icon fsr

雑誌目次

雑誌文献

精神医学62巻4号

2020年04月発行

雑誌目次

特集 ベンゾジアゼピン受容体作動薬の問題点と適正使用

特集にあたって

著者: 井上猛

ページ範囲:P.363 - P.363

 向精神薬処方の適正化にかかわる診療報酬改定が2018年度に行われた。それにより,2019年4月から,不安の症状または不眠の症状に対し,ベンゾジアゼピン受容体作動薬を12か月以上連続して同一の用法・用量で処方されている場合,精神科のみならずすべての診療科で処方料,処方せん料が減算となった。ただし,「不安又は不眠に係る適切な研修」を修了した医師が行った処方は減算から除外される。ベンゾジアゼピン受容体作動薬には依存性,乱用,長期使用時の認知機能障害,転倒などの問題がある。漫然とベンゾジアゼピン受容体作動薬が処方されていることに対して厚生労働省は問題意識を持ち,診療報酬の面から改善したいという強い意志の表れから本改定が行われたと思われる。この改定に先立ち,数年前からベンゾジアゼピン受容体作動薬の多剤併用について処方料,処方せん料の減算が行われており,これらの改定は数年にわたる厚生労働省からの是正への指導であると理解できる。しかし,この問題は本来医学会がベンゾジアゼピン受容体作動薬の問題点を理解し,それに対するガイドラインを提案し,自ら解決するべき問題であると思われる。このような経緯から,本特集では現在大きな問題となっているベンゾジアゼピン受容体作動薬の適正使用について,薬理機序,問題点,推奨される適正使用について,さまざまな観点から各テーマの第1人者に論じていただいた。読者が「不安又は不眠に係る最新の知識」を得て,最新かつ適切な診療をする上で本特集が役立つことができれば幸甚です。各論文はとても読み応えがあり,読むことにより,ベンゾジアゼピン受容体作動薬の問題点と対策について最新の知識をアップデートすることができる。

向精神薬の多剤併用と長期処方に関する診療報酬改定の概要とそれに至った要因

著者: 三島和夫

ページ範囲:P.365 - P.375

抄録 2012年度から2018年度まで過去4回連続で向精神薬の多剤併用および長期処方の制限を目的とした処方料・処方せん料が新設された。向精神薬の適正使用を推進するためには,保険給付政策による誘導だけではなく,治療者と患者双方が精神科薬物療法の出口戦略(減薬・中止,もしくは安全で安心な長期維持療法)について積極的に協議し,共同意思決定(shared decision making:SDM)する取り組みが鍵となる。また,ベンゾジアゼピン受容体作動薬(睡眠薬,抗不安薬)に関しては,精神科医,心療内科医のみならず,これらの薬剤の過半数を処方している一般診療科の医師のほか,薬剤師,その他医療従事者の啓発が重要となる。

ベンゾジアゼピン受容体作動薬依存・乱用の実態

著者: 成瀬暢也

ページ範囲:P.377 - P.386

抄録 わが国の薬物乱用・依存問題は,危険ドラッグ問題にみられるように,「使っても捕まらない薬物」にシフトしている。その代表がベンゾジアゼピン受容体作動薬(以下,BZ)である。その大半は医療行為として医療機関で処方される。BZを主とする鎮静薬は,精神科医療機関を受診する薬物関連障害患者の17.7%,「1年以内に使用のある例」の29.9%にも及び,いずれも覚せい剤についで第2位を占める。特徴としては,覚せい剤関連患者に比して,女性の割合が高く(52.2%),学歴は高く,気分障害(27.1%),神経症性障害・ストレス関連障害など(26.7%)の治療経過で依存症となる例が多い。医原性の要素が強いことから,処方するだけの治療に陥ることなく,処方医はそのリスクを十分認識した対応が求められる。重要なのは,長期処方,多剤処方,求められるままの処方などによって,不用意に処方薬依存を作らないことである。

