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雑誌目次

論文

精神医学61巻8号

2019年08月発行

雑誌目次

特集 光と精神医学

特集にあたって

著者: 内山真

ページ範囲:P.871 - P.871

 日長時間が短縮する冬季になると抑うつ状態を呈する季節性うつ病が同定され,この治療として高照度光療法の有効性が報告されてからおよそ40年になる。その後,季節性うつ病に関しては,疫学的なエビデンスや高照度光療法の有効性について研究が行われてきた。さらに,非季節性うつ病に対する高照度光療法の有効性,双極性障害に対する光制限の有効性など,光が広く気分障害の治療に応用可能であることが分かってきた。しかし,光を応用した治療技術については,その生物学的な根拠が明確でなかったことや朝早い時刻の実施がうつ病患者では困難であることなどから,実地臨床における気分障害の非薬物療法としての位置が確立されてこなかった。
 高照度光療法における抗うつ効果の作用機序については,既に神経連絡が明らかになっていた睡眠や概日リズムに対する影響を介した作用と考えられてきたが,臨床研究が進むにつれ気分に対する光の直接的な作用を想定しないと説明困難な現象が報告されるようになった。さらに,ヒトを用いた基礎的および臨床的研究から,不安や認知機能に対する影響についても明らかになってきた。2010年以降になって,動物において,網膜の最表層にある光感受性網膜神経節細胞(intrinsically photosensitive retinal ganglion cell:ipRGC)から直接に海馬や扁桃体に投射する経路が発見された。あらためて光の抗うつ効果や認知機能に対する効果について再評価が行われるようになってきた。

光の気分への作用

著者: 内山真

ページ範囲:P.873 - P.881

抄録 光が気分に与える影響についての記載は古くからあり,文学作品にも多く取り上げられてきた。しかし,臨床医学で取り上げられるようになったのは,1980年代の季節性うつ病の発見からである。光による抗うつ効果については,網膜から視床下部への直接路が発見され,初期には概日リズムや睡眠の改善を介したものと考えられていた。2000年以降になって,網膜から海馬や扁桃体への直接的な伝達経路が発見され,抗うつ効果は抗うつ薬などと基本的に変わらない辺縁系への直接作用によるものが大きいことが分かってきた。本稿では,網膜から辺縁系への投射路の機能から,気分障害における高照度光療法の効果について検討した。

光の非視覚性作用—覚醒度および認知機能の修飾作用

著者: 竹島正浩 ,   三島和夫

ページ範囲:P.883 - P.889

抄録 光の視覚以外への作用を非視覚作用と呼び,非視覚作用の1つに認知機能に対する作用がある。光の認知機能に対する主な効果は覚醒度の増加と考えられている。一般的に網膜に入射した光は内因性光感受性神経節細胞を介して視交叉上核に到達し,視床,青斑核,皮質など広範な脳部位の賦活により急性の覚醒効果を発揮すると考えられている。光による覚醒効果はより高い照度,より短い波長,およびより高い色温度で覚醒度を高める。光が覚醒水準および認知機能に及ぼす影響とそのメカニズムは未解明な点も多く,さらなるエビデンスの蓄積が求められている。

睡眠の季節変動と光との関連

著者: 鈴木正泰 ,   内山真

ページ範囲:P.891 - P.896

抄録 ヒトにおける睡眠の季節変動は,季節性感情障害との関連で研究されてきた。一般人口を対象とした過去の調査では,一貫して睡眠時間は夏に短くなり,冬に長くなることが報告されている。しかし,変動の大きさは調査地域の緯度によって異なり,日長の季節変化の違いが関連していると考えられている。最近筆者らが行った日本の一般住民を対象とした調査では,夏と冬の睡眠時間差は平均11.4分であった。哺乳類においては,外界の明暗リズムは体内でメラトニン分泌リズムに置換され,そのリズムパターンから季節を知り,生理機能や行動の変化が生じる。ヒトにおいても同様のシステムによって季節適応が行われると推測されている。睡眠時間や睡眠障害の季節性を明らかにすることは,より適切な睡眠指針の確立や社会システムの構築に重要であり,今後この領域の研究がさらに発展することが望まれる。

季節性うつ病と光

著者: 山本真太郎 ,   北島剛司

ページ範囲:P.897 - P.904

抄録 季節性うつ病は気分障害の一病型として1980年台以降に認知され始め,その病態について光や概日リズムの関連性が指摘されている。これを手がかりとした治療介入として光療法が行われており,メタ解析でも有効性が確認されている。
 光療法は比較的低侵襲かつ低コストの治療法であり,他疾患への応用も期待されるが,現在わが国では保険適用外であり,今後の知見の集積ひいては保険収載が待たれる。本稿では季節性うつ病の病態および光療法を主軸とした治療について既報も交え概説するとともに,光療法の今後の課題の考察も行った。

