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雑誌目次

論文

精神医学63巻12号

2021年12月発行

雑誌目次

特集 うつ病のニューロモデュレーション治療の新展開

特集にあたって

著者: 竹林実

ページ範囲:P.1759 - P.1759

 うつ病の治療として,認知行動療法などの精神療法や薬物療法があるが,治療効果発現に時間を要し,難治例が未だなお30%以上存在するのが現状である。修正型電気けいれん療法(modified electroconvulsive therapy:mECT)が最も古典的なニューロモデュレーション治療として切り札的な存在として方法が精緻化され,さらに磁気けいれん療法(magnetic seizure therapy:MST)へと発展している。反復経頭蓋磁気刺激療法(repetitive transcranial magnetic stimulation:rTMS)は2019年本邦で保険診療として承認された。また,低侵襲性のニューロモデュレーション治療として,fMRIニューロフィードバック,経頭蓋直流刺激療法(transcranial direct current stimulation:tDCS)などがある。その他,海外では難治性うつ病に適応となっている迷走神経刺激療法(vagus nerve stimulation:VNS)や,難治性うつ病や強迫性障害に,一部の国で研究段階であるが使用が可能となっている深部脳刺激療法(deep brain stimulation:DBS)などがある。いずれも脳科学の進歩に伴って,うつ病の責任病巣と推定される特定の脳神経回路の治療を目指すものである。このような多くのニューロモデュレーション治療が発展してきているが,本特集では現状・特徴・改良点・今後の発展性などさまざまな角度から,論じて頂いた。また,脳を間接的あるいは直接的に刺激する治療であることから,精神外科の負の歴史もふまえて倫理的な面も重要な課題である。本特集は,うつ病治療のエキスパートである日本うつ病学会のニューロモデュレーション委員会の委員が結集した企画である。

ニューロモデュレーション総論

著者: 竹林実

ページ範囲:P.1761 - P.1765

抄録 ニューロモデュレーションはデバイスを用いた神経刺激の治療法であり,身体疾患では広く用いられている。精神疾患に対しては,1940年代に不可逆な後遺症を生じたロボトミーと乱用を生じた電気けいれん療法(ECT)の負の歴史があり,特に本邦においては脳神経外科治療に関しては精神科領域では議論できない状況が続いている。ECTは厳密な適用,高い治療効果と手法の改善により,2000年代に入りニューロモデュレーションとして,再評価されるに至った。低侵襲性の反復経頭蓋磁気刺激療法(rTMS)が2019年に本邦において保険適用を取得し,さらに低侵襲性の新しいニューロモデュレーションが次々と開発されている。一方,迷走神経刺激療法(VNS)や深部脳刺激療法(DBS)などの可逆的な脳神経外科治療は,研究段階ではあるが難治性うつ病の治療法として海外の脳外科領域で先行している。負の歴史と真摯に向き合いながら,倫理面の整備,脳外科領域とのギャップを埋めるような精神科領域での涵養,それらを踏まえた上,学会などで議論するテーブルを作ることが今後の課題と思われる。

ニューロモデュレーションの医療倫理

著者: 中澤栄輔

ページ範囲:P.1767 - P.1774

抄録 ニューロモデュレーション技術は情動に介入する技術であり,倫理的なリスク評価,インフォームド・コンセント,公正さの観点から吟味が必要である。リスク評価では,技術の安全性に関するエビデンスの蓄積を踏まえ,とりわけ技術がもたらす変化の不可逆性について考慮されるべきである。インフォームド・コンセントにおいては,そうしたリスクについての十全な説明が要請される。また,自己決定のパラドクスに配慮し,自律性を全人的に理解することがよりよい技術利用への糸口となる。ニューロモデュレーション技術には,多様な価値観を実現するポテンシャルがある。一様な価値観を背景とする格差社会の格差拡大のツールにならぬよう,社会的なコンセンサス・レギュレーションが求められる。

