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雑誌目次

雑誌文献

精神医学61巻7号

2019年07月発行

雑誌目次

特集 今再び問う,内因性精神疾患と心因性精神疾患の概念

特集にあたって

著者: 井上猛

ページ範囲:P.739 - P.739

 1980年に発表されたDSM-Ⅲはわが国の精神科臨床に徐々に導入された。その過程で,わが国の精神科診断学はゆるやかに変化していった。1980年代には,主としてドイツ精神医学に基づく伝統的精神医学がわが国の精神科診断の主流であったが,40年の間に米国精神医学(DSM)が精神科診断の主流となった。2019年に改訂されるICD-11もその基本的な考え方はDSMとほぼ同じである。このような変化の中で,外因性-内因性-心因性という精神科診断の階層原則は脱構築され,外因性-その他というような診断構造となってきた。個々の疾患のDSM診断基準を『DSM-5精神疾患の分類と診断の手引』で読んだだけではDSMが階層原則を考慮しているのかどうかは分かりづらいが,たとえば『DSM-5鑑別診断ハンドブック』の「抑うつ気分の鑑別診断のための判定系統樹」を読むと,まず,器質的な気分障害を疑い,双極性障害を疑い,ついで大うつ病,適応障害を順に疑っていくことが薦められており,実はDSMも階層原則を考慮していることが分かる。このように,内因性精神疾患と心因性精神疾患の診断概念は決して否定されたわけではなく,単に棚上げされただけであることが分かる。一方,40年前には心因性精神疾患としてみなされていたパニック症,強迫症などの神経症が本当に心因性と言えるのかという疑問も出てきた。このように,DSM以前の精神科診断学をもう一度考え直して,DSMやICDとの整合性を考えるべき時期が来ていると思われる。特に心因の問題は実際の臨床では見立てや治療に大きく影響するため,実臨床では無視することはできない。本特集では,この分野の第一人者達に内因性-心因性の問題を再び論じていただき,DSM登場以前には精神科診断の根幹であった内因性-心因性の精神科診断概念についてもう一度整理し直したい。DSMやICDとともに診断学をどのように構築するべきかを考える契機に本特集がなることを願っている。

内因性概念と心因性概念の歴史と現状—歴史から学ぶこと

著者: 橘川清人

ページ範囲:P.741 - P.748

抄録 内因性-心因性の概念は,歴史的にはJaspers-Schneiderの古典的精神病理学によって両者が峻別されることから始まった。そこでは内因性/心因性は,すなわち未だ身体に基礎付けられない疾患/経験的出来事への反応であり,方法論的には説明/了解の対象である。その後の精神病理学はこの二分法と心身二元論をいかに乗り越えるかの格闘の歴史であった。チュービンゲン学派の多次元診断,多くの発病状況論などを経て,うつ病に関してはTellenbachの,統合失調症を含めた内因性精神病については木村敏の,二元論を越える積極的な「内因」概念に結実する。経験論的次元と超越論的次元の「あいだ」の「ねじれ」が病因論的次元として見出されることで,なぜ「内因」が未だに実体論的に解明されないのかが理解される。

出来事としての内因性精神病—エンドン・出来事・中動態

著者: 清水健信 ,   松本卓也

ページ範囲:P.749 - P.759

抄録 我々は内因性について考えるにあたってTellenbachがメランコリーの臨床から生み出した「エンドン・コスモス因性」の検討から出発し,「出来事」(Geschehen)としての内(エンドン)因性は心因性や外因性と相互排除的な概念ではないことを確認した。さらに統合失調症を「出来事」(Ereignis)として捉えるMüller-Suurに着目し,一瞬の強度/緊張を掘り下げるMüller-Suurの出来事の垂直性が,人間と世界の関係性の契機を追うTellenbachの出来事の水平性と異なる方向性を持っていることを指摘した。では水平的な出来事と垂直的な出来事はいかなる関係にあるのか。我々はこの問いに対する一定の見通しを,「水平のあいだ」と「垂直のあいだ」は同じ「あいだ」の二側面だとする木村敏の「メタノエシス」や「中動態的自己」概念のうちに見出すことになった。我々はこの中動態概念についてさらに展開していく必要がある。

