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雑誌目次

論文

精神医学63巻3号

2021年03月発行

雑誌目次

特集 サイコーシスとは何か—概念,病態生理,診断・治療における意義

特集にあたって

著者: 鈴木道雄

ページ範囲:P.283 - P.283

 従来,サイコーシス(psychosis)という用語は精神病と訳され,神経症(neurosis)の対立的概念として,より重度の病態水準にある精神疾患を意味するものであった。しかし,近年ではサイコーシスは妄想,幻覚,思考障害などから構成される症候群を指し,従来の精神病とは異なる意味に用いられている。サイコーシスは,特にその初回の発現(初回エピソードサイコーシス)においては,診断特異的なものではなく,多くの診断転帰を取り得る状態である。また,早期介入研究により,いわゆるat-risk mental state(ARMS)の概念が出現し,軽度で閾値下とも言えるサイコーシスが注目されるようになった。さらに,軽度のサイコーシス様症状は,精神疾患とは診断されない一般人口においても,少なからぬ頻度で認められることが知られるようになった。このように,サイコーシスはスペクトラムとして捉えられ,また統合失調症に限定されない疾患(診断)横断的な症状として認識されるようになったが,サイコーシスに関するさまざまな用語や概念は未整理の状態である。サイコーシスを構成するそれぞれの症状(妄想,幻覚,思考障害など)の出現機序や病態生理の解明により,サイコーシスに関するより正しい理解が可能になると考えられる。

サイコーシスと「精神病」—概念の歴史的変遷

著者: 針間博彦

ページ範囲:P.285 - P.295

抄録 サイコーシス(psychosis)と「精神病」の概念の歴史的経緯を概説し,現在の用法の問題について論じる。ドイツ語の“Psychose”という語は19世紀半ば,von Feuchterslebenによって“Geisteskrankheit(精神の病)”に代わるものとして採用された。当初Psychoseは,神経系疾患全般を示すNeuroseの下位概念であったが,19世紀後半以降,Neuroseが心因性・非器質性の障害を示すようになると,Psychoseは非心因性・疾患性の精神症候群を示すものとして用いられるようになり,両者は対概念となった。DSMとICDは当初psychosisとneurosisの二分法に基づいていたが,この分類法はDSM-Ⅲで廃止され,以後,psychosisは幻覚や妄想など特定の精神症状の存在を示す記述用語として用いられている。日本語の「精神病」は明治初期にGeiteskrankheitの訳語として使用され,のちにPsychoseの訳語としても用いられた。特定の症状の存在を示すにすぎない現在のpsychosisは「疾患」を意味しないため,これを「精神の病」と呼ぶことは不正確である。

診断分類体系とサイコーシス

著者: 近藤伸介

ページ範囲:P.297 - P.304

抄録 精神医学の診断分類は,Kraepelinの時代から最新版のDSM/ICDに至るまで,臨床像に基づくエキスパートコンセンサスによって経験的に構築されてきた体系である。これらカテゴリー分類は使いやすい反面,さまざまな角度から課題があることが指摘されている。本稿では,サイコーシス関連の病態を中心に,現行のカテゴリー分類の持つ問題点を挙げながら,それを補完しようとする取り組みについて紹介する。例えば,DSM-5およびICD-11は,カテゴリー分類に加えてディメンション評価を併用することで個々の特徴を表すハイブリッド方式を採用している。
 治療は医師と患者の協働作業であり,診療情報は患者に属するものという時代にあって,専門家に求められるのは,診断分類の精緻化ではなく,患者にとって自分にフィットする診断になっていくだろう。カテゴリー診断によって大掴みに分類してから,ディメンション評価で個別性を捉えるという二階建ての仕組みは,これからの個別化医療とも相性がよいかもしれない。

早期介入の視点からみたサイコーシス

著者: 松本和紀

ページ範囲:P.305 - P.313

抄録 現代のサイコーシスの概念は,健常者から連なるスペクトラムを想定しており,統合失調症はサイコーシスのスペクトラムの重症の極にあると位置付けられている。早期介入の流れは,統合失調症をピラミッドの頂点に見立てた場合,ピラミッドの裾野へと広がる方向へと推し進められてきた。一方で,病態の重症性や慢性性を疾患概念の中に内包する統合失調症の概念と早期介入の方向性とは背反する側面も多い。疾患の早期段階に介入することで,その後の経過の軌跡をよりよい方向に変化させようとする早期介入の視点にとって,統合失調症と比べ異種性や可変性が高いサイコーシスの概念は,研究面においても,実践面においても有用性が高く,サイコーシスのスペクトラム概念は早期介入の領域では広く受け入れられてきた。最近は,さらに診断横断的な早期介入の取り組みを後押しする方向で研究や実践が新たに展開してきている。

