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雑誌目次

論文

精神医学63巻4号

2021年04月発行

雑誌目次

特集 精神医療に関する疫学のトピック—記述疫学,リスク研究からコホート研究まで

特集にあたって

著者: 内山真

ページ範囲:P.425 - P.425

 精神科疫学は,広く関心地域における心の健康に関する実態把握から,精神疾患の有病率,精神疾患や精神医学的問題の関連要因を明らかにする学問領域です。精神疾患や心の健康について,臨床に従事し,研究を実行し,医療政策を立案するのにきわめて重要な基盤的知識を与えてくれます。さらに,縦断的疫学研究では自然経過の中での精神疾患の発展や病因論的探索や検証が行われるようになってきました。
 精神科疫学は20世紀初頭の記述疫学に始まりました。当初の研究のテーマは,関心国ないし地域に精神疾患や自殺など精神医学的な問題がどれほど存在するか,それらが地域的あるいは文化的属性によってどう異なるのかなどの記述疫学が中心でした。多くの国において記述的成果の比較が行われるようになった結果,精神疾患や精神医学的問題の同定に関する共通の診断基準や調査法の必要性が指摘されるようになりました。こうして,20世紀後半になって,精神疾患や関連問題を評価するための共通の診断基準や評価手技の開発が始まり,精神疾患の有病率を調べる動向が始まりました。

日本における精神疾患の有病率に関する大規模疫学研究—成果とその意義

著者: 川上憲人

ページ範囲:P.427 - P.436

抄録 日本における精神疾患の有病率に関する大規模疫学研究として,2002〜2006年に実施された世界精神保健日本調査(WMHJ1)と,2013〜2015年に実施された世界精神保健日本調査セカンド(WMHJ2)を紹介し,その意義について述べる。これらの調査は地域住民を対象にして,訓練を受けた調査員が対象者の自宅を訪問してWHO統合国際診断面接第3版と呼ばれる構造化面接により気分・不安・物質関連障害の診断に必要な情報を収集し,また受診行動についてたずねた。WMHJ1とWMHJ2ではアルコール乱用・依存を除けば有病率に大きな差はなかった。一方,WMHJ2では男性の精神科への受診率が増加していた。精神疾患の有病率に関する大規模疫学研究は,このように精神保健施策の立案や評価に有用であるとともに,精神疾患の発生機序に関する研究を促進することにも貢献する。

操作的診断基準と疾病分類の功罪—過去・現在・未来

著者: 北村俊則

ページ範囲:P.437 - P.442

抄録 精神科医の診断の不一致が問題となり,操作的診断基準が作成された。しかし,疾患単位の妥当性の議論が積み残し課題となった。Taxometricsによる研究ではほとんどの診断名は範疇的性質ではなく,次元的なものであることが確認された。現在の診断学は因子分析を行うことで症状構造を確認し,クラスター分析,潜在クラス分析などで質的に異なる群を同定することが主流になっている。さらに,精神疾患の病名が直接に偏見の形成に寄与していること,さらに多数が「健康的」で,少数が「病的」という考え方の矛盾を考えると,精神科診断の現代的課題は未解決の部分が多い。

うつ病の危険因子と予防—精神科疫学研究から見えてくるもの

著者: 降籏隆二 ,   中神由香子

ページ範囲:P.443 - P.451

抄録 近年の疫学研究から精神疾患についても数多くの危険因子が明らかになっている。精神疾患の中でも,うつ病は有病率が高く,幅広い年齢層で発症し,社会的な損失の大きい疾患である。うつ病の発症には遺伝的背景や性格特性,ライフイベントが関与する。加えて,睡眠,食事,運動などの生活習慣の問題が危険因子であることが示されている。こうした危険因子は,それ自体は疾病ではないが,精神的な健康状態に対して潜在的なリスクを有すると考えられており,修正可能で介入可能であるものは,予防における役割が期待されている。実際に近年の地域住民を対象とした健康教育プログラムの提供による介入研究では,抑うつ症状や不安症状の改善が報告されている。本稿では,近年の疫学研究で指摘されているうつ病の危険因子を概説し,予防介入の可能性を検討したい。

