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雑誌目次

雑誌文献

精神医学61巻9号

2019年09月発行

雑誌目次

特集 高齢者の精神科救急・急性期医療

特集にあたって

著者: 粟田主一

ページ範囲:P.991 - P.992

 総務省消防庁が毎年報告している「救急・救助の現況」1)を見ると,救急自動車によって搬送される人員のうち高齢者が占める割合は,その年の高齢化率の2.1〜2.2倍で推移していることが分かる。2017年の実績でも,救急搬送人員5,736,086人のうち65歳以上高齢者が占める割合は58.8%であり,この数値はその年の高齢化率(27.7%)の2.1倍であった。仮にこの倍率が一定であると仮定すると,救急搬送人員における高齢者の割合は2020年には60%,2030年に65%,2060年には80%を超えるものと推計される(図)。
 一般の救急医療機関を受診する高齢者のうち,認知症を有する高齢者の出現頻度は定かではない。筆者らが2007年に一指定都市の救命救急センターで実施した調査2)によれば,1か月間に救命救急センターを受診した65歳以上高齢者307人のうち,約3割に認知症の併存が疑われた。この数値を一般化することはできないが,わが国の65歳以上高齢者における認知症有病率が2012年の時点で約15%と推計されている3)ことを考慮すると,救急搬送される65歳以上高齢者における認知症有病率は,その倍程度と見積もることができるかもしれない。

超高齢社会における精神科救急・急性期医療の課題

著者: 小田原俊成

ページ範囲:P.993 - P.999

抄録 超高齢社会では,高齢者の医療・介護ニーズの増加に伴い病院中心の医療から在宅中心の医療への転換が推進されつつあり,今後,高齢者の救急・急性期治療のあり方が重要な課題となると予想される。現在,一般病院では,認知症者を含む高齢入院患者の心理・行動症状の対応に多職種チームによる介入を行う施設が増えている。高齢者の急性期治療においては,入院環境の調整や円滑な退院支援など,心理・社会的側面にも配慮が必要である。高齢者の精神科救急では,身体合併症など身体管理を要する事例が多く,治療難度の高いことが報告されている。今後の精神科救急,急性期医療において,高齢者の権利擁護に配慮した治療・ケアの提供を心がける必要がある。

一般救急医療における認知症医療はどうあるべきか

著者: 武田章敬

ページ範囲:P.1001 - P.1009

抄録 認知症の人が身体救急疾患を来しても適切な医療を安心して受けられるようになるため,2013年度から病院勤務の医療従事者向け認知症対応力向上研修が始まり,平成28年度診療報酬改定において一般病院における認知症の身体疾患への対応が評価されることとなった。全国の救急告示病院を対象として2018年に実施した調査において以前に比べてマニュアルの整備や認知症の有無の評価などを行っている病院が多かった。また,認知症ケア加算を算定している病院は算定していない病院よりも認知症患者の緊急入院の受け入れに積極的であり,診療報酬上の評価によりスタッフのモチベーションが上がり,協力が得やすくなったなどの良好な変化が示される回答がみられた。今後,救急医療の現場において,より質の高い認知症ケアが提供されることが期待される。

精神科救急における高齢者医療はどうあるべきか

著者: 長谷川花 ,   杉山直也

ページ範囲:P.1011 - P.1018

抄録 超高齢社会を迎えるにあたり,世界の情勢も踏まえると高齢者の精神科救急の利用は増加することが予測される。高齢者の救急症例では,身体合併症や認知症の合併など,複雑な病態を呈すると考えられる。当院のレジストリの解析からも高齢入院患者の診断やニーズは多岐にわたり,身体合併症が多く,自殺念慮や他害行為なども相当数あり,精神症状のみならず身体管理も必要とする。入院での生活機能の改善不良もみられ,短期入院を実現するには,心身両面からの複合的で難度の高い,看護師や精神保健福祉士を合わせた包括的なケアが要求されていることが判明した。
 全世界的傾向として高齢化が進む中,超高齢化を迎えるわが国にとって,精神科救急医療の充実が必須であるとともに,高齢者が希望を持ち,尊厳を保ちながら地域生活を送ることができるよう,精神科入院を要する事態の発生を未然に防ぐような取り組みが併せて重要であろう。

一般病院における高齢者のせん妄マネジメント

著者: 和田健

ページ範囲:P.1019 - P.1030

抄録 一般病院に入院する高齢者が増加している現状の中で,せん妄マネジメントは喫緊の課題である。せん妄はいったん発症すると中長期的な予後を悪化させることが明らかとなってきており,予防的介入が重要である。入院後速やかにせん妄リスクの評価を行い,リスクの高い患者を同定して,非薬物療法的介入を開始するとともに,一部の患者では予防的薬物療法も選択肢となる。適切なスクリーニングツールを活用してせん妄の早期発見に努め,直接因子の同定とその改善につとめながら,リスクとベネフィットを十分考慮して薬物療法を行い,せん妄の改善をめざす。リスク評価,予防的介入,早期介入とシームレスにせん妄マネジメントを行うためには,施設あるいは部署ごとに組織的に対策を考える必要がある。その実現のためには,リエゾン精神科医および精神科リエゾンチームが中心的な役割を果たすべきである。

