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雑誌目次

雑誌文献

精神医学62巻12号

2020年12月発行

雑誌目次

特集 身体症状症の病態と治療—器質因がはっきりしない身体症状をどう扱うか?

特集にあたって

著者: 明智龍男

ページ範囲:P.1563 - P.1563

 器質因がはっきりしないさまざまな身体症状の評価,治療をめぐって,精神医学をはじめとした精神保健の専門家の果たす役割は大きい。中でも医療者を悩ませる代表的な病態に器質因がはっきりしない慢性疼痛が挙げられるのではないだろうか。本邦における成人における慢性疼痛の有病率は10〜30%とされており,わが国における健康損失のきわめて大きな原因となっている(Nomura S, et al. Lancet 2017)。慢性疼痛のメカニズムは未だ十分に解明されていないが,近年の脳科学研究から,感覚のみならず情動に関連する複合的な脳領域(ペインマトリックス)が関与していることが示されており,古い教科書に記載されている,侵害受容器-脊髄後角-視床-体性感覚野といった経路のみの理解では到底及ばないことが判明している。それゆえ,その病態の理解には,身体-心理-社会面での複合的かつ複雑な連関を読み解く必要がある。実際,慢性疼痛の治療に対しては,従来の身体医学的な治療のみでは限界があることはよく知られており,効果が実証されているものの多くは,運動療法を含めた集学的なチームアプローチとアクセプタンス・コミットメント・セラピーを含めた新しい世代の認知行動療法である。
 慢性疼痛と同様に頻度の高い機能性身体疾患に,機能性ディスペプシアや過敏性腸症候群を代表とする機能性消化管疾患が挙げられる。機能性消化管疾患は,明確な器質因を欠く状態で,胃もたれや胃痛,腹痛,下痢,便秘などの多彩な消化器症状を示す疾患群を指す。近年,これら機能性消化管疾患の病態に関して,消化管運動や知覚の過敏さ,腸内細菌叢の変化などに加え,心的外傷や両親の養育など生育歴や心理社会的要因などが複雑に絡み合っていることが示されてきており,慢性疼痛同様の病態がその本質であることが想定されるようになってきた。

身体症状症の診断の進歩

著者: 富永敏行

ページ範囲:P.1565 - P.1577

抄録 DSM-5の身体症状症(somatic symptom disorder:SSD)の概念は,ヒステリー(hysteria)と心気症(hypochondriasis)を源流にする。17世紀以降,Briquet,Griesinger,Charcotらによって研究され,やがて神経症概念,DSM-Ⅲでの身体表現性障害と身体化障害の登場,DSM-Ⅳ-TRを経て,DSM-5でたどり着いた。本稿では,時代とともに変化している身体症状症を巡る診断について,過去の変遷とこれからの課題を述べた。
 身体症状症では認知・不安・行動のネットワークは,①生物学(生理学)的な要素,②心理学的な要素,③社会学的な要素の作用を受ける。身体症状症の脳・心の二元論を離れ,身体を巡る認知や感情と外部環境との相互作用を俯瞰的に診ることが大切である。

身体症状症の早期診断の重要性とその方法

著者: 上田剛士

ページ範囲:P.1579 - P.1585

抄録 古典的には器質的疾患を除外することが身体科医の第1の役割であり,器質的疾患を除外してから初めて身体症状症(SSD)の診療が開始されていた。しかし,器質的疾患の除外は容易ではなく,またSSDの診断にとって必要条件でもない。SSDを積極的に診断するほうが診断までの日数は短く,正診率はむしろ高い可能性すらある。SSDを早期に診断することで,不安や「症状の深刻さについての不釣り合いな思考」に対して早期にアプローチが可能となる。
 SSDの早期診断には病歴が最も重要である。非特異的な全身症状のみで臓器特異的な症状や客観的な異常所見がない場合や,多臓器にまたがる症状を呈する場合はその可能性が高いが,一つひとつの症状が器質的疾患を示唆するに値するか詳細に確認する。身体診察では診察中のため息や,腹痛があるにもかかわらず腹部診察時に眼を閉じていることが参考になる。決して闇雲に検査をしないことが肝要である。