双極性障害の気分安定化を目指す光調整療法

著者: 平川博文 ,   寺尾岳

ページ範囲:P.905 - P.913

抄録 双極性障害は青年期から成人期早期に発症し,躁病または軽躁病エピソードと抑うつエピソードを繰り返す疾患である。気分安定薬や抗精神病薬が主な薬物療法であるが,長期的な視点での精神症状の安定を目指すために,非薬物療法による補助療法も望まれる。光には抗うつ効果があり,逆に光を遮断することで抗躁効果を認める。筆者らは双極性障害に対して高照度光療法とサングラス療法を組み合わせることで気分安定化を図る「light modulation therapy」を提唱している。また,環境光を日常生活に取り入れる方法として,うつに傾く時期は意識的に日光を浴びてもらい,軽躁や躁に傾く時期は部屋の電気を暗くしたり,環境光を遮るためにサングラスを装用するように患者へと指導している。

光と加齢・認知症

著者: 金野倫子

ページ範囲:P.915 - P.926

抄録 認知症においては,睡眠覚醒リズムをはじめとした概日リズムの問題に関連すると考えられる行動心理症状(behavioral and psychological symptoms of dementia:BPSD)が少なからず認められる。光は非イメージ形成機能を持ち,体内時計の同調機能はそのひとつであるが,加齢や認知症に伴ってこの機能においていくつものレベルで変化が生じ,結果として光作用減弱をもたらすことが明らかとなっている。一方,体内時計の同調機能や情動などに関連するいくつかの脳部位に対して,網膜からの直接投射経路の存在も見出されている。認知症の睡眠やBPSDへの高照度光療法(bright light therapy:BLT)に対する評価は必ずしも確立されていないが,これまでのBLT研究や上記の知見の中には,光によるBPSD介入をさらに効果的にするヒントがあると考えられる。

不安関連疾患と光

著者: 吉池卓也 ,   栗山健一

ページ範囲:P.927 - P.933

抄録 心的外傷後ストレス障害と不安障害群は,過度で持続的な恐怖・不安および回避行動を臨床的特徴として共有し,その多くでストレス・恐怖処理にかかわる神経回路障害が認められる。さらに,これらの障害群は,恐怖条件づけの獲得亢進,般化,および消去不全により特徴付けられる,情動記憶機能障害を有する一群と考えられる。高照度光照射は,海馬依存的学習のみならず,恐怖条件づけを含む扁桃体依存的学習にも影響することが動物・ヒト研究で明らかにされ,恐怖・不安関連病態における高照度光療法の臨床応用が期待される。その際,抗うつ効果を目的とする静的な光照射と対照的に,標的学習過程と同期させる動的な光照射の有用性が示唆される。

高照度光療法器の活用

著者: 三浦淳 ,   湯浅友典 ,   相津佳永

ページ範囲:P.935 - P.942

抄録 高照度光療法は約40年の歴史がある代表的な非薬物療法である。季節性感情障害,非季節性うつ病,概日リズム睡眠・覚醒障害などに有効である。治療方法は,角膜の位置で2,500ルクスとなる光を2時間,または10,000ルクスとなる光を30分間照射する。光源には以前は蛍光灯が使われていたが,最近では高輝度の発光ダイオード(LED)が使われている。LEDに多く含まれる短波長の光は,長波長の光に比べ,メラトニン抑制作用や生体リズム位相変位作用が強い。高照度光療法器は,以前は大型のボックス型しかなかったが,最近,サンバイザー型や眼鏡型というウェアラブルな機器が国内外で開発された。このため光療法中に他の活動もできるようになり,利便性が向上した。また旅行先への携行も容易となった。しかしウェアラブル光療法器の効果や安全性に関する研究報告は少なく,今後さらなる検討が望まれる。

光と動物の季節性行動

著者: 吉村崇

ページ範囲:P.945 - P.953

抄録 自然界に生息する動物たちは環境の季節変化に適応するために,繁殖活動や冬眠など,さまざまな生理機能や行動をダイナミックに変化させる。季節によって変動する環境因子には,日照時間(日長),気温,降水量などがあるが,多くの生物は日長を手がかりとしている。近年の研究から鳥類,哺乳類,魚類が日長の変化を感じて繁殖活動を開始する仕組みが明らかになってきた。ヒトだけでなくさまざまな動物が日長の変化によって,うつ様行動を示すと言われている。また冬季うつ病にみられる抑うつ状態や体重,概日リズム,あるいは社交性の変化は,動物の冬眠や季節繁殖などの名残りではないかと指摘されてきた。ヒトとその他の動物が異なることは明白であるが,ヒトも動物である。本稿では動物の季節性行動と光の関係について紹介しながら,ヒトとの類似点,相違点について議論する。

