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雑誌目次

論文

精神医学61巻6号

2019年06月発行

雑誌目次

特集 マインドフルネス療法は他の精神療法と何が違うのか?

特集にあたって

著者: 佐渡充洋

ページ範囲:P.625 - P.625

 マインドフルネス療法が空前のブームである。医療の領域では,うつ病の再発予防,不安障害,がん患者の再発不安,健常者のストレス,禁煙といったさまざまな疾患や病態に対する効果検証が進んでいる。またその影響は医療だけにとどまらず,ビジネス,教育などの領域へも拡大の一途をたどっている。ここまで急速に認知度が拡大するのは,その内容に何か特別なものでもあるからなのだろうか?
 大谷彰氏によるとマインドフルネスとは,「今ここの体験に気付き,それをありのままに受け入れる態度および方法」と定義される。瞑想やヨガといったこれまでの精神療法が用いてなかった手法を用いる点に,ある種の新奇性はあるものの,定義で述べられた「今ここ」という現在性,「ありのままに受け入れる」という受容の姿勢には,真新しさは特に認められない。むしろ,こうした要素は,西洋,東洋それぞれに起源を持つ多くの精神療法でこれまでにもすでに提唱されてきた概念である。

マインドフルネス療法の基本的なアプローチ

著者: 佐渡充洋

ページ範囲:P.627 - P.635

抄録 マインドフルネス療法の特徴を他の精神療法との比較を通して議論するためには,マインドフルネス療法そのものの特徴を最初に明らかにしておく必要がある。マインドフルネス療法は,毎週1回2〜3時間,合計8週間の構造で10〜20人程度の集団療法の形式で実施されるのが基本である。マインドフルネス療法がとる基本的アプローチは,不快な体験に対するかかわり方を変えるという点にあり,これが効果を発揮する機序にかかわっている。さらに,このアプローチを可能にする方法として,注意のシフト,あることモードでの対応,脱中心化の3つの方法がある。マインドフルネス療法の特徴は,患者個人の問題を扱うのではなく,不快な体験に対するアプローチを変えるための方法論を具体的に提示していることにあると考えられる。

認知行動療法 再考—マインドフルネス認知療法が重視している“脱中心化”に焦点を当てて

著者: 中野有美

ページ範囲:P.637 - P.645

抄録 マインドフルネス認知療法は,うつ病の再発を抑えることを目標に開発された。脱中心化を体得し,認知のとらわれから解放されることが重要であるとされている。一方で,認知行動療法は,認知と行動の変容が目的であるとされている。しかしながら,脱中心化は,認知行動療法においても大切な概念である。本稿では,認知行動療法によりクライエントに脱中心化を引き起こす過程について詳細にたどることで認知行動療法がクライエントに変化をもたらす仕組みについて再考するとともに,そこから浮かび上がる両治療それぞれの特徴について触れた。さらに,トレーニング中の治療者が行う認知行動療法セッションで,クライエントの脱中心化過程に注目したものが少ない実情を考察した。

マインドフルネスと精神分析との対話

著者: 白波瀬丈一郎

ページ範囲:P.647 - P.653

抄録 禅仏教と精神分析との関係性を歴史的に振り返ることから,マインドフルネスと精神分析の対話を試みた。その結果,双方の営みをより豊かにすることができた。精神分析において洞察が重視されるが,洞察の基礎となる自由連想にも治療的意義がある可能性を明らかにできた。さらに,さまざま臨床実践を広く精神分析に含める有用性に気付くことができた。他方,治療法としてのマインドフルネスにおいては,メンタライゼーションに基づく治療の援用により,治療者の役割を明らかにすることで,それがより豊かなものになる可能性を示すことができた。

アクセプタンス&コミットメント・セラピー(ACT)からみたマインドフルネス

著者: 高畠聡 ,   近藤真前

ページ範囲:P.655 - P.662

抄録 近年,精神科臨床において,思考にとらわれずに,距離を置いて思考を眺めることで,自身への気付きを促すマインドフルネス・アプローチの有効性が着目されている。マインドフルネス・アプローチを体験的に理解することで,これまでの医療との世界観の違いに気付くことができる。本稿では,精神科臨床医の視点から,マインドフルネス・アプローチを用いた第3世代認知行動療法であるアクセプタンス&コミットメント・セラピー(ACT)について概説した上で,ACTとマインドフルネス認知療法(MBCT)との相違点や共通点について考察した。特に両者におけるマインドフルネスの使用について,実際のACTでの使用例も含め言及した。