一般病院における高齢者の認知症マネジメント

著者: 古田光

ページ範囲:P.1031 - P.1037

抄録 一般病床に入院している高齢者の認知症患者の割合は30%以上とも推定され,今後後期高齢者が増えるにつれさらに認知症者の割合が増えると予想される。一般病院で認知症高齢者の医療を適切に行うためには,医療従事者が認知症に対する正しい知識と対応力を持っていることが必要である。2016年の診療報酬改定で新設された認知症ケア加算が,多職種による認知症ケアチームの立ち上げや看護師の認知症に関する研修受講のはずみとなった。認知症患者の一般病院でのマネジメントのために精神科医師のさらなる活躍が期待される。

精神科病院における高齢者の精神科救急・急性期医療

著者: 中村満

ページ範囲:P.1039 - P.1048

抄録 高齢者の精神科救急・急性期医療における課題とその方策を検討するために,精神科病院の精神科スーパー救急病棟での実態を調査した。高齢者は全体の約20%であり,診断はF3,F2,F0の順で多く,状態像として幻覚妄想状態とうつ状態,問題行動として自殺企図・希死念慮や暴言・暴力が多くみられた。80%に身体合併症を認め,11%が専門的治療のために転院していた。全体の1/3が独居で,半数が社会資源を利用していなかった。入院期間は非高齢者と比較して優位に延長しており,身体合併症と支援不足が原因と考えられた。長期化を防ぐためには,入院直後から退院後の生活を視野に入れ,病院の内外の多職種と協同し,医療,介護,福祉の包括的な支援を計画的に行う必要がある。精神科病院は,これらの連携を通して,「精神障害にも対応した地域包括ケアシステム」の欠くことができない地域の一員として,患者を支えていく責務がある。

高齢者のがんと精神科急性期医療

著者: 小川朝生

ページ範囲:P.1049 - P.1056

抄録 地域包括ケアの支援体制の整備が進む中で,高齢がん患者も外来治療にシフトし,可能な限り地域で過ごすことが多くなった。終末期においても,なお本人の療養生活の質を高めるための取り組みとしてアドバンス・ケア・プランニングがある。わが国では,アドバンス・ケア・プランニングを,万が一の時に備えた代理人を指名する動きのように誤解されがちである。しかしアドバンス・ケア・プランニングは,自己決定権を尊重することを目的にした法制度を含めた取り組みである。また,わが国では障害者権利条約の批准にあわせて,障害者支援が代行決定から意思決定支援に移行しつつある。精神科急性期医療においては,この流れを踏まえた対応が求められる。

社会的困難状況にある精神障害をもつ高齢者への緊急対応—東京都認知症専門医療事業での経験を踏まえて

著者: 橋本直季 ,   東出香 ,   熊谷直樹

ページ範囲:P.1057 - P.1065

抄録 地域精神保健福祉では,認知症や統合失調症などがあるが家族の不在や非協力などもあり医療等に結びつかず,社会生活に困難を伴う高齢者(社会的困難事例)への緊急対応を時に求められる。都立の3精神保健福祉センターに設置された高齢者精神医療相談班(相談班)は,区市町村などの依頼で,社会的困難事例を含め顕著な精神症状を伴う認知症(疑い含む)事例に医師・看護師などが訪問相談を行ってきた。相談班の経験から,社会的困難事例の多くに精神症状のほか認知機能や身体機能の低下がみられ,身近な援助者の不在や家族の精神疾患罹患などに伴い支援導入への困難を伴い,区市町村や地域包括支援センターなどが関与していた。社会的困難事例の効果的な支援には,認知症支援の取組に加え,①精神保健福祉を含む関係機関の連携強化,②精神科医の参画,③広域専門機関の技術援助が必要であり,これらは精神障害にも対応した地域包括ケアシステム構築の一部と考えられる。

研究と報告

心理的・物理的攻撃の被害,あるいは加害経験者のいじめ認識の有無と精神的健康との関連

著者: 小笹祥子 ,   生地新

ページ範囲:P.1067 - P.1082

抄録 小学5・6年生181名と中学生343名を対象に,「身体的暴力」「無視・仲間外れ」「言語的暴力」について,被害,あるいは加害経験の有無と精神的健康度との関連,さらに被害,あるいは加害経験者のいじめ認識の有無と精神的健康度との関連を検討した。小学5・6年生,中学生ともに,「身体的暴力」「無視・仲間外れ」「言語的暴力」の被害,あるいは加害経験者の精神的健康度は低下していた。しかし,被害,あるいは加害経験者のいじめ認識の有無による精神的健康度に明確な差はみられなかった。攻撃の種類,およびいじめ認識の有無にかかわらず,心理的・物理的攻撃の被害,あるいは加害経験は,精神的健康度を低下させると示唆された。