器質性・症状性精神障害とサイコーシス

著者: 西村勝治

ページ範囲:P.315 - P.324

抄録 サイコーシスは脳卒中,頭部外傷,てんかん,多発性硬化症,ハンチントン病,パーキンソン病,抗NMDA(N-methyl-D-aspartate)受容体抗体脳炎,全身性エリテマトーデス(systemic lupus erythematosus:SLE)など,さまざまな疾患によって引き起こされ,それらの病態生理は幻覚や妄想の病態発生メカニズムの解明に多くの示唆を与えてきた。たとえば脳卒中,頭部外傷,てんかんにおける病変の局在あるいは神経ネットワークとの関連,抗NMDA受容体抗体脳炎などの自己免疫性脳炎,SLEにおける自己抗体などの免疫学的なメカニズムなどである。

物質関連障害とサイコーシス

著者: 成瀬暢也

ページ範囲:P.325 - P.334

抄録 本邦では,覚せい剤と有機溶剤が引き起こす中毒性精神病に対して治療経験が積まれてきた。覚せい剤による慢性中毒を覚せい剤精神病とする本邦と,覚せい剤に誘発された統合失調症とする欧米とで齟齬が生じている。操作的診断が主流となった現在,「従来診断は覚せい剤精神病,DSM,ICDでは統合失調症および覚せい剤依存症あるいは使用障害」という事例が生じている。一方,大麻精神病をめぐっても,長年議論が重ねられてきたが,その存在自体いまだに確定していない。本邦において,覚せい剤精神病と統合失調症との鑑別は,Schneiderの一級症状,陰性症状,物質使用と精神病症状の相関,対人反応などによってなされてきた。治療的には,中毒性精神病と統合失調症との差異に囚われるよりも,サイコーシスを疾患特異的なものではなく症候群として診る視点が治療介入を明確にするであろう。物質関連障害は,サイコーシスをめぐる議論に興味深い事実を示している。

解離症とサイコーシス

著者: 柴山雅俊

ページ範囲:P.335 - P.343

抄録 本稿では,解離と精神病の関係について検討する。まずヒステリー,とりわけヒステリー性精神病と統合失調症の歴史的流れについて概観した。当初,ヒステリーはその派手な振る舞いや症候学,催眠による治療などに関心が向けられ,要因となるトラウマについて取り上げられることは少なかった。20世紀に入ると,ヒステリーと統合失調症がともに「分裂」という言葉によって表象されることにも窺えるように,ヒステリー性精神病は拡大化した統合失調症へと分類され,ヒステリーへの関心は低下した。しかし1960年以降トラウマへの関心の高まりを背景に,ふたたびヒステリー性精神病や反応性精神病が注目され,さらには神経症と精神病の境界の変容から,あらためて解離と統合失調症の関係が問題圏として浮上することになった。最後に解離症と統合失調症の鑑別困難な症例の診断に際しては,主に他者の先行性やまとまりのない発話に注意することが重要であることを指摘した。

パーソナリティ症とサイコーシス

著者: 林直樹

ページ範囲:P.345 - P.352

抄録 サイコーシス(精神病性障害)のパーソナリティ症(personality disorder:PD)とのかかわりは,その病態や病因を明らかにする上で重要な研究領域である。本報告では,PDがサイコーシス発症の準備状態を構成していること,サイコーシスの遺伝要因の発現型であることなどの基本的想定が提示され,さらにPDタイプごとのサイコーシスとのかかわり方についての文献の展望が行われた。統合失調型PDは,統合失調症ばかりでなく他のサイコーシスにも遺伝的関連があり,それらに移行し得ること,境界性PDは,統合失調症との結びつきが特に強くはないが多彩な精神病症状を呈し,サイコーシスとの近縁性があることが確認されている。さらに,パーソナリティ特性とサイコーシス,精神病症状などとの関連についての研究の状況について概説した。サイコーシスとPDの関連の探求からは,これらの精神障害の予防や治療における進歩がもたらされることが期待される。

神経発達症とサイコーシス

著者: 阿部隆明

ページ範囲:P.353 - P.361

抄録 神経発達症のうちサイコーシスとの関連が深いのは自閉スペクトラム症である。歴史的には,その先駆概念である自閉症が小児期のサイコーシスないし統合失調症とみなされていた。現在は両者が分離されており,小児期の精神障害に対してもサイコーシスという言葉は使用されなくなった。とはいえ,自閉スペクトラム症の外観を呈して統合失調症に至る症例もあれば,統合失調症の急性期症状とは区別される一過性の精神病状態を呈する自閉スペクトラム症もある。確かに統合失調症の初期症状と共通する自閉スペクトラム症症状はあるが,急性精神病状態に関しては,自己の在り方の差異が反映されるため,統合失調症と自閉スペクトラム症の診分けは可能である。自閉スペクトラム症症例がDSM-5に基づいて安易に統合失調症と診断されてしまうと,不必要な抗精神病薬の継続投与を受けることになり,患者は著しい不利益を被ることになるため注意が必要である。