行動活性化からみたマインドフルネス

著者: 神人蘭 ,   高垣耕企 ,   香川芙美 ,   吉野敦雄 ,   岡本泰昌

ページ範囲:P.663 - P.670

抄録 第3世代認知行動療法として,マインドフルネス認知療法や回避行動に焦点を当てた行動活性化に注目が集まっている。マインドフルネス認知療法は,呼吸や体の感覚に注意を向け,その瞬間をあるがままに観察することで,思考や感情と距離をとる「脱中心化」が治療上中心的な役割を果たす。一方,回避行動に焦点を当てた行動活性化は,回避行動が生じる文脈や行動の機能的な側面を重視し,気分に依らず,価値に沿った代替行動を意識的に選択して取り組み(outside-in),内面の変化やその結果を評価することを通して,気分の改善を図る精神療法である。行動活性化もマインドフルネス認知療法もその特徴や治療プロセス,介入対象が違うものの,脱中心化を図り,セルフコントロールするという部分は共通している。

森田療法とマインドフルネス

著者: 新村秀人

ページ範囲:P.671 - P.681

抄録 マインドフルネス療法におけるマインドフルネスと森田療法におけるマインドフルネスである「あるがまま」とを比較した。マインドフルネス療法では,瞑想を通じて注意制御・情動調整・身体知覚に努め,自己意識をメタ認知に引き上げることにより症状へのとらわれから脱しようとする。一方,森田療法では,目の前の必要なことをするという身体の動きにより,症状をそのまま感じる心の流動性の獲得を目指し,生の欲望が動因となる。両者の大きな違いは,第一に,マインドフルネス療法は,主体と客体を分けて考える二元論で,有心を前提とするのに対し,森田療法は,主体と客体,心身を分けない一元論であり,無心を目指すこと,第二に,マインドフルネス療法は,言葉を用いて意識化することを目指すのに対し,森田療法は,言葉にせずに意識化を離れるようにすること,第三に,森田療法は症状の受容のみならず,日々の生活活動への積極的参与を促すことである。

仏教心理学からみたマインドフルネス

著者: 井上ウィマラ

ページ範囲:P.683 - P.692

抄録 仏教心理学からみたマインドフルネスは,自我あるいは「私」という観念にまつわる身心相関現象をありのままに,かつ間主観的に見つめるトレーニング体系である。「私」という思いの発生から消滅までの全過程を繰り返しありのままに見守ることで,その仮想性と共同催眠性に気付き,「私」の有限性を受容して,「私」という幻を健全に使いこなすことを可能にしてくれる。解脱と呼ばれるマインドフルネスの最終目標地点に至る道のりでは,なれ親しんでいた「私」を手放す不安や悲しみを体験することもあるため,世間的な価値観を逆なでするような印象を持たれる可能性もある。臨床マインドフルネスが仏教心理学あるいは伝統マインドフルネスから学ぶには,「適応」という範囲を超えて,どうしたら自己超越のためにコンフォートゾーンから一歩を進めていくことができるのかという視点を開くことが必要であろう。

内観療法からみたマインドフルネス

著者: 真栄城輝明

ページ範囲:P.693 - P.701

抄録 内観療法の立場からみたマインドフルネス療法について,共通点,相違点について考察する。そしてその際に,内観療法で対象とされる両親・兄弟・身近な人に対して,「してもらったこと・して返したこと・迷惑をかけたこと」という内観独特の三項目を通して,繰り返し想起するアプローチとマインドフルネスでも触れられる『慈悲』との対比についても言及する。それらを論じる前に,内観療法について,その概要を実際の実習環境を含めて紹介するが,まず,これまで内観界で使われている言葉や概念を解説する必要があると考えるので,具体的な事例を交えて述べる。その際,可能な限り,マインドフルネスとの対比を念頭に置くことにする。