研究と報告

精神科病院における入院長期化の予測因子に関する研究—精神科リハビリテーション行動評価尺度(REHAB)を用いた社会機能における後方視的研究

著者: 榎木宏之

ページ範囲:P.955 - P.963

抄録 本研究は,1年以上の長期入院を予測するための指標を社会機能の観点より後方視的に探索することを目的とする。精神科病院入院中にRehabilitation Evaluation Hall and Baker(REHAB)の評定対象となった統合失調患者174人を,1年未満群(n=39)と1年以上群(n=135)の2群に分け,属性およびREHAB逸脱行動,全般的行動の合計5因子,16項目についてt検定を行った。次に,t検定で有意差がみられた変数を説明変数,入院1年後の転帰(入院の有無)を目的変数として多重ロジスティック回帰分析を行った結果,「社会生活の技能」因子において有意な関連が認められた。さらにROC曲線を用いた検討により,カットオフ値は13.7点となり,「社会生活の技能」が長期入院を予測する因子となり得ることが示唆された。

短報

精神症状が先行し診断に苦慮した進行性核上性麻痺前頭葉型認知症の1例

著者: 一條慧 ,   渡邉岳海 ,   長瀬幸弘 ,   長瀬輝諠 ,   佐川倫啓 ,   大嵜公一 ,   鈴木正泰

ページ範囲:P.965 - P.969

抄録 神経症状が目立たず,診断に苦慮した進行性核上性麻痺前頭葉型認知症の1例を経験した。発症後1年以上にわたり,明確な神経症状を示さず意欲低下や倦怠感を主訴とし,うつ病の診断で種々の抗うつ薬を内服したが効果がなかった。当院通院開始時より発話の異常や人格変化,転倒も認めたため,器質性精神障害を疑い精査を行った。神経学的検査で核上性眼球運動障害や姿勢反射障害,前頭葉機能低下が示唆され,PSP-frontal-type dementia(進行性核上性麻痺前頭葉型認知症)と診断された。本症例のように病初期に比較的長期にわたり,特徴的な神経症状が目立たない症例では,気分障害や認知機能障害などにより精神科を初診することがあり,注意深い臨床的配慮が必要である。

資料

精神運動障害によるメランコリア(内因性うつ病)の鑑別—日本語版CORE尺度の紹介

著者: 玉田有 ,   井上猛 ,   大前晋

ページ範囲:P.971 - P.981

抄録 CORE尺度とは,抑うつ病態のなかからメランコリア(内因性うつ病)を鑑別するために,制止・焦燥といった精神運動障害を評価する尺度である。「メランコリアの中核的特徴は精神運動障害であり,それを患者の主観的な訴えではなく,観察可能な行動学的特徴として捉えることでメランコリアの識別が可能になる」というParker Gの考えに基づいて開発された。CORE尺度は,メランコリア診断のための補助的情報,あるいは電気けいれん療法の効果を予測する指標などとして有用性が期待される。本稿では,原著者の許諾を得て作成したCORE尺度の日本語版を,使用方法とともに紹介した。

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目次

ページ範囲:P. - P.

今月の書籍

ページ範囲:P.983 - P.983

次号予告

ページ範囲:P.984 - P.984

編集後記

著者:

ページ範囲:P.988 - P.988

 近年は,世界的に極端な天候が目立ちます。この梅雨は日本各地で日照不足が続き,東京では日照時間が3時間未満の日が20日間連続し,1961年の統計開始以来と報道されました。日照時間の地域差は思いのほか大きいようで,総務省統計局の都道府県別データ(「統計でみる都道府県のすがた2019」)によると,2017年の年間日照時間が最も長かったのは山梨県の2,357時間,最も短かったのは山形県の1,556時間となっています。世界の都市では,Wikipediaによると,アメリカ合衆国・ユマの年間日照時間が最も長くて4,000時間を超え,最も短いのはコーヒー豆の産地であるコロンビア・トトロで600時間余りしかないそうです。このように大きな差異が私たちの体や心に及ぼす影響はどんなものでしょうか。
 私たちが浴びる光には,太陽による自然光だけでなく,照明による人工光もあり,一般照明に電気を利用するようになった19世紀末以降は,後者による影響が増しています。近年では,LED照明の急速な普及により,世界の夜は毎年2%ずつ明るくなっているとも言われています。過剰または不要な光によるさまざまな「光害」も問題にされつつあるところです。私たちが光を利用する目的や方法は枚挙にいとまがありませんが,神経科学でも,チャネルロドプシンなど光によって活性化されるタンパク分子を遺伝学的手法により特定の細胞に発現させ,その活動を光で操作する光遺伝学(optogenetics)が優れた実験手法として用いられています。ホタルなどの生物発光反応を触媒する酵素であるルシフェラーゼはin vivoイメージングなどに用いられます。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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