うつ病へのfMRIニューロフィードバックの現状

著者: 岡本泰昌 ,   岡田剛 ,   光山裕生

ページ範囲:P.1775 - P.1782

抄録 うつ病は多様で,約半数は現行の治療によって十分な効果を示さないことから,新たな治療選択肢を確立することは喫緊の課題である。ニューロフィードバックは,外部からの刺激ではなく,自分の脳活動をリアルタイムでモニターしながら制御することを学習する方法で,自己治療を目指すものである。そこで本稿では,バイオフィードバックとニューロフィードバックについて概説した後に,うつ病のfMRIニューロフィードバックに関する取り組みについて紹介する。将来的にfMRIを用いて個人レベルでのうつ病態を脳活動から判別し,関連する脳活動を自分自身の力で制御できるようにトレーニングできれば,最も効果的かつ効率的な治療法となる可能性がある。

うつ病への経頭蓋直流刺激(tDCS)治療

著者: 住吉太幹 ,   和田歩

ページ範囲:P.1783 - P.1789

抄録 経頭蓋直流刺激(tDCS)は1〜2mAほどの微弱な直流電流を頭皮上から通電する,簡便で副作用が比較的少ない低侵襲脳刺激法である。その作用機序として,脳の機能的結合や長期増強(LTP)などの修飾が示唆されている。うつ病の症状に対するtDCSの改善効果は,複数のメタ解析でも示されており,そのようなエビデンスを考慮したガイドラインも海外で整備されつつある。一方,寛解率向上などの指標に対するtDCSの有用性については,さらなる検討が待たれる。今後は,抗うつ薬への反応性にもとづくtDCSの適用基準や,脳内ネットワークなどの神経生物学的知見による刺激部位の選定なども課題になろう。また,うつ症状のみならず種々の機能的転帰への効果の探索も,患者のQOLやリカバリーの向上につながると期待される。

うつ病への反復経頭蓋磁気刺激(rTMS)治療

著者: 髙橋隼

ページ範囲:P.1791 - P.1796

抄録 本稿では,2019年6月に保険診療化されたうつ病におけるrTMS治療の適応患者と実施法について概説し,rTMS治療のエビデンス,rTMS治療と電気けいれん療法の対比,国内外の治療ガイドラインでのrTMS治療の取り扱いについて言及した。薬物治療抵抗性うつ病患者におけるrTMS治療の抗うつ効果はすでに頑健なエビデンスがある一方で,うつ病診療におけるrTMS治療の位置付けについてはコンセンサスに至っていない。今後はrTMS治療を適切に普及して診療データを集積し,日本人におけるrTMS治療の効果と安全性を明確にしていく必要がある。さらに良好な治療効果を予測する臨床的知見や生物学的指標が明らかになり,rTMS治療の有効活用がうつ病診療の発展に寄与することを期待したい。

うつ病への磁気けいれん療法(MST)

著者: 鬼頭伸輔

ページ範囲:P.1797 - P.1803

抄録 磁気けいれん療法(MST)は,反復経頭蓋磁気刺激(rTMS)を応用した新しい治療技術である。電気けいれん療法(ECT)とMSTは,どちらもけいれん療法であり,静脈麻酔薬,筋弛緩薬などの前処置が必要である。現在までに複数の臨床試験,メタ解析が実施され,MSTとECTの有効性および認知機能の比較検証が行われてきた。概して,抗うつ効果は同等であり,MSTでは発作後の回復が早く,認知機能障害が少ないとされる。これらの知見は,ECTと比較し,MSTのけいれん発作がより限局した領域に作用するためと考えられる。一方,MSTの刺激頻度,刺激時間,刺激回数などの標準化は,今後の課題である。MSTの国内導入にあたっては,日本人を対象とした有効性,安全性の検証を行った上で導入されるべきである。

うつ病への電気けいれん療法(ECT)