ベンゾジアゼピン受容体作動薬依存の薬理学的機序

著者: 芝﨑真裕 ,   森友久 ,   成田年

ページ範囲:P.387 - P.394

抄録 ベンゾジアゼピンは,その安全性から容易に処方され,現代の臨床現場で広く用いられている。しかしながら,長期にわたる連続的な服用により依存症を引き起こすことが知られている。ベンゾジアゼピン系薬物は,α1,α2,α3,およびα5のいずれのサブユニットから構成されるGABAA受容体に結合し,薬理作用を発現する。その機序解明にはさまざまなGABAA受容体の点変異マウスが用いられてきたが,現在ではベンゾジアゼピンの依存症発現にはα1サブユニットを含有するGABAA受容体が重要であることが分かってきた。本稿ではベンゾジアゼピン依存に関し,GABAA受容体を中心としたベンゾジアゼピンの作用機序と薬理学的役割ならびにベンゾジアゼピン依存形成機序について,基礎研究による知見を基盤にして概説する。

ベンゾジアゼピン受容体作動薬による認知機能への影響

著者: 豊巻敦人 ,   久住一郎

ページ範囲:P.395 - P.399

抄録 近年,ベンゾジアゼピン受容体作動薬のさまざまな有害事象,不適切な使用について関心が持たれてきている。特に,社会生活機能に直接的に寄与する認知機能への影響について指摘されるようになってきた。ベンゾジアゼピン受容体作動薬は認知機能に対して状態依存的要因,中核的な要因の双方に影響する。神経心理検査を用いたベンゾジアゼピン受容体作動薬の認知機能への影響に関する報告は健常者や統合失調症などでみられ,いずれも広汎な認知領域を低下させる。ベンゾジアゼピン受容体作動薬の使用において,睡眠障害や不安・恐怖の改善という精神症状へのベネフィットに加えて,薬剤誘発性の認知機能障害による社会生活機能の低下を意識することがいっそう望まれる。

ベンゾジアゼピン受容体作動薬と自動車運転

著者: 岩本邦弘 ,   岩田麻里 ,   尾崎紀夫

ページ範囲:P.401 - P.407

抄録 ベンゾジアゼピン受容体作動薬と自動車運転については,日本のみならず諸外国においても関心が高まっている。特に欧州を中心に実施されてきた疫学研究や実験的研究からは,向精神薬の中でも交通事故や運転技能低下をもたらす可能性の高い薬剤として認識されている。抗不安薬としても睡眠薬としてもリスクが高いことが示されており,血中消失半減期,投与量,服薬してから運転するまでの時間といった要因が運転技能に影響するが,その影響を十分に予測できるような臨床指標は知られていない。耐性が生じる可能性は示唆されているが,個人差も大きく長期使用における運転への影響は結論付けられていない。丁寧なリスクコミュニケーションに加え,適正処方が不可欠であり,運転適性については細心の注意と個別的な判断が必要である。

ベンゾジアゼピン受容体作動薬と転倒,骨折

著者: 小川純人

ページ範囲:P.409 - P.414

抄録 高齢者では,身体機能や臓器機能の低下や疾患数・薬剤数の増加などを伴う場合が少なくなく,こうした加齢に伴う種々の要因によって薬物有害事象やポリファーマシーを認めやすく,QOLや生命予後にも大きな影響を及ぼす可能性が指摘されている。また,わが国では不眠や不眠症の増加が認められており,不眠症治療に際して睡眠薬が用いられることが少なくない。その一方で高齢者の場合にはベンゾジアゼピン受容体作動薬は転倒・骨折,認知機能低下,日中倦怠感などのリスクファクターとなり,寝たきりや要介護の要因にもなり得ることから,原則的に高齢者に対するベンゾジアゼピン受容体作動薬の使用はできるだけ減らすか,控えたほうがよいとされる。本稿では,高齢者を中心としてベンゾジアゼピン受容体作動薬と転倒,骨折との関連性について取り上げ,高齢者疾患の特徴や薬物療法の課題,およびガイドラインなどに準拠した適切な高齢者薬物療法を含めて概説する。

睡眠障害治療におけるベンゾジアゼピン受容体作動薬の適正使用

著者: 志村哲祥

ページ範囲:P.415 - P.426

抄録 不眠は非常に一般的な問題であるが,不眠症状が存在するとしてもただちに不眠症とは診断できず,睡眠薬による薬物療法は治療の第一選択とはならない。はじめに睡眠の状態の把握や治療要否の検討,各種疾患の鑑別が必要である。さらに,多くの睡眠障害においてベンゾジアゼピン受容体作動性の睡眠薬は適応とはならず,効果も期待できない。他の睡眠障害が否定され,不眠症であると診断し,睡眠衛生指導でも効果が乏しい場合には薬物療法が検討される。ベンゾジアゼピン受容体作動薬はさまざまな副作用や依存形成リスクが存在し,リスク・ベネフィット比が不良であるため,処方はきわめて慎重になされるべきであり,減量する際にも漸減法を実施するなどして,反跳性不眠や離脱が生じないようにする必要がある。

