対する適切な身体モニタリングだけでなく抗精神病薬の多剤併用や高用量処方を避けることが求められている。さらに,統合失調症罹患者の不健康な生活習慣を改善するために,多職種チームの非薬物的なアプローチが必須である。

早期介入・早期支援の視点から—統合失調症の治療ゴールの検討

著者: 松本和紀 ,   冨本和歩 ,   佐藤祐太朗 ,   大野高志

ページ範囲:P.411 - P.421

抄録 本稿では,はじめに初回エピソード精神病(first episode psychosis:FEP)に対する早期介入サービスの成果と現在の課題について論じ,その後,FEPの治療における抗精神病薬の役割について最近の研究を紹介し,治療ゴールの視点から検討を加えた。さらに,精神病に移行するリスクの高い臨床的ハイリスク(clinical high risk:CHR)状態について,精神病への移行を過度に重視することの問題点とその治療について論じた。最後に,早期介入にかかわる医療スタッフからみた,統合失調症の治療ゴールについて意見を紹介した。精神疾患の早期段階からの経過は多様性が高く,その後の治療や環境の影響を受けて変化する余地は大きい。古典的な医学モデルに基づく信念や偏見によって,当事者の治療ゴールの可能性を狭めるべきではない。臨床的リカバリーとパーソナルリカバリーを統合的に実現していくための支援を早期から行う実践とそのための新たな研究に期待したい。

自助と自治支援の視点から—病いの語りがもつ力の効用に着目して

著者: 栄セツコ

ページ範囲:P.423 - P.431

抄録 本稿では,「統合失調症」の治療ゴールを「統合失調症の患者」と呼称されてきた人々のごく当たり前の生活を目指す「リカバリー」に置き,「統合失調症をもつ私」を主人公とした病いの物語を紡ぐ過程として,教育講演会活動の実践事例を紹介する。その事例から学んだことは,当事者が「自分こそが自分の専門家(自治)」として,「私」を主人公とする病いの物語を紡ぐ作業の必要性である。それには,病いの物語を承認する人々が不可欠であり,援助専門職には,当事者が弱さを開示した語りができる安全な場,病いの体験を仲間と分かち合える場,社会にある「援助・保護される精神障害者の物語」を「社会に貢献できる私の物語」に書き換える場を設定する役割が求められた。今後,当事者の語りが社会変革を意図して公共性を帯びるに従い,病いの経験知をもつ当事者と科学的な根拠に基づく専門知をもつ専門職が協働しながら,病いの経験知を活用した地域づくりが望まれる。

当事者・家族の視点から

著者: 目良賢治

ページ範囲:P.433 - P.438

抄録 治療ゴールに近づくには3つの要素がある。
 一つ目は症状をなくす,あるいは減らすのが必要。入院するのは本人も家族も最初は辛いが急性期を早く脱することができる可能性大。本人と家族に合う医師と病院をある程度納得するまで探す。
 二つ目は急性期から休息期に入り,すぐに活動再開せずにこの疾患の勉強やどのような社会資源があるのか知ることが大事。運動や音楽活動などもリハビリに取り入れる。社会復帰までには障害を開示して,退院→デイケア→作業所→就労移行→就職の順が良いのではないか。
 三つ目は,この疾患をどのように受け止め,後の人生を過ごすか。
 病気になったことは悪いことばかりではなくて,そのことで得られる経験や人間関係がたくさんある。その経験をこれから先の人にも伝えてほしい。
 家族も当事者の病気だけでなく趣味を持ち家族の中の統合失調症を小さくする。

脳画像研究の臨床応用可能性

著者: 高橋努 ,   鈴木道雄

ページ範囲:P.439 - P.445

抄録 近年,統合失調症の治療ゴールを考える上で,精神病症状の寛解のみではなく機能的転帰が重要視され,早期介入の効果などが注目される。一方,統合失調症の臨床において,脳画像検査の役割は主に器質因の除外であり,診断や治療効果の判定に有用とは言えない。しかし,磁気共鳴画像などによる脳画像検査が将来的には統合失調症の臨床に応用可能であることを示唆する研究報告が増えつつある。たとえば,統合失調症でみられる脳形態変化は発症に先立ち存在し,それらの一部は将来の臨床経過の予測にある程度役立つ可能性がある。また統合失調症の病初期にみられる進行性の脳形態変化は,臨床症状の形成や社会機能悪化とも関連すると考えられ,病初期における治療標的として有用かもしれない。これらの研究知見は,特に統合失調症の長期的転帰改善を目指す早期介入の分野において今後の臨床応用が期待される。