臨床医からみた内因/心因

著者: 小野泰之

ページ範囲:P.761 - P.768

抄録 患者の病理が内因なのか心因なのかという見立てと,治療手段は強く結びついている。それはたとえば「内因-薬物療法」といった具合に結びついているように思われる。それは標準的な診療現場では未だに有効であることが多いし,薬物療法も確実に進歩しているように思われる。一方で,そういった場合に精神療法的な観点は,どうしても抜け落ちてしまうことが多いかもしれない。たとえ「内因-薬物療法」を治療の中心に据えた場合でも,精神療法的な観点,つまり,こころをこころで受け取るというような観点を保つことで生物学的な視点とは違った視点が得られる。また精神分析の理論から,仮説ではあるが奥行きのある構造を学ぶことはラポールの形成に役立つだろう。

統合失調症における内因性概念

著者: 針間博彦

ページ範囲:P.769 - P.776

抄録 内因性精神病,特に統合失調症における内因性概念について論じる。Jaspers-Schneiderによれば,精神病とは疾患の結果としての精神的病像であり,そのうち内因性精神病とは身体的基盤が未だ不明の精神病を意味する。内因性の要因は内因性精神病のみに存在するのではなく,疾患によらない非精神病性の障害にも,素質という内因性の要因が認められる。内因性精神病では,生の発展の意味連続性に中断が認められることが,疾患を想定する根拠の一つとなる。統合失調症の診断においては,こうした考え方は特徴的症状の存在によって補完され,Schneiderの1級症状はその了解不能性から心因性の障害と気分障害との鑑別を可能にする。

非定型精神病概念の再考

著者: 須賀英道

ページ範囲:P.777 - P.786

抄録 最近の精神医学において,その診断手法としてDSM-5が主座を占める流れの中で,内因性概念そのものが希薄化している。この背景には最近の精神科医療の対象となる疾患の病態が,内因性概念を規定する要ともなる発生了解の基本をあまり必要としない状況となってきていることが大きい。そうした中で,急性精神病の中核となる非定型精神病においては,未だこの発生了解概念が最も重要な診断手法となっている。本稿では非定型精神病について,その特徴,歴史的背景,生物学的指標の探求,DSM診断出現後に受けた影響,診断基準の作成,縦断的視点における臨床単位としての有用性を述べるとともに,精神科診断における内因性概念についても言及したい。

双極性障害概念の展開と心因

著者: 坂元薫

ページ範囲:P.787 - P.800

抄録 20世紀初頭にKraepelinが広大な躁うつ病概念を確立した後,Bleuler,Schneiderによって躁うつ病概念は狭小化されることになった。ドイツ精神医学の影響を強く受けたわが国でも躁うつ病概念は非常に狭いものであった。診断概念の統一化を目指す動向の中で,内因性精神疾患の治療反応性・転帰を決定するものは統合失調症症状ではなく気分症状であることが示された。この見解は最初の本格的な操作的診断基準であるDSM-Ⅲに全面的に取り入れられ,躁うつ病概念は重症極へと拡大された。躁うつ病は,その関心の高まりとともに双極性障害と呼称を変え,Akiskal,Ghaemiらによりその双極スペクトラム概念を通して軽症極へも拡大された。その一方,双極性障害の過剰診断の問題も看過できないのが現状である。純粋な躁病やうつ病はむしろ特殊な表現型であり,躁うつ混合状態こそが躁うつ病の本質であることを看破していたKraepelinの卓見は今日なおもその妥当性を失っていない。内因-心因をめぐる議論は治療への貢献を目的として行われるべきものであり,死別後の躁病,“葬式躁病”は,治療を前提として内因-心因問題を論じるには最適の領域であることを指摘した。