不安症治療におけるベンゾジアゼピン受容体作動薬の適正使用

著者: 竹村孔明 ,   河野敬明 ,   稲田健

ページ範囲:P.427 - P.434

抄録 ベンゾジアゼピン(benzodiazepine:BZ)受容体に作用し,鎮静催眠,抗不安,筋弛緩効果を発揮するBZ受容体作動薬は,抗不安薬や睡眠薬として幅広く使用されている。BZ受容体作動薬の問題点として,持ち越し効果,記憶障害,ふらつきと転倒,依存性,離脱症状,奇異反応などの副作用が生じるために,投薬によって得られる有益性を有害性が上回ることが指摘される。BZ受容体作動薬の副作用は,高用量や多剤併用で生じやすいために,単剤かつ適正用量で使用することが求められる。不安症においては各類型を見極め,治療全体における薬物療法の必要性を検討した上で処方を行うことが求められる。

うつ病治療におけるベンゾジアゼピン受容体作動薬の適正使用

著者: 吉田和史 ,   小川雄右 ,   渡辺範雄

ページ範囲:P.435 - P.443

抄録 本稿では,うつ病治療におけるベンゾジアゼピン受容体作動薬の適正使用について,最近発表された2つの系統的レビューによるメタアナリシスの内容を紹介する。
 2019年に発表された小川らによる系統的レビューでは,抗うつ薬のみによる治療と比較した時の,抗うつ薬とベンゾジアゼピン受容体作動薬の併用療法でのうつ病重症度の変化スコアの差を,標準化平均値差(standard mean difference:SMD)を用いて比較している。結果は,治療開始1〜4週間後の時点(早期)ではSMD -0.25(95%信頼区間,-0.46 to -0.03,10試験,567人)であり,治療5〜12週間後の時点(急性期)ではSMD -0.18(95%信頼区間,-0.40 to 0.03,7試験,347人),治療開始13週間以降(継続期)ではSMD -0.21(95%信頼区間,-0.76 to 0.35,1試験,50人)であった。以上から,抗うつ薬にベンゾジアゼピン受容体作動薬を併用することについて,治療開始後早期については小さな効果が示されたが,それ以降の時期については効果が持続するというエビデンスは得られなかった。
 2018年に発表されたBenasiらによる系統的レビューに含まれるメタアナリシスでは,治療反応率に関してベンゾジアゼピン受容体作動薬単剤による治療が抗うつ薬による治療に勝るというエビデンスは得られなかった。

展望

医療観察法病棟の現況と展望

著者: 竹田康二 ,   河野稔明 ,   平林直次

ページ範囲:P.445 - P.454

抄録 心神喪失などの状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察などに関する法律(以下,医療観察法)が施行され14年が経過した。医療観察法施行当初は医療観察法病棟の病床数の不足が問題となっていたが,現在はおおむね病床不足は解消している。入院処遇対象者の対象行為の約90%は傷害,殺人,放火である。また入院処遇対象者の精神科主診断をみると,約80%を統合失調症圏が占めている。ガイドライン上の目標入院期間は1年半とされているが,法施行後徐々に平均入院期間の延長を認めている。超長期入院事例,医療観察法再入院・再処遇事例,行動制限事例などのいわゆる複雑事例に対する介入方法の確立に向けた研究が行われている。医療観察法病棟のデータベース事業により得られる大規模なデータの活用により,エビデンスに基づくさらなる医療の発展が期待される。就労率の向上など社会復帰の質の向上に向けた取り組みも必要である。