精神医学における治療・予防介入に焦点を当てた観察研究

著者: 渡辺範雄

ページ範囲:P.453 - P.458

抄録 治療や予防のための介入の効果を見るためには,既にある治療やプラセボなどとの比較を,ランダム化比較試験にて行うことが望ましい。しかし実際は方法論や倫理的な問題から,これを実施できないことも多い。妥当な方法論により,観察研究や実際の診療データから介入の効果を見積もることができれば,ランダム化比較試験のない介入領域における診療に資するものは大きい。
 本項では,方法論の一つとして傾向スコアマッチングに焦点を当てて概要を解説し,精神医学領域における研究例を紹介する。

ポリシーメイキングにかかわる疫学指標のあり方—「睡眠の質」研究班の紹介

著者: 栗山健一

ページ範囲:P.459 - P.468

抄録 2012年度より健康日本21(第2次)に基づく健康施策が行われており,睡眠休養を向上させる目的で「健康づくりのための睡眠指針2014(睡眠12箇条)」が策定された。次期の健康日本21(第3次)では,この有用性を高め,睡眠健康を測る指標を強化した上で実施することを目指し,2019年度より厚生労働科学研究費事業として,睡眠12箇条を改訂する準備のための「睡眠の質」研究班が立ち上げられた。この研究班の目標は,従来の睡眠時間指標とは異なる,新たな「睡眠の質」指標を開発し,国民健康増進を目指した疫学指標として導入することである。我々は,2年間の班活動を通し,新たな「睡眠の質」指標を探索・同定し,本指標を評価指標とし生活習慣などを改善することで,健康転機を改善し得るという結論に到達した。今後は,本指標を政策に実装するとともに,客観的計測に基づく睡眠指標の社会実装を目指し活動を進める。

子どもの神経発達と神経発達症を知るための疫学研究プロジェクト—浜松母と子の出生コホート研究(HBC Study)について

著者: 土屋賢治 ,   西村倫子 ,   奥村明美 ,   原田妙子 ,   岩渕俊樹 ,   高橋長秀

ページ範囲:P.469 - P.477

抄録 浜松母と子の出生コホート研究(HBC Study)は,一個人の神経発達学的・精神医学的表現型を,新生児から思春期にわたって定量的かつ継続的に計測する,大規模・多目的疫学研究プロジェクトである。プロジェクト運営の主な目的は,個人ごとの神経発達の軌跡から「発達のおくれ」を特定して,自閉スペクトラム症をはじめとする神経発達症のなりたちの理解に寄与することにある。2007年に運営を開始し,1,258名の解析対象者(新生児)の追跡を生後1か月から8〜9歳までの12回にわたり継続している。各回の追跡では,児の神経発達および神経発達症の特性を繰り返し直接評価しており,神経発達の軌跡の描出を通して「発達のおくれ」の特定に至った。自閉スペクトラム症児の乳幼児期の経過の理解に,また病態生理の理解に貢献する知見である。

思春期のメンタルヘルス疫学—東京ティーンコホートについて

著者: 安藤俊太郎 ,   西田淳志 ,   山崎修道 ,   金田渉 ,   藤川慎也 ,   森本裕子 ,   遠藤香織 ,   清野知樹 ,   小池進介 ,   岡田直大 ,   杉山宙 ,   金生由紀子 ,   長谷川眞理子 ,   笠井清登

ページ範囲:P.479 - P.487

抄録 東京ティーンコホートは,大規模思春期児童サンプルを対象とした前方視出生コホート研究である。東京都内の三自治体(世田谷区,三鷹市,調布市)における地域代表サンプルを対象として,調査参加者を縦断的に追跡する観察研究である。3,000名超の思春期児童を対象に,10歳時点(初回調査),12歳(第2回),14歳(第3回)において訪問調査を行い,第2回において約95%,第3回においても約84%と高い追跡率を維持しており,現在は16歳時点(第4回調査)の調査を施行中である。さらに,300〜400人の部分サンプルを対象に,施設に来所する形式の調査も行い,脳MRIや嗅覚,ペット飼育などの生物学的な個体要因や特殊な環境要因に焦点を当てたサブサンプル調査も行っている。今後は,青年期・成人期に向けてさらに縦断データの収集を継続していく。また,さまざまな専門分野における国内外の研究者と共同研究を進め,公共的な政策提言に資するような良質な科学的知見を創出することを目指していく。