高齢発症のサイコーシス

著者: 樫林哲雄 ,   赤松正規 ,   藤原維斗彦 ,   上村直人 ,   數井裕光

ページ範囲:P.363 - P.370

抄録 老年期に発症したサイコーシス(VLOS)と考えられる症例を提示し,VLOSで見られる臨床的な特徴について解説した。さらに,近年報告されているVLOSの病理学的背景についても概観した。VLOSでは被害妄想やpartition delusionと呼ばれる妄想が特徴的で,さまざまな幻覚や抑うつ,不安,緊張状態,混乱,興奮を伴うことが多い。その一方で思考過程の障害や陰性症状を呈する頻度は少なく,予後はよいとされる。治療についてはわが国で承認されている抗精神病薬での有用性は示されておらず,今後の課題である。病理学的背景としては,アルツハイマー病の可能性は低く,辺縁系に限局したargyrophilic grainsが関連していることが報告されている。

サイコーシスの神経基盤とバイオロジカルマーカー—脳画像研究による知見

著者: 笹林大樹 ,   鈴木道雄

ページ範囲:P.371 - P.380

抄録 精神疾患のディメンジョナルなアプローチへの注目とともに,サイコーシスを対象とした脳画像研究の報告は増えている。サイコーシスを構成する主な精神症状である思考形式障害,言語性幻聴,関係妄想,および自我障害の神経基盤として,言語領野や前頭前野など多様な脳領域の関与が指摘されているが,これらは局所的な独立成分ではなく,連続体として捉え得る。またサイコーシスへの早期介入研究によって,サイコーシス発症前後の縦断的脳変化や後にサイコーシスを発症したハイリスク症例におけるベースラインでの特徴的な脳形態所見などが見出されつつあり,サイコーシスの発症機序の解明やサイコーシスの発症予測に寄与し得るバイオロジカルマーカーの発見とその臨床応用への発展が期待される。

サイコーシスと薬物療法

著者: 盛本翼

ページ範囲:P.381 - P.386

抄録 陽性症状の強度と期間が一定の閾値を超えた場合,一般に抗精神病薬が使用される。初回エピソードサイコーシスに抗精神病薬を開始する場合は,出現し得る副作用や症状が寛解したあとの治療期間,症状が再燃した際の対応方法などを含めた治療戦略を,患者や家族と共有しておく必要がある。
 At risk mental state(ARMS)に抗精神病薬を用いる目的は,精神病発症の予防ではなく,認知行動療法などの心理社会的治療を行うための症状改善にすべきである。ARMSに対する抗うつ薬や多価不飽和脂肪酸の有効性を示した報告があるが,決定的な結論は得られておらず,今後の検討が必要である。

サイコーシスの認知行動療法の動向

著者: 菊池安希子

ページ範囲:P.387 - P.393

抄録 サイコーシスの認知行動療法(cognitive behavioural therapy for psychosis:CBTp)は,統合失調症治療ガイドラインで推奨される心理的介入である。1990年代より陽性症状に対する効果を示す無作為割付比較試験が重ねられ,標的症状やアプローチ法も広がってきた。複数のメタ分析研究によって,陽性症状に対して中等度の効果量があることが示されている。従来型CBTpでは患者の主訴と治療効果のアウトカムはずれるために効果量の向上が困難であった。CBTpは推奨されているにもかかわらず普及が進んでいないため,各種の取り組みが行われている。日本への導入も1990年代から行われていたが,普及が課題である。

展望

統合失調症の「病識」を再考する

著者: 池淵恵美

ページ範囲:P.395 - P.414

抄録 統合失調症の病識欠如は当初から知られているが,1990年代に客観的評価方法が開発され,脳機能や社会文化的要因との関連性についての研究が増加した。そしてclinical insightと並んで,メタ認知機能と関係の深いcognitive insightが注目され,心理教育や認知行動療法などとともに,cognitive insightへの介入プログラムが開発されてきた。しかし両者ともにまだ成果は十分ではない。薬物療法も特に慢性期において効果が不十分である。急性期の大きな混乱に見舞われている時期から,主観的な体験に寄り添って支援し,回復してきたら仲間とともに心理教育に参加し,さらに個々人の志向に沿ってメタ認知トレーニングや認知行動療法に参加することが望ましい。家族心理教育も重要である。

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基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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