短報

瘙痒と睡眠障害の原因が疥癬と判明した自閉スペクトラム症の1例

著者: 境玲子 ,   坂本高志 ,   飯田美紀

ページ範囲:P.1083 - P.1087

抄録 登校困難を主訴として児童精神科を初診した小学生男児に,6か月以上の皮膚病変の持続と著しい瘙痒および睡眠障害を認めた。皮膚症状と瘙痒による睡眠障害により児と保護者の生活の質が大きく低下しており,皮膚科治療を再検討する過程で,疥癬への罹患が判明した。疥癬は高齢者施設で働く保護者を介して感染したと考えられるが,児の疥癬発症には,児が有する自閉スペクトラム症に伴う触覚の感覚過敏性がもたらす日常的な擦過行動が関与したと考えられた。小児疥癬でみられる皮膚症状は非典型的であるため,疥癬を疑わない限り診断は困難である。小児,特に自閉スペクトラム症のように感覚の偏りを有する発達障害児に関わる医療者は,遷延する皮膚症状や瘙痒による睡眠障害を看過せず,遷延例では皮膚科との連携を考慮する必要がある。

資料

うつ病に関する若者のメンタルヘルス・リテラシー

著者: シュレンペルレナ

ページ範囲:P.1089 - P.1097

抄録 若者におけるうつ病の早期受診・早期治療の促進は喫緊の課題である。本調査ではうつ病事例を認識できた者のうち,医療機関への受診意図がある者とない者のメンタルヘルス・リテラシーの違いを検討することを目的とした。学生を対象に質問紙調査を実施し,692名から有効な回答を得た。分析の結果,60.7%は事例をうつ病と認識していたが,そのうち受診意図がある者は43.8%であった。また,受診意図の有無によってメンタルヘルス・リテラシーは異なり,受診意図がある者は身体症状や生物学的・環境的なリスク要因,治療効果を認識していることが示された。本研究の結果から若者に向けたうつ病の普及・啓発活動の示唆について議論された。

書評

—千葉 茂 編著—睡眠の診かた 睡眠障害に気づくための50症例

著者: 内山真

ページ範囲:P.1099 - P.1099

 睡眠障害の診断治療法開発の進展,睡眠不足や睡眠時無呼吸症候群と産業事故の関連についての知見,体内時計や睡眠覚醒中枢に関する発見などにより,この30年間に睡眠および睡眠障害の科学が飛躍的に進み,その認識が広く社会に広まった。
 2010年以降,これらの進歩は関連する臨床医学分野に取り入れられた。睡眠障害国際分類(International Classification of Sleep Disorders:ICSD)が,2014年に第3版(ICSD-3)となり,最新の診断・治療法が取り入れられた。WHOのICD-11では,ICD-10において6章の精神疾患,7章の神経疾患に分かれていた睡眠障害が,6章の精神疾患および8章の神経疾患とは独立し,7章としてひとつの章を構成することになった。

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目次

ページ範囲:P. - P.

次号予告

ページ範囲:P.1100 - P.1100

編集後記

著者:

ページ範囲:P.1104 - P.1104

 本号の特集は「高齢者の精神科救急・急性期医療」です。このタイトルに含まれるトピックはさまざまで,精神医療に近い順から整理してみると,精神医療としての「精神科救急や精神科急性期医療における高齢者」(小田原論文・長谷川論文・中村論文),リエゾンとしての「救急や急性期医療の高齢受診者における精神科的な側面」(和田論文・小川論文),一般医療としての「救急や急性期医療を受診する高齢の精神疾患患者」(古田論文・武田論文),行政としての「精神科的な救急や急性期医療が必要な未受診高齢者への支援」(橋本論文),となるでしょうか。
 こうした特集が切実なものと感じられるようになった背景には,社会と医療と人々の意識の変化があります。高齢者人口の増加,それに伴う認知症やがんやせん妄の増加,高齢者の身体疾患への積極的医療の展開,それを踏まえた医療における自己意思決定の尊重,そうした高齢者を見守り支える地域社会の希薄化,などが挙げられます。医療がニーズから出発するものであるのは当然ですが,それは疾患についてのニーズという意味だけではありません。人口構成や疾病構造という社会の変化,身体疾患の治療という医療の変化,人々の意識や価値観の変化,そうしたさまざまな変化に基づく広いニーズに応えることが精神医療に求められていることを,あらためて感じます。

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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