周産期うつ病の疫学

著者: 西大輔

ページ範囲:P.489 - P.494

抄録 周産期はホルモンが大きく変動し,生活上の変化も大きいため,うつ病などの精神疾患を発症する妊産婦は少なくない。特にうつ病に関しては頻度が高く,本人の精神的苦痛や生活の支障だけでなく子どもへの悪影響の可能性もあることから,対策の必要性が非常に高い。近年では「妊娠期からの切れ目ない対策」の重要性が謳われ,産後だけでなく妊娠期における対策の重要性も広く共有されるようになってきている。
 本稿では,妊娠期および産後のうつ病の有病率,関連因子,影響,わが国で実施されている大規模調査,そして治療・予防に向けた課題について概観した。有病率の高さ,関連因子を抱えている妊産婦の数もかなり多いこと,悪影響の大きさなどを考えれば,医療機関における治療だけでなく,すべての妊産婦を対象とした対策や予防を視野にいれた介入法の開発が今後望まれると考えられた。

東北メディカル・メガバンク事業を通した精神疾患の病態解明に向けた展望

著者: 富田博秋 ,   庄子朋香 ,   長神風二

ページ範囲:P.495 - P.503

抄録 東北メディカル・メガバンク機構(Tohoku Medical Megabank Organization:ToMMo)は未来型医療を築いて震災復興に取り組むために設置され,東日本大震災の被災地の地域医療再建と健康支援に取り組みながら,医療情報とゲノム情報を複合させた複合バイオバンクを構築している。構築したバイオバンクの情報とその解析結果に基づく新しい医療の創出を通じ,被災地の医療人の求心力向上,産学連携の促進,関連分野の雇用創出,医療復興を成し遂げることを目標としている。ToMMoが見据える未来型医療の対象はさまざまな身体疾患と人の健康全般に及ぶが,その中には,発達障害,うつ病をはじめとする精神疾患,認知症など精神医療保健上の課題克服も含まれる。ToMMo事業が本邦のさまざまな精神医学,神経科学研究と連動して有効に発展し,精神疾患の病態解明および精神保健向上に寄与することが期待される。

認知症フレンドリー社会の創出を目指した地域疫学研究

著者: 粟田主一

ページ範囲:P.505 - P.514

抄録 2016年より東京都板橋区高島平地区において認知症フレンドリー社会の創出をめざす地域疫学研究をスタートさせた。70歳以上の高齢者を対象とする3段階のベースライン調査において,地域には,複合的な社会的支援ニーズが存在するにもかかわらず,必要な情報やサービスにアクセスできない認知症高齢者が数多く存在することが明らかにされた。この結果を受けて,「認知症の有無にかかわらず,障害の有無にかかわらず,すべての人が希望と尊厳を持って暮らせる社会」というビジョンを掲げ,コーディネーションとネットワーキングの機能を持つ地域拠点を開設した。その活動の質と効果を評価する縦断研究の中で,地域拠点が,社会的に孤立している人々のアクセシビリティの確保に寄与することが明らかにされつつある。

研究と報告

精神障害者支援のためにクライシス・プランを用いた事例の類型化とその効果

著者: 狩野俊介 ,   野村照幸

ページ範囲:P.515 - P.526

抄録 クライシス・プラン(CP)は,病状や状態に応じた自己対処や支援者の対応方法をあらかじめまとめた計画書である。本研究の目的は,精神障害者支援にCPを用いた支援事例の類型化とその効果を明らかにすることである。調査方法は,CPを用いて支援した経験を有するソーシャルワーカーを対象とし,インターネット上のアンケートフォームを用いて調査した。分析方法は,支援事例の類型化は非階層クラスター分析,効果の検証は一元配置分散分析を実施した。その結果,CPを用いた支援事例の心理社会的側面における課題の特徴として,7つのクラスターを抽出することができた。さらに,CPを用いることでの効果検証において,CP作成前・CP作成後・CP活用後の3時点における当事者との関係性と関係機関の連携状況に有意な向上が認められた。