反応性と内因性の境界にて—よみがえれ! うつ病の状況論

著者: 大前晋

ページ範囲:P.801 - P.815

抄録 うつ病は,正確にいえば反応性抑うつと内因性抑うつの境界上にある病型,すなわち軽症内因性うつ病である。それは軽症で,はじめは心理学的な出来事に動機づけられた反応性抑うつにみえる。しかし,いったん始まったあとは自律的な内因性の経過をとる。Schneiderは内因性抑うつの一次障害を,生命感情あるいは生気的感情の障害と定めた。第二次世界大戦以前のドイツでは,内因性抑うつの病因はあくまで遺伝体質にあり,心理学的な出来事は動機にとどまるとみなされた。しかし第二次大戦後は,病因として性格と状況の固有な関係性が注目されるようになった。Tellenbachは性格と状況の不即不離性に注目し,独自のメランコリー論を展開した。日本では,状況論の紹介とimipramineの発売とが相まって,独自のうつ病概念が定着した。現在の日本では,これらうつ病の理論的背景は忘れられつつある。しかし,反応性と内因性の二分法は,いまだ臨床上の有用性を失っていない。今後の基礎研究においても踏まえるべき理論である。

適応障害—ストレス因と心因

著者: 平島奈津子

ページ範囲:P.817 - P.824

抄録 適応障害では「ストレス因が始まってから速やかに症状が発現し,ストレス因が終息すれば速やかに症状も軽快する」という,ストレス因(stressor)と症状との時間的因果関係が診断の決め手となる。しかし,心因性の精神障害のすべてにこのような時間的因果関係の明確さが認められるとは限らない。適応障害患者は「ストレス因に反応」はしているものの,そのストレス因は彼らの心理的な過程を惹き起こすような心因にはなっていないため,ストレス因の終息に伴って速やかに症状が消失するとは考えられないだろうか。また,ストレス因があったとしても,ストレス因に対する対処が効を奏すれば,疾病化を免れるばかりか,むしろ,その困難な,あるいは新たな環境に「順応(適応)」することができる可能性がある。

「神経症」レベルにおける心因反応の概念の変遷

著者: 岡野憲一郎

ページ範囲:P.825 - P.833

抄録 心因反応と呼ばれる疾患群の中で神経症レベルのものを取り上げ,その時代的な変遷について論じた。前世紀半ばの米国の精神医学では,心因反応という概念は明らかに存在し,非器質性の精神疾患の多くを含んでいた。しかし現代の精神医学においては医療技術の発展とともに,心因,内因,外因という従来の分類が意義を失いつつある。そして心因反応という概念は発展的に解消されつつあり,それに該当するものとしては適応障害が残されているに過ぎない。現代では,心因反応に関連して用いられた疾病利得の概念への反省も促され,心身を相互的な連関としてとらえるストレス-素因モデルが新たな意義を有するようになっている。

展望

日本におけるオープンダイアローグの現在

著者: 斎藤環

ページ範囲:P.835 - P.851

抄録 統合失調症急性期に対するケアの手法として「オープンダイアローグ(以下OD)」が注目されている。薬物治療や入院治療に依存しない治療方法として,あるいは治療に限定されない「対話の思想」として学際的な関心を集めている。ODの根底には,個人の尊厳,権利,自由の尊重こそが治療的意義を持つという透徹した倫理性がある。その意味においてODの受容は「人間」と「主体」の復権でもある。現在はODNJP(Open Dialogue Network Japan)が中心となって啓発活動を進めているが,臨床現場での応用は今後の課題であろう。本稿では,ODの内容についての概略とエビデンスを紹介し,臨床場面における進め方の手順を「七つの原則」に準拠しつつ述べた後に,統合失調症にOD的なミーティングを実施した自験例を提示する。