ニューロイメージングと身体症状症

著者: 吉野敦雄 ,   岡本泰昌

ページ範囲:P.1587 - P.1596

抄録 身体症状症に至る発症要因として感情・認知・行動などさまざまな精神医学的要因が考えられている。その病態を明らかにすることは診断,治療を行う上で大変重要である。本稿では身体症状症の中でも痛みが主症状のものに絞った上で概括する。身体症状症ではこれまでの脳画像研究から,体性感覚野のような痛みの感覚に関連のある脳領域というよりも,前頭前皮質,島皮質,前帯状皮質,扁桃体,海馬,大脳基底核といった感情,認知,行動と関連する脳領域の機能異常が明らかになっている。よって痛み感覚の異常というよりも,痛み感覚に対する認識(破局的思考など),感情(不安,恐怖,抑うつ),回避的行動(ひきこもりなど)が病態に影響している可能性がある。しかしながらこれまでのところ他の精神疾患に比べて身体症状症の脳画像研究はきわめて少ないのが現状であり,今後さらなる研究成果がまたれる。

内受容感覚の予測的処理から理解する身体症状症

著者: 上野大介

ページ範囲:P.1597 - P.1604

抄録 本稿では,内受容感覚の脳神経基盤に関する知見を紹介し,身体症状症の病態が内受容感覚の予測的処理に基づく予測誤差の修正困難さに起因している可能性を示唆する。内受容感覚とはホメオスタシスを維持する内臓からの求心性フィードバックの感覚,知覚,および気付きから生じる身体内部感覚の総称である。内受容感覚には生理的な反応を反映している内受容感覚の正確さ,認知的な反応を反映している内受容感覚の気付き,内受容感覚に対するメタ認知的な反応を反映している内受容感覚に対する自信といった3つの次元に分類されている。内受容感覚が感情の創発や制御に深く関わっていることが明らかにされてきたが,内受容感覚と身体症状症との関連性はほとんど検討されていない。内受容感覚に関する知見は,身体症状症の病態理解を促進させ,身体症状症の診断および治療に貢献する可能性がある。

老年期における身体症状症—認知機能との関連も含めて

著者: 都留京子 ,   稲村圭亮

ページ範囲:P.1605 - P.1611

抄録 老年期における身体症状症は,加齢に特徴付けられるさまざまな要因と関連しており,若年者とは異なる背景基盤が存在する。代表的な心理機制として「心気症状」が挙げられ,実臨床における介入方法の決定には,これに対する洞察の有無の確認が重要である。洞察の有無に応じて,森田療法やフィルターモデルといった適切な疾患モデルを用いて症状を解釈することが治療の一助になると考えられる。また,老年期における認知機能の低下も重要な背景因子の1つであり,身体症状症においては特に実行機能との関連が指摘されている。患者の認知機能を把握し,特に機能が低下している項目についてはそれを補うべく社会資源や治療を提供することが望まれる。

身体症状症への薬物療法の進歩と課題

著者: 名越泰秀

ページ範囲:P.1613 - P.1621

抄録 身体症状症の病態は,薬物療法を目的とする場合,強迫,不安・恐怖,怒りに分類される。
 強迫に対しては,SSRIが有効である。早急な改善が必要な場合は,NaSSAの併用が有用である。効果が不十分な場合は,D2受容体への親和性が高い抗精神病薬による増強療法が有効である。
 不安・恐怖に対しては,ベンゾジアゼピン系抗不安薬,SSRIの両者が有効だが,長期的な視点からは後者が推奨される。効果が不十分な場合,MARTAなどの抗精神病薬の併用も考えられる。また,恐怖の中枢である扁桃体の過活動に対するα2δリガンドも選択肢になり得る。
 怒りに対しては,症例により抑肝散などの漢方薬やMARTAなどの抗精神病薬の投与を考慮してもよいと思われる。