研究と報告

急性期病棟入院中および外来通院中の統合失調症患者の自閉スペクトラム症傾向,セルフスティグマ,抑うつ症状とリカバリーとの関連についての検討

著者: 小松浩 ,   大野高志 ,   米田芳則 ,   藤田亨 ,   鈴木由美子 ,   菅原惣治 ,   角藤芳久

ページ範囲:P.455 - P.464

抄録 急性期病棟入院中および外来通院中の統合失調症患者を対象に,自閉スペクトラム症傾向(ASD傾向),セルフスティグマ,抑うつ症状,リカバリーの関連を調べた。入院群と外来群で,4つの特性において有意差は認めなかった。共分散構造分析の結果,ASD傾向のうち「注意の切り替え」の困難さは,セルフスティグマに影響を与えており,セルフスティグマはリカバリーに直接的に,抑うつ症状を介して間接的に影響を与えていた。一方,ASD傾向のうち「コミュニケーション」の困難さは抑うつ症状を介してリカバリーに影響を与えていた。統合失調症患者のASD傾向の一部はセルフスティグマと抑うつ症状を介してリカバリーに影響を与えていることが示唆された。

薬学生に対する動機づけ面接の短時間トレーニングの効果

著者: 挾間雅章 ,   鳥嶋雅子 ,   藤原広臨

ページ範囲:P.465 - P.473

抄録 目的:動機づけ面接(MI)の短時間のトレーニングが薬学生に及ぼす効果を検証する。
 方法:薬学部6年生を対象にMIを紹介する90分間の講義を行い,服薬アドヒアランスにかかわるコミュニケーションの態度と技術に関する質問紙調査を講義前後と2か月後に実施した。
 結果:コミュニケーションの重要度と自信度は向上し,大半の学生が講義の有用性を高く評価した。共感的に聴く技術の向上は一時的なものに留まった。
 考察:MIの短時間のトレーニングは,医療コミュニケーションに対する学生の態度の向上に寄与するが,技術の向上にはさらなるトレーニングが必要である。

資料

アスリートのメンタルヘルスリテラシー教育プログラムに関するナラティブレビュー

著者: 小塩靖崇 ,   藤井千代 ,   畠山健介 ,   水野雅文

ページ範囲:P.475 - P.482

抄録 本研究では,アスリートやその周囲のスタッフへのメンタルヘルスリテラシー(MHL)教育に関する文献研究を実施し,その内容および効果を記述するとともに,海外ですでに全国的規模で実施されているアスリートのメンタルヘルス対策について検討した。プログラムは,精神疾患に関する知識向上,援助希求あるいは援助行動の促進を目的に行われ,いずれも効果が示されていた。オーストラリアフットボール協会は,アスリートへのメンタルヘルス教育,アスリートによるメンタルヘルスに関する情報発信を実施していた。今後の課題は,MHL教育効果の持続性,波及効果を明らかにすること,アスリートによるアンチスティグマ活動の可能性の検討である。

書評

—加藤忠史 責任編集,山脇成人,神庭重信 総監集—《精神医学の基盤》4—精神医学の科学的基盤

著者: 田中謙二

ページ範囲:P.484 - P.484

 《精神医学の基盤》第2期というくくりで,「科学的基盤」,「仮説とその検証」,「疫学と臨床試験」の3つが立案され,その1つめ「科学的基盤」を加藤忠史氏が担当した。加藤氏は,四半世紀にわたり日本の脳科学を牽引し続けた巨人であり,書籍も多い。彼の書籍の一つに過ぎないのなら,読まないで彼と直接話したほうが時間の節約になると思いながら読み始めた。幸い,加藤氏は編者であり,彼の書籍の一つではなかった。加藤氏の声かけに応じた14名が,独自の視点で,「精神医学の科学的基盤」について書いている。総じて,研究者寄りの著者の作品は,担当研究分野について当たり障りなく,著者の思い入れを排除して書かれている。皆,真面目だ。それはそれで良い。目を引いたのは,この人が精神科のサイエンスを語るのかと思わせる人選と,その私の浅い考えを吹き飛ばす精神医学についての各人の熱量であった。
 書評の結語として,先に述べる。精神医学を科学の視点から学びたい,科学として扱いたい,科学として研究したいという若手に読んでもらいたい。そして,10年くらい科学研究を続け,精神医学の科学的基盤を知ったつもりになっている中堅に読んでもらいたい。

--------------------

目次

ページ範囲:P. - P.

今月の書籍

ページ範囲:P.485 - P.485

次号予告

ページ範囲:P.486 - P.486

バックナンバーのご案内

ページ範囲:P.487 - P.487

読者アンケート

ページ範囲:P.488 - P.488

奥付

ページ範囲:P.492 - P.492

基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

雑誌購入ページに移動

バックナンバー

icon up
あなたは医療従事者ですか?