資料

2種類の持効性注射剤を併用した統合失調症患者8例の経験

著者: 常岡俊昭 ,   杉沢諭 ,   中村純子 ,   横山佐知子 ,   山田真理 ,   佐藤諒太郎 ,   染村宏法 ,   清水勇人 ,   中村暖 ,   堀内健太郎 ,   山田浩樹 ,   岩波明

ページ範囲:P.527 - P.535

抄録 持効性注射剤(LAI)は血中濃度を安定させることで統合失調症患者の治療に有効である。当院では2種類の持効性注射剤の併用療法を8例に行った。LAIの併用により内服薬のCP換算値は平均1,100.9から543.8と減量され,4例は抗精神病薬を内服しなかった。診療録で確認できる副作用はなく,抗パーキンソン病薬や下剤の併用も減少した。8例中7例は退院し,6例は再入院せずに地域で生活している。副作用の問題が大きく,すでに多剤併用療法になっており,ECTやclozapineが選択できないものなど対象は厳しく選ぶ必要があるが,併用療法が退院支援,地域生活を維持する上で有効である可能性が示唆された。

統合失調症患者の動機付けによる就労支援

著者: 武田隆綱

ページ範囲:P.537 - P.543

抄録 発病後社会適応が不良であったが,指向する課題に向けた動機付けにより就労できるようになった統合失調症の3症例を呈示する。症例1は男性で23歳時に発病し,25歳時に再発し,資格取得希望を表明したため,資格取得の準備と動機付けをしたところ就労できて,資格取得後は安定している。症例2は女性で14歳時に発病し,20歳時に片想いを誘因に再発し,結婚希望を表明していたため,結婚の準備と動機付けしたところ就労できた。その後は結婚できて安定している。症例3は女性で26歳時に発病し,29歳時に片想いを誘因に再発し,結婚希望を表明していたため,結婚の準備と動機付けしたところ就労できた。その後は結婚できて安定している。

書評

—青木省三,村上伸治,鷲田健二 編—大人のトラウマを診るということ—こころの病の背景にある傷みに気づく

著者: 伊藤絵美

ページ範囲:P.504 - P.504

 ICD-11が改訂され,「複雑性PTSD」という診断が新たに加わったことにより,トラウマやPTSDに関する議論が活発化している。評者は認知行動療法とスキーマ療法を専門とする心理職だが,この数年,学会やシンポジウムで「複雑性PTSDに対するスキーマ療法」についての発表を依頼されることが激増している。とはいえ,スキーマ療法はトラウマ処理を目的とするのではなく,安定した治療関係を少しずつ形成したり,成育歴をゆっくりと振り返ったりする中で,自らのスキーマやそれに伴う感情に気付きを向け,その結果として他者と安全につながったり,セルフケアが上手にできるようになったりするという,非常に地味で地道なセラピーである。
 ところでそのような複雑性PTSDのシンポジウムでは,スキーマ療法以外は,トラウマ処理を目的とするさまざまな技法が紹介されることがほとんどである。それはたとえば,EMDR,PE,STAIR/NST,CPT,ホログラフィトーク,USPT,BSP,BCTといったものである(ググってください!)。同じ壇上でプレゼンしながら,これらの技法に筆者は圧倒されてしまう。なぜなら技法の内容も紹介される事例も実に華々しいからである。評者が提示するスキーマ療法の事例はだいたい年単位(3年や5年は当たり前)であるのに比べ,他の華々しい技法はわずか数セッションでトラウマ処理がなされ,クライアントが回復する。スキーマ療法だけ地味で地道で時間がかかり,なんだか評者は自分が詐欺師であるように感じてしまうのだ。とはいえ一方で,どう振り返っても,トラウマを持つ人とのセラピーは,どうしたって時間がかかるし(そもそもトラウマを扱えるようになるまでに時間がかかる),安心安全なかかわりや場の中で薄皮を一枚ずつ剥ぐように少しずつ進めていくしかない,という実感しかない。なのできっと華々しい技法や事例を提示する方々も,トラウマを扱うために,地味で地道な何かをしているに違いないのだ,と考えるようになり,むしろその「地味で地道な何か」を知りたい,と思うようになった。

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基本情報

精神医学

出版社:株式会社医学書院

電子版ISSN 1882-126X

印刷版ISSN 0488-1281

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