身体症状症の認知行動療法

著者: 清水栄司

ページ範囲:P.1623 - P.1632

抄録 身体症状症の認知行動療法(CBT)は,15件のRCTのメタ解析により,対照群よりも高い有効性が示されている。うつ,不安症状が顕在化していない場合などは,パニック症と同様に,「医学的に説明できない身体症状」を精神的な症状と取り扱われることに対する患者の抵抗に十分に留意しながら,治療同盟を形成し,導入する必要がある。身体症状それ自体にとらわれることなく,身体症状による日常生活への支障の改善を治療の目標とする。慢性的な身体症状による破局的な認知に伴う注意,感情,行動の悪循環へ焦点化する。注意のバイアスに気付き,安全行動をやめて,破局的な認知を再構成するための行動実験を行う。身体症状それ自体は残存したとしても,日常生活への支障が顕著に改善することで,患者のQOLは高まるので,好循環が維持されるように再発防止での般化を行っていく。

なぜACTは身体症状症の改善に有効であり得るのか?

著者: 武藤崇

ページ範囲:P.1633 - P.1639

抄録 本稿の目的は,身体症状症に対するアクセプタンス&コミットメント・セラピー(ACT)の有効性について論証することである。本稿の構成は,1)身体症状症における心理的な問題性,2)慢性疼痛に対する心理的アプローチの有効性とその推奨度,3)ACTはどのようなアプローチなのか,4)ACTはなぜSSDの治療に適していると考えられるのか,5)今後の課題となっている。

身体症状症の連携・集学的治療—慢性痛診療の場合

著者: 杉浦健之 ,   太田晴子 ,   藤澤瞳 ,   酒井美枝 ,   近藤真前

ページ範囲:P.1641 - P.1649

抄録 慢性痛では,痛みに対する破局的な思考や過度の疼痛行動により,さまざまな生活障害を来す。本邦では2,000万人以上の国民が慢性痛を抱えており,多くの人的・物的医療資源が投入されているにもかかわらず,残念ながら患者の満足度が得られることは少ない。しかし,慢性の痛み対策に関する行政からのサポートもあり,慢性痛に対する理解は徐々に深まってきている。そして,集学的なチームで取り組むことにより,生物・心理・社会的要因が複雑に絡み合った病態への対応が可能であることが明らかになってきた。効率的な慢性痛診療を行うためには,地域リソースの活用を通じた多施設連携も有用である。慢性痛とオーバーラップすることがあるSSDの診療にも,慢性痛診療における集学的診療や多職種連携を活用できるのではないかと考える。

展望

Cry of Pain—自殺の認知臨床心理学

著者: 松本昇

ページ範囲:P.1651 - P.1661

抄録 自殺のCry of Painモデルは,希死念慮や自殺企図が生じる過程に認知バイアスを想定した,認知臨床心理学に基づくモデルである。自殺企図者には自伝的記憶の概括化(OGM)がみられることが明らかとなっている。OGMとは,特定の日時・場所で起こったエピソードの想起が困難となり,いくつかの出来事が集約された形で想起がなされる現象である。OGMは,社会的な問題解決の困難や,将来への想像力の低下を引き起こし,それによって適切なソーシャルサポートを受けられないこと,将来への絶望感を抱くことが希死念慮や自殺企図を引き起こすと考えられている。本稿ではこれらの研究をレビューし,今後の精神科医療におけるモデルの活用へ向けた提言を行った。

短報

精神病症状を伴う躁病を呈したクッシング病の1例

著者: 山本真文 ,   石橋正敏 ,   佐藤守 ,   内村直尚

ページ範囲:P.1665 - P.1669

抄録 クッシング病はさまざまな精神疾患を伴うと報告されているが,気分障害の報告が多く,精神病症状を呈する症例はまれである。今回,50歳台の女性で気分高揚,多弁,自尊心の肥大,妊娠妄想があり,当初は双極性障害が疑われ,治療が開始されたが,精査によりクッシング病による精神病症状を伴う躁病と診断した症例を報する。コルチゾール値の改善に伴い,妄想や気分変動は改善傾向を認めた。クッシング病では特徴的な身体症状が明確でないと診断に時間がかかることが多い。今回の症例では薬物抵抗性の高血圧,低K血症を認めた点が特徴的であった。このような合併症がある場合はクッシング病に伴う精神症状の可能性を考慮すべきである。

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基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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