研究と報告

成人発達障害検査入院における診断および心理検査結果の検討

著者: 大森裕 ,   太田晴久 ,   小島睦 ,   西尾崇志 ,   武藤奈奈 ,   ロンバートはるみ ,   内田侑里香 ,   今村薫奈 ,   池ヶ谷訓章 ,   加藤進昌 ,   岩波明

ページ範囲:P.853 - P.862

抄録 昭和大学附属烏山病院では2011年より成人を対象として発達障害の検査を目的とした入院プログラムを提供している。検査入院に参加した患者175名のうち,22%が自閉症スペクトラム障害(ASD),21%が注意欠如多動性障害(ADHD)の診断であり,半数以上が発達障害ではないと判断された。前医での診断名と比較したところ診断の一致度は不十分であり,ASDは統合失調症と,ADHDはASDとみなされやすい傾向が示された。心理検査からはPARSの幼少期得点およびIRI得点,特に共感的配慮の下位項目が発達障害を疑われている他の精神疾患との鑑別に有用である可能性が示された。

書評

—五十嵐禎人,岡田幸之 編—刑事精神鑑定ハンドブック

著者: 西山詮

ページ範囲:P.834 - P.834

 1948年,Schneider Kは法律家を前にした講演で,刑事責任能力につき次のように言った。「(われわれは)弁識能力および制御能力についてはほとんど言及しない。(中略)その理由は,この点については何人も(kein Mensch)答えることができないからである」つまり,鑑定人どころか裁判官も(何人も)心理学的要素に答えることができないというのである。
 数十年にわたる論争を経て上記のような不可知論は克服され,精神科医はその専門知により裁判官の事実認定(弁識能力と制御能力の判断)を援助することができるようになった。言いかえれば,鑑定人は,収集した証拠およびそこから許されるかぎりの推認により,犯行時,精神障害がどのように,どの程度まで心理学的要素に影響を及ぼしたかにつき蓋然性の高い仮説を提供することができる。このような考え方を可知論と呼んでいる。

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目次

ページ範囲:P. - P.

今月の書籍

ページ範囲:P.863 - P.863

次号予告

ページ範囲:P.864 - P.864

編集後記

著者:

ページ範囲:P.868 - P.868

 すべての人間にとって人間関係は一番ストレスに感じることであり,その他にも家事や仕事,ペット,災害,病気など悩みの種は尽きない。器質性,内因性といわれる精神疾患においても,以上のような環境因子がなくなるわけではないので,当然精神症状を理解するときには環境因を考える必要がある。一方,心因性といわれる精神疾患では心因を理解し,主治医は患者と一緒に絡まった糸をほぐす作業が特に必要である。心因性精神疾患という言葉があまり使われなくなって久しいが,精神疾患における心因が軽視されているのではないかという強い懸念を感じる。本特集では,30年以上前の精神医学では常識であった心因と内因の問題を,わが国の代表的な精神科医達によってさまざまな観点から論じていただいた。心因と内因の問題は単純な2分論ではなく,もっと複雑な交互作用を想定する必要があるかもしれない。本特集は,とても読み応えのある本格的な精神医学・精神病理の特集であり,内因と心因の問題を読み解くことにより精神疾患の本態を深く理解できると思う。わが国から内因と心因の問題を再提起し,DSMやICDが主流の精神医学に影響を与えることを期待したい。このような温故知新は世界を見渡しても,精神病理が盛んなわが国で一番達成の可能性が高いと思う。展望の「オープンダイアローグ」は,内因性精神疾患である統合失調症の患者の気持ちを大切にする精神科的アプローチだと思う。内因性だからといって心因を軽んじないほうがよいし,心因性と決めつけて内因性の可能性を忘れてはいけない。さらに心因と内因の問題を棚上げにして,両概念に目をつぶってもいけない。内因と心因の現代的理解が必要である。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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