展望

抑うつと甲状腺機能

著者: 吉村淳

ページ範囲:P.703 - P.716

抄録 うつ病と甲状腺機能低下症との症状の類似性についてはよく指摘され,多くの医療者に周知されている。しかし,実際に双方の疾患にどの程度の関連性があり,どのような影響を及ぼし合っているかについて,国内外の論文を通しても包括的な知見はほとんど見当たらない。また,治療抵抗性うつ病に対して甲状腺ホルモン剤の付加療法があるとの認識は広まっているが,実際にどのような対象者に,どのような基準で,どのような薬剤が適応になるか,については未だ検討されていない。これらの問題に焦点を当て,抑うつと甲状腺機能の関係性について既存の報告を多角的な視点から整理して,うつ症状の治療における甲状腺機能への注視の必要性と甲状腺ホルモン剤の可能性について提唱する。

研究と報告

スーパー救急病棟における措置入院患者の現状と課題

著者: 齋藤綾華 ,   山田浩樹 ,   原田敦子 ,   山田真里 ,   宇野宏光 ,   河合秀明 ,   石川文徳 ,   平田亮人 ,   徳増卓宏 ,   高塩理 ,   岩波明

ページ範囲:P.717 - P.726

抄録 昭和大学附属烏山病院は精神科救急入院料算定病棟(スーパー救急病棟)を2病棟有し,措置入院患者を多数受け入れている。今回筆者らは2010年から2014年の5年間に当院スーパー救急病棟に入院した全患者2,326例の診療録を調査し,措置入院患者392例の臨床的特徴について検討を行った。その他の群と比較し措置入院群においては,男性の比率が高率で平均年齢が低く,入院回数が少なかった。隔離室とHaloperidol点滴の使用率が高い一方で,ECTの使用率,自宅退院率は低かった。診断的には,F1圏,F2圏,F6圏が高率で,F3圏,F4圏,F8圏が低かった。措置入院の中には医療観察法の要件を満たすものも認められ,措置入院が司法精神医療の一部を担っている実態が示された。

短報

サルコイドーシスおよび糖尿病の治療中に持続する認知機能障害を呈したクリプトコッカス髄膜炎の1例

著者: 治田倫孝 ,   林要人 ,   石田康

ページ範囲:P.727 - P.731

抄録 認知機能障害を来したクリプトコッカス髄膜炎の症例を経験した。症例は61歳の男性。サルコイドーシスと糖尿病治療中。急性の見当識障害,記憶障害,視空間認知障害,発熱にて発症。発熱は抗菌薬の投与で改善したが,認知機能障害は数か月に渡り持続した。髄液検査,画像検査を行いクリプトコッカス髄膜炎と診断した。クリプトコッカス髄膜炎は免疫不全状態での発症が多く,本症例ではサルコイドーシス,ステロイド内服や糖尿病等複数の要因により感染に至ったと推察される。また明らかな発熱・炎症所見を伴わずに高次脳機能障害が主症状となることがあり,疑わしい場合には積極的に髄液検査を施行する必要がある。

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目次

ページ範囲:P. - P.

次号予告

ページ範囲:P.732 - P.732

編集後記

著者:

ページ範囲:P.736 - P.736

 振り返ってみて,わが国に認知行動療法が導入されたのはいつの頃になるのだろうか? 筆者が研修医のころに盛んにその名前を耳にするようになったという記憶が正しければ,おそらく30年ぐらい前になるのではないだろうか? 以降,EBMの隆盛にも支えられ,文字通りあまたのエビデンスによってその効果が支持される精神療法として,認知行動療法は精神科治療の大きな柱として不動の地位を占めるに至っている。現在は,わが国においても保険診療の対象となっていることから,国が認めた数少ない精神療法ともいえる。
 そして薬物療法を含めたあらゆる治療技法同様,精神療法も変化し,進歩する。認知行動療法も新世代あるいは第三世代の治療技法として,本号の特集であるマインドフルネス療法や,その他アクセプタンス&コミットメント・セラピーなどが紹介されるようになってきた。中でもマインドフルネスに関しては,現在,医学・医療の世界のみならず,教育現場や職域におけるストレスマネジメントとして導入されるなど,いわばブームとして世の中を席捲しているといっても過言ではない。Googleがマインドフルネスを研修に導入したというニュースをご覧になられた読者諸氏も多いのではないだろうか?

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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