著者: 和田健

ページ範囲:P.1805 - P.1815

抄録 電気けいれん療法(ECT)は,単極性および双極性うつ病の治療における重要なオプションである。切迫した自殺の危険や身体的衰弱,精神病性や緊張病性の特徴を有する患者では1次治療としての適応になり得る。薬物療法に反応しない,または副作用のために十分な薬物療法を行えない患者では,2次治療としての適応を考慮すべきである。施行にあたっては,既往歴,身体的併存症,各種検査など適切な術前評価を行い,麻酔科医による評価と合わせて可否を判断し,インフォームド・コンセントを行って決定する。発作誘発への影響を考慮して薬剤調整を行い,患者ごとに電極配置や刺激電気量を設定して,誘発された発作の有効性を毎回評価しながらECTを継続する。必要に応じて刺激パラメーターの変更や増強法を併用して寛解をめざす。改善後に薬物療法による再燃再発予防ができない患者では,継続維持ECTを積極的に検討する。

うつ病への迷走神経刺激(VNS)療法

著者: 渡邊さつき ,   松尾幸治

ページ範囲:P.1817 - P.1823

抄録 迷走神経刺激(vagus nerve stimulation:VNS)は,左頸部の迷走神経にコイル状の刺激電極を巻き付け,定期的な電気刺激を行う治療法である。VNSが最初に適応されたのはてんかんであった。やがて,てんかん患者の抑うつ症状に効果があることが報告されるようになり,諸外国では難治性うつ病へと適応が広がった。米国の5年間の長期追跡調査では,うつ病の寛解率はVNS追加群で43.4%,従来治療群で25.7%と,VNSを行った群で有意に高いことが示された。最近,非侵襲的な経皮的VNSについても研究が始められており,今後の発展が期待される。VNSがうつ病に効果を示すメカニズムについては,モノアミン仮説や神経可塑性仮説などがあるが,いまだに明らかにはなっていない。

うつ病への脳深部刺激(DBS)療法—脳外科医と精神科医の視点から

著者: 髙宮彰紘 ,   福村麻里子 ,   小杉健三 ,   戸田正博 ,   三村將

ページ範囲:P.1825 - P.1832

抄録 薬物療法と精神療法で改善しないうつ病の難治例に対して,わが国では経頭蓋磁気刺激と電気けいれん療法といった非侵襲的なニューロモデュレーション治療が選択肢としてある。諸外国では強迫症に対する脳深部刺激療法(DBS)が認可され,うつ病に対するDBSは2021年8月時点では研究段階である。本稿では,北米で行われてきたうつ病に対するDBSの知見を紹介するとともに,今後わが国での精神疾患へのDBS導入にあたり必要なことを精神科と脳外科の両科の観点から私見を述べた。

研究と報告

神経発達症傾向の高い日本人学生を対象としたAQ(自閉症スペクトラム指数)日本語版の因子構造

著者: 川瀬英理 ,   綱島三恵 ,   渡辺慶一郎

ページ範囲:P.1833 - P.1841

抄録 AQ(Autism Spectrum Quotient)の5因子構造は,理論的に設定されたものであるため,複数の研究グループがAQの因子分析を行い,さまざまな因子や因子構造が抽出されている。本研究では,神経発達症に特化した相談機関の利用学生を対象としたAQ(n=477)を用いて,因子構造を確認することを目的とした。その結果,5因子構造の適合度は十分でなく,探索的因子分析において,26項目3因子構造が抽出された。その経過において,時代にそぐわない,他の項目とは全く逆の傾向を示す項目などが削除されたことから,新たな自閉症スペクトラムの自己記入式検査の作成の必要性が示された。

高齢者におけるゆだねたさ尺度の構成—エンド・オブ・ライフケアに向けた基礎調査

著者: 田中美帆 ,   川島大輔 ,   辻本耐

ページ範囲:P.1843 - P.1850

抄録 本研究では,高齢者におけるゆだねたさ尺度を作成し,その信頼性と妥当性を,地域在住の老年期男女153名(平均年齢:72.59歳)を対象に検討した。分析の結果,ゆだねたさ尺度は1因子構造であり,十分な内的整合性が確認された。次に,構成概念妥当性の検討の結果,精神的健康尺度,先延ばし尺度および死に対する態度尺度との間に相関関係が認められ,尺度の妥当性が支持された。また,ゆだねたさが高い高齢者は,新しい機器を使いこなしたり,自ら情報収集し活用したりする能力が低く,そして自分が周囲の重荷になっていると感じているという特徴を有することが示唆された。