ゲノム医療の視点から

著者: 木村大樹 ,   尾崎紀夫

ページ範囲:P.447 - P.455

抄録 近年のゲノム解析技術と情報解析技術の進歩,さらに国内外でコンソーシアム形成による研究の大規模化の結果,統合失調症の発症に関わるリスク変異が再現性を持って同定されている。しかし同時に,100%特定の精神障害発症につながるリスク変異はないこと,さらに特定のリスク変異と臨床表現型は1対1では対応せず,発達段階に応じて表現型が変化していくことも判明しており,今後,統合失調症を含む精神障害のゲノム情報を集約し,さらなる検証を重ねていく必要がある。一方,ゲノム変異から発症に至るメカニズムは不詳であり,同定されたリスク変異を出発点とした,統合失調症の病態解明や新規治療薬開発,向精神薬の副作用軽減を企図した研究が活発化しており,成果の臨床応用が期待されている。
 今後,統合失調症臨床において,ゲノム医療に関連する知見の重要性は増すと考えられ,正しい知見を当事者・家族が医療者とともに共有する必要があるだろう。

展望

精神科における遠隔診断と治療

著者: 堀込俊郎 ,   岸本泰士郎

ページ範囲:P.457 - P.470

抄録 平成30年度の診療報酬改定で遠隔診療に対する保険点数が算定可能となったが,実際の運用には算定基準の他,安全面や法律面でいくつか注意点が存在する。精神科は遠隔診療が利用しやすい診療領域であり,海外ではテレビ電話を利用した精神科領域の遠隔診療の普及が進んでいる。遠隔精神科診療のエビデンスも蓄積されており,遠隔で行われる精神障害の診断や心理検査の精度,あるいは治療効果や満足度については対面と差がないとする報告が多い。遠隔医療ではアクセシビリティの高さや,患者が自宅環境で診療を受けられることがメリットである。それらの利点を生かして,今後精神科医療が抱える種々の問題解決につながることが期待される。

研究と報告

双極性障害患者のPerceived Criticismが6か月後の抑うつ症状および躁症状に与える影響

著者: 成瀬麻夕 ,   堀内聡 ,   青木俊太郎 ,   井上猛 ,   坂野雄二

ページ範囲:P.471 - P.480

抄録 双極性障害(BD)の再発予測因子のひとつにperceived criticism(PC)がある。PCは重要な他者との批判を介した関係性の認識を反映する概念で,BDの症状の悪化と関連する。本研究の目的は,症状寛解のみならず機能も回復した双極性障害患者で,PCが6か月後の抑うつ症状および躁症状に与える縦断的な影響を検討することである。調査の初回回答時に抑うつ症状,躁症状,生活機能の障害がすべて寛解状態のBD患者14名を対象に相関分析を行った結果,PCと6か月後の抑うつ症状との正の相関が示された(ρ=.61〜.67, p<.01〜.05)。以上から,抑うつ症状,躁症状,生活機能の障害が回復している患者でもPCが強い患者は6か月後の抑うつ症状悪化のリスクを有すると考えられる。

資料

Dimensional Anhedonia Rating Scale(DARS)日本語版の作成と信頼性・妥当性の検討

著者: 山本竜也 ,   疋田一起 ,   首藤祐介 ,   坂井誠

ページ範囲:P.481 - P.489

抄録 本研究では,Dimensional Anhedonia Rating Scale(DARS)の日本語版を作成し,その信頼性と妥当性を検討した。研究協力者は,597名(男性259名,女性338名,平均年齢30.95歳,SD=14.03)であった。主成分分析の結果,DARS日本語版は,「娯楽・趣味」,「食べ物・飲み物」,「社会的活動」,「感覚体験」の4主成分,17項目から構成される尺度となった。DARS日本語版の内的一貫性,再検査信頼性は十分にあった。また,妥当性の検討では,DARS日本語版の構成概念妥当性および基準関連妥当性が示された。したがって,DARS日本語版は,アンヘドニアの尺度として有用性があると考えられた。