短報

COVID-19流行下での外出自粛を契機にCotard症候群を呈した1例

著者: 熊谷亮

ページ範囲:P.1851 - P.1855

抄録 COVID-19流行下での外出自粛を契機にCotard症候群を呈した症例を経験した。Cotard症候群に至った理由には,外出自粛という外界との急激な隔絶に順応できなかったこと,また家族との隔絶から「母性」に危機が生じ,さらに「高齢者は重篤化する,死亡率が高い」という情報に囲まれて過ごすことで「母性」とは真逆にある「病気,死」に向かう方向性が与えられたことが考えられた。このような隔絶は面会自粛を行っている長期療養型病院や入所施設でも生じていることであり,同様の症状を呈する患者が生じる懸念がある。

青年期前期に解離を呈した自閉症スペクトラム障害男子の症例

著者: 田宮聡 ,   池尻直人 ,   町野彰彦

ページ範囲:P.1857 - P.1861

抄録 幼児期から周期性嘔吐症を呈し,青年期前期に至って解離を発症した自閉症スペクトラム障害男子例を報告した。過剰同調性,感覚過敏といった解離準備状態を持ちあわせていた患児は,小学校卒業までは過適応状態であった。しかし,家族をはじめとする周囲への反発が強まる青年期前期に,より高まった陰性感情が解離を通じて表現された。この解離は,年齢相応の陰性感情の言語化が可能になって改善した。児童青年精神医学臨床においては,症状の意味を生来の特性と発達過程の中で理解することが重要である。

資料

精神科集中ケア期における早期作業療法の効果と意義—プログラム名:Picot(ピコット)の実践報告

著者: 杉山直也 ,   長谷川花 ,   梶浦裕治 ,   宇留嶋祥枝 ,   山田信昭 ,   牛島一成 ,   内田千惠 ,   内堀来未子 ,   石切山涼子

ページ範囲:P.1863 - P.1871

抄録 一般身体医療において早期リハビリテーションの有用性が注目される中,精神科における早期作業療法の効果や意義は不明である。今回,精神科救急入院料の集中ケア期に早期作業療法プログラムを導入し,病院業務管理指標,レジストリデータ,看護師アンケートにより,その影響を検討した。実行可能性が示され,閉塞感解消,治療アドヒアランスの向上,職員意識の変化,アセスメント精度の向上,治療の統合性,チーム医療の推進など,種々の効果が示唆された。身体的拘束期間の減少を観察したが,因果関係は示されなかった。限界としては,単施設の試み,観察研究デザイン,観察期間が挙げられる。今後,精神科早期作業療法のさらなる検証が望まれる。

リカバリー志向の介入プログラムの実践—複数の介入法をパッケージ化したワークブックの作成とその実践経験から

著者: 池田朋広 ,   種田綾乃 ,   髙木のり子 ,   千原悠一 ,   江島智子 ,   赤畑淳 ,   増川ねてる ,   稲本淳子 ,   千坂奏

ページ範囲:P.1873 - P.1882

抄録 この度,「精神的不調を持つ方のためのリカバリーワークブック」を作成し,デイケアにおいて,これを用いた介入プログラムを実践した。診療録およびスタッフ会議録への後ろ向き調査から,支援におけるワークブックの必要性や使い勝手などについて検討した。その結果,このプログラムは治療適用範囲が広く,満足度が高く,難易度は比較的低かった。こうした介入プログラムを繰り返し実施していくためには,専門職であれば誰もが使うことができる簡易ツールが必要となり,リカバリーワークブックは,それを可能としてくれるものであった。一方,ワークブックの作成や修正には,経験値と知識を持った専門職同士による繰り返しのディスカッションに加え,当事者との共同創造が重要であることが示唆された。今後は専門職と当事者との共同創造によるワークブックを用いた実践が拡がることに期待したい。

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基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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