書評

—神庭重信,坂元 薫,樋口輝彦 著—気分障害の臨床を語る—変わること,変わらないこと

著者: 井上猛

ページ範囲:P.446 - P.446

 本書は樋口輝彦先生,神庭重信先生,坂元薫先生という気分障害のみならず精神医学に造詣が深い,日本を代表する精神科医の座談会の記録である。20年前に行われた座談会の鼎談録「気分障害の臨床—エビデンスと経験」(星和書店,1999)の一部が本書の前半では再掲され,1999年頃の気分障害の診断,治療,トピックスをふりかえることができる。先生方は20年前にすでに将来を見据えた意見を述べていらっしゃっており,すばらしい先見の明に驚かされる。今から振り返ると,気分障害の臨床が大きく変化したことにあらためて気付かされる。2000年を契機に双極性障害に関する大規模な臨床研究が行われ,症候学,治療方法の大革新が行われた。2000年までは双極性障害は意外にもほとんど研究されない「顧みられない疾患」だったのである。さらに,うつ病に関しても,認知機能に着目した臨床研究,難治性うつ病に関する臨床研究,認知行動療法の普及,リワークと呼ばれる就労を目標としたデイケアの開発が行われた。2000年以降のこれらの臨床研究,実践により,気分障害の臨床は大きく変化した。現時点から振り返って1999年の臨床状況を知ると感慨深い。1999年頃の精神科医療の状況をご存じない読者には,本書を読むことが20年前の気分障害臨床を知る良い機会になる。
 このような背景をもとに,2018年に再び3人の先生が集まって座談会を開催し,本書の後半に鼎談録が掲載されている。実にユニークな構成となっている。本書の後半では,現在の気分障害の臨床について多角的に分析し,深い考えを披露してくれている。さまざまな新しい治療法についての先生方の意見も知ることができる。先生方の博識と見識には敬意を表したい。本書を読んでいると,自分の意見と先生方の意見を比較して,いろいろなことに気付かされるし,考えさせられる。また自分が知らない重要なことを本書から学ぶことができる。このように,20年前と現在に関する座談会を同時に読み比べることによって,大きく変化した気分障害の臨床に気付かされるが,一方,20年経っても変化しなかったこともある。変化だけに気をとられずに,変化していないことは何だろうと考えながら読むと,より本書から得られることが多くなると思う。この書評では,「変わらなかったこと」についての評者の意見はあえて述べない。推理小説でいえばネタバレというタブーを犯すことになり,興味が半減すると思われるからである。「変わること」と「変わらないこと」は何だろうと考えながら本書を読むと,読書の楽しみもよりいっそうになるのではないか。

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目次

ページ範囲:P. - P.

次号予告

ページ範囲:P.490 - P.490

編集後記

著者:

ページ範囲:P.494 - P.494

 読者の皆様のお手元に本号が届く折には,多くの地域ですでに桜が花開いて新年度を飾っていることと思います。年度の初めにあたって,精神医学が長らく追求し続けている統合失調症の治療ゴールを特集に取り上げるのはふさわしいと言えるかもしれません。
 特集は,異なる視点,立場から書かれた10編によって構成されていますが,それらのほとんどで,リカバリーやshared decision makingが共通の基盤となっています。冒頭では薬物療法の視点から,これらをキーワードとして取り上げるとともに,臨床的なリカバリーとパーソナルリカバリーについても論じています。すべての精神科医にとって身近である薬物療法を通して特集への導入の役割を果たしているとも言えます。薬物療法に続いて,治療者・支援者側のさまざまな視点から検討が加えられた後に,当事者・家族が望む治療ゴールに関する意見が述べられているのは特筆すべきと思います。当事者・家族の視点から,また,当事者が自身の物語を紡ぐのに寄り添うという自助と自治支援の観点からの意見には重みを感じます。特集の最後となるゲノム医療の視点からの論考でも,最新の知見を活用するにあたってshared decision makingが重要であることが述べられています。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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